#029 Catch up, latency
教師を含めた大勢に悪意を向けられ気にしない振りで寮まで戻ってきたけれど、自分が思っていたよりも強く頭を強打していたらしく私は数日間寝込むことになった。
フレデリックの腕の中で昏倒した私は目が覚めると自分の寮の部屋だった。
ベッドの横で兄のジェフリーとコルネリスがひそひそ話をする声が聞こえる。
「・・・そうは言うけどなコルネリス。フレデリック殿下が自分がすべて納めるから何もするなと仰るのだぞ。我々は口をだせないだろう?」
「あいつに任せていいのか?全員処刑する勢いだったぞ?医術の講義がなくなってしまうんじゃないか?」
「医術は錬金術の5倍以上の講義も受講生もいるのだし、少しくらい減ってもよいのではないか?メリッサの姿を見ただろう?公爵令嬢を大怪我させて、医術の教師でありながら回復魔法の一つも施さなかったのだ。殿下が処理されると仰らなければ私と父上が処理すべき大問題だったのだ。そうだろう?コルネリス!」
「ジェフリー、まぁ落ち着けって。俺だって許せないさ。でも全員処刑なんて言ったらメリッサがかえって心を痛めるぞ?」
そうか、ここの寮に医術を専攻している学生はたしかいなかったはず。イゾルデ令嬢は医術だけど薬草学だし、あの講義にでていて私を押して転ばせたのも転んでいる私の手を踏んだのも私の上に転がってきたのもすべて伯爵家以下の家門って事だ。たぶん平民ではないだろう。このアカデミーで学ぶ平民は自分の身分をわきまえていて、なるべく貴族と関わらない様にしているようだし。
そりゃあフレデリックもお兄さまもお怒りよね。皇太子の婚約者がこんなめにあうなんて皇家をバカにされているようなものだもん。
かといって全員処刑はありえない。
コルネリスは私と同じ転生者で平成生まれだから『関係者全員処刑とかむしろ無理!』って考えだよね。たぶん。
「お兄さま、関係者全員処されるなんて事にはならないですよね?」
「メリッサ!気が付いたのか?気分はどうだ?体の調子は?」
「わたくしは大丈夫ですわ、お兄さま。少し頭が痛いだけです。わたくしなぜか医術の関係者には嫌われているようなのです。」
「まぁ、それはそうだろうな。」
「なぜ、そうだろうななのですか。コルネリス?」
「考えてもみろ。医術というのは体の状態を診るスキャンもマナを使って身体を正常に戻すのも、とても多くの魔力を使う。つまり魔力が少ないヤツにはできない事の方が多いんだ。代々マナの多い人間が生まれるのは高位貴族が多い。マナの多い者同士で婚姻を結ぶからな。つまりお前は嫉妬されているんだ。」
「嫉妬心だけで誹謗中傷されるんですの?」
「そりゃあそうだろう。どこでだって優れた人間は人を悪く言ったりしない。心の余裕があるからな。反対に劣等感の多い人間は悪口を言って他人を自分より下に見る事で自分を保とうとするんだよ。ほら覚えがあるだろう?」
「あっちでだって」とジェフリーに聞こえないような小声で付け足した。
まぁたしかに大学には大勢いたね。人を妬むのが大好きな不運の主人公ぶってる輩が。
反対に大学院にはあまりいなかったような気がする。余計なこと考えている余裕はないし、探求心が強すぎる輩ばっかりだったってのもある。
「なぜフレデリックさまが仕切られることになったんですの?」
「それは、コルネリスが発明したこの通信の魔術具についている転移魔法の機能が違法だからだ。」
「そうですわ。コルネリス、それの作り方を教えていただけません?わたくしの無くなってしまったんですの。わたくし錬金術上級バッチいただいたご褒美に!ね?コルネリス、お願い!」
お願いに弱い亮ちゃんであるコルネリスが「仕方ないなぁ・・・」と呟く。
最上くんは人に頼られるのが大好きだったよね。
「あぁ、そうですわ。わたくしもう医術の講義は受けられないんですの?」
「メリッサ、あんな目にあったのにまだその講義をとりたいのか?」
兄が驚いた顔でこちらを見た。
「だってお兄さま、これからのわたくしたちに必要な知識だと思うのですもの。」
「じゃぁ、俺が一緒に医術の講義を受けてやるよ。俺が隣に座って睨みをきかせていれば誰も何もできないだろう?侯爵家の跡取りだしな。」
コルネリスが嬉しそうな顔で提案してきた時
「いや、私が一緒に受けよう!」
フレデリックが私の部屋に入室してきた。
なぜ私の部屋に入って来られるの?という疑問はフレデリックがお兄さまに鍵を返しているのを見て解決した。
あぁ、調査のためって感じね。
「私がメリッサと一緒に講義を受ければ教師も生徒も何もできないし、思い知らせるのにも良い。それに連絡の魔術具を盗んだ者もわかるかもしれない。どうだ?いい考えではないか?私も医術には興味があったのでこの機会にちょうど良い。」
たしかにフレデリックが一緒に講義をとれば聞こえよがしに何か言ってくる人もいないだろうし『全員処刑』のような『ざまぁよりもむしろ罰』のような結果にもならず、安心して講義を受けられる。
私はフレデリックにありがとうの意味をこめて笑いかけながら
「フレデリックさま。ありがとうございます。心強いですわ。」
と言うとコルネリスがちょっと嫌な顔をした。
ん?なんか既視感・・・?
「メリッサ、フレデリック殿下と知らぬ間に仲良くなったのだな。父上もお喜びになるだろう。それでは私は戻ることにするよ。」
そう言って兄は移動スクロールを破いて戻っていった。
数日後、私はすっかり元気になったので午前中は錬金術上級クラスにでて午後からは錬金術研究室に行った。
今回はコルネリスに開いてもらわなくても研究室に続く階段の扉を開けることができた。感動っ!
「今回は助手ではなくメリッサもメインで錬成できることになったから、錬金用の鍋を二つ用意した。連絡用魔術具につけていたメリッサを認識するための魔法陣が使えなくなったから全員分作り直しになるだろ?一人でやるのはマナがきつかったんだ。二人がかりでできて助かるよ。材料として移動スクロールの計算式も使うんでそっちから先に錬成してしまおう。」
錬金用の鍋と言ってもただの鉄鍋だ。大きさはまちまちだけれど、形は童話で魔女がぐるぐるしているあれと同じ。まぁ、この世界の元の設定がアニメだもんね。わかりやすくてよかった。
コルネリスが計算式を羊皮紙に書きそれを鍋に入れ自分の魔力でかき混ぜながら
「なぁ理々沙、俺達大学院で『錬金術師になりたい』って言ったのを覚えてるか?あの時はこんな簡単に願いが叶うなんて思わなかったよな?感慨深いと思わないか?」と言う。
「そうだよね。私が『錬金術師になる』って言ったら笑われるだろうと思ったのに亮ちゃんが『俺も』って言ってくれたんだよね?ホントだね。夢が叶っちゃったよね。」
「由吉も『番人になりたい』って夢を叶えたんだな。あいつが迎えにきたらどうする?俺は元の世界に戻らなくてもいいと思っている。そもそも俺たちの元の身体が無事かどうかもわからないしな。」
「そうだよね。こっちの世界はやりたいことが好きにやれて本当に楽しい。最初は『え?悪役令嬢?!』って思ったし虐待されたり殺されそうになってるけど、それでもこうやって数式を弄って好きなもの作れるところは失いたくないね。」
運動した後に筋肉が火照る感じがするように、頭を使った後は脳みそが火照る感じがする。
火照った脳みそを冷ますためにコルネリスと二人で研究室の真ん中にある薬草のベンチに座った。やり切った感が心地いい。
「前回ここに座っていた時にアンソニー先生が通りかかって、亮ちゃんが私の事を話してくれたんだよね。そのおかげで私は今日こうして上級バッチを着けてここに座ってる。二回目にして上級だよ?運が良すぎるよね私!」
テンションが高いままコルネリスに話しかけていると
「私がなんですか?」
今日もアンソニー先生が通りかかって話しかけてくれた。
コルネリスもハイテンションのままなのでそんなことで爆笑している。
「オーヴェル令嬢、医術では大変な目にあいましたね。私も医療用の魔術具の講師で時々東棟に講義で行きますが、酷い教師にあたり残念です。」
「ご心配頂きありがとうございますアンソニー先生。わたくし もう大丈夫ですので今日はこの後また医術初級クラス受講する予定ですの。」
「そうですか。回復の初級を担当していた教師は公爵令嬢を侮辱したことで罪人になりました。後任が来るまで私が講義を見張ることになっていますので安心して講義を受けてください。」
罪人って!・・・まぁそうなるのか。
それにしても私、四面楚歌だったのにフレデリック皇子とアンソニー先生が見張ってくれて講義を受講できるなんて!
公爵令嬢で良かった!
これで午後は安心して医術の講義受けられるね。
この時はまさか次のクラスであんな事が起こるなんて想像もしてなかった・・・




