14.宝物のありか
「……フィアは、俺を恨んでいるんじゃなかったのか」
「恨んでたらアイビーの時に何度も罵倒してる。それについてロイクは悪くない」
「そう、思っていいのか……」
私が握ったロイクの手は少し震えてて、彼の顔を見据えれば、死ぬ間際の頃のように自暴自棄になりかけてる。
「アイビーの時、アセビと初めて出会って、やっと殺してくれる人が現れたって、あなたがいつ殺してくれるかって、期待してたんだよ」
アイビーだった頃も【光】と【闇】の属性が突出していたわけではないから、アネモネのように人の記憶を覗ける訳でも、ネネのように感情にも機敏でも、かと言ってフレイ先生のように触れた相手の内臓の状態を覗き見ることも出来なかった。
だけどこの世の魔力はすべてわたしのモノだったからか、薄っすらと相手の思想を読み取れることは出来た。
今の私はただのフィラデルフィアだから、魔術の属性がすべて揃っていてもそんな芸当は一切出来ないけれど。
ロイクの膝をついた姿勢は崩れ、そのまま地べたで胡坐をかくと空いた左手を自分の額に持っていく。
「もう初めから分かってたのか……」
「でもずっとそれに苦しんでいたことも分かってたから、わたしは何も言えなかった」
たとえ歪でも幸せだったのだ。
その時間をあなたの手によって終わらせると決めるのにあの時のわたしは何度も何度も考えに考えた。その結果今に至るのだけれど。
それから私とロイクは話し合った。
アセビだった頃、どうしてアイビーが閉じ込められていたにもかかわらずアセビが生まれる場所が島の中ではなかったのか。
前世の記憶が引き継がれる呪いの関連はどうなっているのか、そもそもその代償はなんなのかなど。
色々聞いて二人で考えた結果、やはり呪術の内容を書き換えることになった。
竜の呪いは呪術を解呪するための詩では解呪されないし、呪いをかけた竜もすでに死んでいる。
ロイクは白竜の死後自分と魂が融合したと言うが結局本人(本竜?)ではないし、互いに離れたくない感情が根底にあるので、解くことは出来ないならお互いにとって都合のいいように書き換えた方がいいという結果になった。
―――
「昨日は聞けませんでしたが、お父様、どうしてお二人がここに入るような事態になっているのです?」
「……なんでそこまで強気なんだリナリア」
「私は質問しているのですが?」
リナリアがロイクと話がしたいとアコナイトに打診していたらしく、リナリアがシェルターに訪れた。ついでと言わんばかりに所属も違うはずのウォルも連れている。
なんだかリナリアの様子がただならぬ状態でロイクと対峙しているのでそっとこの場から離れようとしたけど「フィーもこの場にいて頂戴」と言われてしまったので逃げ場はなくなった。
「昨日の襲撃でフィアを狙っている輩から守るためだ」
「……フィー、どうなんだ」
ウォルも知っているはずだけど敢えて私に聞いてくる。
「そうだよ。私だけ狙われてた。あとロイクの魔法を多くの人に見られたから一緒に匿ってもらってる。……流石に寝る時は別々だったよ。この部屋部屋多いから」
「確かに。ここ広すぎだよな」
「ウォルが引き下がってどうするの?」
「いやロイクが悪さするなんて思えないだろ。そういう臭いもないし」
「そこまで聞いてないわよ馬鹿!」
臭いで読み取るなら私達の感情の話だろうか。
とはいえ二人はこんなに喋る仲だっただろうか。手紙を送ってる話しは聞いていたけれども。まさか。
「フィー、変なこと考えているんじゃないんでしょうね?」
「なんでもないです!」
リナリアは人の感情に機敏だ。心を読める魔法を持ってるわけでもないのに侮れない。
ちなみに今のリナリアの髪は真っ直ぐだ。軍人らしく一つにまとめているけれど毛先までしっかりとまとまっている。
昨日の波打つようにウェーブがかかった髪も艶やかで綺麗だと思っていたから少しもったいなく感じる。
確か『髪を真っ直ぐにする薬』だったか、諸々美容に関する薬をガーベラ姉さんや他の女の子たちと一緒に調合しては洗髪の後に塗っていたのだったか。当時手を抜きがちな私にもリナリアが色々やってくれていた気がするが忘れた。
ちなみに孤児院で作っていたのは『髪に艶を出す薬』で、リナリアのはロイク手製の魔術道具だったことを知るのは後日になる。
「でもフィー、襲撃される前に貴女また学院で嫌がらせ受けてたんでしょう?」
「……嫌がらせは前からあったし」
「ウォルから聞いてるのよ。しかも原因が父さんの婚約者であるということの逆恨みで、お近づきになりたい女性からだって」
「おい、俺は聞いてないぞフィア」
ロイクとリナリアの圧が強い。
ウォルめ、護衛に付いてない癖に知らない間にリナリアに何を話しているのだ。リナリアの一歩後ろにいるウォルに睨んでも何処吹く風だ。
「ロイクの話を知りたい人がいてね……それに呪詛返しを持ち歩いてたし護衛もいたから実害はなかったよ」
「……悪かった」
「ロイクのせいじゃないって」
リナリアはそっと溜息を吐いて咳払いをした。
「……本題に入ってもいいかしら」
まだ二人を奥に案内してなかったので、リビングではなく、使用人専用の部屋に案内した。
二人もあの豪華な部屋に落ち着かなかったようで安心していた。
「父さん、ゲリーおじいさまに話したことを私にも説明してほしいの。孤児院は本来通称で、存在しなかったはずよね?あの子たちはどうするの?」
一体ロイクはどういう内容の手紙をリナリアに送ったのだろう。
少しロイクに視線を寄こせばロイクは「あれで通じてないのか」とぼやいた。
ウォルはその場から離れようとしたがターゲスも知っているからとロイクが引き止めた。
一から説明すればリナリアは複雑な顔でロイクを見る。
「……分かったわ。当主は父さんだもの。だから従う」
「含みがある言い方だな」
「えぇ。……確認するけど、私は父さんの娘じゃないの?」
「そうだ」
「私言ったわよね?みんなを守りたいんだって」
「跡を継ぐ以外にも守る方法はいくらでもあるだろ。その中でお前は軍に行って鍛えることを選んだんだろう?」
「だから何のための私よ!!」
両手で机をたたく勢いで立ち上がる。その衝撃で椅子が倒れた。
「私が学校に行くまでに私をおばあ様のご実家に行儀見習いに送ったり協会に連れて行ったりしたのはどういうつもりだったの!?
礼儀作法ならまだしも、協会の仕事を任せたら父さんの跡を継がせるんじゃないかって協会にいる誰もが思ってた!」
そのまま勢いで殴りこむそうな勢いなリナリアをなだめようとするけど、ウォルは私の肩を叩いて止めた。
「それに父さんがシャトーバニラに来たのに私に一切連絡が来てないじゃない!おばあ様に言われるまで私何も知らなかった!」
ここまで感情を荒げるリナリアを見るのは初めてだけど、リナリアの気持ちは分かる。
ロイクも気を遣うのは良いが都合が合わなくても連絡くらいすればよかったのに。
ロイクは普段から色々考える癖に、あまりそれを他者に詳しく話すことはない。説明が下手というより面倒くさがりなのだろう。
ロイクの方を見ると彼は足を組んだままリナリアを見据えていた。
「ロイク……?」
「今のお前は軍の人間だろう。それに第二の大隊長のお気に入り。話さないこともある」
一瞬リナリアの身体がこわばる。確かに私もターゲスから仕事のことを聞くとはぐらかされるので詳しくは知らない。
身内相手でもそんな伝える情報に気を遣わなければならないことに少し寂しさを覚えた。
「お前は、そう思っていたんだな」
「父さんに言われなくても、文官資格くらい取るつもりだった……」
「お前の意志を聞くのに不十分だったのは悪かった」
リナリアはそっぽを向く。
「……謝っても許さないわ。フィーとの結婚も許さない」
「え……」
「それは困るな……」
「大体ウォルもウォルよ。あの時護衛していたのはアイツじゃない!フィーに変な虫が付かないよう守るのが護衛じゃないの!?
義弟でもあるんだから少しくらい反対しなさいよ!」
「え、俺!?」
ロイクと私が結婚したらリナリアとは義理の母娘の関係になる。
もしかしてリナリアにとって母親はダリアだけだろうから私が継母になるのが嫌なのだろうか。
「リナリア、別に無理に私をお母さんって呼ばなくてもいいよ……?」
「そういうことじゃないわよ!……もう、いいわ」
立ち上がっていたリナリアは椅子に座り直しお茶を飲みほした。
「……父さん、母さんの思い出を私に頂戴」
そう言ってロイクに手を差し伸べる。
「頂戴、とは……」
「母さんの形見は私が預かるって言ってるのよ。どうせ今も持ち歩いているんでしょう?生前、一度くらいおじい様達の邸を見に行きたかったって言ってたもの」
「……」
「まさか父さん」
「いや、感傷に浸っていただけだ」
リナリアは知らなかったと言わせんばかりの態度だ。
この面倒臭さは拗ねた時のカメリアと似ている。紹介したら二人は仲良くなれるだろうか。……いや逆効果だろうからやめよう。
「……継母になるんだもの、必要な時にはフィーのことを『お母様』と呼ぶ事はできる。けど私にとって母親はダリア母さんだけ。
父さんがフィーを妻として迎えるなら、母さんの形見くらい娘の私が持っていてもいいでしょう?」
ロイクの瞳が揺らいだ。今はチャームを服の下に入れていたようで、取り出したチャームをそのままリナリアに渡した。
「……捨てられなかったから、助かった」
「捨てたら許さなかった」
「どちらにしろ許さないのか」
ふっと笑みを浮かべるリナリアの顔が誰かに似ているなと不躾にも思ってしまった。
「忘れるのと置いていくのは別でしょう?宝箱が二つあってもいいじゃない」
「……そうだな」
―――
シェルターを出て行った後、帰りの地下通路を歩く。
リナリアの首元には先ほどロイクから受け取った母親の形見を下げていた。首輪ではないがそのチャームを付けているとまるで既婚者のようだから違和感がある。
「それで、踏ん切りはついたか?」
「……」
リナリアの顔を覗き込めば、普段はオッドアイである両目を双方とも灰色にして涙をこらえているから、おいおいここで止めてくれよと周囲を見回しては誰もいないことに安堵した。
「貴方、今面倒だなって思ったでしょ」
「…………思ってねえよ」
「何よその間は。嘘吐くな」
「前から思ってたけど貴族の家に行儀見習い行った割にはガキの頃より口悪くなってないか?」
「アンタに言われなくないわよ!」
地下通路はかなり声が響く。盗聴防止の魔術道具を無言で差し出せばリナリアは自分の手ごと握りこんだ。
思わず手を離しそうになるが両手で掴んでくるので逃げられない。
「~~~~っ!!もう何なのよ!フィーの相手が父さんなら何も言えなくなるじゃない!!」
耳をふさぎたくなるくらいのキンキンした声だ。
「そこからかよ……」
「見向きもされないこと分かってたけど!……っ吹っ切れたアンタを見てると余計腹立つ!」
「えぇー……」
どうしよう、本当に面倒くさい。
「……泣いてる女隣にいて手を握るだけなの」
「知ってるか。失恋した女を慰めるのはかなり面倒なんだぞ」
「フィーを抱き締めた時嬉しそうにしてた癖に」
「いつの話……お前あの時見てたのか!?」
「見ない方がおかしいわよ!」
「そんな訳あるか!あの時アイツにロイクのこと好きだってはっきり言われて俺かなり――」
やっと涙引っ込んだところでこれはまずいと思ったがリナリアは俯いたまま立ち止まる。
「リナリア……?」
「全部、全部父さんから聞いたのよ。養子になった時に、全部」
「……」
「でも、父さんはフィーが好きな私を否定しなかった」
ロイクもリナリアがフィーを好きなのを知っていたのか。自分の好きな人が義理の母になるなんて普通に地獄だ。
「思っても言えるわけねえだろ」
「……なのに狡いわよ。一度は離れようとなんかしちゃって結局両想いになるなんて。私の気持ちはどうなるの……」
すすりながらぼそぼそと話す声は、魔術道具越しのせいかやけに耳に障る。
フィーが暴走したあの日が脳裏をよぎった。
「……そうさせたの、俺だ」
赤くなった目でじろりと睨まれる。子供か。
「詳しい事情は俺も理解できなかったけど、故郷でフィー……竜人族になんかあるっていうのは昔長老の爺さんから聞いてて、それがフィー達に返ってきたんだなって思ってた。
それにあの時の俺は、アイツがロイクを好きになればなるほど、俺の知ってるアイツじゃなくなることが嫌だった」
だから孤児院の卒業を待たずして学院に行くことを提案した。
それにあの時のフィーを孤児院に置いておくのは危険だと思ったし、ロイクのことは嫌いじゃなかったけど、自分の知らないところでフィーの心にロイクという存在が深く浸食していくのが嫌だった。嫉妬だ。
「あの時、悲しんでいるフィーを置いて先に出ていく貴方が許せなかった」
「お前ホント俺のこと嫌いだよな」
「当然よ」
強がりとはいえ、はっきり言われるといくらリナリア相手でも地味にキツい。
「私、貴方が出て行ってからずっと父さんと対峙してるあの子を見てたのよ……疲れたって駄々こねたりしてたけど……あの子が家を出ていく直前まで、あの子にとって気を許せる相手は貴方しかいなかった。
……私じゃあ、あの子の心の穴を埋められなかったのが悔しかった」
彼女から逃げるように出て行った自分よりも彼女を見ていたリナリアに対して弁解の余地もなかった。
「だからせめて……あの子の帰る場所を残しておきたいって思ったのに……」
帰る場所か。真っ先に思い出したのはすでに廃村になっている故郷だ。
リナリアにとってのそれはカレンデュラ家で自分はあの村だ。フィーはどちらだろう。もしかしたら今のターゲスの家かもしれない。
前に聞いた孤児院のみんなを守りたいっていうのも本心だろうが、ロイクはどこまでリナリアの心情を把握して、あんな決断を下したのか考えもつかない。
「お前はそうかもしれないけど、孤児が帰る場所は孤児院じゃない。卒業した奴らを考えたらわかるだろ」
「……ウォルはどうするの?」
「今は師匠の家だろうな」
「……」
それから俺たちは無言のまま地下通路を歩いた。
魔術道具ごとリナリアの手を離さないのは彼女のすすり泣く声を周りに聞かせないためだと言い聞かせながら。




