#003 かつて天才だった俺たち
「いやぁぁぁ~~~!鞭打ちなんて嫌だぁ~~~!!!」
多くのファンタジーの登場人物たちは大声をあげたりじたばたしたりすることはあまりなく、頭を使って貴族的に策略を練ったりすることが多い。でもそんな場合ではない!私は騒いで抵抗する!設定も状況も自分の家族がどんな人かもわからず、なんならメリッサ・フォン・オーヴェルという自分自身の事すらわからないのに策略なんでできるわけない。相手がどんな人かも弱みは何なのかも考察できる程の材料がないのだから。
必死で抵抗しているにも拘わらずどんどん引きずられていく。メリッサの身体は食事も満足に与えられていないのか体重も軽そうでロゼと呼ばれたメイドに簡単に引っ張られていく。たぶんこれ傍から見たら散歩に飽きて歩きたくない小型犬と飼い主のような構図ではないだろうか?
長い廊下を曲がると絨毯張りではなく石だかレンガだかでできてる無機質な螺旋階段が見えてきた。東塔へ連れて行けと言っていたのだからこれが東塔とやらなのだろう。恐ろしいことにごつごつした階段には血痕のような黒っぽいシミもある。 こんな華奢な身体に本気で鞭なんか打ったら皮膚が破れるだろうし骨も折れてしまうかもしない。
「由吉のバカ!あいつ研究で転移ゲート作っちゃうなんて本物の天才だったんだ・・・あんなほわほわした子なのに」
由吉の顔を思い浮かべて心の中で思いっきり罵ってやろうと思ったのに、可愛らしい笑顔が浮かんでしまって大した悪態もつけなかった。
「私、由吉が天才だったせいで死ぬんだ・・・」
抵抗より諦めの気持ちの割合が多くなった時、背後からこの体の持ち主を呼ぶ声がした。
「メリッサ!」
黒髪に紫水晶のような瞳の長身の男が私を呼んだ。
「誰?誰でもいいからお願い助けて。鞭打ちは嫌ぁ。私なにも悪いことしてないのにっ!」
この人は私を助けてくれる人?今この右も左もわからない状況で鞭打ちを助けてくれる人なら、どんな悪人にも尻尾ふるよ。全力で!
「ロゼ!何をしているんだ!メリッサを離しなさい。」
メリッサも黒髪に紫の瞳だったから、この人は自分の肉親かもしれない。いや、きっとそう。
「小公爵さま。これは奥様からの言いつけなのでやめるわけにはいきません。」
小公爵という事は公爵の跡取り息子。つまり私の兄なのだろう。だがしかしロゼは小公爵の言うことを聞かない。跡取り息子なのに公爵夫人よりも力がないのか?
命の危機にあるというのに、分析を優先してしまうのは科学者の悪い癖だ。
「私の言う事が聞けないのか?離しなさいと言っているんだ!」
少し立場が弱いのかもしれない私の兄らしき人はそれでも私の手首を離そうとしないメイドの頬を平手打ちにした。矜持が傷つけられたのかな?
「いいかげんにしないか!父上がメリッサを呼んでいるのに未だ来ないとお怒りなのだ!おまえのせいだったのだな!」
ロゼというメイドはリトマス試験紙のように急に真っ青になりプルプル震えだした。
「申し訳ありません」
「メリッサが遅くなったのはお前のせいなのだからお前も一緒に来い!」
「どうか、どうかお許しください」
ロゼは震えながら平身低頭で許しを請おうとするが先ほど矜持を傷つけられたらしい小公爵は怒りがひかない様子だ。
待て待て、公爵ってどんだけ怖い人なんだよ!!!
一難去ってまた一難。この兄らしき人だって父親の命令で私を呼び止めただけで味方かどうかもわからない。
「お兄さま?」
私の兄は味方なのか敵なのか、「お兄さま」と呼んでも良いのか一か八かの勝負にでた。
「あぁ、メリッサ。はやく父上のところにいかないと鞭打ちどころじゃないぞ?」
兄はどうやら私を嫌ってはいないようだ。だけど、さらっと怖いこと言ったね、今。
「あのぉ、お兄さま。私、馬から落ちて頭を打ったらしく何も覚えていないんです。何も思い出せなくて・・・」
「そうなのか?じゃあ後で話を聞いてやるからとりあえず早く父上の執務室にいこう。父上を怒らせたら殺されちゃうだろう?」
や、やっぱりコレやばいやーつ!
一難去ってまた一難どころの騒ぎじゃないみたい。
父は瞬間湯沸かし器な殺人鬼みたいだし、兄は優しそうだけど妹に無関心。きっと落馬事故で妹が死んでも数日気づかないのだろう。
兄は右手にメイド、左手に私を引きずりながらスタスタと歩き出した。
「遅いです!何をなさっていたんですか!」
さっき横柄な態度だった執事が打って変わって顔面蒼白の小心者の体で問いかけてくる。
「大丈夫だ。メリッサが来られなかった犯人を用意した。」
小公爵である兄は私とメイドを引きずったままで公爵の執務机の前まで進み出た。
「父上、遅くなり申し訳ありません。この者がメリッサを東塔に拉致しようとしているところを取り押さえました。」
父親に話すにはとても声が上ずっている。兄もやはり公爵が怖いらしい。
「違います公爵様!私は奥様のいいつけでお嬢様を東塔にお連れするところでした。奥様がおかしなことを仰るお嬢様を鞭打ちせよとわたくしに命令されたのでございます!」
メイドのロゼが痛々しいほど震え上ずった声で弁解を始めた。
「東塔とは、東塔の地下の拷問部屋の事か?公爵令嬢をそのようなとことに連れて行き鞭打ちしろと言う者が本当にいるというのか?」
公爵であろう私の父親が静かにメイドを問いただした。ここで目が覚めてから一番常識的な事を言ってない?そ~っと目線を上げて父親であるその人を見た。あ~良かったぁ~。みんな殺人鬼のように恐れるからどんな厳つい鬼のような人物かと思ったけどなかなかの美丈夫じゃない。私も兄も美形なのは父親に似たからなのね。やはり黒髪に紫の瞳でたぶん30代位だろうけど20代には余裕で見える。
「そうです!公爵様!わたしではありません、奥様がっ!」
「これから嫁ぐ娘に傷をつけろなどどマティルダが言うはずがない!ウィルフレッド、そのものの首を斬れ。」
「はっ!ご主人様!」
ウィルフレッドとよばれた公爵の護衛騎士であろうその男はメイドの首をつかんで執務室を出て行った。
ううぅっ
『あ~良かった~』でも『一番常識的な事言ってる』でもなかった。やばいよこの人!フツーに殺人鬼だったよ・・・
そういえば由吉は『ゲートの門番』になりたいって言ってた。
由吉がそんなものを軽々作ってしまう天才だったとは知らなかったけど、由吉が門番ならもしかしてこの世界のどこかにいるんじゃないかな?
由吉を捜して元の世界に戻らなきゃ!




