第2の事件。
前回のあらすじ:花火の音を聞きつけ甲板に到着したリゼル達。そこには打ち上げに使われただろう花火の残骸と、血溜まりの上で倒れる女性を見つけた。
「死んでるな。心臓が破壊されてる」
そう呟いたリゼルは、鋭い視線で仰向けに倒れている女性を見つめる。彼の言う通り、女性は胸を貫かれて死んでいる。解剖してみない限り断定は出来ないが、彼の『魔力の流れを読む眼』は、女性の体内の魔力の流れ、その経路にあるはずの心臓が文字通り破壊されているのを認識していた。同時に、滞留する魔力からその女性の素性も。
「この人、朝、事情聴取した冒険者の1人だな」
「そうみたいだね、血で濡れて分かりにくいけど、護衛のパーティーにいた茶髪の人だよ」
「確か魔法使いだったな」
「うん。私は冒険者じゃないから分からないけど、魔法使いが胸を一突きか......」
「抵抗する間もなく......にも見えるな」
リゼルとは別のやり方で遺体を調べていたリターが情報を交わす。ちなみにレシアは船長とスタッフリーダーと共に花火の残骸の方を調べてもらっている。と言っても現場保存しか指示は出してないが。
遺体の死因は胸を貫かれた事による心臓破損。近くに杖が落ちているが、見晴らしのいい甲板で争った形跡は見当たらない。魔法使いは近接に弱い者が多いが、彼女もその例に漏れないのであれば、リゼルが口にした通り、抵抗する間もなく、の可能性が高いだろう。仰向けに倒れている事から背後からの不意打ちではなく、正面からだろうか。
「兎にも角にも、遺体が出ちまった以上、また事情聴取から始めんのか......はぁ、怠い」
「君は、若干無神経だよね」
「死んだ事に同情はするけど、俺らを巻き込むなって気持ちも本音だからな」
「そういうのは、もう少し隠した方が......」
「ん? どうした?」
突然言葉が止まるリター。やり取りが途切れた事を不思議に思ったリゼルが声を掛けるが、探偵少女は無反応。と言うよりは、他の事に集中していて、そちらに意識が向いてるような感じだった。では、何に集中しているのか、その答えは彼女自身の言動ですぐに明かされる。
「声がする」
小さく呟いた探偵少女は、目の前の遺体を放り出し、船の先頭へと走り出した。その様子に一瞬呆気を取られるが、リゼルもすぐさまその後を追う。
リターが足を止めたのは船の頭、船首だった。そこでも彼女は「声が聞こえる」と耳を澄ませながら何度も呟く。しかし、船首から見える場所に人の声は聞こえない。船の道力も特殊だからかエンジン音すらなく、強いて聞こえるのは船が割く波の音くらいだ。
「波.....違う。でも近い......あ、下!」
またも突然声を上げたリター。それだけではない。彼女はさらに、船首から身を乗り出したのだ。咄嗟に服を掴んで引き剥がすリゼル。しかしリターは何か焦るように藻掻く。
「下に何かあるのか?」
「うん、多分人がいる。どういう状態かは分からないけど、早くしないと流されちゃうかも!」
「わかったから落ち着け。下は俺が行く。お前はここで待ってろ」
「行くって......」
そう言ったリゼルはすぐには飛び出さず、腕輪を丁寧に外していた。その様子にリターは直前の言葉も含めて不安と疑念の視線を向ける。だが、次の瞬間、腕輪を外した青年は当然のように甲板から飛び降りた。
「え」
思わず目を見開くリター。確かに下に人が居るかも通ったのはリター自身だが、まさか代わりに飛び降りるとは思ってもみなかった。人を心配する割には自分の事はお構い無しなのか、そう思っていると船の下から、赤い髪の青年が文字通りゆっくりと浮かんで来た。スキンヘッドの男性を背負って。
「えぇ......」
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「ったく、手間増やしやがって」
悪態を着きながら、リゼルは背負っていた男を寝かした。その周りに指でバツ印を書く。指を鳴らすとバツ印から薄黄色の魔力の壁が男を覆うように展開する。夏の国で使った治癒結界だ。ここに加えて、更に、リゼルは男の腹部に手をかざし、治癒魔法を当てる。結界と本人による二重の治癒だ。
「何があったの?」
「下でこの男がいた。停船用に使う錨だろうな、それに腹部を刺される形で引っ掛けられてた」
「錨に引っ掛けられる形で? 本当に生きてる?」
「生きてるよ。虫の息だけどな。普段は収納されてるチェーンも少し伸びて、膝から下が海に浸ってる感じだった。ほぼ意識飛んでる状態で、波に流されないように耐えてたのはビビったよ」
「......助かりそう?」
男の腹部は赤黒く滲んでいる。呼吸は荒く、腹部以外にも切り傷などの軽い傷がいくつかある。後者は治癒結界で塞がっているが、腹部の方はそうではない。
「かなり厳しいな。少なくとも俺じゃ治しきれねぇ......船長とレシアに医者と聖職者を呼びに行かせろ。なるはやでな」
「わかった」
言葉数少なく頷き、すぐさま行動に移すリターを見届けて、リゼルは小さく舌打ちをする。
聖職者ではないリゼルの治癒魔法は、精度がそこまで高くない。自分自身に使うのであれば、魔力量のゴリ押しで即死以外は完治できる彼の治癒魔法だが、他者相手では話が別だ。いくら治癒魔法といえど、他者の魔力を当てられるのは魔力に耐性があったとしても肉体に負担には掛かる。故に、聖職者達は量よりも濃度を重視し、少ない魔力で傷が治るよう訓練する。だが、リゼルはその訓練を受けてない。あくまでも"技術として"治癒魔法を習得したに過ぎないのだ。
(それはそうと、こいつ......今朝、事情聴取したパーティーの奴だよな?)
治癒魔法を維持しながら視線を傷口から被害者の顔へと移すリゼル。その視線に映るのは、今朝の事件で事情聴取を行ったパーティーの1人、前衛職を名乗っていたスキンヘッドの男だ。
(護衛対象といいさっきの女といい、何が起こってる?)
甲板に来るまで「首を突っ込まなきゃ良かった」と言っていたリゼルだが、目の前の状況に対して何も考えないほど無関心でもない。なんなら彼なりの推理もある。それをリゼル自身の口から公表するつもりは一切ないが、事件の真相へ辿り着く事、犯人を見つけ出す事はこの船での旅を続けるなら必須だろうと思っていた。
「え……」
「あ?」
不意に、スキンヘッドの男が口を開いた。血に染った口内が僅かに覗く程度に開かれた口から、掠れた声で言葉を絞り出そうとしている。
こういう時どうすればいいのだろうかと、表情を一切変えず、リゼルは少し悩んだ。この重症と疲弊し弱っていくスキンヘッドの男の身体状態から考えると気を失えば確実に死ぬ。だが、魔力探知で把握するレシアの動きからしても医者や聖職者の到着にはまだ時間が掛かる。下手をすれば間に合わない。ならば、せめてダイニングメッセージという形で言葉残して貰った方が良いのでは? とレシアのいる所ではあまり見せたくない合理的で残酷だと自覚済みの自分もいる。
「え......ん......え、ん……」
意識と体力の維持に集中してもらうか、死ぬ事を考慮して言葉を残してもらか、悩み黙り込むリゼルを他所に、男は発声を続けていた。眉を寄せ、頬を強ばらせ必死に口を動かす。その様子を、リゼルはいつの間にか何も言わず見つめていた。
「え……っじ……ぇ、じッ!」
数回繰り返した後、振り絞るように吐き出した言葉と共に、男の瞳から光を失われた。
(やっぱりか......)




