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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第五章 わたしの檻
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13.今度こそ私は貴方を呪う


///


 自分が醜いと知ったのは父様が遠回しにそう言ったからだ。はっきり言って僕は見てくれが悪い。

 カエルなのだから当たり前だ仕方ない。弟妹達に不細工だと言われるけど仕方ない。


 僕と姉さんは歳が近い。

 何百年と生きる母さまの子供である僕らにとってはほとんど変わらないただの誤差に過ぎないけれど、僕が姉さんの弟妹達の中で一番共に生きた時間が長かった。


 僕が好きな季節は春から夏にかけての雨の多い時期で、姉さんが好きな季節は秋から冬になる時期が好きだった。

 僕は雨が好きだからその季節が好きだけど、姉さんは一番キラキラしているから好きなのだと言っていた。

 星は年中綺麗だし、冬の方が白くてキラキラしているだろうと思ったけれど、そういう意味ではないと知ったのは姉さんが森の小さな獣を自分の力で殺した時、きれいと言ったからだ。


 姉さんは僕に後ろめたさを抱いている。

 まだ姉さんが自分のスープを僕のスープをすり替え、それを僕が飲んで体調を崩したからだ。僕は気にしていないのに、姉さんはそのせいか僕に一線を引いていた。

 おかげでご飯を食べろ、風呂に入れ、布団に入って寝ろと言う僕からの説教には姉さんもある程度聞いてくれる。そのせいか僕は他の弟妹達から姉さんにとって頭が上がらない弟だと認識されてしまった。


 僕らと姉さんは親からくれた愛が違う。

 生まれた順番が違うからなのかは分からない。性別が、容姿が違うからかもしれない。それが公平だったのか平等だったのかも分からない。

 それでも僕らがもらった愛と姉さんがもらった愛の形は違っていた。


 家族と生きる営みはとても尊いことだ。

 そう父様達から学んだから、姉さんと僕は弟妹達を必死に守っていた。

 姉さんが地ならしした道を荒らさないように守るのが僕の役目だった。


 姉さんは自分を「醜い」と言った母様の面影をひたすら探していた。

 自分の髪の色を赤くした状態で鏡を見ればいいのにと言いたかったけれど、そんなことを言えば姉さんがどんな反応をするか目に見えていたから言わなかった。


 子供の頃、父様から心が醜い者達からは蔑まれるだろうと言われた。当時は分からなかったけれど、心が醜い者がどんな人達なのかは長いこと生きていれば分かってくる。

 心が醜いのは姉さんのような人だと思う。姉さんは父様に似ていると言うが、僕は過去の恨みを引きずっている母様によく似ていると思う。


 母様に「醜い」と言われた姉さまと、母様以外の人達から「醜い」と言われた僕。

 「醜い」という共通点が僕らを姉弟にしていた。


 なのに姉さんは僕の気持ちを理解できない。僕も姉さんのことを理解できない。

 僕が姉さんを羨み、姉さんは僕を羨んだ。

 けれど姉さんは僕になりたいというより、きっと化け物になりたかったんだろう。


 本当は姉さんが家族が嫌いなことに気が付いていた。

 嫌いなのに弟妹達を守ってくれていたのは、そうすることで母様に愛されなかった自分を慰めていたことにも気付いてた。


 弟妹に手をかけた姉さんを前に僕は初めて歯向かった。

 力で負けると分かっていた。どちらにせよ殺されると本能で分かった。けれどこの人は許してはいけない線を越えたのだ。

 貴女は本当の化け物になってしまったのだから。


 そんなことをするくらいなら、どうして僕に頼ってくれなかったんだ。

 僕は醜い姉さんのことが嫌いでも、今まで守ってくれた姉さんを報いる気はあったよ。

 嫌いって真っ向から言ってくれれば、僕だって口喧嘩に付き合うことくらいは出来たのに。

 どうして僕らを、僕を、弟として見てくれなかったの。


///



 結局、私はロイクと第二部隊の管理するシェルターへ行く事になった。

 今回の襲撃の件で兵士には箝口令が敷かれているが、学院の学生や関係者には閉ざす口はない。

 学院は急遽休校になり、学生達は寮内か旧王都内にある自宅で待機する事になったので尚更見ていた学生はそれを家族に話すだろう。


 ロイクが魔法で行ったのは対象の動きを止めたことと捕まえる為に瞬時に移動したことだ。

 【時】は魔術の中では【変化】の概念そのものであるため、正確には対象の動きを極限まで遅らせたのだが、それでも傍から見れば止めたり瞬間移動したように見えるだろう。

 対象の動きを止めたり瞬時に移動することはクライアンの空間の魔法でも可能であるため誤魔化すことは出来るだろうが、念の為だ。

 ターゲスは帰って来なかったが既にこの事について連絡はしているらしい。きっと船の上で敵国の使者に詰問してくれているのだろうとのことだ。


 第二部隊が管理するシェルターはいくつかあり、どれもシャトーバニラの地下にあり、いくつかのとなっている。

 私が以前入ったシェルターは平民向けの複数人が使えそうな広々とした場所だったけれど、今回は貴族向けの個室を案内された。

 シェルターにアネモネとシオン……私の子供達がいるのではないかと少しだけ期待したけど、既に別の所に移動したらしい。元々私が学院を卒業するまで会えない決まりだったので仕方ないけれど少し残念。


 元々このシェルターは軍の管理ではなく王宮が直々に管理していた。

 シェルターを作った表向きの理由としては王都が襲撃に遭った際の避難所にするためだったそうだ。地下通路もそのシェルターに通ずる道でもあった。

 ただ、いくら地下にあっても街の規模からして王都内に避難所を作るのは多少無理があるだろうし、収容する人数も足りない。足りないのにそれぞれ個室でしかも広々と豪華になっているものだから緊急時でも使える者は貴族の中でもごく限られた人達だっただろう。

 実際これらのシェルターは内乱時でも使われ無かったため、貴族の税金の無駄遣いとして挙げられる一つだ。


 地下なのにやたら高い天井。クリーム色に小花柄が描かれた壁紙。地下なのに外の絵が描かれた飾り窓や柱。細かい刺繍がされた緑色のカーテン。カーテンの色と同じデザインの布が張られた椅子やソファー。彫刻を拵えた調度品。ふんだんに宝石や水晶が使われたシャンデリア。

 ここまで豪華過ぎると一体どれくらい位が高い貴族が使う事を想定していたのか想像が出来ない。


 ということで根っからの平民である私にとって、ここは内装が豪華過ぎて居心地が悪かった。


「フィア、どうした」

「お、落ち着かなくて……部屋が」

「前に来たことがあると聞いてるが?」


 しかもロイクと同じ個室の部屋にされた。

 いや個室と言えども個室の中にリビングや寝室書斎などの部屋があり、一体何人家族を想定しているのか分からないが寝室も複数あるので寝る時は別なのだけれど、寝室に閉じこもるのも違う気がするし、かと言っていくらするのか分からない椅子に座るのも恐れ多くて結局リビングで直立していたのだけれどロイクに怪しまれた。


「その時は平民向けのシェルターだったし……」


 途中シェルターの管理人から、敵国の襲撃の騒ぎがあったので公園の難民キャンプで野宿している者達は、女や子供、年寄りを優先して平民向けのシェルターに避難していると聞いた。


「そこまで震えるなら部屋を変えるか?」

「……そこまでしなくていい」


 移動するのにも周りの人に手間をかけるだろうし迷惑になる。気がする。それに平民向けのシェルターはすでにいっぱいいっぱいだろう。


「ならせめて座れ。茶をこぼしたりしない限り問題ないだろう」

「……はい」


 既に上着を脱いで上半身はシャツとベストという比較的ラフな格好になっているロイクは辺りを物色していた。

 ロイクは元々貴族だからこの部屋に通されたのは分かるが、流石にそこまで自由になれない。いくら何でも適応能力が高くないだろうか。

 おずおずと布張りのソファーに座ると刺繡があることに気付く。同じ色の糸で刺繡して陰影を表現しているのが分かる。


「見えるところ以外に水晶は無い……か……」


 ロイクの言葉に思わず真上にあるシャンデリアを見上げるが、聞かなかったことにしよう。

 キッチンの食料棚に食材があるとこのシェルターの管理人から説明されたのを思い出し、私は部屋の奥にある使用人用の部屋に入る。本当にこの部屋はどれくらい位が高い貴族が使う事を想定していたのだろう。

 使用人用の部屋は他の部屋と打って変わって落ち着いた雰囲気なので少々安堵する。ベッドもあることから寝るならこの部屋にしようかと思ってしまった。


 管理人から説明された通り、食料庫を覗けば調理前の食材が置かれていた。よく見ると食料の下には転送魔術陣が刻まれているので、直接送られてきたのだろう。


「ロイク、ご飯作ったら食べる?」

「もう緊張が解けたのか」


 物色し終わったのか隣にいたロイクに声をかければ苦笑された。


 ロイクが食材を切り、私がそれを鍋に水と一緒に入れて煮込みスープを作っていく。調理器具が魔術道具ばかりなので必然的に魔力の多い私がほとんど料理していることになるけど、その分ロイクは後片付けも並行してやってくれた。

 こうしていると孤児院にいた頃を思い出す。孤児院を出れば男の子は特に一人で暮らすことが多いから、男女問わず簡単な料理の仕方は教えられたものだ。

 大人数の子供を抱える孤児院では食事準備は大掛かりな仕事だった。当番の子供達と大人三人で行う下ごしらえの時間は授業の一環でもあり、ある種のイベントだった。ガーベラ姉さんが指示を回すのによく騒いでいた。


 よく見ればコンロなど身の回りにある火が必要なモノは全て魔術道具ばかりで、調理をする傍ら魔石を入れる場所に手をかざして自分の魔力を注いだ。

 煙が出ない魔術道具は地下では安全だろうけど、ここで暮らす人は一体どれくらいの魔石を持ち込むつもりだったのだろう。


 具材が煮えるまでの間に食器の片付けをしていると、ロイクはシンクに置いてあった水差しとポットに気付いた。


「この水差しとポットも魔術道具か?」

「……そうだね。カメリアの家が売ってるやつだ」


 ガラス製の容器に金属製の蓋と取っ手が付いた水差しと、台座の付いた鉄製のポットだ。

 先日カメリアが持ってきていたポットとは違うものだけど、月桂樹(ローレル)をモチーフにした紋章(家紋ではないらしい)が刻まれている。


「カメリア……フィアと同じ研究室の娘か?」

「そう。実家が魔術道具作って売っているんだって」

「……そうか」


 ロイクは魔術陣を眺めんと水差しの裏を見たり蓋を開けたりしたものの、残念ながら内部構造は分解しないと分からないようになっているのですぐに諦めたようだ。

 私は水差しを取り、持ち手に自分の魔力を注ぐとみるみるうちにガラス製の器に水が増えていく。

 その水差しの水を隣にあるポットに注ぎ、ポットの台座に魔力を注ぐと台座から熱が発生する仕組みだ。


「これでしばらくしたらお湯が沸くの」

「これも魔力消費が高そうだな。魔石を入れる場所は無いのか」

「うん。でも魔力消費は少ないかも。安全だから貴族家系でも人気なんだって」


 人気とは言っても侍女などの仕事をしない限り自ら湯を沸かす人はいないらしいので、それの利用価値を理解している者は王宮勤めの経験がある貴族か平民との距離が近い地方の貴族くらいらしい。

 先日カメリアが研究室に持ち込んだポットは水を生成し、それを沸かす機能が一つになったものだった。発売が楽しみである。

 だけどこれが平民の間で普及すればかなり生活が豊かになるのだろう。もし自分が故郷にいた頃と同じ暮らしに戻れる自信はあっても、この魔術道具たちを知ってしまえば質素な生活に戻ることが出来ても便利な生活は手放せないと思うくらいには。


 ロイクのこの様子を見れば一時は魔術から手を引こうとしているように見えたが、その様子を見ていると杞憂だったかもしれない。

 折角湯を沸かしているので茶葉は無いかと屈んで食料庫を物色しているとポットを眺めていたロイクがボソリと呟いた。


「……ミスター・ベンジャミンに、家のシールドの話をした」


 突然切り出された話しに茶葉を取り出した私の手が止まる。


「シールドって、石炭を魔力に変換するって魔術のこと?」

「あぁ。厳密には燃える素材を代償にして魔力を得る方法だ。……彼は呪術も究めているから提供する相手として都合が良かった」


 魔石を使わず魔術を使う技術。それはずっとロイクが意地として学院にも売らなかった技術。魔石を作る技術よりも画期的なモノだ。


「教えて良かったの?いや、ベンジャミン先生なら横取りとかしないと思うけど……」

「だろうな。根掘り葉掘り聞いてきた割にはそれを自分のモノにしようとはしなかったよ。むしろ俺の名義で魔法省に報告すると論文にしようと躍起になっていた」


 顔を上げると、学院では珍しい人材だったと寂しげに笑うロイクの顔が見えた。

 普段大人しいベンジャミンがやけにロイクに構うしロイクもそれに付き合えるなと思えばその話をしていたからなのか。気付かなかったのはきっと魔術道具越しに会話していたからだろう。

 ロイクはコンロの火を止めると片膝を付き私と同じ視線に屈んできた。ただならぬ気配を感じ私もそれに合わせて両膝を付いてロイクに向き合う。


「フィア、前に言っていただろう。魔術の研究を辞めようとしてないかと」

「うん……」


 素直にうなずく。周りを気にして結局詳しく聞けなかった話だ。


「確かに俺は魔術や呪術の研究から手を引こうと考えている」

「それは、どうして?」

「……お前を解放するため」


 そう言いながらロイクは首から下げているチャームを握る。亡くなった妻の形見だ。


「……ダリアのモノをまだ身に付けている俺を不甲斐ないと思うか」

「不甲斐ないというか……どうして私じゃないのって思う」


 ロイクがそれを外さないことに思う所が無かった訳では無い。それに以前カレンデュラ家に行った時も、ロイクから結婚の打診をされた時もロイクの首元には何もなかった。


「願掛け……に近いのだろうな。ほとんど意味がないことだが」

「願掛け?」


 ロイクが成功するか分からないことをするなんて意外だ。


「お前に対して無関心になること」


 呪術は言霊と代償にするモノを用意することで完成し、詩によって解呪できるため、内容はシンプルだと思われがちだが、言霊というのは感情に乗せる必要がある。

 その感情を忘れ、因果関係を捨て去ることが一番の解呪方法だ。


「それ以外に無いの?」

「……呪いを解放する条件は俺がお前を殺し血を飲み干すこと、または俺の魂をお前が取り込むことだ」

「結局、そうしないといけないの?」

「……あぁ」


 ロイクは女神の代わりになるものにすがろうとしたんだ。


「今更ダリアの事を思い出しても彼女は死人だ。それに女神ではない。追想に浸り縋ることは出来てもそれまでだ」


 ロイクがアイビーへの呪いを解かない理由が分かった。解かないんじゃなくて解けないんだ。

 竜に近い人ほどその言霊の力が強いように思う。呪われれば呪われるほど呪術を使えるというのも間違いないけど、それは呪われた時に本人がどれくらいの憎しみや感情を揺さぶられたかにもよる気がする。

 実際女神は自身の感情そのものが周囲に影響を及ぼしていたのだ。感情の咆哮。それが竜の力の本分なのかもしれない。


 女神が夫の記憶を封じた理由を再度理解した。

 あの時のわたしは彼の心を理解することが出来なくて、寄り添い方も分からなくて記憶を封じることが精一杯だった。


「なら、どうして私を捨てないの?婚約を破棄しないの?」

「……」

「それに私はロイクを殺してでも島の外に出たいって思ってない。それに言ったじゃん今の島の外はおっかないって。連れて行かれようと私はまだ向こうには行かない。だから呪いを書き換えることに了承してくれたんでしょう?」

「……解呪するより書き換える方が容易いと言ったが了承はしていない」


 大規模な呪いの上書きは危険なのは重々承知している。けれど私の話を聞いたクライアンは乗り気だった。

 私への悪意を全て跳ね返すのだからいいと思ったのか、ただ単に呪術について理解がないだけかもしれない。ベンジャミン先生やカメリア達は全てを知ったらやめさせようとするだろう。

 だけどこれはお互いを縛るだけで、殺す訳ではない。今度こそ私はロイクと共に同じ目線で同じ時間を歩きたいだけだ。


「私は研究熱心なロイクが好きだ」

「……ここまで聞いてお前は」

「私はアイビーを思い出す前から、書斎で魔術を研究する貴方が好きだった。それは今も変わらない。たとえロイクが研究するようになったきっかけがダリアさんのことだったとしても、それでも私は研究に打ち込むロイクが好き」


 真摯に研究に向き合う貴方が好き。ガーベラ姉さんに怒られるくらい時間を忘れて研究に没頭していた貴方が好き。いくら私が頑丈でも助けに来てくれる貴方が好き。


 私が好きな貴方が好き。


「辞めろ……それは」

「アセビはずっとわたしの近くに居てくれたよね……その時わたしは貴方の自由を奪っていたことに気付かなかった」


 チャームを握る彼の手を小さな私の両手で包む。


「違う……俺は……!」

「私のことを愛してるなら、私が愛してるロイクを捨てないで。貴方が嫌いでも私が全部受け止めるから」

「……」

「私は、ロイクが犠牲になった世界で私は幸せになれない。だから私も解呪する方法を探すから」


 私はまた貴方を縛る。


「ロイク、私と一緒に旅をして」



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