15.想起
ターゲス・ヴィスコが将軍という称号を得ることが出来たのは内乱を鎮めた功績だけではない。生前の皇帝曰く、それはただのきっかけに過ぎない。
その始まりは先の大陸国の戦争に加勢だろう。当時軍事学校を卒業したばかりの十六歳という若さで彼は現在エイリース国の敵国であるトーラス国へ援軍の中に向った。
彼は幼い頃から魔力がほとんどない体でありながら、その強靭な肉体だけで戦果を挙げていった。
その体格を持ち上げる程の大きな翼を羽ばたかせるだけで多くの敵が屠られていったのだ。その風の威力は誰しもが彼の魔法だと勘違いしただろう。ただの羽ばたきなのに。
次々と戦果を上げた彼はトーラス国から彼に勲章を授与され、ヴィスコという名前も共に授与された。
メイラでは貴族に植物の名を授けるが、トーラス国では騎士に植物の名を授ける。ヴィスコという名前もメイラでは本来宿り木と呼ばれる植物の名前である。
その若さで外国の王から勲章を授けられると、周囲からは国を捨てただの、寝返っただのと酷評を受けるが、大陸から勲章を下げて帰って来た彼を出迎えた皇帝はその忠誠を大衆の面前に問うた。
『ターゲス。其方の花はどこで咲いたのだろう?』
『私の花は生まれた時からメイラで咲き誇っています』
そう言いのけた彼の凛とした佇まい今でもはっきりと覚えている。
その気概を皇帝に気に入られたのだろう、彼は最年少で王宮騎士団に入隊。一年後にはメイラ国でも騎士爵を授与された。
その後もオーキッド皇子への毒殺騒ぎを解決したりするなど彼は着々とその筋肉を鍛えあげながら出世の道を歩んできた。
彼の筋肉は美しい。自分もそれくらい鍛えたいと一時は憧れたものだが、生憎素早さを求めるなら邪魔になるので諦めたのだ。
しかし二十歳の頃親の失脚によって王宮騎士団から除隊。本来連座で処刑されてもおかしくない罪状だったのだが、奏上した本人だっただからか、それとも無関係である証拠があったのか理由は知らないが当時の皇帝からの温情で降格処分で済ませられた。
その後は警備兵に異動し学院の警備を統括する役目を任せられたり、当時内乱が激しかった南方地域に飛ばされたりもしたが、その後も貴族の不正の奏上など遠方から続々と報告を上げることで成果を積み上げ、彼は皇帝の剣である証明を幾度となく掲げてきた。
彼が皇帝を処刑したのは左遷されたきっかけとなった皇帝への復讐だったという見当違いのことを言う者もいるが、自分はそれが間違いであることを理解していた。きっと彼の周囲にいる者は皆理解しているのではないだろうか。
彼は皇帝がその玉座を降りるまで皇帝の騎士として邁進してきたのである。
空には黄金色に染まる空と一番星。そしてどこかの戦艦から煙が狼煙のようにゆらゆらと立ち上っていた。
部下を数人引き連れながら上空からその様子を眺めていると、今まで島の周囲を囲っていたエイリース国の戦艦とその近くには我が国の戦艦が何隻か並んでおり、あれのどれかが対談を行った艦なのだろうと推測する。
その艦の中でやたら大きな翼を見つけ、周囲を飛んでいる部下には状況を確認するよう指示を送るとその艦に向かって降り立った。
「まさか、俺がまた戦うなんて思ってもみなかったな……」
「腕が鈍っておらず安心しましたよ。ヴィスコ卿」
「リチャード殿!来てくれたのか」
自分、リチャード・コメータは人族でありながら空を制する空軍の大隊長である。
火と風の魔法を駆使した飛行術を駆使しており、上空での素早さは第三部隊ではトップクラスだと自負している。
「ベノム嬢を本部で一人にするつもりはなかったんですがね。卿が戦っていると聞いて」
このような対談に向かうならベノム嬢が最適だったはずだ。彼女ならヴィスコ卿が行けと言えば快くその対談に意地でも参加しただろう。彼女も彼を心酔している一人なのだから。
しかしヴィスコ卿は自分で行くことを決めた。大陸での戦を経験しているからだろう。文官もその時のことを知っている人間だった訳だし。
「敬語はやめてくれ。……まぁ、二十年のこともあるしな……」
「懐かしいな。当時戦から帰ってきたばかりの卿を思い出す」
「忘れてくれ……あの頃の私はまだ青臭いガキだったんだ」
メイラ国とエイリース国、そしてトーラス国は戦後それぞれの国と不可侵条約を行い、それぞれが中立国となってから早二十数年。既に世代交代が始まってもおかしくない時期となったが早速その牙を出してきた。
条約なんて国同士が善意で行われる約束事だ。それが覆されることなんてよくあること。戦いが終わった後に来た自分が言うことではないが、忘れたのならまた思い知らせればいいだけのことだ。
「今日のことは反省している。最近はやけに感情的にになることが多い……娘が襲われたと聞いたら居ても立ってもいられなくなった」
「いいや、旧とはいえ王都が襲われたんだ。対談といい、あの国は文官が手を尽くしても仕方ない」
ベノム嬢から寄こされた事前情報によると、エイリースは撤退する条件に娘であるフィラデルフィア嬢の身柄を寄こせと言われていた。
一人の女性一人の犠牲で済むならいいのだが、教会のこともあったばかりだ。それにエイリース国の横柄な態度に思うところがあったのだろう。
『ヴィスコ卿。卿の花は今どこにある?』
『……私の花は陛下のために手折る』
反逆の手を取る前のやり取りが脳裏に過る。
「かつての皇帝に手をかけた卿がまだ戦えるとは思わなかった」
「……俺も驚いた」
硬い掌を握っては開いてを繰り返しては呟くように言った。
ターゲス・シュヴァリエは内乱後、組み手や刃をつぶした剣を使った素振りは出来るが、真剣を持った戦闘が出来なくなったという噂を聞いた。
事実彼はこれまでと同様に鍛錬こそ欠かさなかったが、彼が自ら剣を使って稽古をした様子を見ていなかったから事実なのだろう。
そんな彼が先ほどまで大剣を持って敵を屠ってきたのだから何か心境の変化があったのだろう。真っ先に思い当たるのは数年前に引き取った二人の養子だがはてさて。
「どうするんだ?今大陸から援軍が来たら」
「戦闘は事前に許可は貰っている。戦うしかないだろう」
自分の周囲に転がっている小さな石ころと大剣による損傷跡からして彼はこの惨状をたった一人で作ってしまったのが見て取れる。
若手で彼の魔法を知っている者は少ないが彼の魔法は岩だ。魔力は少ないが魔法で生成した小さな石の飛礫を大砲レベルの威力で飛ばすことも出来る。
体格上戦闘では小回りが利かないはずなのによくもまあここまでやってくれたものだ。
港の方から海軍の追加の処理班を乗せた船がやってくるのが見える。
沈没した船の近くには敵国のボートや浮きにしがみつく敵国の兵たちを囲う我が国の船も見える。もうじき自分の部下が状況を報告しに来るだろうが、これはもう完全に全滅だろう。
「指示は頼むぞ。私は卿の突風に飛ばされたくないんでね」
「はは、貴官のは速度に乗れば関係ないだろう?」
島周囲を囲んでいた敵国の戦艦が徐々に近付いている。魔力は補充部隊がいるので十分ある。久方ぶりの共闘だ。自分の魔力が昂るのを感じた。
「では行こうか彗星!」
「よろしくお願いします旋風!」
―――
「呪術を上書きするためには、解呪同様にその呪いに対して向き合わなければならない」
自分に言い聞かせるように呪術用の祭壇を模すための結界を描く。
ここ数日毎日着ていた堅苦しい服からようやく解放され、普段の平民用の衣服に着替えることができたありがたみですでに感情が高ぶっているのが分かるが抑える。
昨日フィアと自分の間で話をし、この呪いに対する認識の違いを思い知らされた。
呪いをかける方法は、思ったことを口に出すことが基本だ。しかしそれを解除させるには手段が様々だ。
予め目印として置いていた長縄の外側に大陸の古代文字を書き記し、意味を持たせておくことで、儀式中お互いが円より外に出てはいけないという決まりを認識する。
「周囲の線は結界だ。血を飲んだらこの線から出ないように」
そう言えばフィアは素直に頷く。
フィアには焚火の準備を任せた。足の付いた焚き火台を四方と中央に置き、そこに燃料になる薪と薬草を入れて火を起こすだけだ。儀式の時間は最後に薪を入れてから四方の焚き火のうちどれかの火が消えるまで。
乾いた木の枝を用意する事は彼女の十八番だ。子供の頃魔力のコントロールが中々出来なかった彼女が散々やって来たことだから当たり前だ。
「お酒や薬草は互いの感情を出すためだよね。私飲んじゃだめ?」
この国は成人年齢が十三歳のままなのでフィアは十四でありながら成人として見られる。
しかしその年齢だとまだ成長の見込みはある子供だ。
「だめだ。成長が阻害される」
「えー、ロイクは私がこれ以上背が伸びると思う?」
「身長だけではないんだが……」
今のフィアの背丈はアイビーの頃と変わらないくらいに成長している。竜人族であるということと他にも異なる部位はあるがそれでも種族を偽る魔術道具を付ければ完全にアイビーと同じになるだろう。
せめて彼女にはフィラデルフィアとして年相応に情緒も成長して欲しいものだが。
日が沈んでから既に一時間が経とうとしている。
夜は闇に呑まれる分、隠した感情が表に出やすい時間だ。お互いしか見えないよう周囲の灯りを消し、頼れる光は焚火のみにする。
焚き火から少し離れた場所で対面する形で座り、自分の髪を切った。
「……もったいないね」
「ほっとけばまた伸びるだろう」
元々伸ばした理由も髪に己の魔力を貯められないか試すためだった。
結局試すことなく切ってしまったがまた伸ばせばいい。
「お前はどうなんだ」
「髪の短い女の子もいるよ?」
「……さっさと切れ」
フィアの髪は背中まである。伸ばしていたと思っていたが野暮だった。
予め髪紐で束ねてからナイフで切り落とせば髪は肩周りまで短くなる。孤児院に来たばかりの頃も同じくらいだっただろうか
アイビーが心中を決めた頃、己の力を削ぐために何度も髪を切っては削いでいたのを思い出す。
今のフィアを見ているとかつてのアイビーを思い出す。だから自分は彼女への呪いを解けないのだ。
切った互いの毛束を並べて置くと赤髪と白髪が暗闇でも対比して見えた。
中央の焚き火に切った二人の髪と薬草、酒を順番に投げ入れる。最後に酒を入れた途端一気に炎が上がり、薬草の独特な臭いが一気に辺りに広がった。
次に互いが飲む血酒を用意する。今回酒を飲むのは自分だけだ。フィアはその代わり水を混ぜる。
酒や薬草の力を借りてその感情を露にさせ己の感情と向き合う。昔は効果が強い幻覚剤を用いたようだが、取り返しがつかないことになりかねないので向精神作用があると言われている薬草を酒精で漬け込んだティンクチャーを互いの血に水や酒と一緒に混ぜることにした。
親指にナイフを当てて血を滲ませるとフィアが飲む水に数滴垂らす。同じようにフィアも自分が飲む酒に数滴血を垂らした。
本来自分が全て取り込むはずだったモノだ。
自分らの娘であるカタバミが何故どちらの色も受け継がず黒髪黒目で生まれたのかその理由を考えると、いや、ここで考えるのはよそう。
そんな事を考えているとフィアがこちらを見ていた。
「どうした?」
「ううん……なんでもない」
酒が気になったのだろうか。
互いの器を交換し、出来たばかりの血酒を口にすると薬のなんとも言えない味が舌に広がった。
「……まずいな」
「まずいね」
互いに顔をしかめれば思わず笑みがこぼれてしまう。
血酒を一気に飲み干し、器を焚き火に投げ入れて立ち上がる。木の器なのでよく燃えた。
フィアの血を口にしたからか、腕には黒い竜の紋様が浮かび上がる。黒と言えばカタバミを思い出すが今は思考の隅に置いておく。
器を投げたことに驚いたらしいフィアも戸惑いつつも立ち上がっては自分の器を焚き火に投げ入れた。
「おっと……」
「大丈夫か」
「大丈夫。軽い立ちくらみだよ」
掴んだ腕が熱い。酒を飲んでないはずの彼女の方が先に薬が効いてきてるらしい。
手を離し自分は焚き火を挟んで彼女の前に立つ。
「ここからは決めた規則通りに」
「うん」
「「この祈りを捧げよう
この血は我らの契りなり
偽らず
武器を持たず
殺さず
その火が燃え尽きるまで
ただ己が思うままに往け」」
共に諳んじれば周囲の結界が赤く光り、魔術シールドのような壁が出来上がった。
フィアも周囲の壁に気付いたようで余所見ばかりして戸惑っている。
この儀式は自分も初めて行う。赤く光ったのは【空】の属性か、それともフィアが目の前にいるからだろうか。
まだ自分の身体には竜の紋様がある。そんな量の血を口にしていないのに浮き上がる時間が長い。
古来このような場では豊作や雨乞いなど神に祈る為に歌ったり踊ったりしたという言い伝えもあるが、呪う力が竜と同一であるならば、全ては神に通ずるという事になるのだろう。色々と興味深いのだが。
「気にしたら切りがないな」
今は目の前のことに集中しなければならない。
「先手必勝!!」
空からフィアが落ちてくる。
すぐに避けるが彼女もそのまま低空飛行してこちらに突っ込んでくるのをまた避ける。
いくら相手が彼女でもしてやられるだけなのは癪に障る。脚に魔力を込めて彼女の身体目掛けて蹴りを入れた。
「脚なっが!?」
しかし彼女は薙ぎ払う脚を両手で受け止めたかと思えばそのまま跳躍してそれを飛び越えた。
「よく言われる……跳躍の応用ができるようになったか」
彼女の目の前に行き、左腕を掴むと引き寄せながらそのまま地面に叩き付ける。
「っ!?早速魔法使わないで欲しいんだけどなぁ!?」
「飛んでいる奴が何を言っている!」
この儀式は呪いの上書きだ。呪った相手と向き合うならこうして喧嘩じみた試合をする方が手っ取り早い。
『アセビ』
脳裏に長い赤髪が過ぎる。違う。見なければならないのは今のフィアだ。
起き上がらせて仕切り直す。
フィアは今度は空に旋回すると魔法で即興で作った矢を数本こちらに放つが、矢の速度を魔法で制御し刺さる寸前に素手で振り払う。
「卑怯だ!」
「卑怯で結構!」
血の巡りが良いせいかそれともフィアの血の影響か魔力の量が普段よりも多い。紋様が消えないのも竜の力が影響しているのだろうか。
一瞬赤かった結界の色が一瞬白くなる。それに彼女の視線が逸れた。
「他所見するな」
飛んでばかりでは結界の位置を見失うだろうに。
その場で跳躍し彼女の脚を掴んでまた地面に落とす。
彼女は地面に草木を生やして衝撃を和らげたが、落下した衝撃ですぐ側にある中央の火は焚き火が散らばり、火のついた薪がちろちろと小さく燃えている。
「ったぁ……」
自分の下にいるフィアを見て冷静になる。
何故自分は彼女を組み敷いてまでこんな茶番をしているのだろう。
『泣いてるの?』
『アセビ』
そもそも何故自分が彼女を呪っていると自覚したんだったか。
執着の起点が思い出せない。いいや、思い出したくないのだ。
『アセビ』
フィアと出会った頃よりも随分と幼い彼女の声が頭に響く。
『アセビ、ぎせいってなに?』
それはよく晴れた日の朝のことだった。




