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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第五章 わたしの檻
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12.答え合わせ



 私が放出した植物が全て枯れたを確認した後、私はロイクと共にスケイルと他の第一部隊の人達に守られながら私は軍本部に向うことになった。

 馬車の外には馬に乗った兵士が周囲を囲み、上空には姿こそ見えないが鳥族の警備隊が飛んでいるらしい。


「ジュリアも魔力を吸われて重症らしいけどスケイルもネバネバ撃たれてなかった?」

「あぁ、敵から解毒薬を奪った」


 「臭いは残ったが」といいながらぶらぶらと自分の手を見せてくれたが本当に傷一つ何もない。


「ただ臭いは石鹸で落ちるかどうかだな……大分ゲロ臭かったぞ」

「鼻がひん曲がるかと思ったけど……」


 薬品の正体は分からなかったが魔力を封じ込める効果があるらしく、肌に直接触れていなくても周囲の魔力を吸い取り、実質魔法の無効化をしていたらしい。

 そのため薬品に長く触れていた者は長く触れていた分だけ魔力を吸収していたようで、それは私が放出した植物よりも強いようだ。そのせいかジュリアやその薬品をかけられた者たちの顔色は悪くなっていた。

 ただスケイルの言う通り、敵が散々うち飛ばしたせいで何とも言えない酸っぱい臭いが辺り一面に広がり、私を含めた嗅覚の高い魔族のほとんどが悶絶していた。


「でもジュリアはそこまで長い時間薬品をかけられていなかったはずなのに、顔色が悪かったんだろう」

「アイツは体内の血液を操作するのに集中していたんだろ。仕組みは分からないけど、怪我の治りが早くなるらしい」

「それは魔族限定の技か?」


 しばらく無言だったロイクが食いついてきた。


「使える種族は知りませんが、少なくともその技は水使いしか使えませんしデメリットもあるでしょう」

「そうか……」


 掴みどころがない彼の様子にスケイルは私に視線を寄こしたけど私もどうにもできないので苦笑いで返した。

 そうこうしているうちに第一部隊の本部の前に馬車が止まる。


「お嬢、まずは医務室で怪我の確認だけしよう」

「私何も怪我してないよ?」


 護衛がいたのだ。守ってくれたので傷一つ付いてない。ジュリアに本気で刺されそうにはなったけれど。


「クライアンからの指示だ。最初の霧に幻覚かそれに近い作用の毒も仕組まれた可能性があるから確認する」

「……そっか」


 じっとロイクの方を見ると怪訝な顔をするロイクの顔に手を伸ばして頬をつねってみた。思ってたより柔らかい。


「やめろ痛い」

「ちゃんとロイクだ……」

「つねるなら自分のにしろ」

「いたたたたっ!?ぐりぐりはやめて!」


 げんこつを押し付けられた頭を押さえているとスケイルから鼻で笑われたのだった。

 雑談をしながらスケイルの案内で医務室に入った途端、衝立の向こうから騒ぎ声が聞こえてきた。


「ちょっとくらい構ってよー。クリスもいなくなったのにじっとしてるとかつまんなーい」

「はぁ!?それくらい我慢してください。殴られて脳みそまでイカれたんですか!?」


 あの駄々をこねた声はジュリアか。もう一つは聞き覚えがある気がするけど思い出せない。第一部隊の誰かだろうか。

 常駐している人族のふくよかな医者が申し訳なさそうな顔で出迎えてくれたが、スケイルを見た瞬間アレをどうにかしろと言わんばかりの顔で衝立の向こうを指した。


 当のスケイルは「お嬢のほうが喜ぶ」と取り合ってくれないので仕方なく衝立を覗くとベッドにいるジュリアが女性の兵士に抱き着いてる状態だった。


「じゅ、ジュリア……?」

「あっ!お嬢ぉお、聞いてよこの姉ちゃん後輩のくせに素っ気ないんだけどー」


 ジュリアのツインテールは降ろされ頭にはぐるりと包帯が巻かれている。こめかみには白いガーゼが張られており、殴られた個所はすっかり腫れが治まっていた。


「素っ気ないじゃなくて仕事で……す……」

「お姉さんを解放してあげてください……え?」


 ジュリアが抱き着いている女性と目が合う。ウェーブのある黒髪に灰色と青色のオッドアイ。少し日に焼けているし眼鏡もかけていないけれどどこか面影がある。


「リナリア……?」

「フィー……」

「やっぱり、リナリアだ!」


 「なに、アンタお嬢と知り合い?」なんてのんきなジュリアを差し置いて私はリナリアに駆け寄る。


「ここで会えるなんて思わなかった!久しぶり!眼鏡外したんだね。髪も」

「久しぶり……変わったのはお互い様よ」


 リナリアは顔からつま先まで見ては少し苦笑する。

 フィーは知らない。リナリアは小奇麗にしていない今の姿を見られたくなかったと思っていることを。そしてその二人の様子をロイクが複雑そうな顔を浮かべながら見ていたことも。


 結局二人に置いてけぼりになったジュリアはスケイルが後から彼女の首根っこを掴んでは遠ざけてくれた。


「ジュリア、お前またガキに戻っちまったか?」

「えー、そんなの知らなーい。アンタでもいいから構って」

「は?嫌だ」


 ジュリアは疲労によってストレスが溜まると酒に酔ったかのように誰彼構わず抱き着く。

 連日の護衛任務が続き、定期的に回される事務作業の仕事が重なって、ストレス発散も兼ねていた鍛錬の時間が削がれていたジュリアは無意識のうちに疲労が溜まっていた。


 それを知っているのはこの場においてスケイルだけなのだが、スケイルはそんなほぼ酔っ払いのような彼女とまともに取り合うのは面倒なので、懐から彼女の好物である燻製した干し肉をちらつかせては彼女に投げた。

 するとジュリアはそれを両手で受け取ると犬のようにかじり始めたので、スケイルが顎でさっさと行けと促すとその隙に全員衝立から出ていった。


「あの、ありがとうございました」

「いい。それよりもリナリア。後でアイツを魔法で眠らせておけ」

「え、いいんですか?」


 気が引けるような素振りをしているのにリナリアの目はすごい輝いてる。


「待て、彼女は顔を殴られ頭を踏まれたと聞いてるが、なぜそんな重傷者がこんなところにいるんだ。リナリアがいるとはいえ頭蓋骨が折れているなら調べる必要があるはずだ」


 ロイクはちらりと医者に視線を向けるが彼も視線を泳がせている。だけどスケイルがにやりと笑みを浮かべながら医者の肩に自分の腕を回した。


「この先生の魔法で調べられるから問題ありませんよ。それにアイツというか、俺たち三人は病院から出禁にされてるんだよな。なぁ、おっちゃん?」

「それは君たちが暴れるからだろう……!全く子供じゃないんだから……」


 完全に振る舞いはその辺のチンピラと同じそれだ。必死に反論している医者に同情の目を向ける。

 素のスケイルにロイクが一瞬困惑していたが、考えることを辞めたらしい。


「ところで、毒を吸った可能性があるという残り二人は誰なんだい……?ハイドランジア中尉から聞いたんだけど……」

「あ……」


 私とスケイルは静かに手を挙げたのだった。



―――



 診察と治療を終えて、私とロイクはそのままスケイルの案内で第一部隊本部の建物内にある取り調べ室に入る。窓もなく、壁紙も張られていないのっぺりとした牢獄のような空間だ。

 あるのは木製の簡素な机と椅子だけで、既に眼鏡をかけたクライアンが筆記の魔術道具と灯りの魔術道具の用意をしている最中だった。


「隊長。ただいま参りました」

「よく来た。スケイル。ジュリアの容体は」

「命に支障はないようで、後遺症も残らないとのこのです。

 頭部を殴られたので今は大事を取って安静だと。あと連日の疲れもあったようなのでカレンデュラ訓練生の魔法で眠らせました」

「……分かった。スケイルはしばらく執務室で待機していてくれ」

「はっ」


 スケイルは形式上の敬礼をするとすぐに部屋を後にした。

 スケイルとクライアンが業務的なやり取りをするのに違和感を感じたが、そういうものだと流しておく。

 むしろ普段クライアンをジルベールとジュリアの三人で寄ってたかってだる絡みする光景の方がおかしかったのだ。


 クライアンは「本来なら別のところに案内したかったんだが、盗聴を危惧してここにした」と先回りするように話した。元々そういう魔術が仕組まれている部屋なのだそうだ。

 盗聴と聞いてふとアリスが思い浮かんだけれど彼はすでに軍を辞めていたのだった。


 それから私の口から今回の一件について話した。クライアンは「おおむねジュリアの報告と同じだな」と手元の書類を見比べる。


「私達が君が狙われる可能性があると判断した経緯として、今、君のお父さんが大陸の使者との対談に護衛として参加している。結局話はなにも進んでないようだが」

「いつの間に……」


 ターゲスが護衛と言われるとかえって目立ちそうだ。身体が大きいから。


「その際に君をエイリースに欲しいと言われたが彼がそれを断わった。

 ここまでは良かったんだが、先日国に侵入した魔獣達にまぎれて数人が上陸していたことが同じくらいのタイミングで判明した」

「調査してたんですか。知りませんでした……」

「内密に進めていたからな。魔獣を放流するために上陸した兵士の中にいたんだろう。公表しても良かったが混乱を招きかねないから不審な人物を見つけたら報告する程度にとどめていた。

 案の定騒ぎに乗じてどこかに数人潜伏していたようで、地方で狩りつくしていない魔獣と合わせて捜査していたんだ。その過程で研究所の方からこれが」


 そう言って取り出されたのは薬品を入れる瓶だ。その中には緑色の液体が入っていた。先ほどスケイルとジュリア達がかけられたものとよく似ているが、サラサラしており粘性はあまりない。

 ロイクが瓶を傾けて観察しているとクライアンに問うた。


「魔獣の体液から精製したのか」

「えぇ。詳しく言えば魔獣の胃液を濃縮したものです。元の魔獣は魔力を吸収する能力に秀でており、魔法を実質無効化するにはうってつけだったんでしょう。

 それに劣化も激しいはずだ。時間を止める魔術を使おうにも薬品が魔術を無効化するから現地で作るしかない。フィー、以前君に見せた魔獣だ」

「え、あの子ですか!?」


 放流された魔獣に紛れ込んでいたというが、まさかこの薬品を現地で精製するために連れてきたのだろうか。とはいえ魔獣の胃液とか嫌すぎる。道理で臭かったわけだ。


「紛れ込んできた割には数が多かったのが気になったが、放流したのは嗅覚が鋭い魔族から誤魔化すためだったんだろう。

 その薬効と先ほど話した対談の結果から君を強奪する可能性が浮上した。ここまで急に来るとは思わなかったが」

「……」


 ロイクはクライアンを無言でねめつける。


「囮にするにしては、少々役者が足りなかったのでは。時間稼ぎをするにも護衛二人には荷が重いだろう」

「え……?」


 ロイクは両足を組み直す。クライアンは「緊急時の対応として彼らはよくやってくれたと思いますが」と眼鏡をかけ直した。


「初め貴方の話を聞いて、突然俺を迎えに来たのもあちらが俺を殺す可能性を危惧したのかと思った。

 実際俺も流石に現役の軍人を複数相手に勝てる自信はない。不意打ちされるなら猶更。それに昨日から学生や教員以外の視線はたびたび感じていたからな」


 私は流石に直前まで視線を感じなかった。もしかしたら護衛たちは気にしていたのだろうか。


「だがそれなら俺と学院で合流した時点で軍の本部に俺を転移させてフィアを迎えに行けばいい。王都の端と端を数回行き来するくらいの魔力はあるはずだ」


 確かにクライアンは純血の馬族で元貴族だがロイクのように魔力がないわけではない。それに魔石を使っての転送も可能だし。


「なのにわざわざ歩いて学院を出たのは、見えない敵の居場所を自分の魔法で把握するためか、引き離すためか、それとも敵が俺の狙っている場合の囮か。

 それに学院の方からの信号弾にすぐ気付いたら、すぐ俺にあたかもフィアに危機があるような言い回しをしたな。他の兵士も同じ信号弾を持っているはずなのに」


 途中からロイクはクライアンに目を合わせないで話し始めた。

 まるで自分の中で整理するようだ。彼が魔術の研究をしている時と似ているのはベンジャミン先生と共に研究室にいたからだろうか。

 反面クライアンは無言で彼を見ているが未だにしらを切っている。


「それに真っ先に本部から飛んできた警備隊は全員鳥族だ。魔力を封じられれば飛行できなくなるのは目に見えているのに他種族の部隊を用意しなかったのは、フィアを囮にすることを決めたからだろうか。いやそもそも大事にしたくなかったのか?

 フィアは表向き一般人で平民。彼女を巻き込むのは彼も性格からして本意ではない。……それを許容したのは彼女が島の外から出られないことを知っていたから?それとも上官の指令か。ならフィアにかかっている呪いを知っているのはターゲスと、貴方と一部の上官くらい……」

「……今回指示を出したのはアコナイト第二部隊長だ」


 とうとう種明かしを自分からしてしまったクライアンは「貴方の考察力には恐れ入る」と深く溜息を吐いた。

 ロイクはようやくクライアンに目を合わせると「ターゲスはどうした」と問えば「まだ海の上です」と返す。まだ帰ってきていないのか。


「すまない、フィー。アコナイト……彼女に反論するにも時間がなく、代替案を作ることができなかった」

「その場の最善策がフィアを囮にして敵を釣り上げることか」

「……」


 彼にここまで申し訳なさそうな顔をされると怒るにも怒れない。


「ロイクもういいよ。クライアンさんからすれば上官命令だし。その様子だと私またシェルター行きですか?」

「今夜はそうだな。……指令局長用の住まいがあるんだが前の住人達も最近やっと引っ越しが済んだばかりで今は何もないが」

「え、でもそんないきなり引っ越しって……」


 引っ越ししないといけないなんてまたターゲスの連絡不足だろうか。だけど「元々部屋の内装の修繕が終わった後に話すつもりだった」と補足する。


「どちらにせよ一時的な軽い目くらまし程度だろう?今はそれでいいが今後はどうするんだ」

「護衛の人員を増やし、街の出入りを制限し監視を強めるしかないでしょう。今回の件であちらが彼女を狙っていることが明確になりましたから」

「あちらは魔力を無効化する術を持っているんだろう?なら王都を封鎖しても同じだろうし、貴方もそれは自覚しているはずだ」


 確かに。


「……生憎、人がいるこの敷地以外に彼女を守れる所がありません。ほかに何処に行けと?まさか王城に住まわせるわけにもいきませんし」

「あんな気色悪い場所にフィアを行かせるか」

「えっ?」

「冗談だ」


 そういえば今まで消えていた歴代の【女神の夫】の記憶はどれくらい戻っているのだろうか。

 皇帝だった頃の記憶も思い出しているのなら、王城の内部の構造も覚えていてもおかしくないのだけれど。


「なら何か考えでもおありで?」

「ない」


 色々口出しておいて何も案がないロイクにクライアンの血管が切れそうになっている。流石にこれはフォローしづらい。

 私が狙いだとしても現状私は国から外へ出られない。だけど周囲に危害が加わるのはごめんだ。呪いか。呪い。


「……あの、それなら私囮になるよ?」

「フィアそれはーー」

「だけど」


 ロイクの言葉を遮る。今回私が囮として利用されたことにロイクが怒ってくれたことは嬉しい。けれど私はそんな貴方を倒せる程度には戦えるのだ。


「ロイク、まだ私のことを呪える?」

「は?」


 ロイクがそうやって驚くのを見るのは初めてかもしれない。



―――


///


「ねーねー、スケイルが第二にいた時アイツを見てたのってアコねぇ?」


 招集先でフィーの護衛をしていたという女性兵士がハイドランジア中尉と話している声が聞こえた。

 衝立の向こうが気になったけれど、常駐しているお医者様からは守秘義務だからと言って遠ざけられた。


 それでも気になって器具の洗浄中耳を魔力強化して聞いていると二人の会話は上官とその部下というより、親と子のような、兄と妹みたいなトーンでの会話だった。


「敬語が抜けてるぞ。……そうだと聞いてるが、どうした」

「アイツ器用で頭良かったから、アタシやジルベールと違って軍入ってすぐに別のとこ引き抜かれたじゃん。

 あの蛇、どっか堅いとこあるからあの人に義理とか恩情みたいなの持ってたりすんのかなって。アリスともなんやかんやで仲良かったし」

「……」

「アイツの立場がどうあれアタシはアイツのこと仲間だって思ってる。多分ジルベールもそう。でもクリスはどうすんの?」


 布が擦れる音がする。慌てて蛇口をひねって水の音で誤魔化したけれどはっきりとその声は聞こえた。


「証拠がない。それに、信じてるならなぜお前は怯んだ?以前のお前なら無茶苦茶な魔法で周囲を破壊してでも敵を殲滅できただろう」

「……」

「任務に私情を持ち込むな。俺はこれでーー」

「……クリス、アタシと結婚して?」


 思わず衝立の方を二度見してしまった。


「断る」

「えー、クリスのいけず」


///



「……私が聞いたのは以上です」

『ありがとう。ジュリアには妙な誤解されてしまったようだ』


 突然招集された先で聞いた事を淡々と話すと通信機越しにアコナイト様の声が返って来て私は一瞬身が強ばる。初めは別の人が話していたのに声が変わったからだ。


 たまにアコナイト様は私に情報収集をさせては、時々こうやって試験をする。

 大体は直接彼女が私と接することはないし、別の人が対応する日がほとんどだけど、今日はアコナイト様ご本人が出てきた。今回はそれくらいの惨事だったのだろう。


「あの、ジュリア兵士のは……」

『あぁ彼女のアレはいつものことだから気にしなくていい。昔から惚れっぽいんだ。ちなみに私も陸軍時代に何十回も彼女から求婚されている』

「はい……え、えっ!?」

『ふ、それで、幼馴染みに会えた感想は?』


 普段は静かな池に様々な情報という名の石が投げつけられて波打つ水面に、一番大きな石を投げられてしぶきが上がった。


「……最悪な気分です」

『ふふっ、まだ根に持ってる?』

「滅相もございません」


 『いい性格してるよ君は』とからからと笑う彼女の言葉にやっぱりウォルと話したことが聞かれていたことに、少しだけ背中に汗が流れた。


『君には二つ頼みがあるんだ。一つは君の父上に面会をして現状を聞き出して欲しいということ。外出許可を出そう。その時に聞いて見て欲しい。それともう一つは文官資格を取れ』

「は……」

『これの期限はそうだな、君が三年生になる前には。資格の方の詳細は後で部下に送る。君なら余裕だろう』

「承知いたしました」


 文官資格と聞いて領地の管理を手放した父さんのことが頭によぎる。外出許可をわざわざ出してくれるのもその辺の情報をアコナイト様は知りたいのだろう。

 それに文官資格にもいくつか種類があって難易度も若干違う。いくら猶予が長くてもそう期待されるのは少しプレッシャーだ。


『君には今後色んな任務をさせるだろうが、今の私が今の君に求めるのは耳だ。それだけはゆめゆめ忘れないように』

「……はい」



―――



「アコナイト大隊長」

「お疲れ様。クライアン()()()。それとも今回は小隊長の方がいいのか」

「どちらでも構いませんよ」

「それにしても遅かったね」


 人払いされた彼女の執務室に訪れた時には既に日も沈んでいた。

 彼女は自分の執務室の机を人差し指でトンと叩くとクライアンは彼女の前に報告書を渡す。


「先に自分の上官と話をしていたので」

「あぁ、あのぱっとしない新隊長……」

「本人の前で言わないでくださいよ」


 先日ターゲス元帥の後任として就任したばかりのアッシュに内心同情する。軍人としては自分らよりも十年以上先輩なのだが。

 大隊長が変わってからクライアン中尉はターゲスの側近兵を()し、治安維持部を担う中隊長を務めながらその中にある第三魔族小隊を兼任して受け持つことになった。

 ターゲスの側近兵を辞めてからは元帥になったターゲスとも少将であるアコナイトとも直接話すことはないと思っていたが、なぜかこうして直接話す機会は途切れなく続いている。


 ペラペラと報告書を読む彼女に対し、独り言のように呟いた。


「……カレンデュラ訓練生をわざわざ寄越してくれたのは彼女を試すためだったのか」


 リナリア・カレンデュラのことは書類の情報とドックウッドから聞いた彼主観の話しか知らない。

 しかしアコナイトなら二人が過去にやり取りしていた手紙の検閲情報から彼らの関係性を察していたはずだ。

 しかもわざわざ訓練兵であるリナリアを寄こしたのは病院を出禁にされているジュリアに応急処置を施すだけではなく、敢えて自分の養父あるカレンデュラ当主とその婚約者であるフィーと偶然を装って対面させることでその際の感情の変化を測っていた。


「女の顔に傷を残すのは致命傷でしょう。後遺症をなくすには彼女の能力は都合がいい。それに使える者は使いますよ。……ただ、今回はジュリア本人のコンディションを彼が見誤った」


 しかも今回フィーを護衛していたスケイルは従軍した二年目から内乱が終わるまで第二部隊に所属した経歴があり、アコナイトとも顔見知りだった。

 スケイルは問題児の一人だと言われているが、アコナイトはそれを彼なりの演技だと思っていたらしい。一人でいる時は基本大人しいのだから無理もない。


 アコナイトがスケイルを利用するのは自分が許可したものの、ジュリアが言っていたこともあながち間違いではないのだ。

 アコナイトはその立場上物事を把握するのが早い。

 しかしそれは彼女が過去関わりのあった者とのコネクションの存在があってこそのものだ。つまりアコナイトとつながりのあるスケイルは第二から来た耳やスパイとも言える。


「スケイルのことはあの二人も気付いてるぞ」

「……そうですか」

「これ以上うちの部下を利用するのは控えることだな」

「仕方ないですね……」


 アコナイトも諦めたらしい。


「……ところで、あの雷女はどうするつもりですか」

「雷って……お前がそう呼ぶのは懐かしいな」

「貶したくもなります。……貴方の管理が不十分だったとも責めたくなる」


 ヴェロニカは現在第二の監視下に置かれている。行動を制限する魔術陣を入れ直すためだ。もうじき帰ってくる頃だろうか。

 表向き彼女への処罰はないが、行動を制限される際に生じる激痛を無視していたことも判明したため、魔術陣を変えることになった。


「……今後も俺の側に置くことに変わりない」

「今回はその痛みを乗り越えた彼女の精神は私達の想像を超えていたために起きました。刻まれている魔術陣も強化されたましたが、次はないですよ」

「分かってる」


 この件もあったから自分はターゲスの元から離れることを決めたのだ。次は彼女の騎士の矜持をへし折ってでも止めなければ。

 クスリと笑ったアコナイトを見れば彼女の目は自分が渡した資料に目が行っていた。


「それにしても、フィラデルフィア嬢の考えることは面白い。自分にかけられた呪いの内容を書き換えるとは」

「全くです……」


 その案を彼女が出した際、呪いをかけた本人ですら戸惑っていた。


「自身の行動できる範囲内をとある地点から半径数キロメートル以内に狭め、狭めた分はその範囲内で自身に降りかかる攻撃を弾く。か……」


 フィーはメイラから出られない。

 元は【女神の夫】がとある目的を達成する為に女神にかけた呪術で、女神が島から逃げないためにかけられたのだそうだ。

 しかしそれから既に何千年もの時が経ち、その目的を果たす意味も無くなってしまった今でもその呪いは残っており、先日ターゲスがそれを確認した。


 そのことが判明した今、呪いは解く方向でいたようだが、現状エイリースがフィーを狙っている以上解呪する手段が解明されても解呪せず、むしろ上書きをして彼女を守る呪いに変えることになった。

 そんな何千年も前からある呪いを書き換えることは可能なのかと聞けば、カレンデュラ当主からは「むしろ解呪するより容易い」と言われ、思わず気が抜けそうになった。

 初めはシャトーバニラの街全体を覆ってくれればと思ったが、それでは現在フィーに悪意を向けている学院の学生がどうなるかは分からない。魔術とは違い細かい指定が出来ないのが難点だ。

 それに上書きと入ったが制限が強くなるであろうその呪いは、元に戻すことができるのだろうか。


 しかしそんな様々問題も思わぬ、いやむしろ自然な方向で解決することになる。



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