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勝利の一撃。

「今のは......」


 神話魔獣とリゼルの戦闘が始まって数分。避難準備こそまだ完了はしてないが、テリープシップは神話魔獣からそれなりに距離を取ることができた。リゼルの継戦能力が維持されることが前提ではあるが、このままならテリープシップ本体が港まで到着するのも不可能ではないとレシアでさえ考えてしまうほど、船の方は順調だった。

 過ごした時間は短いが、彼は今まで出会ってきた誰よりも凄い人だと認識している。鯨の巨体には面を食らったが、それでも、魔神を倒した彼ならきっと大丈夫だろう。そう思った矢先、レシアの視界が僅かに捉えたのは、逆立ちで直立した神話魔獣が、海面に向かって口から何かを放った所だった。


「リゼル......」


 助けに行くべきか、一瞬の思考の間に遅れてやってきた衝撃が海面を凍結させていた氷を粉砕した。

 唯一だった彼の元へ辿り着くための術が断たれる。まるで、自分の役割に徹しろとでも告げているようだ。


「......任されたから、私はこっち」


 息を整え、彼の残した「任せる」という言葉を反芻するレシア。

 任された自分に出来る最善は、行動を持って信頼に応えることだと、レシアは知っている。故に、少女は揺るがない。

 白髪の少女は、己の役割に徹した。静かにその時と青年の帰ってくるまで。


---------------------------


 放たれた螺旋水流が直撃し、リゼルは海面を砕いて海中へと叩きつけられる。後を追うように、リヴァイアサンもまた海面へと潜っていく。

 ハイド〇ポンプと巨大鯨の着水による二重の衝撃はリゼルが最初に凍結させた海域一帯の氷を崩壊させ、更に小規模の津波を起こすほどだった。リゼルにとってはそれが救いだった。


「ぷはっ! あっぶねぇ!!」


 津波が発生した直後、リゼルは海面から飛び出した。そして後方へ手をかざし、船へと迫る波を凍結させる。

 神話魔獣のハイ〇ロポンプを受けた彼は、海中へと押し込まれた後、リヴァイアサンが着水するよりも早く射線から外れ、海面から脱出したのだ。

 ハイドロ〇ンプを受けた時も飛行魔法を解除してなかった事、衝撃で海面の氷が砕けた事、捕食のためか魔力の問題かリヴァイアサン本体が着水する直前でハ〇ドロポンプが切れた事、都合の良い偶然が重なった事でリゼルはリヴァイアサンの追撃を受けずに済んだとも言える。どれか一つが欠けていれば、やられはせずとも痛手を受けていた可能性は高い。


「とはいえ、だなぁ......」


 リヴァイアサンの潜った海面を見て、リゼルは小さくボヤく。リゼルが海中から脱出したのはリヴァイアサンも理解しているはずだ。それでも追わず海中を漂っているのは、恐らくそちらがあの鯨にとってのホームグラウンドで、リゼルに対して有利を取れる可能性があるからだろう。ある意味、リゼルの海中脱出は正解だったのかもしれない。

 このまま睨み合いで乗客離脱までの数時間を稼げれば文句はないが、そこまでのんびりしてくれる事はないとリゼルも割り切っている。だがしかし、海中にいてはリゼルの攻撃も簡単には当たらないだろう。仮に当たったとしてもリヴァイアサンの皮膚を覆う鱗でダメージを減らされる。


(引きずり出せさえすれば、()で行けるはず......問題はどうやって、あの巨体をもう1回引きずり出すかだな)


 勝つための道筋、切り札へのルートに頭を悩ませるリゼル。だが、考える猶予は満足には与えられなかった。


「ッ! くそがっ!」


 海中に身を潜めるリヴァイアサンの魔力が、一点に集中するのをリゼルは感じ取る。その魔力の動きは、数十分前に感じ取った流れと同じものだった。

 リゼルは素早く移動し、ある位置で動きを止め、土の盾を形成する。瞬間、海面から一筋の光が放出した。リヴァイアサンが初撃で使った雷のレーザーだ。

 雷撃は周囲の水を蒸発させながら、リゼルの土の盾へ直撃する。リゼルが移動した位置は魔力の集まる神話魔獣の位置と船の位置から射線を逆算した場所である。そして、土の盾もサイズこそ普通の盾と変わらないが、その密度は神話魔獣の口に挟んだ時の氷よりも分厚い。更に、その盾の形も僅かに中心が凹むようにカーブができている。その結果、雷撃は土の盾に当たると同時に、そのカーブに軌道を変えられあらぬ方向へと飛んで行った。だが、災難はまだ去らない。


「ッ! しまっ」


 リゼルが雷撃を防いだ直後、海面から2本の髭触手がリゼルの足へと絡みついた。雷撃を防ぐために海面に近づいた事と、雷撃に魔力が集中した事で微妙な髭触手の魔力に気付けなかった事、その2つの不幸が重なり、リゼルは抵抗する間もなく、そのまま海中へと引きずり込まれる。


---------------------------


(男の海中触手プレイは需要ないだろっ!)


 海の中へと引きずり込まれてすぐに、リゼルは風魔法で絡みついた髭触手を切り落とす。だが、脱出する暇はない。リゼルが入ってきたタイミングを狙っていたかのように、リヴァイアサンは鋭い角を向けて突進してくる。発動中の飛行魔法でリゼルは咄嗟に回避するリゼルが、微妙に避け切れず、角先が左足が掠れ、僅かに肉が抉れり取られる。

 髭触手の対処で一手遅れたからではない、単純に水中におけるリヴァイアサンの移動速度が上がっているのだ。水中があの鯨にとってのホームグラウンドで、ハイドロポ〇プの後即座に脱出したリゼルの判断は正しかった。


(結局引きずり込まれて、その驚異に晒されてちゃ、元も子もないんだがな!)


 突進を避けられたリヴァイアサンは巨体を旋回させ、再びリゼルの方へ突っ込んでくる。先程の雷撃でヘイトが船の方に向いたのか心配していたが、それはないようだと安心するリゼル。向かってくるリヴァイアサンの突進に対しては、鱗を防いだ時と同じ要領で氷の盾を前方に出現させ、貫く間に射線を抜けて回避する。


(まずはこっちだな)


 リゼルは口元に手を当て、風魔法を顔の周りに纏わせる。用途は酸素の補給。見た目は似つかないが簡易的な酸素ボンベの完成だ。ついでに抉れた足も治癒魔法で回復させる。

 本来魔法で作り出した水や風は魔力が混じっているため、人体に取り込むのはあまり良いものではない。だが、リゼル本人の魔力であり、彼の持つ高い魔力耐性であれば数十分程度なら問題ない。逆に言えば、この数十分の間に倒すか海中を脱出するかしなければリゼルは死に至る可能性もあるということだ。


 再び旋回し、突進してくるリヴァイアサンに、リゼルは同じように氷の盾を前方に出現させる。だが、今度は対応された。氷盾と接触するよりも早く、リヴァイアサンは鱗を射出し、氷の盾を破壊。そして、水中の高速移動を維持したまま射線から外れたリゼルへ軌道を修正する。


(器用なこって!)


 氷の盾を破って迫ってくるリヴァイアサンに、今度はリゼルが対応。氷の網を作り出し、突っ込んでくる鯨を捉える。当然、テリープシップと同等以上のサイズに回避困難の速さを乗せた質量を受け止めるのは無理がある。それでもコンマ1秒足らずの時間を稼ぐには十分だった。突進を回避するには十分だった。避け際、雷の魔法をぶつけているが、やはり鱗によってダメージを散らされてしまう。


(あっちの攻撃は避けられてるけど、こっちの攻撃もあんま入らねぇな......無理にでも()を使うべきか? 目視してても地上と海中じゃ微妙に射線がズレるんだよなぁ......)


 網から抜け出し、リゼルの前へと狙いを定めるリヴァイアサン。対面する巨体にどう勝機を見つけるかとリゼルは頭に酸素を回して思考を巡らせる。そうしてリゼルとリヴァイアサンは互いに睨み合ったまま数秒が過ぎる。突進してこない違和感は三度集中する魔力の流れで裏付けられていた。


(ドロポンか雷撃か、どっちかが飛んでくる。さっき雷撃を使ってたからドロポンかな。どっちもクールタイムみたいなのがあるっぽいし。回避と同時に一旦外に出るか......)


 先に動いて船を狙われても困る。考えをまとめ、いつでも動けるようにリゼルは攻撃に備える。

 その判断が間違いだと気づくには、一瞬遅かった。

 動かないリゼルを前に、リヴァイアサンさんが口を大きく開いた。〇イドロポンプの方だ、と判断したリゼルは面積の広い巨体な氷の盾を作り出す。リヴァイアサンさんの開かれた口よりも大きなもはや壁。その陰に隠れて海中へと浮上しようとしたその時、放たれたハイドロポン〇は、氷を丸ごと粉砕した。


(そう来るか……!)


 ハイドロポンプは範囲攻撃となっていた。いや、元から口にハマった氷を破壊するだけの範囲はあったのだ。二撃目の今回がそれ以上の範囲に放てたのは、恐らく魔力操作で広げたのだろう。その影響か、外へと伸びる螺旋は、範囲が広がった代わりに中心の方の威力が弱かった。幸いにも移動を始めたばかりのリゼルは、氷の壁こそ砕かれたが、大したダメージは受けずに済んだ。

 このまま追撃されるよりも先に離脱する、とはならなかった。


(っ、やらかした......ッ!!)


 判断ミス。リゼルは敵の手を読み違えた事に遅れて気づく。

 一点に集められた神話魔獣の魔力はまだ消費し切っていない。水流の直後、更なる一撃を加える余力がまだ残っているのだ。

 そして、放たれる勝利の一撃は、それはまさに閃光。


「ッッッ!!!」


 一直線に放たれた雷撃は、盾を無くしたリゼルに命中し一一


随分軽い(ぶいぶんがるい)なぁっ!!!」

 

 魔法で供給される酸素を吐き出さん勢いで叫びながら、リゼルは雷撃を受け止め、力づくで弾いた。

 目の前の光景に、神話魔獣リヴァイアサンの瞳が大きく見開く。


 恐怖。

 神話時代を生き、魔人対戦で多くの人類を屠り、賢者や神王達と敵対してきた厄災の獣が、復活した現代にて、初めて恐怖を抱いた瞬間だった。

 封印され、命が閉ざされるその瞬間にも抱く事のなかった恐怖。それを現代の1人の青年に、引きずり出された。

 理解し難く、そして受け入れ難い事実に、リヴァイアサンは咆哮を上げた。或いは、誤魔化すための叫びか。獣の知能では、己を知ることは出来ない。


(さて、次はこっちのターンだ)


 焼け溶けた腕を治癒しながら神話魔獣へと向き直るリゼル。雷撃がこの程度で済んだのは、彼の防御力だけではなく、直前で放ったハイドロポンプに魔力を消費したのが原因だろう。万全で放たれた雷撃であれば、恐らくリゼルの体は貫かれ敗北していたかもしれない。逆に言えば、膨大な魔力と2つの大技を消費したリヴァイアサンには、余裕がない。少なくとも、同じ攻撃を連発は出来ない、とリゼルは確信していた。

 いや、それ以上に......。


(なんで気づかなかったんだろうな。水場を支配する魔神(フィルドレア)じゃないんだ。リヴァイアサン(あいつ)は別にこの海域を魔力で支配してる訳じゃない。つまり、下が使える!)


 既にリゼルは勝機を見つけていたのだ。

 腕の完治と同時に、リゼルは指先を目の前の鯨へと向ける。

 何か感じ取ったのか、リヴァイアサンは勢いよく旋回する。それは、体を振るってぶつける攻撃ではない。敵に対して尾ひれを向けるその姿は、まさに()()のそれだ。 神話魔獣リヴァイアサンは、逃げを選択したのだ。だが、もう遅い。

 獣の敗走よりも早く、青年の勝利が訪れる。


「地天魔法、地の砲撃(ザ・グラウンド)


 海中の、更に奥深くから放たれた一筋の光は神話魔獣リヴァイアサンの巨体を飲み込み、跡形もなく消し去った。


「お疲れ」

船旅編もうちょいで終わりです。

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