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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第五章 わたしの檻
63/77

4.理想の子


///


 夜、眠れなくて部屋を出れば、台所に光が灯っていることに気付いたわたしは、扉のない入口にこっそりと顔を覗かせれば両親が二人で話している後ろ姿が見えた。


「わたしは、あの子を拒絶したいわけじゃないのよ……」

「分かってるよ、アイビー」


 父が母の肩を抱いて語らっているだけならわたしもどうも思わなかった。二人の仲の良さはわたしも、弟妹達も呆れるほどだったから。

 だけど話している内容がわたしのことだと知れば気になってそのまま聞き耳を立てる。


「あの子が人と関わることが、あの子のためにも大事なのはわかってる……でもあの子が人間の匂いがすると思うと、わたしはもう……!」

「アイビー」

「あの子が力を使う度に、あぁわたしの子だって、誇らしくも、愛おしく思うわ……でも、あの子は――……ごめんなさいアセビ、あの子はあなたの子でもあるのに……っ」

「……僕も、君たちの力になれなくて、不甲斐なく思う」


 あの時初めてわたしは母の涙を、葛藤を見た。いや、わたしは母のその涙をずっと前に見たことがあった。

 母がわたしを見る時の顔には必ず悲しみが滲んでいた。

 わたしは母を喜ばせたかった。なのにどうしてか母がわたしを見るたびに浮かべていたのは悲しみを抑えて無理やり口角を上げた笑みだった。


 昔、母が血を被って帰ってきたことがあった。片手には大きな熊の死体があって、わたしは初めて見た獣の血と血を被った母を見て泣いたのだ。

 今でこそ狩りは父がやっているけれど、母はこの森に住まう獣を一人で、しかも素手で殺すことができる。

 あの母の顔はいつもの優しい母とは違う、赤い瞳に炎を宿した、人よりも上位の存在だと幼いわたしでも分かるくらい、恐ろしいものだった。


 母は簡単にわたしを殺せる。でもそれをしないのは母としてわたしを愛していたからだ。


 だから猶更疑問を抱いた。どうして母は人間が嫌いなのだろう。わたしはどうして生まれたのだろう。どうしてわたしは『人』の形をしているのだろう、と。


///


―――



 二つの(概念)が入り混じったことがきっかけではじまったこの世界は、一度目の終末が訪れた。

 その終末で竜達は、自分たちが暴れたことが原因で出来上がった荒野と化した世界を見て、世界から手を引くことを決めた。

 それに伴い竜達は一人の人間の胎児に己の力を分け与えることでこの世界をはじめる種子、アセビを苗床とした。


 アイビーは竜人族と人族の間に生まれた子供で、尚且つ本物の竜たちから力を授かった生贄だった。

 そして最後に力を授けた白竜の眷属として選ばれたアセビがアイビーを喰らいその力を世界のために使うはずだったが、その望み半ばアセビは土砂崩れに巻き込まれて死んでしまい、そのままアイビーは何百年も一人ぼっちで生きていくことになった。

 しかしアセビはまた新しい肉体に魂を宿して生まる。アセビが白竜に与えられた力はそういう祝福(呪い)だった。

 それに対してアイビーは六つの竜から力を授かっている分、その力を危険視した白竜は姿を消す直前、彼女を島から出られないように閉じ込め、その鍵をアセビに託した。


 だがアセビは再会し立派な娘に成長したアイビーと惹かれ合ってしまう。

 子供たちを多く育むまでは良かったかもしれない。一人の人間が持っていた力を人間(子供)に分け与えることが出来たのだから。

 しかし永遠とも呼べる時間を過ごすアイビーの心は摩耗し、幾度となくアセビを殺めた。

 アセビはこれをアイビーを解放してやらない自分のせいだと己を責めた。

 アセビはアイビーを閉じ込める檻の鍵だ。それをアセビは分かっていたから敢えて彼は彼女を島の中に閉じ込めたままにした。


 先に呪ったのはアイビーではなくアセビだった。


 アイビーの血がアセビの口に含まれるとアセビの全身に黒い線が浮かび、竜を象った模様が背中を中心に光る。それが白竜の眷属である証拠だと彼は言った。

 アセビはアイビーの両手を取ると己の額に当て、許しを請うように頭を垂れていた。頬は彼女の血に塗られ、白い髪も一部がアイビーの血糊で赤く染まっている。


 今も尚掌に傷を付けて血を流しているアイビーよりも、アセビの方が傷だらけに見えた。


「本当なら、君の血を全て飲み干し、その魔力を世界にばら撒かなければならなかった。……有限の命であるこの身が朽ち果てるまで」

「……わたしの血を飲んでも、あなたは不老不死にはならなかったの?」


 彼は無言で頷く。元々アイビーの血液は他の者が口にすれば命にかかわる。一番上の娘が助かった理由は分からないらしい。


 だがアイビーはそれを知らず生まれて弱っていった娘に己の血を与えて延命を試みた。アセビがそれを止めなかったのは、彼自身も娘の成長を望んでいたからだろう。

 そしてアセビの隠した事実を知らないアイビーは、己の死を選んだ際に、長子の娘以外の六人に己の肉体を食すことで己がまた肉体を復活させないように愚案する。


 しかし選ばれなかった長子は、アイビーの肉を食わない代わりにに血を全て飲み干し、二人の首だけを遺した。

 それはアイビーの持っている不死性を娘が一手に引き取ることになり、誰もその血に翻弄されることはなかったかもしれないが、未練が残った二人の魂だけは生前の記憶が刻まれたまま幾度となく転生を繰り返した。

 その結果、今自分たちは琥珀の中の虫のように魔石に閉じ込めた自分たちの首を見つめる奇妙な体験をしている。

 アイビーは跪く彼の前にそのまま両膝を付き、両手で彼の両手を取る。


「傷を治さないのか」

「殺そうとしたのに、わたしの血を欲しがらないの?」

「……」


 黙り込む彼に彼女は掌の傷を己の魔力でふさぐ。

 アイビーが持っていた竜の力は大部分が娘に引き継がれてしまったのだろう。


「わたしは、あなたに殺してもらうつもりはあっても、あなたに血を飲ませるつもりはなかった」


 肉体だけは子供たちに食わせて血だけは川に流してもらい、最終的には海に向かうことで循環させるつもりだった。そうすることでアイビーの肉体の死が完結すると思っていたから。

 彼が彼女の血を飲んでしまったら、たとえ有限であったとしてもその時間は普通の人間よりも長い時間を生きることになるだろう。そしてそれはどういうことなのかは目に見えている。

 かつてアイビーが千年以上も生きてきた中で一番辛かったのは孤独だった。

 人柱として石のようにただ一人、いつ終わるか分からない途方もない時間を生きていくのは、今更愛を知ってしまった彼に出来るだろうか。少なくとも人の温もりを知っていた彼女は苦しかった。


「もしあなたがわたしの血を飲み干したとして、それであなたは一人で生きられた?」

「……確かに()は君のせいで、孤独を知ってしまった。……今となってはどうすればいいのか分からない。でも、死んだあの瞬間、君に嘘を吐いたことを忘れるよりも、既に君が自分の中に取り込んだ罪を抱えたまま生きる方がマシだと思ったよ」

「だけどそれでは、あなたに寄り添える人はどこにもいない。だからわたしは……」


 忘却の呪いをかけた。

 彼を一人にしたくない。だけど自分以外の誰かに彼の隣を譲りたくない。

 その結果都合の悪いことを忘れる呪いとなって、生まれ変わる【女神の夫】はアイビーの死を割り切ることが出来ないまま彼女への執着心が残った。

 それでもアイビーが願ったように、たった数年の間でもロイクが生前のダリアと夫婦でいられたように、彼の隣に立てる女はいた。

 きっとフィラデルフィアはロイクに出会わなければ、アイビーとしての記憶は目覚めることは無かっただろう。しかし時の流れは残酷で、二人は再会してしまう。

 アイビーの記憶を自覚したフィーは亡くした妻の死を悼む彼を見て、アイビーとしての感情を切り離したつもりだったのに。


 それでもこれは自分の責任だとアセビは言う。しかし何も聞かず勝手に行動したアイビーにも責任はある。


「わたし達は己の我儘をずっと娘一人に押し付けてしまった。ねぇ、()()()()

「……」


 アイビーの視線の先をアセビは辿る。

 その先にはこの礎の間の出入り口に、先ほどいなかったはずの娘がいた。



 片喰(カタバミ)と呼ばれた娘はただじっと両親を見つめていた。


 父親似の面長な顔に黒髪の長髪。母の理想が詰まったはずの子供なのにろくな愛情を受けられず、長年母親の血を口にしてしまった故に母親と同じ不老不死となり、母親と同じ真っ赤な瞳に染まってしまった娘だ。

 両親の運命を代わりに受け入れてしまった可哀想な娘だ。


『色んな事を言ったけれど、これはわたしが生まれ変わった時わたしと彼がただの人間となってまた巡り会うためにするの。

 身勝手だって分かってるわ。でもあの人はもう自分に課せられた使命のためにわたしをこの檻から解放することはできない。

 こんなことをしたところであの人の使命の代わりにならないことは分かってるけれど、せめてあの人を許してあげたいから』


『なら、あなたがまた父さまと会えるまで、わたしが、あなたにまた会えるまで、わたしはずっと待ってます。母さま』


 そして彼女は母の口約束を健気に守り女神よりも長い時間この世界に居続けた。


「わたしは、『禁忌』こそ破りましたが、一人ではありませんでした」

「アレを『禁忌』だと思っていたんだな」


 アセビの問いに彼女は無言で頷く。

 アイビーは知らなかったことだが二人のやり取りで察することは出来た。

 六人の人柱で出来上がった魔術。島の中に多くいる彼女の人形。彼女と同じ魔法を持った青年。

 魔法で人の身体を治療しても構わないが、作り変えてはいけない。

 それはアセビがカタバミに言い付けた躾のようなものだったが、彼女自身、自分の魔法は使い方によっては生命への冒涜になる行為だと理解していたのだろう。その言い付けを彼女は『禁忌』として己を戒めていたらしい。

 アセビの手が震えるのをアイビーが握りしめることで抑える。


「ですが……わたしがわたしであるために、たとえそれが()()()()()()()()()()であろうと、生まれたばかりの子供に()()()()()()()()()()()と、『わたしの心』を守る存在が欲しかった」


 女神と同じ不老不死を引き継いだこの娘は、自分よりも後に生まれ先に死んでいく人間を見て幾度となく孤独を感じていただろう。

 何千年と生きていれば他者との会話も出来なくなるくらいに人格が保てなくなる。むしろよくここまで待ってくれていたものだと思う。

 ならばあのクローバーと名乗ったカタバミに似た人形も元は生きた人間だったのだろうか。


「そして魔術の礎は、これがあなた達の望んだ結果だと思っていたのです。父さま」

「…………分かっていると思うが、あれらは僕が望んだ結果じゃない」


 あの礎を見た時、アセビは一体どんな気持ちだったのだろう。父親らしく彼女を怒鳴ったりしたのだろうか。

 今も尚礎の中で魔石に閉じ込められている弟妹達。しかしそれはただ魔力の属性を変換するだけの生贄であり、この島までにしか影響が及ばないものだ。

 けれど自分たちが彼女を責める資格はない。しかし彼女のしてしまったことを見て見ぬふりはしてはいけない。


「……罪はすべて(あがな)います。ですがその前に一つ、わたしの問いに答えてくれませんか?」


 無言で頷く。カタバミは一呼吸置き震える声で問いかけた


「……母さま。なぜあなたはわたしをあなたが嫌いな『人』の姿で生んだのですか」

「…………」


 アセビは見守る。ごくごく普通の親のようにどんな子供でも(いつく)しんだアセビとは違い、己が人間に対抗すべき存在として魔族を生み出したのはアイビーだ。

 彼女は胎内で子を育む過程で本来の人間とは姿形こそ違うが生物としてはそう遠くもない存在を生み出した。


「いくら今のわたしが当時のあなたと同じであろうと、あなたがわたしを殺すことも、あなたの理想通りの姿に後から変えることも出来たはずです。

 わたしがかつて早産で弱っていったマグノリアの身体を弄ったように」

「……マグノリアは、あなたの子なの?」


 彼女が彼を半分だと言うほどの相手だ。しかし先ほど見た二人は親子にしては主従関係が強いとフィーは思った。

 その考えの通りカタバミは首を横に振る。


「いいえ。…………かつてわたしが慕った者達の子です。顔も彼らによく似ています」


 そう目を伏せどこか懐かしむような目を浮かべた。

 ならば彼女は、はじめこそ彼の母親代わりとして育てていたのだろうか。ならばカタバミも母親の気持ちは多少理解できるはずだ。

 それでも彼女は娘として問いたいのだろう。


 アイビーは立ち上がり、恐る恐るカタバミに手を伸ばす。

 頬を指先で触れる瞬間カタバミは身体をこわばらせるが、アイビーはそれでも彼女の左頬を包んだ。


「……あなたは、アセビによく似ているわね」

「……」

「あなたは唯一、わたしとアセビの血を受け継いで生まれた子供だった」


 カタバミは怪訝な顔で母親のことを見上げる。


「それは……どういう……?」

「わたしは、カタバミを生んだ時点で、もう普通の人間と同じように子を産むことは出来なくなった」


 アイビーは竜人族の血を引き、生まれる前から多くの竜の力を授かったが、その肉体は通常の人間と何ら変らなかった。

 それ故にアイビーはアセビとの間に子供を産んだ。

 しかしそれは15歳くらいで成長が止まっていたアイビーの肉体に大きな負担をかけ、カタバミの出産時に己の生まれ持った子宮を失った。

 アイビーはカタバミの前に幾度か出産を経験しているが子は長く持たなかった。それはアイビーが胎内の子を魔法で弄ろうとした結果だ。生命の神秘を捻じ曲げることは出来ないのだ。

 それでもアイビーが後に魔族や魔物を生み出すことが出来たのは己の身体を作り変え、己の力だけで新たな生命を生み出したからで、アセビと血は一切繋がっていない。


 母からの衝撃の事実に驚いているカタバミとは違い、二人の一歩後ろで話を聞いていたアセビは至って冷静だった。

 人間嫌いのアイビーに人間の産婆を引き合わせることは出来なかったため、子供達の出産を手伝ったのは父親であるアセビだ。カタバミの出産時の状況から彼も口に出さずとも察していたのだろう。


「醜いと言ったのは、前に言ったことも嘘ではないけど……そうしないと、わたしがアセビを何度も殺したように、あなたを殺すかもしれないと恐れたからよ」


 今思えば幾度となく殺されたにもかかわらず、何度も生まれ変わってアイビーの元に来たアセビのの精神力はすごいものだと思う。


「殺されてもわたしは死ぬことはありません」

「我に返った時に、わたしのせいで傷付いたあなたを見たくなかった」


 カタバミはアイビーの身体越しにアセビを覗く。アセビはそれに同意するように頷いた。

 アイビーはカタバミの顔を自分に向かせる。どんなに歪んでしまっても今も昔も自分の心は変わらない。


「カタバミ、あなたはわたしの『理想』よ」


 その言葉に唇を噛みしめる。

 娘のその顔は泣くのを我慢しているように見えた。

 前もそうやって彼女は母親から話された真実を飲み込めないまま、聞き分けの良い子供を演じていたのだろうか。

 彼女の嗚咽が室内で響く。両手で顔を隠し泣き崩れそうになるのをアイビーが受け止めた。


「母さま……ずっと……っ……ずっと……わたしは……っ!」

「ごめんなさい……」


 その場で首を横に振る。カタバミはそのまま母の袖を掴み子供の用に泣き出した。

 ここまで泣きじゃくる娘に戸惑ったアイビーはその場でアセビを見るが、彼も困った顔で笑いつつ近寄っては娘の背中を撫でた。


 両親二人は娘が泣き終わるまで共に寄り添った。



―――



///



「貴方は本当によく似ていますね。…………わたしがかつて恨んだ男に」


 私の頬に手を伸ばす。今まで見たこともない振る舞いで、この方は私を見ている。

 しかしその目は私を通じて別の誰かを見ている目だと知っている。恨んだ男と言ったがこの方の心の奥底では愛情もあるのだと目に見えて分かる。


 聞きたくない。聞きたくないのに反論することも拒絶も許してくれ無かった。

 酷い方だ。この方を今も尚苦しめている人が居たのだ。何千年も経っているのに、もうこの世にいないはずなのに、未だ我が君の心の中にいるのがたまらなく恨めしく、悔しく、羨んだ。


「貴方はわたしが作った生き物でも、クローバーのように死体から作った人形でもないのです。貴方は、わたしがかつて愛した女の胎から生まれた子供でした。父親は徴兵されたらしいのできっと戦場で死んだのでしょう。

 腹を切り取り上げたこともあり早産でしたから、貴方は産声を上げた後徐々に弱っていたのを、わたしの魔法で生き返らせた。ですがそのやり方が間違いでした。

 わたしはその術で貴方と己の魂を結び付けてしまい、貴方はわたしの手でその繋がりを断ち切らない限り儚くなることが出来なくなってしまいました」


 我が君の口から聞かされた事実はこれまで己の中で想像できなかった、いや想像したくなかったものだった。

 我が君と魂が繋がっている。我が君が切らない限り我が君と共にいられる。それは私にとってはとても喜ばしいことなのに、なぜこの方はこんなにも憂いを帯びた顔をしているのだ。


「なぜ、それが間違いだというのです……」


 聞きたくないのに問いを投げかける。


「わたしは、父から禁忌だと言われたことを貴方を生かすことで破ってしまった。

 それに貴方は成長するにしたがって母親に似てくる。その面影が愛しく恋しかった。それと同時に、男である貴方は母親の兄に益々似てくる。……それがわたしが恨んだ男でした」

「我が君……」

「勘違いしないでください。わたしは、貴方があの男に似てくる分、わたしが手放したわたしの子供達と貴方を重ねてしまう。あなたを手放しがたくなるのです。死を分かつまで、わたしは貴方をわたしの手の届く場所に置きたいと思っている。

 だからマグノリア。貴方は、わたしが唯一人としていることが出来た過去を思い出すものであり、わたしの心の半分なのです」



///



 木の洞から子供のような泣き声が響き渡る。

 我が君の心の叫びを聞いて、あの方はそこまで私に心を許していなかったのだと思い知らされた。


「失望しましたか。マグノリア」


 主によく似た人形から問いかけられる。

 自分が幼い頃は、同じ主に仕える存在として姉同然のように見ていたが、彼女が死後人形になってしまってから、必要以上に関わるのを控えていた。姿も若い頃に戻され、生前の記憶も残っていないはずなのだが、生前の振る舞いや言動が垣間見えるので思わず子供の頃に戻ったような気分になる。


「…………あの方が教えを広めていた理由の根底に、母に認めてもらいたいという感情があることは感じてましたよ」

「左様ですか」


 人形は頷く。

 それでも自分はあの方の心を理解したつもりだったのだろう。そもそもあの方が長い眠りについた理由すら察することも出来なかったのだから理解できていなくて当然だ。

 しかしそう実感すると、あの方にとって自分は何だったのだろうと考えてしまう。


「我が君の人形である貴女はどうなのです」

「人形であるなら、あの方に黙って付き従うまでです。……ただ、今の貴方を見てそう感じたので」


 そうやって彼女の生前の名残が表に出る。主はそれを『身体の記憶』だと言う。

 主は人形に対してそれ以上の調整を行うことは無かったが、自分は生前の彼女と過ごした日々を思い出してしまうため、この人形と二人きりで話すのは苦手だった。

 人形は話をつづけた。


「ただ、貴方の我が君に対する振る舞いに眷属として違和感がありました」

「ほう、どのような違和感を?」

「……違和感とは言いましたが、貴方の眷属としての在り方に違和感を抱きつつも、それを私はいつものことで当たり前だと思っているのです。仕方のない人だと、いつまで子供の頃の感情を抱いたままでいるのだと」

「…………」


 幼い頃あの方を母と呼んだ時生前の彼女に叱られたことがある。

 あの方は自分の実の母ではないのだと。分をわきまえろと。あの時あの方は困った笑みで許してくれたが、なぜ彼女がひどく叱るのか分からなかったから不満を抱きしばらく口を聞かなかった。

 きっと彼女はあの方から自分を叱る役目を受けていたのだろうが、それでも自分は彼女が苦手だった。


「……貴方は、幼い頃から主に懸想をしていたのではないか、と」

「…………」

「そしてその違和感を感じたまま今の貴方を見ると、貴方を叱責したくなる」

「なら、甘んじて受けましょうか」


 彼女が人形になってからこうして自分と長く話をするのは珍しい。ここ数日はよく遠い昔の事を思い出す。

 そのせいか、いい年して姉同然の叱責が恋しくなった。


「マグノリア、貴方は己の感情に任せて主の思惑から外れた行動をしました。眷属失格です」

「……確かに、言い訳のしようがありませんね。我が君にも貴女にも……」


 これから忙しくなる。一足先に自分は王都へ戻ることにした。


ようやくカタバミの名前を出すことが出来て安堵。


カタバミとマグノリアの関係を考える際、二人はアガペーだといいなと思っていました。

自分の中で二人の関係を鮮明にするためにカタバミの過去編を書いたのですが、いかにして家族と里の人間しかいない小さな世界で育った世間知らずのお姫様に人格変えちゃうほどのトラウマを植え付けるかを考えるばかりで長くなってしまいましたがこういうことです。


ちなみにアガペーとは言いましたがマグノリアについてはそれは無いだろうという気持ちがあったので審議の結果、若干(?)気持ち悪い眷属に落ち着きました。

ちなみにカタバミが教会の地下で眠っていた何十年もの間、身体を拭いたり水を飲ませたり身の回りの世話をしていたのはマグノリアです。

マグノリアに仕える神官たちは、マグノリアには少女趣味があって毎日人形を世話していると勘違いしていますが、その人形だと思っていた少女は実はカタバミで、眠っていただけで生きてると知った時は、その目覚めたカタバミに対して同情の目を向けます。

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