#010 カオス極まる
兄が光の速さで諸手続きをしてきてくれた。
さすがあの父の仕事を手伝っているだけあるよね。まだ30分もたってないのに寮の部屋の鍵まで持っている。
ただの石ころのようだったマナ石は私が寝ている間に透明になり淡く光を放っていた。
兄はそれを違う引き出しに戻し、「さぁ行こう。」と言って私を抱えた。
寮は5棟あるうちの一つで皇族から侯爵家までの身分の子息が入れる高位貴族向けの寮らしい。外は古い洋館のような佇まいだけど中はしっかりリノベーションされていて清潔な感じになっている。
私が入る部屋は当然一人部屋だ。一応公爵令嬢だもんね。一応ね。
ベッドには天蓋がついていて机もアンティークなデイテールのマホガニーのような素材で・・・あれっ?これって最近移動した公爵邸の私の部屋の家具や配置とほとんど同じ?
「メリッサ、どうだ?お前がくつろげるように公爵邸のお前の部屋と同じ雰囲気にした。」
「お兄さま、わたくしが試験に合格したのは1時間も前ではないのに、なぜ同じような家具が同じ場所に配置されていますの?」
「メリッサの合格を信じていたので数日前から用意して、すぐに搬入できるように準備していたんだ。私からのお祝いだと思ってくれ。」
「お兄さま!」
なんということでしょう。この兄!顔よし体格よしお金持ちの上に行動スキルも素晴らしい。きっとモテるに決まっている!
「メリッサの具合が悪くなってしまったのは予定外だが、その他のスケジュールはシュミレーション通りで数分の誤差だ!」
あ、ただの効率厨っぽい?
「では父上への報告もあるから私は帰るのでこの冊子を読んでおくように。私は週に1回以上こちらに来るようにするが、コルネリスはしばらく寮に泊まると言っていたのでわからないことがあればあいつを頼るように。今日は早く休みなさい。」
そう言って兄は入学の案内のような薄い本を私に渡してやりきった笑顔で帰っていった。
帝国立アカデミー、春とか秋とかではなく何時でも何回でも試験が受けられて好きな時に入学できる。年齢も身分も関係ない。授業料も帝国の予算でタダらしい。
制服も一応あるけれど自由。制服は、服を何着も用意できない平民や低所得層のために作られたらしい。卒業生はいつでも好きな講義を聴講できるってとこもいいね!
まさかと思ってクローゼットを開けてみたら制服のスカートと同じくらいのミモレ丈のワンピースがずら~っと入っていた。うちの兄やっぱりすごい。
次の朝、講義のカリキュラムを決めないといけないので入学案内の冊子と筆記用具を持って食堂に行ってみた。
学校の食堂を思い浮かべていたけど、皇族と公爵家と侯爵家だけの高級寮なので食堂も高そうな家具と装飾で、オーヴェル公爵邸のダイニングが少し広くなったカンジだ。
「メリッサ嬢!」
本を読みながら食後のお茶を飲んでいたらしいコルネリスが話しかけてきた。
「具合はどう?よく眠れた?昨日さ、錬金術関連の研究室に行ったら助教授のアンソニー先生がメリッサ嬢の試験の担当だったって言ってたよ。どうでしたかって聞いたらメリッサ嬢の計算の速さを絶賛していた。」
「えっ?あの先生は錬金術が専門なんですの?錬金術の講義もやっていらっしゃる?」
「アンソニー先生は錬金術の基礎から初中級クラスの講師だよ。そうだ!アカデミーに慣れるために錬金術の基礎クラスと初級クラスを受ければいいんじゃない?ここでの生活になれてきたら受ける講義を少しづつ増やせばいいよ。すごいスピードでアカデミーに来ちゃったけど、元々はメリッサ嬢の家庭教師も頼まれていたんだ。どうする?並行して俺も家庭教師する?」
「是非お願い致します!予習にも復習にもなりますし、わたくし今まで何も学べなかったので常識的な事も教えていただきたいですわ。コルネリス先生とお呼びしても?私の事はメリッサとお呼びくださいませ。」
「わかったメリッサ。俺も先生なんてつけなくていいコルネリスと呼んでくれ。」
「まぁ、ありがとうございます。コルネリス!でも先生とか師匠とか呼ばせていただきたいですわ。」
私が朝食を食べている間コルネリスはアカデミーのいろはを教えてくれた。
お茶を飲みながら午後にあるアンソニー先生の基礎クラスを受講する話をしていたら、なんか多幸感が押し寄せてきておさえきれない満面の笑みになってしまった。
満面の笑みというと聞こえはいいけど、俗にいう『にやけがとまらない』というあれだ。
「楽しそうだな!」
ふと、知らない声がして振り返るとそこには金髪碧眼の『The王子様』という相貌の男性が立っていた。
「皇太子殿下、おはようございます。」
コルネリスが突然立ち上がって一礼をした。
皇太子殿下?あっ、皇太子!そうだ『イケ略』の主人公のフレデリック・アーサー・ド・エルラード!
ここはエルラード帝国という設定だったね。たしか・・・
「令嬢、あなたは・・・」
「あっ、申し訳ありません。お初にお目にかかります、オーヴェル公爵家のメリッサと申します。」
「貴女はたしか、私と婚約する令嬢だったはずですが?」
「その通りでございます殿下。父上からそのように言われました。アカデミーで殿下と会ったら親睦を深めろとも・・・」
さすが異世界モノのアニメで、男主人公はこれでもかってくらいの美形だ!後光がさしてみえる。
そっか、ここはファンタジーの世界だからキホンが美男美女なわけだね、納得。
というかこの皇子さま美形なだけでちょっと感じ悪くない?
「そうですか。貴女は頭が悪くてアカデミーには通えないだろうと噂でしたが入学できたんですか。それも婚約者候補がいる身でありながら他の男性といちゃいちゃしているようですね!」
うわ、ちょっとじゃなくてめちゃくちゃ感じ悪いよ・・・
「皇太子殿下、お言葉ですが私、コルネリス・フォン・ブルターニュはオーヴェル公爵閣下に家庭教師の依頼を受けております。いちゃいちゃなどと・・・」
コルネリスが丁寧ではあるけどちょっと剣のある言い方で言い返した。まぁ初対面なのに突っかかってきたのはそっちだし?
「へぇ、ふたりでひそひそニヤニヤしながら学ぶのがブルターニュ令息の教え方なのですか?令嬢は頭も悪く性格も身持ちも悪いようですね。」
なんですと~!!!身持ちも悪くってなによそれっ!別に付き合ってるわけじゃないしデートでもないしっ!あ、でも私は悪役令嬢って設定じゃない?いいのかこれで・・・
いや、良くないでしょ!断罪されたら死ぬんだよ、どうしよう・・・ コルネリスが明らかにムカッとした表情になって戦闘態勢に入った。
「殿下、私はメリッサ嬢が頭が悪いとも性格が悪いとも思っていません。とても聡明な令嬢だと思っています。まして身持ちが悪いなど!私は令嬢を誘惑したことも誘惑されたこともございません。それほどメリッサ嬢を侮辱なさるのでしたら婚約されなければいいのでは?殿下こそ殿下のマントにぴったりくっつかれている令嬢はどなたなのでしょうか?」
えっ、あれっ?私は背が小さいから気づかなかったけど、皇子の真後ろにぴったり寄り添っている女の子がいる。
「この令嬢は私の親友のマリー・ブラウンだ。女性として付き合っているわけではない!」
「親友とは殿下のマントの裾を握ってぴったり寄り添うものなのですね。初めて知りました。なら私とメリッサ嬢もニヤニヤしながら勉強していても問題ないのでは?」
「なんだとっ?!」
フレデリックもコルネリスも完全に譲る気がない。
というか、マリーって『イケ略』のヒロインじゃない!
なんでもうフレデリックと出会ってるの?私と皇太子の婚約の方が先じゃない?
あれっ?もしかして私、婚約しなくていいのでは?そしたら断罪ルートから外れるよね?
あーっもう人間関係って数学より難しいよ!
だって答えが一つじゃないんだもん!




