#015 How to 婚約破棄
嫌なこと(=婚約)を忘れるために私は朝からできる限りの講義をうけた。
おかげで知識酔いでフラフラだ。
初級3クラスと初中級を1クラス受けたらもう夕食の時間・・・
今日の講義の内容の話をコルネリスとしたかったのに・・・残念。
どんなに回避したくても講義をたくさん受けたら夕方になってしまう。
「フレデリックと食事かぁ・・・」
初めて公爵である父と食事した時緊張で食べ物が喉を通らなかった事を思い出した。
「そういえば、どうすればいいのかな・・・」
特に部屋に迎えに行くとも何時にどこに集合とも言われていないことに気付き、知らんぷりを決め込むこともできないので食堂で待ってみることにした。
だって寮の中は自分の部屋と食堂と玄関ホールや面会室などのような共有スペースにしか行けないから。
と言うわけで食堂でお茶を飲みながら今日受けた講義のメモを整理して羊皮紙に書き写していると30分くらいでフレデリックが入ってきた。
「殿下、ごきげんよう。」
「公女がこちらにいると食堂の使用人から連絡があった。食堂の使用人は皇室の直属なので伝言を頼むとたいていのところには連絡を取ってくれる。寮の管理人も兼ねているんだ。」
「連絡!そんな仕組みになっているなんて知りませんでしたわ。玄関ホールには自分の部屋に行ける扉しかないので、どうしたらいいかわからなかったのです。」
「ははっ。そうか、ここに来たばかりで知らなかったのだな。昨日ちゃんと言えばよかった。すまない。では行こうか?」
あ、笑っている顔を初めて見たかも。美形の笑顔破壊力凄まじい!眩しすぎて直視できないっ。
「あ、えっと、行こうというのはどちらにですの?」
「私の部屋だ。」
えっ?!寮の異性の部屋って入っていいの?まずくない?婚約者だったら大丈夫なのかな?これは親睦の一環? まぁ、私に拒否権なんてないだろうから大人しく従おう。
食堂をでると廊下があってその先に一つだけ扉がある。そこの扉に自分の鍵を差すと自分の部屋に行けるようになっている。つまり鍵と扉の鍵穴が対の魔道具だ。
いつもは自分の部屋に行くための扉だけど、フレデリックが鍵を回して扉を開けると彼の部屋が現れた。
やっぱり不思議「おぉ~!」ってなる。
フレデリックの部屋は私の部屋と違って一部屋ではなかった。
扉はないけれどアーチ型の入口が右と左に2つある。左側のアーチは寝室の入口なのだろう、魔法陣が施されたぶ厚い布で覆われた天蓋が見える。その奥にあるのはバスルームだろう。
フレデリックは右側のアーチの方にすすみ私を手招きする。こっちは来客用の応接室か何かなのだろう。・・・と思っていたのに。
そちらの部屋は30畳くらいの広さがある。手前の方にはアンティークなマントルピースとダイニングセットがあり、奥の方には執務机と広いシンプルなテーブルがあってその上には本やら殴り書きされた羊皮紙やらがごちゃごちゃと置いてある。なんと壁に本棚と教室にある大きい黒板の1/3くらいのものがかけられていて、チョークで数式が書きなぐられてある。
「研究室!」
懐かしい、この感じ!大学院の研究室の雰囲気と似ている。私がすごくテンションの上がった顔でフレデリックを振り返ると
「あぁ、私の研究室へようこそ。」
とさっきよりもさらに眩しい笑顔で答えた。
「この奥は私の趣味でできたスペースだが、今日はこちらに座ってほしい。」
そう言って手前の高級そうなダイニングテーブルを手で示して、重そうな椅子を引いて私を座らせてくれた。」
「先ほど食堂の使用人に公女が好んで食べているメニューを聞いて用意するように頼んできた。もう少しで連絡が来るだろう。」
言ったそばからマントルピースの上に置いてある水晶のようなものが光ってフレデリックは扉を開けに行き食堂の使用人たちに食事のセッティングをさせた。
「普通なら順番にでてくる料理だが、部屋で食べる時はデザートも食後のお茶もいっぺんに用意してもらっている。理解してくれ。」
「全然かまいませんわ。途中で食事を中断して招き入れるのも無粋ですわね。むしろご配慮ありがとうございます。」
「では食事を楽しみながら好きなものの話でもしよう。まずはお互いを知ることから始めないとな。」
あんなに憂鬱だった皇太子との晩餐だったのに、壁に掛けられた黒板の数式を見ただけで私の心のわだかまりはすっかり溶けてしまった。
「あれは何の研究をさなっていますの?」
「あれは・・・そうだな。まだ言えないこともあるし、公女の基礎知識がわからないと説明に困るな。まず、私たちは名前で呼び合う事から始めないか?」
「えぇ、わたくしのことはメリッサとお呼びください。殿下の事はフレデリック様と呼ばせていただきますわ。」
「あぁ、様もいらないが最初はそれでいい。じゃあ、メリッサは『物』が何でできているか知っているか?」
どういう質問だろう?
どこまで答えてもだいじょうぶなのかな?私は悪役令嬢だし、頭悪いらしいし。
あ、でも錬金術の講義をとってるのは知ってるだろうから元素の事は知っていても大丈夫だよね。
「えっと、分子とか原子とかお答えすればいいのでしょうか?」
「あぁ、では原子は何でできているかわかるか?」
「原子核と電子・・・でしょうか?」
フレデリックがにっこり笑った。私が『どこまで知識があるのか、バレてもいいか』とまどいながら答えたわけだけど『覚えたての知識を自信なく言った』と解釈したようだ。小さい子に何かを教えて『よくできたね』という風な、とても優しい笑顔だ。 うぅ・・・破壊力っ・・・
「では音は何でできているかわかるか?」
「音波・・・とか?」
「そう。波動でできている。例えば大きな音の波形に反対の波形の波動をぶつけると無音になる。」
うん。知ってる!近年、車のエンジン音がどんどん小さくなってきたのってその技術だもんね。
「・・・波動、興味深いですわ。」
とりあえず、知ってるとも知らないとも答えないでおこう。
「実は人間の精神も波動なんだ。つまり、簡単に言えば私は『呪い』の波動を研究している。音と同じで『呪いの波形』がわかればその反対の波形を作ればいい。呪いや黒い魔法も怖くないと思わないか?あ、この話はなるべく他言無用にしてほしい。」
私は驚いて食事の手が完全に止まってしまった。
そりゃ精神は英語で『spirit』つまり『霊』と同じで人間は死んでも『気持ち』だけ残ったりすることが科学的に証明されている訳で・・・
「呪いの波形の数式を作ってらっしゃるのですか?」
「そういうことだ。メリッサは元素をいじって魔法陣を作る錬金術に興味があるときく。ぜひ私の婚約者として研究を手伝ってくれないか?初めて会ったときは噂を鵜吞みにして頭が悪いなどと言って本当にすまなかった。先程アンソニー先生にたまたま会ったのだがメリッサの事を褒めちぎっておられた。」
「・・・フレデリック様。わたくしの評判が悪いのは事実ですので気にしてませんが、わたくしとの婚約をどのようにお考えなのでしょうか?お好きな令嬢がいらっしゃるなら表向きは婚約者として過ごさせていただきますが、いつ破棄していただいてもかまいませんので。」
ここ重要!
これが一番重要なのよ!!
だってヒロインと皇子の関係を嫉妬して邪魔したり意地悪したり、まして害したりする気は絶対にないことをしつこく主張しておかないといつか断罪されちゃうから!!!
フレデリックが銀のカトラリーを置いて溜め息をついた。
「メリッサ・・・私は其方と婚約破棄するつもりはまったくない。私が父上に頼んで『皇命』の婚約にしてもらったのだ。元々は父上が言い出したことだからすぐに許可して頂けた。マリーのことを言っているなら、それは本当に誤解なのだ。彼女はあのような風貌なので誤解されがちだが、私の研究を手伝ってもらっている。電子エネルギーに詳しくて・・・あ、其方にはまだ難しい話だな。とにかく私の研究のサポートに役立つ専門の知識を持っているんだ。だからここにもよく来るが誤解しないでもらえると助かる。」
それは噓でしょ。
だって私はこの物語のストーリーも結末も知ってるんだよ。
マリーは『イケ略』のヒロインなんだから。つまりあんなほわほわ系のかわいい子だけど『略奪婚』するって、タイトルからもう宣言してるじゃない。
でもなんでだろう。嘘だとわかっているのになんか嘘を言っているようには見えない。
皇子の芝居がうまいのか、私が嘘だと思いたくないのか・・・まぁ、そういう事にしておいてあげよう。
「わかりました。わたくしお二人の事は応援しておりますので、お気になさらず。」
「・・・本当にわかったのだろうか?とにかくこれからよろしく頼む。」
さっきまで きらっきらの笑顔だったのに最後は少し寂しそうに微笑まれて初めての食事会は終了した。
「野生のラスボスが現れた!」、「本好きの下剋上」 コミカライズの背景描いてる従妹がイラスト描いてくれました。




