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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第五章 わたしの檻
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11.だけど叱られるのは慣れない



「ごめんなさい。……ごきげんよう」


 私は言葉だけの挨拶をして研究室を出る。

 ナスタチウムとろくな挨拶が出来ないまま、護衛の二人に急かされる。既に迎えが来ているらしい。


「何があったか説明してくれませんか?」

「その前にマント着てくれ」

「え、あ、はい……」


 研究棟から出る前にスケイルに促され、私は自分の鞄から姿隠しのマントを取り出しては身に着けた。ちなみに二人は姿を隠せる魔術道具を持っている。

 私がマントを着たのを確認すると二人に挟まれた状態で歩き出す。ジュリアが口を開いた。


「アタシ達が聞かされているのは学院から出ろって事だけ」


 研究棟がある場所は学院の中でも部外者は立ち入りが原則不可能とされており、普段は魔術のシールドで出入りが制限されている。

 城門のような校舎がぐるりと囲うように建てられているのでそれが境目だ。『境界門』と皆は呼んでいる。

 たまにその区域でも馬車を見かけるのだが乗っているのは大抵が老齢の教師か許可された客人くらいだ。魔法省の人間だろう。

 数年前なら身分の高い学生なら乗っていたらしいが、内乱の影響もあってか私が入学した頃には既に禁止されていた。

 スケイルは「詳細は知らないが」とその場で口を開く。


「同じ命令がカレンデュラ殿にも来てた。先ほど彼も学院から出て行ったようだ」

「うわはっや」


 ジュリアのドン引きにも共感する。

 研究者が受け持つ研究の重要度や成果によって研究室が割り振られるらしいが、ミズ・ナスタチウムは境界門から奥まった研究棟にあり、ベンジャミン先生の研究室がある研究棟は境界門から近い。

 ロイクが居たのはベンジャミンの研究室なので早いのだろう。


「でもロイクまで?」

「念の為だ。あと事情を聞くためにあちらもお嬢の家に行くらしい。クライアンが迎えに行ったから既に向こうに着いてるだろうよ」

「えー、クリスこっち来てくれないかなー?」

「魔力次第だろ」


 そんな会話をしながら早足で歩いていると視線を感じた。二人も雰囲気が堅くなる。


「何かいる」

「あぁ。でも止まるなよ」


 二人は歩く速度が上がるのに呼吸に乱れがない。

 だが刺さる視線が複数に増えている。


「お嬢、何かあったら」

「……わかった」


 気を引き締めて拳を作る。

 私は一人で飛べるようになってからは、襲われたら飛んででも逃げろと言われている。

 シャトーバニラの街は基本的に飛行禁止だ。例外は自宅の庭と軍の敷地内。そしてその日の警備担当の軍人と国の要人くらいで、一般人が空を飛んだら警備隊に捕まるか、魔術で感知される。

 姿隠しのマントを身に着けても魔力で感知されるのですぐ軍人に捕まるが、敵に姿を見られるよりかはいい。保護してもらう目的もあるのだ。


 境界門を潜れば立ち入り禁止区域から抜けて馬車に乗れる。

 その建物が見えて来たところで突然現れた濃霧で視界が塞がれた。


「霧!?」

「!?……吸うな!」


 スケイルはすぐに風の魔法で周囲を吹き飛ばすが、広範囲に広がっているようで視界が開けない。ジュリアはすぐに信号弾を上げた。

 二人は首元の襟を上げてマスクにするが、フィーは杖を使って水中で呼吸が出来る魔術を展開する。


『杖を仕舞イ、歩ケ』

「……!?」


 後ろから妙な訛りの言葉で囁かれた。フィーの背中に何か固いモノが当たっており、ぐりぐりと前に行かせようとする。

 護衛の二人は気付いてないのか気付かないふりをしているのか変わらず警戒している。声が聞こえないのは魔術のせいだろうか

 マントに魔力を流そうとしたがマントも掴まれているので姿を消しても意味が無い。

 杖を腰にある専用のホルダーに仕舞うふりをして服の袖に入れる。一歩踏み出すとジュリアが私の方を見て気にかけてきた。


「お嬢?」

『何もナいと言エ』


 学校を休んでいる間みんなと再度訓練しておいて良かった。


「大丈夫だよ。()()()()()()

「「!」」


 オレアンダーという名前の護衛はこの場にいない。「危険」という合言葉だ。ジュリアが剣を抜くと同時にスケイルが私の手を引いて抱きかかえた。敵も「知らセやがっタな!?」と声を荒げられる。


「ひっ!?」

「は?」


 ジュリアの細い針のような剣がスケイルに抱えられた私の目の前に突き付けられている。ジュリア本人も困惑の表情をした。


「二人ともフードを被れ。髪色が目立つ。ジュリアあとは自力でどうにかしろ」

「チッ!わーったわよ!!」


 ジュリアに合わせて私も慌ててマントのフードを被り直すと、スケイルは地面を蹴り上げて真っ直ぐに上空へ飛んだ。風の魔法を使った跳躍だ。

 建物二階くらいの高さまで上がると霧が晴れる。その瞬間境界門の上に二人いるのが見えた。

 向こうとと目が合い、私はすぐに袖に隠していた魔術の杖を向けた。あちらも反撃をしようとするが、先に境界門の上から展開された魔術陣から雷が打たれる。


「よくやった!」

「ありがと!」


 当たりだったようで、瞬時に霧が晴れ、境界門の下には二人が伸びているのが見える。

 ジュリアがこちらに駆け寄ってきた。


「ごめんお嬢、大丈夫!?」

「大丈夫」


 私はそのままスケイルの腕から降りるのかと思ったが、スケイルは翻るとべちゃりと石畳の地面に粘着質のある緑色の液体が付着した。しかもつんと酸の臭いがする。


「くっさ!」

「薬品か!?」


 気付けば濃霧の影響か周囲の学生が騒然となりパニックになっている。

 ジュリアが「近くの建物に逃げろ!」と周囲の学生に呼びかけると聞こえた者からぞろぞろと逃げていく。


「お嬢悪いが、その状態のまま軽く浮けるか」

「えっ、こ、こう!?」


 自分の翼に魔力を込めて浮遊すると「それでいい」とは言うが加減が難しく今度はこちらが不安定になる。けれどスケイルはその状態で私をジュリアに向って投げた。


「ジュリア頼んだ!」

「わっ!?」

「オーケー!」


 スケイルはすぐに腰から剣ではなく身長よりも長い槍を取り出す。「ごめんねお嬢、スケイルムッツリなの」と言いながら私を自分の左肩に乗せると「ムッツリ言うな!」とスケイルが言い返した。


 しかしどこからとも無く飛んでくる薬品を三人それぞれの魔法で弾き飛ばしていくのは一苦労だ。簡易的なシールドを展開しても魔術だかなのかすり抜けていくし、呪詛返しを使おうにも一度薬品に当たらないと効果が発生されないので共倒れだ。


 そんな中で危機感のない学生は校舎の窓からなんだなんだと覗きギャラリーも増える。窓から顔を出した学生の顔面に薬品が当たったのが見えた。

 姿隠しのマントを使って飛んで逃げようにも魔法や魔術による狙撃は空の方が狙いやすいから飛べない。幾度となく飛ばされる攻撃を避けながら走ると、境界門の向こうから鳥族の警備部隊が飛んできたのが見えた。


「応援が来たよ!」

「おっそいわね!」

「油断するなよ!」


 スケイルの警告も間に合わずジュリアがその薬品を避け切れないまま胴体に当たり、彼女は咄嗟に私の左腿を掴んで投げ飛ばした。

 さらにジュリアは顔面を殴られたように身体を捻りながら倒れてしまう。

 浮遊に魔力を使っていたのですぐに飛んで地面に足を付けるがすぐにスケイルが腕を掴んだ。


「ジュリア!」

「お嬢逃げるぞ」

「でもっ!」

「アイツらはエイリースの人間だ!お嬢を狙う理由は分かるだろう!?」

「っ!?」


 いつの間にかフードがめくれて顔が露になったスケイルの顔が切羽詰まっている。

 スケイルがすぐに私を抱きかかえて境界門の中に逃げようとするが、その先にも誰かいるのか薬品が飛んできた。しかも応援に来た上空にいる警備隊も次々と例の薬品をかけられて飛行困難になっている。


「無駄ダ」


 ようやく姿を現した敵の一人はジュリアの近くに立ち、彼女の持っていた武器を取り上げて遠くへ投げた。

 敵は灰色のマントを被ったままで種族も分からない。でもこの国でも聞いた事がない独特な訛りが強い。


「竜人族!俺の元に来イ」

「来るなお嬢!」

「黙レ魔族風情が」

「ぐっ!?」

「ジュリア!!」


 倒れていたジュリアの頭が勢いよく踏まれ、こめかみから血が流れる。私はぎゅっと手を握りこんだ。

 スケイルが咄嗟に武器を構えるがジュリアに銃が向けられており攻撃ができない。


「あなたこの国の人じゃないよね!?必要なのは私!?」

「お嬢やめろ」

「それヲ知る必要はなイ。こイ、竜人族」


 スケイルが私の腕を掴もうとするが別方向から放たれた薬品がスケイルの手を弾き、さらにもう一発撃たれて転倒させる。私は振り返らず杖を地面に置くと、竜のかぎ爪を前に踏み出した。

 敵はジュリアに向けていた拳銃とは別の銃をこちらに向ける。


「大丈夫。どうせ私はこの島から出られない」

「戯言を言うナ!」


 事実なんだけどなと一人呟きながら歩く。お嬢やめろとジュリアとスケイルが叫ぶ中、敵の数歩前で立ち止まった。


「捕まえる前にその辺のネバネバを消して」

「俺たちガ王都から離れたら考えル」


 それは本当だろうかと疑心の目を向けるが、しゅるりとマントごと縄で拘束される。蛇みたいな拘束具だ。魔力を流してみるが吸収されて魔法が使えない。

 だけど握りこんだ手を緩め、空豆ほどの大きさの枯れた実を落とす。それを見逃さなかった敵は拳銃を発砲し、薬品でそれを覆った。


「余計なことをするナ」


 しかし薬品にかけられた実はすぐに枯れて種となり芽が生える。しかもその芽は急激に成長していった。


「何をしタ!?」

「私の魔法」

「そんナわけなイだろウ!?」


 敵から数歩離れながら敵の問いに答えた。既に私は拘束されているので制御から外れてしまっているのだが。

 つる植物のそれは一気に周囲の地面や壁を伝い建物の屋根まで根も葉も伸びると周囲を緑で覆い尽くした。

 そしてその植物はうねうねと建物だけでなく絡みついた樹木や植物を一気に枯らしながら特定の方向に向かって伸びていく。敵が放った薬品を被っていない生物だ。

 誰もいないはずの場所にもそのツタは這い上がっていくとそれは人の形をした緑の何かになる。


 敵は次々と植物に魔力の攻撃を打ち込むが、枯れるどころかさらに成長する速度が上がって敵の動きを封じ込める。薬品をかけられても他が成長するので意味がない。


 魔力を持つ植物は魔獣同様に存在する。長い年月をかけて魔力を溜めながら代を重ねていくうちに変質して生まれた植物だ。

 だけど私が落した実は『絞め殺しの(ツタ)』という国で駆除指定されている危険な植物の実を再現したもので、学院で品種改良の研究していたものだ。


〈この魔女の子孫が!!〉


 大陸の言葉で叫ばれる。なんて言っているのかは分からないが罵倒されるのは何となく分かった。

 植物に絡めとられ魔力が吸収されていくなか、敵はこちらに魔法を放つ。雷の魔法か、至近距離で避けられない。


「あ」

〈は――?〉


 しかしその魔力は一定の場所で止まった。紫電を帯びた魔力の塊のようなものが宙で止まっている。


「フィア。それを枯らせろ。一般人にまで被害が出てるぞ」


 覚えのある声と抱き寄せられる感触に心臓が跳ね上がる。気付けば両手の拘束も一瞬で解かれてしまった。

 そのまま彼によって横に引き寄せられると止まっていた拳銃の魔力はスケイルの頭を横切って建物の壁を一部爆ぜるように焼いた。


「ロイ、ク……?」

「間に合ってよかった」


 腕の中から見上げると顔が青くなっているロイクがいた。大分魔力を消費したのだろうか。私の腰にあるポシェットから持っていた透明な魔石を渡すと、ロイクは「すまない」と謝罪しながら受け取るとパキパキと音を立てながら手の中で吸収させた。


 しかし拘束具が外れて魔力が漏れ出たのか自分たちの足元でツタが絡まり始めたのですぐに制御して動きを止める。周囲を見れば飛んできた警備隊が魔力を吸収するツタに苦戦していた。

 魔法で一から作った植物は作った本人以外の人間は操作できないことを思い出し、慌てて枯らそうとすれば「一気にやるな」とロイクが手を留める。


「犯人があのツタに絡まっているんだろう。一人ずつ枯らしていかないと逃げられるぞ」

「お嬢……敵よりもまずアタシをどうにかして……」

「ご、ごめん……」


 近くで倒れているはずのジュリアはかけられた薬品の影響か魔力を吸収されはしなかったものの、植物に埋もれて大変な事になっていた。

 植物を枯らしながら退かしていくと頭から血を流してぐったりしている彼女の姿が露になる。彼女にも自分の魔石を渡そうとしたが拒まれた。

 ジュリアは軍服を脱がされ担架に担がれて運ばれていった。ネバついた薬品をかけられた場所は地面から剥がれなかったようだ。魔力は吸われたが肌に直接触れなくて良かったというべきだろうか。

 しかしこめかみだけではなく耳からも血が流れておりかなり痛ましかったが「アイツは柔いけど回復力は強いから」と近くでスケイルが独り言のように呟いた。

 周囲の指示に従って順番に枯らしていけば姿を現した敵は次々と憲兵団のお縄となった。


「でもどうしてロイクがここに?」

「信号弾が俺達がいた場所からも見えたんだ。まだ学院の近くだったからあの青年の魔法で移動したが、戦闘中で手出しができなかった。遅くなってすまない」


 ロイクの視線の先にはクライアンが状況の確認をしたり連絡をしている最中だった。

 既に何人かお縄になっているのはロイクが魔法を使って相手の動きを止めたのだという。通りで彼の顔が青白くなるわけだ。


「……ありがとうロイク。でも魔法……」


 敵を捕まえるのに存分に使ったのなら周囲に見られてしまったはずだ。先祖代々秘密にしていたのにここで公にされてしまった。


「俺は良い。お前の方こそ無事でよかった。……今のお前は不死身じゃないんだから……」


 頬を撫ぜられる。鱗をなぞるような硬い指の感触がこそばゆくその手を重ねた。


 そうしてるとロイクと一緒に来たらしいクライアンがこちらにやってきた。


「二人とも取り込み中悪いが」

「クライアンさん!」

「無事で良かった。色々聞きたいことはあるがまず、なぜこんなところで魔力植物が生えたんだ?」

「えっ……あ……えっとぉ……」


 授業で学んだ魔力の籠った植物の取り扱いについて、市街地にその植物を植えてはいけないという決まりがある。繁殖力も高く魔力を吸われてしまえば命の危険もあるからだ。

 学院の敷地だからセーフだと思いたいが校舎へ逃げた生徒にも影響が出たようで、騒ぎに駆け付けて来たのかクライアンの後ろにいるナスタチウム先生の目が怖い。

 そっと視線を逸らすとクライアンは大きくため息を吐いた。


「……後で叱られなさい」

「ごめんなさい……」


 念の為、周囲の植物はすべて枯らして焼却処分された。

 後日私はミス・ナスタチウムにこってり絞られたのだった。



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