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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第五章 わたしの檻
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9.私たちは鍵のない檻の中にいる



 数日遡りフィーがアイリスと二人きりでお茶会をしていた頃のこと、ウォルはクライアンの元にとある相談を持ちかけていた。


「廃村を丸ごと買いとる方法?何をする気だ」


 胡乱げな目で未だ青い後輩を見ると、背筋を伸ばして冷や汗を流していた。いい加減眼鏡をかけている自分にも慣れて欲しいものである。


「いや……先日、故郷の村の開拓の話を聞いたんで、他の人の手が入れば自分が知ってる村が無くなることに焦ったんです……自分の故郷が無くなるのは惜しいな、と……」


 そういえば彼の家は純血で代々村の長を務めていたと聞く。そうでなくとも自分も己の故郷が無くなる寂しさを覚えて久しい。

 自分は随分前に故郷を捨てた身だがこの男は捨てたくないらしい。


「廃村とはいえ、今でもあれほどの資源が残っている場所を私有地に国がさせると思うか?」

「……俺は、自分の思い出の故郷の形に戻したいだけで私有地にしたいんじゃないんです」

「あぁ……」


 青年、ドックウッドは兵士から騎士になる意志を決め、元帥になったターゲスにその旨を伝えたらしい。

 だから彼は現在移動前の引き継ぎ作業のついでに自分の元で小間使いのようなことをさせている。色々覚えさせるにはちょうどいい。


 この国における騎士という階級は男爵同様に一代限りの貴族であり、特権階級ではないものの、貴族であるかないかの明確な線引きでもあった。

 しかしこの国で貴族制度を廃止して以降からは勲章を授かった者として騎士という名前が残っている状態だ。

 なので現在のドックウッドが求めているのは軍人としての力だけだろう。


「理解はしたが、買い取ることは出来ないししようとするな。この前騎士になりたいと隊長……元帥に宣言したばかりだろう」

「っ!それも諦めてません!でも自分に文官は向いてないから……」


 領主やその代行を務めるためには複数ある文官資格の中にある領主の資格を取らなければならず、軍人が褒美に領地を賜ることは他の国ならあるらしいがこの国においてはほとんどない。あっても邸を構えられる程度の広さの土地だろう。

 それにいくら彼が筆まめでそれなりに記憶力が良くても、領主という器ではないだろう。


「君はただ自分の故郷の姿が無くなるのが惜しいと思ってるんだろうが、いくら君がいくら手を尽くそうと過去のように元通りにするのは無理だ」

「……」


 もう少し彼が経験を積んでいれば、元帥であるあの方も出来るであろう基地の監督を任せたんだろうが、流石にまだ経験も浅いしなにより若すぎる。


「だが突然そんなことを言い出すなんてどういう風の吹き回しだ?今までもそんなこと言わなかっただろう」

「……開拓されたら、あの適当に埋めただけの墓も壊されると思ったんです」


 色々理解した。彼の故郷も含め、無差別に殺された者達は廃村になった場所の一角に集めて埋めていると聞く。


「最終的な決定権は元帥であるたいちょ……指令局長にあるが、遺族であるお前にも配慮してくれるはずだ」


 それに秘密基地にしようとしているだけで大層なものは作らないだろう。

 大陸国が入ってきた場合のことを警戒している故、公表されていないが海に近い場所を優先的に作る予定だ。山奥にあるあの地に手を付けるのはまだ先の話しだ。

 現在も調査隊による地形の確認をしただけで止まっているので、出来れば後日向かう墓参りの際にフィーの護衛として自分も付いて行きたいが、大勢となるといかんせん目立つのがネックだ。


「分かりました」

「ところで――」


 いくつか世間話のついでに話をすると彼は事実確認をしてくると言って出て行ってしまった。

 自分は彼が向かうであろう場所に水晶で連絡する。彼があちらに着くまで五分程といったところか。



「クリス、今ウォルとすれ違ったが今日は非番じゃなかったか?」


 側近兵専用の執務室にターゲスが顔を出す。

 もうこの部屋に単身で立ち入るのは止めて欲しいのだが、この男の性格上呼び付ける鈴を鳴らすより自分から顔を出した方が早いらしい。


 それにしても自分をあだ名で呼ぶなんて珍しい。戦場にいた頃のことを思い出していたのだろうか。

 ターゲスは他の側近兵がいないことを良いことに部屋の中央に置いてある長椅子にどかりと座ると、お前も座れと反対側の椅子を指さしたのでそれに応じる。


「ドックウッドからは彼の故郷のことで相談を受けていました。本格的に開拓が入るならいっそのこと自分が村ごと買い取れないかと」


 隠すことでもないだろうと先ほどの会話の内容を伝える。彼の場合は口にしていなかったが、故郷を取り戻すというよりも、殺されていった村人達の墓場を守りたいのだろう。彼は殊の外情に厚く家族愛はあるのだから。


「はっはっはっ!買い取るなんて大きく出たな!……ふむ。それでクリスは何て答えた」

「軍が既に買い取っているからするなと釘を刺しましたよ。あとは噂程度の話を少し。今ごろ軍事学校の方まで押しかけて事実確認をしているのではないでしょうか」

「分かった。しかしお前も部下を放任しつつあるな」

「もう彼らの手綱を握り切れませんので。

 ですが後で彼と話をしてやってください。村の開拓と聞いて墓荒らしされると懸念したようですから」


 第三小隊の隊長だったアリスは妻に情報を流したということが公になったことを理由に懲戒処分された。

 それについて気にしている素振りはなかったので今頃同じく行動の制限が更に厳しくなった妻と共に邸でのんびりしているのだろう。

 なので現在第三小隊は自分が隊長職を兼任している状態だ。肝心の副隊長は「自分が出来るのはバックアップだけでさぁ」とこの期に及んで隊長になるのを辞退された。


「ははっ、流石に大きくなった奴らの子守りは出来ないか」

「彼らはリードを引きちぎる真似はしなくなりましたが、本能のままに遊びたがる」

「……そうか、遊びか……」


 途端に彼の視線が逸れる。あの小隊を作った張本人が目を逸らしてどうする。

 あの隊は戦場の中でもトップクラスの戦闘能力を持ったメンバーを招集している。

 そこにアリスが付け加えることで第二部隊と連携しながら様々な任務を請け負えるような何でも屋を目指していたが、どうしても要人や要所の護衛という任務しか回ってこない。隊長であるアリスも理想が高いのか、いざ任務が回っても能力が足りないという理由で一人で行う始末だ。

 それらの任務もギリギリこなせていたようだが、数人ほど戦闘狂がいたのでたまに実戦でストレスを発散しないと長く持たなかった。この数年よくもまあアリスが引いてくれていたものだと感じる。


「アリスがいてくれたら助かったんだが……」

「今はアコナイトの耳でしょう」


 軍を追い出されたアリスは新しく事業を始めようとしていると聞いている。

 今までロータス家の人間を使った事業をしていたらしいが、もう少し手広くやるのだろう。アコナイトが早速目を付けていた。


「ここまできたら私も自由にやらせてもらいます」

「とうとうクリスの口からそんな言葉が……」

「感慨深い顔をするところですか」


 なぜだか自分は過去に少年兵の教育係を任されることが多かった。

 内乱が終わった後もその元少年兵だった彼らから懐かれているが、ルールや規則は守らない。まだ言うことは聞くドックウッドの方が可愛い方だろう。


「少年兵たちからは母親みたいだと言われてたのに」

「私と母親を重ねないで欲しいんですがね……」


 それなら兄貴と呼ばれた方がまだマシだと思う。


「それはそうと先日フィーに魔獣を見せたんだろう?」

「彼女の知っていることがあればと思ったので。残念ながら直接有益な情報は得られませんでしたが」

「……そうか」


 この上官が聞きたいのはそういうことじゃないだろう。しかしそれは彼女本人が考えることだし、今日は彼女も王都のカレンデュラ邸に訪れているのだ。噂程度に聞いていることも事実として認知するだろう。


「色々考えて決めるのは彼女自身ですよ。彼女の決めたことを受け止めるのが親でしょう?」

「そういうところだぞ。クライアン」


 苦笑する上官の顔に少々寂しさを感じた。

 騎士ではない万年中尉止まりの自分が、畏れ多くもこの方のすぐ後ろを歩むには限界であることは分かりきっていたが、実際にその時が来ると少々堪える。


「クライアン提案なんだが」

「お断りします」

「聞いてもいないのに断るのか?」

「貴方が私を側近としてまた引き抜きたいと思っても私は騎士になれませんから」


 己の机に積み上がる引き継ぎの資料を眺める。次の第一部隊隊長の筆頭側近兵にあらゆる権限を移すためのものだ。

 普段から整頓するよう教育していたので急な引き継ぎでも滞りなく進められるから助かった。


「ハッ、そんな事を言ったら、俺は既に騎士失格だぞ」


 冗談でも笑えない。



―――



 不愉快だった。こうして関係者でもないのに学校に押しかけてくるのもそうだけれど、脇目も振らず私の手を引いたその傲慢なところが私をいらだたせるのには十分だった。


「それで、己の階級と養父の権威を利用して補講中だった私を呼び出すなんてどういうつもり?」

「突然なのは悪かったって……」


 私は一月近く医療部へ駆り出されていたから座学が遅れている。

 正直教科書や参考書があれば問題ないのだけれど、わざわざアコナイト様が気を回してくれたので学校の教官達も張り切って私の補講を授業後に行ってくれていたのだ。

 それに良くも悪くも私たちは目立つ。入学式にやらかした私とヴィスコ卿の養子である彼だ。現在も人目に付かない場所に行ったはずなのに密かに聞き耳を立てている気配がする。目の前の彼も鼻が良いから既に気付いているだろう。


 そんな私を連れ出した張本人は腕を組むとそのまま右手の人差し指でトントンと自分の腕に叩いた。

 私も彼にしか見えない角度で左手を右腕に持っていくと同じようにトントントンと叩くと私が暗号が使えることに驚いていた。そちらから話しかけておいて何を驚いているのか。

 だけどウォルは上に何かあると気付いたのか、ため息を吐きながら私の手を取って自分の手と重ねてきた。固い感触で私とウォルの手の間に小型の魔術道具があることに気付いた。

 持っているならはじめからそうすればいいのにと思ったけれど彼は魔力が少なかった。


『カレンデュラ家が領地を手放すのは本当か』


 きっと養父であるヴィスコ卿辺りから聞いたのだろう。あの二人は昔から仲がいいから。


『でもそれが何?現地にいない私は協会での話を詳しく聞いてないわよ。まさか部外者の貴方が反対なんて言うわけないでしょうね?』

『言わねえよただ……お前はどうするんだ?』


 まさか私の心配されるなんて思わなかった。


『……はじめは適当なところで軍から離れて孤児院に戻るつもりだった』


 もし私がこのまま学校を卒業して本格的に任務をこなすことになれば、多分私はこれからも人の死を見るのだと思う。


『怖いのか?』

『何が?』

『震えてるから。あと匂いで分かる。嫌なら手を離すけど』


 やたら緩い握り方をしていると思ったら、まだ私が男が怖いと思っていたのか。余計な気を回さなくてもいいのに。

 私は空いてる手で強く彼の手を握りこんだ。


『人の死を見るのは怖い。その死を見る相手が自分の家族だったらと思うともっと怖い』


 マーガレットおばあちゃんが皆を心配する気持ちがようやく分かった。謝ろうにも彼女は既に土に還ってしまいもう遅い。


『怖いのは当たり前だろ?』

『貴方が昏睡状態になった時に自覚したのよ。怖いと思うのは貴方のせいだわ』


 彼は大切な人の死を見ているからそうやって覚悟出来たのだろうか。


『……それは……心配かけたな』

『そうよ。でも辞めない。しばらくは軍で頑張るつもり。まさかこれを聞くためだけの理由でここに来たんじゃないんでしょう?』

『あぁ……ロイクはフィーを捨てようなんて思わないよな?』

『……』


 思わず眉間に皺を寄せる。

 考えなくもなかったというか考えたくなかったというのが正しい。二人が一緒にいるとしっくりくると思っていたのに私は未だにフィーがお父様の隣に行くなんて実感が出来ていない。


『あり得るんだな』

『少し懸念しただけよ。私は今の父さんの気持ちを知らない。全部事後報告だけで済ませるんだから、心配する身にもなって欲しいわ』


 思わず揃って同じタイミングでため息を吐いてしまう。

 お父様は有能だと言われてるし子供達からも愛されているけれど、正直他人の感情に無関心なところが根本的にあるようで、人に気を回すこと稀だ。まめなようでまめではないのだ。


『フィーは今、アイリスさんから誘われてカレンデュラ邸に行ってる』

『……おばあ様は、婚約の撤回を提案するかもしれないわ』


 フィーが破棄を提案したらお父様は応じるだろうか。あの二人がそろうことにしっくりくるとは思うけれど、あの二人が仲睦まじく話す姿を見たことがないから想像が出来ない。

 だけどウォルの答えは想像の斜め上だった。


『フィーにはロイクからの好意がしっかり届いてるようには見えないぞ』

『どういうこと?フィーは父さんのこと好きじゃないってこと?』


 まさかお父様は無理矢理フィーに婚約を取り付けたのだろうか。いくら命の恩人であるお父様相手でも許せるものではない。


『違うから落ち着け』

『違うならどういうこと?』

『なんていうか、元々フィーはロイクに遠慮してたみたいだし、婚約も責任?義務感とかそんな気持ちで応じたみたいで』

『これは……酷いわね』


 思わず揃って頭を抱える。しかし彼は相手をよく見ているのだなと改めて感心する。孤児院にいた頃も私の多重人格を早く見抜いたし、正しくリィとリナを区別して話していた。


『でもそれらは俺らが介入していいことなのか?』

『すれ違ってるのは聞いてて分かる……でも……』


 カレンデュラの宿命とか運命とかそういうことを話すと長くなる。それにウォルはその事情を知っているのだろうか。


『あー、えっと……フィーはロイクの為に学院に行って呪いの勉強をしてた。でもそれを勉強する理由が無くした、らしい。よく分からん』

『……父さんのため?』


 なら心当たりはいくらでもあるけれど、彼はもしかして知っているの?


『あー……アイツ知らない間にロイクを呪ってたらしいぞ。でも色々あってそれが解けて、意気消沈してるんだよ。学院には通ってるけど勉強する理由がなくなったとかでやる気も全然ない』

『……あの子は父さんと一緒にいる理由が無くなったって思ってるの?』


 それならフィーが責任を感じて婚約に応じた理由も分かる。けれどフィーはお父様と一緒に居たいと思うくらいには愛していたのではなかったの?


『でも全部俺らの仮説だ。……リナリアに聞いて何か分かるかと思ったんだけど』


 カレンデュラ家の事実上の解体に翻弄されるような子には思えないし、フィーがそれを理由にロイクから離れることはないと思うけれど周りはそうじゃない。

 フィーは義務感でお父様と一緒に居ることを選んだ。だけどウォルが言ったようにお父様が別れを告げたらフィーはそれに応じるのだろうか。


『情報共有感謝するわ。でも予約の取り付けくらいしなさい。私補講中だったのよ?』


 そう睨み上げると顔を彼は逸らした。私は呆れながら手をほどく。


「なぁ、その補講ってヤツが終わったらフィーと会う時間をつくれないか?アイツも会いたがってるし」

「忙しくて無理よ」

「何年も顔会わせてねえんだから一回くらい会っとけよ。最後会ったの孤児院だろ?」

「…………考えておく」

()()()も、あんま無茶すんなよ」

「お前、ら?」

リィ(灰色)リナ(水色)だよ」


 お人好し。


「どっちも私じゃない」

「だってこの前も両目が灰色になってたぞ」

「…………そういう体質よ」


 嘘ではない。私の魔力核は真っ二つに属性が割れてそれが癒着してる状態なのだそうだ。くっきりと綺麗に色が分かれたバイカラーの宝石のようだと言われた。


「そろそろいい?戻らないと教官に怒られちゃう」

「あぁ、あと」

「何?」

「髪型、今よりも病院で見た時の方がまだ良かったぞ。必死な感じがして」

「アンタは一言余計なのよ!」


 見直して損した。


 一言二言話したあと、大きくなった背中を見送った。

 まさかコンプレックスだった癖毛を褒められるなんて思わなかった。


 ウォルも孤児院のみんなと同じくらい大切な存在だ。だけど時々吹っ切れた彼を見ていると苛立たしく感じてしまう。ただただ羨ましいだけなのに。


 赤い髪に立て筋の入った琥珀色の瞳。爛れた様に体中を巻き込んだ竜の鱗。

 なんであの子に私が惹かれたのか今なら分かる。彼女の痛みを我慢していたところが母さんとよく似ていたのだ。

 私は痛みを抱えたあの子が好きだったのだ。その痛みごとあの子を包み込みたかったのだ。


 オーキッドの件であの子が傷だらけになったことを聞いた。先日の件でも炎で焼かれたことを聞いた。その度に私の胸は熱くなった。

 私は矛盾している。傷付けたい自分と大切にしたい自分。ウォルがまだ私の中に二人いるということもあながち間違ってはいないのだ。

 そんな嗜虐的な私を見せたくなくて、私はこの街に来ても未だあの子に直接対面していなかったけれど会えばこの想いも終わるのだろうか。


(フィーじゃなくて、アイツを好きになれたら、なんて)


 馬鹿な考えはよそう。流石に相手にも失礼だ。


 ねえ(リナ)、私はいつまでフィーを好きでいる私を抱えればいいのかな。



―――



「貴方が学院にいた頃にあの研究していた理由は噂程度にしか聞いてないが色々察しがつく。しかし、それが達成できる道筋が立ったとして、貴方は誰を犠牲にしようとしていた?」


 ベンジャミンの視線の先にはロイクの胸元のチャームがある。魔力を注げばその魔力の色に変わる石は既婚女性が身に着ける主にチョーカーのチャームに使われるものだ。

 ベンジャミンもロイクの胸元にあるチャームがダリアにあげた既婚者のチョーカーに付けていたチャームであることを察しているのだろう。

 既にダリアはこの世にいない。それをロイクはすでに受け止めている。けれど今のロイクを作り上げるには彼女の存在は大きく、それは今もフィーの心のささくれとなっていた。


「妻は既に死んだ。今はもう過ぎたことだが……彼女は誰かを犠牲にしてまで生き延びることを望まなかっただろう」


 ここでようやく彼が学院でどんなことをしていたのか察した。しかし「それに」とロイクが話を続ける。


「彼女の代わりとなる者はどこにもいない。俺はただ前を向いて先を行くだけだ……これで答えになったか」


 ベンジャミンは「そうか」とただ一言呟くように答えると、その場から去っていった。カメリアはフィーたちに一礼すると駆け足でベンジャミンに付いて行った。

 二人の背中を見送りロイクはぽつりと呟く。


「……幻滅しただろう」

「どうして?」

「……いや、なんでもない」


 ダリアは混血という虚弱体質になりやすい生まれであることと同時に常に魔力が放出される状態にあったという。魔力は魔力核、すなわち心臓で生成される。

 きっとロイクはダリアの心臓をどうにかするために他の誰かの心臓を犠牲にしようとしていた。


「……ロイクはその時ダリアさんをどうにかしたくて必死だったんでしょう?」


 ロイクは無言だがその表情は肯定だろう。


「ねぇロイク。もしかして魔術の研究をやめようとしてる?」

「どうしてそう思った?」

「だって……」


 アイビーが死を決意した頃の晩年のアセビのようだと思ったのは、きっとロイクはフィーと一緒にいることに責任感を感じている。

 しかしそれを全て話すことはできない。女神についての話は護衛に聞かれるわけにはいかない。内緒話ができる魔術道具がこの場にあればよかっただろうが生憎フィーはそういった魔術道具の私物を持つことを禁じられていた。

 ロイクは何処まで理解したのかフィーの頭を撫でる。


「今日はもう帰ろうか」


 違う。いいや違わないけど違うのだ。どうしたら彼に伝わるのだろう。

 今ここで言わないと私はきっとロイクに自己を捨てさせてしまう気がする。

 フィーの頭にあったロイクの手を取り、引き留めるように両手でつかむ。


「ねぇロイク、私貴方に呪われたままだったよ」


 ロイクの手から刹那の緊張が伝わった。


「こ、この前ターゲスさんと海に行って、水質調査の見学したんだけど、途中からターゲスさんに抱えてもらって一緒に飛んだり、近くの灯台の中を見に行ったりして、えと、ターゲスさんの隣で飛ぼうとすると吹き飛ばされるから途中から抱えてもらったんだけど抱っこしてもらうには一度落ちないと行けなくて」


 フィーは咄嗟に補足のようなそうではないような分からない話を矢継ぎ早に話すせいで途中から何を言っているのか分からなくなる。

 ずっと顔を伏せていたのは、彼がどんな顔をしているのか知るのが怖かったからだ。


「出たいか。この島から」

「……旅行くらいはしてみたいって思うよ。でも今の大陸はおっかないでしょう?」

「あぁ……」


 返事なのか感嘆なのか分かりにくい声が返ってきた。心無しか声色が沈んでいる。

 なぜそう沈むのかは分からないけどその理由はきっとわたしにあるのだろう。


「ターゲスから許しがもらえると良いな」

「……それもそう、だね……」


 それから庭の中を散策しながら、カタバミとやり取りしている手紙の内容や学院の話などをいくつか話しながらその日は終わった。


 途中までロイクをフィーの普段乗る馬車で送り届けるまで私はロイクにこれ以上追及することが出来ず、彼に問いかけたかった言葉をずっと抱えていた。


 ロイク、いやアセビの悲願が達成しようとしているはずなのに、ロイクの顔は浮かばれない理由が分からない。

 あなたは、一体何を諦めているの?



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