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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第五章 わたしの檻
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2.幻想



 地下から地上に上がる場所は案外早く見つかった。先ほど彼女が空間を灯してくれたからだ。

 洞窟の途中で梯子を見つけるとそれには触れず翼を広げて上まで昇る。蓋を両手で押し上げると供給場所のある灯台の下に出てきた。

 地上に足を踏み下ろすと安堵の息が漏れる。この場所の標高が高いせいか、はたまた真夜中だからなのか、とても肌寒い。


 ロイクの居場所は分かっている。北の神殿からはそう遠く離れていないはずだ。かつては自分が見つけられる側だったのに、今度は探す側に回っていることに内心苦笑した。


 しかし呑気なことを考えて油断したせいか突然後ろから羽交い絞めされ、首には刃物を当てられてしまった。


「ぅっ……!」

「貴様我が君に何をした」


 姿隠しの魔術道具で見えないようにしているようだが、その声を聞いて目を見開いた。声は以前聞いた時よりも低く、怒りを抑えているようだ。

 顔も似ていない彼がなぜ彼女の名乗る名と同じ名前を名乗り、女神よりも長い時共に歩んできたのか、その経緯は知らないが彼も主である彼女への想いはかなり重い。


「……貴方の言う『我が君』が、わたしの想像した人なら、わたしは何もしてない。むしろ大陸から来る敵から守るために王城で魔力を提供してたのに、突然私を拉致して何かしようとしてきたのは彼女だ」


 彼の体が一瞬強張ったようだが続ける。


「私はアセビと■■■■に何があったのか、アセビが何を知ってるのかロイクに聞かないといけない」


 だからその手を離してと、勤めて冷静に話したつもりだが心拍数と背中に伝う冷汗は誤魔化せない。彼は反芻するようにフィーが告げた彼女の名前を呟く。

 隠し事をするために演技をしてた彼女のことだ。長らくともに居た彼も知らなかったのだろうか。


「貴女の都合は知りません。そう言って貴女は逃げるのでしょう」

「……どこまで逃げようと、あの子はわたしを見つけることが出来る。それにわたしはわたしである以上、この島から出ることは出来ない」

「戯言を」

「何をしている。マグノリア」


 割り割り込んできた声にフィーは突然解放され、そのままフィーは両膝をついた。まだ刃の冷たさが首に残っている。


「我が君……!!」


 フィーが顔を上げると、魔術を解除したマグノリアが先ほど会話したばかりの彼女の元へ駆け寄れば片膝をつき首を垂れていた。


「マグノリア……お主は何の理由で彼女の首に刃を当てた」

「……これは、私の私怨ゆえ……」

「言え」

「…………貴女は、長らく女神の戯言に囚われて生きてきた……貴女はあの者から課せられた使命を果たしたら二度と目を覚ますつもりがないのでしょう」

「……!」


 ソーレルは彼の言葉を聞いてフィーを一瞥する。フィーは複雑な表情を浮かべつつも頷いた。おそらく自分がいると話せないのかもしれない。

 そんなことを気にするような者に見えないのだけれど。


「ゆけ、フィラデルフィア。ワシの使いがお主を良いようにしてくれるはずじゃ。こやつはワシが何とかする」

「……ありがとう」


 ソーレルが自分の使いの居場所を伝えるとフィーを北の神殿に転送魔術で飛ばした。一瞬で消えていくフィーをソーレルは見送る。

 そして今も首を垂れる彼にマグノリアは「立て」と一言告げれば、すっと立ち上がった。

 かれこれ百年近く対面して話すことがなかった己の半身を前に彼女はため息を吐く。


「マグノリア。たった百年ワシが眠っていた間に、お主はワシよりもかなり愚かになったものよな。いや、耄碌したのか?」

「……」


 そういう冗談を言っても笑い飛ばしてくれないくらい、彼と自分は距離が離れてしまったのだろうか。

 分かりあっていると思い込んでいたが、せめて眠る前に彼に一言何か告げておけば、彼は自分を信じて待ってくれていただろうか。こんな風に壁を感じることはなかったのだろうか。


 自分の人形に映し取ることが出来なかったかつての記憶がよぎる。

 この男が己の性別を誤魔化すような恰好をするのは自分のためだということも、彼の母親代わりとなって育てたにも関わらず、彼が自分に対して母親として見ていないことにも気付いていた。

 親の手から離れた13歳の時の姿から未だ止まったままの自分の背では、目の前にいる男を見上げなければ顔を見ることができない。


 見上げた先にいる彼の顔は迷子の幼子のようで、かつての自分の友が最後に見せた表情と重なる。


「貴方は本当によく似ていますね。…………わたしがかつて恨んだ男に」


 知らなかった事実に硬直する彼の頬にソーレルは手を伸ばす。


「わたしの(片割れ)よ。少し、話をしましょうか」



―――



 ソーレルの話では先ほど居た場所は北西にある【水の礎】の場所で、これから飛ばされる場所は【北の神殿】跡にある邸だそうだ。

 実際に送り飛ばされると、目の前には神官の恰好をした女がいた。


「お初にお目にかかります。フィラデルフィア様」


 そう言って頭を下げる使いの人は髪型こそ違えど、顔は完全にソーレルと同じ容姿だった。


「使いの人って貴女?」

「左様でございます。わたしは主、ソーレルの魂を分けた分身であり、彼女の【記憶】でもある」

「記憶?」

「説明はあとで……本題に入りましょう。わたしのことはクローバーとでも呼んでください」


 そう言ってクローバーはフィーに建物の奥を案内する。話し方といい目元の雰囲気からしてこの女の方が■■■■の雰囲気に近い気がした。


「実を言うと彼の魂はこの島の中に居ればわたし達ソーレルの分身達で生死は分かります。ですがわたし達の視界に入らない限り、正確な位置までは分かりません」

「生きているのかは分かるけど、どこにいるのかが分からない」

「その通り」


 北の神殿跡は小さな貴族の邸程度の広さの建物のようで、その建物の中に礎があるのだそうだ。

 しかしその礎の前に来てみれば、その中に封じられているはずの女神の子供はおらず、その代わり、黒っぽい紺色の魔石のようなものがぽつんと金色の台座の上に置かれていた。あの魔石の形に見覚えがあるのは気のせいだろうか。


「本来この場所は【闇の礎】としてパパルナ様が眠るはずでした。ですがソーレルがこの礎を計画する前にパパルナ様が行方不明になったため、この礎だけは不完全な形のままです」

「行方不明……」

「主も、パパルナ様が去ったあと、無理に追うことはしませんでした。もしかしたら自分が礎になることを察したのかも、と」


 パパルナは紺色の髪をした狼の少女だった。今の狼族の始祖にあたるだろう。

 しかしそんな彼女は狼として生まれながらも臆病な性格だったということだけしか思い当たる記憶がない。


「ここに来た理由は?」

「ロイク様が異変を感じた際に居た場所です。当時わたしはロイク様にこの場所について説明をしておりました」


 だけど突然頭痛を訴えたので別室で休ませていたところ、いつの間にかいなくなってしまったという。


「わたし達は主に魔力を提供してもらう代わりに魔法を持ちません。出来ることは主に今見ている景色を見せることだけ。ですから、彼から目を一瞬でも離してしまえば簡単に逃げられてしまうのです」

「そう……」


 そしてこの場所を教えたのは単純に現場検証のためではない。


「貴女の力でこの場所を賄うことはできませんか」

「え?」

「主はずっとこの場所を維持させる方法を探っておりましたが、根本的に女神の肉を口にした者でないと扱えない仕組みになっていたので動かせなかったのです」

「……今それでも動けているのはどうして?」


 正直聞きたくないがクローバーに問う。


「闇属性の強い魔法を持つ者の魔力核。正確には歴代の皇族の魔力核を定期的に補充して使用していました。あれはモス=オーキッドの魔力核だったものです」


 フィーはすぐに両手で頭を抱えた。皇族は礎を補填するための素材だった。教会が国よりも優位になったのはこれも含まれているのだろうか。

 ターゲスが知ったらどんな気持ちになるだろう。もしかしたらその事実を知っているのだろうか。


「……聞きたくなかった」

「それでも聞いたのは貴女でしょう?」


 小さく口角が上がっている。ソーレルの分身に値する者は皆フィーのことが嫌いなのだろうか。自分でも否定できないのは仕方ないと思う。


「貴女の顔で倫理観を気にするのはいささか違和感がありますね」

「……私は女神じゃない」


 「そうですね」と淡々と事実を述べるかのように言うクローバーに「出来ることならこの礎を壊したい」とフィーが言えばクローバーは胡乱げにこちらを見てきた。


「私……わたしは、少なくともこんなことをするつもりであの子たちを産んだわけじゃないもの」


 フィーの両目が一瞬だけ赤く光った。

 ロイクが、アセビ(女神の夫)が何を知っているのかは知らない。だけどわたし(アイビー)がアセビとの子供を生んだ理由は、人間を愛する(殺す)ためだ。

 人間を全て殺すなら、中途半端な魔族ではなく魔獣のようなものを大量に生み出せばよかったのにそれをしなかったのは、アセビのこともあるだろうがどうしても人間を愛する一面を捨てきれなかったからだとフィーは思っている。


「……あなたは――」

「……?」

「いいえ。ですが魔術が使えなくなるのは致命的です」


 確かにそれはそうだ。魔術は比較的魔力の多い平民では一般的ではないが、魔力の少ない元貴族や富豪達にとって必要なものである。


「礎がなくても魔術自体は使えるんじゃない?ただ、皆がそれぞれ持っていない属性を使うために補填していたのが(これ)ってだけで」

「……」

「そうだなぁ……礎に縛り付けてる皆を属性別の魔石に置き換えればいい。供給場所はそれぞれ適性がある人達で定期的に魔力を注げばいいでしょう?国が管理するなら――魔石だって今じゃ作り放題なんだから使えると思う」

「……」

「それにソーレルは天然の魔石が作られる仕組みを知ってるんじゃないの?」


 唖然とした顔でこちらを見る彼女は「今までの数千年は……」と呟くがそれよりもロイクを探しに行きたいのだ。


「難しいことは私の役目じゃないし、私よりも魔術に詳しいのはロイクだよ。だから私はロイクを探しに行かないといけない」


 それに今壊したら先ほどオルキデアと共に張ったシールドが破られる。

 二人の魔力でどれくらいの時間を稼げるのかは分からないが、今ここでシールドがなくなったら敵国からの侵略が一層高まるだろう。


「ならば、何処へ行きますか」


 行く先は既に決めている。


「アイビーが眠っていた場所」



―――



「はい。これでおしまいです」

「えぇーリナリアちゃんもう行っちゃうのぉ?」

「既に化膿しないよう処置は施しました。後は自己回復でどうにかしてくださいませ。なんなら……魔力を反転させて毒にすることもできますのよ?」

「……すみませんでした」


 こうして笑顔で脅せば下品なすぐに怯むので、社交向けの笑みを浮かべることが私にとって最大の防御になってきていた。

 そうしないと口答えできるくらい元気なのに私に絡んでくる兵士がうっとおしくて仕方ないのだ。手足が吹っ飛んでいないのだから軽い骨折くらいマシだと思って欲しい。

 ようやく一通りの処置がひと段落し、休憩の許可をもらった私は、ランプ片手に歩き慣れた病院の廊下を速足で通る。


 先日は第四部隊の大隊長にその他重傷の将校たち。次は自分の実家の孤児院の卒業生なのだから、私の精神も熱い鉄を叩くように鍛えられたような気がするけど、実際に戦闘になれば大小さまざまなケガを負った患者が容赦なく流れ込んできて、その痛々しさに思わず涙目になりそうになるから、まだ私の精神も生温いことを思い知らされた。


 今日、いや、既に昨夜のことだけど、夜中に突然教会の方から襲撃が来たと思えば、王城の上空から見たこともない魔術陣が浮かび、その魔術陣から魔力がこの島全体を覆いつくしたという。人伝に聞けば元皇女であるオルキデア様がシールドを展開しあそばされたらしい。

 噂ではその現場に赤毛の少女もいたと言うが、まさかなと私はその懸念を思考の隅に置いておいた。


 私自身はもう14歳で世間一般としては既に成人だけど、大人の一人として世間を渡り歩くにはまだまだ未熟だ。しかも他の孤児院の孤児たちと比べて私は外の世界を知らない。その分人一倍世間知らずだ。

 父さんははじめ私にカレンデュラ家を継がせる気はなかったようだけど、正式に養子として入ることになると、わざわざ私を他領にいるおばあ様(アイリス)が結婚する前に養子に入った貴族家の行儀見習いと称して半年間滞在させては、貴族の社交の心得や言葉遣いを叩きこませた。


 貴族でありながら大の貴族嫌いだったはずの父さんがここまでしてくれた理由は分からなかったけれど、ガーベラ姉さんから話を少し聞けば、今の魔術学院は魔力量で差がつくようなカリキュラムではなく、かつての身分がかなり影響されていたようで、編入当初フィーはそれなりに、えぇ、それはそれなりに苦労したらしい。

 今のシャトーバニラにある学校は身分がモノをいうことが以前よりも強い傾向にあったようで、私もいくら正式にカレンデュラ家の養子に入ったとはいえ、孤児の私が何かしら嫌がらせを受ける可能性が高いと父さんは懸念していたらしい。


 そして父さんは今度は何を思ったのか私がカレンデュラ家を継げるよう、カレンデュラ家の人間が学ぶ教育を受けさせ、ウイエヴィルにある協会に通いカレンデュラ領独自の執務の仕方を学ばせたりと、本当に私は軍事学校に進学できるのだろうかと思うくらい、事務作業ばかりを叩き込んだ。

 とても忙しくて目が回ったけれど、嫌と言うほど見知らぬ男性と関わるようになってからは男が怖いと言っていられなくなって、相手と言葉で戦う気でいれば乗り切れることが出来ると分かれば、ある程度問題ないくらいには克服できた。

 おかげで二年前に孤児院を卒業したルーク兄さんには大分心配させてしまったけれど。


 軍事学校を入学してからも騎士家系の同期達からも平民の孤児だと侮られない程度には振舞えるようになったけれど、一般の平民出身の同期達からは孤立してしまった。

 元々私は平民で孤児なのだから気疲れしない平民と仲良くなりたかったのに。


 そんなこんなで結局空回りしてしまった父さん、いやお父様から受けた教育の中で、私はカレンデュラ家の秘密を聞いた。

 お父様は、古来は皇帝が受け継いできた【女神の夫】らしい。そして公式の家系図と本来の家系図も合わせて教えられた。

 実はおじい様(ゲリー)とお父様は二人ともあんなに顔がそっくりなのに、血縁上では伯父と甥の関係であること。おじい様にとっておばあ様は後妻であること。マーガレットおばあちゃんはただの使用人ではなくて、おじい様の実の祖母で、お父様から見ればひいおばあ様だったこと。

 私はその時知らなった事実を飲み込むことで精いっぱいだった。


 だけど色々知ったことで、私はすとんと納得できることがいくつかあった。


 マーガレットおばあちゃんが仕事が出来なくなってもカレンデュラ家から追い出されることなく死ぬまでカレンデュラ家に部屋があったこと、お父様が一定の年齢になるまで孤児院内では孤児同然の扱いを受けて暮らしていたこと、お父様がフィーを気にしていたのに何もしなかった理由も。

 フィーは神話に出て来る神話の女神さまと同じ燃えるように真っ赤な髪をしているし、ウォルに話していた夢の話にお父様と同じような容姿をしている人がいたから。

 まさかあのフィーが……なんてあまり考えたくない。だけど父さんと婚約したフィーが今更別の誰かと繋がるのも想像が出来ない。


 不思議だ。二人は年齢も大分差が空いているし、二人が話している内容は基本的に魔術や呪術関係の情緒のないような話ばかりなのに、二人が結ばれることに違和感を感じない。

 父さんはフィーに対して何か思うことがあるように見えたけれど、あの子とはあくまで師匠と弟子とか、そんな関係であろうと務めていたように見える。

 フィーも父さんへの想いを自覚するまではあの孤児院で大人になるまで暮らして、ウォルと一緒に何処か小さな村で畑仕事を手伝いながら生きていくのだろうと思っていたらしいから、きっとあの子は恋を知らないまま幼馴染であるウォルと結婚して暮らす道もあったのかもしれない。


 一般の病棟に入ると消灯時間をとっくに過ぎた暗い廊下をランプの灯りを頼りに歩き、途中すれ違う看護婦に会釈をしながら、覚えてしまった病室にいる患者名を確認すると、病室の扉を開ける。

 頼りに手前から一番奥を囲っているカーテンをめくって入れば、一人用のベッドに寝かされている年齢の割に背の高い狼の青年を見下ろした。

 私はそのフィーと結ばれた未来があったかもしれない相手の前に立っている。


 薬品が入った透明なガラス瓶に管が繋がれ、更に小さなガラス瓶に一定の間隔で薬品がぽたぽたと落ち、最終的にゴムの管を通じて彼の血管に注がれていくのを確認する。

 傷口から血液がこれ以上零れないよう、針と糸で腹が縫われていく傍らで魔法で血を止めたのは私だ。

 緊急で来て欲しいと言われ、本来なら医者と患者以外の人間が入ることが許されるはずの手術室で対面したウォルを見て、思わず膝から崩れ落ちそうになったのは記憶に新しい。ウォルのくせに、仕事で私に感情を揺らがせないで欲しかった。


 結局一命は取り留めたけれど、本来なら彼は死んでもおかしくなかった。

 詳しいことは分からないけど、彼は己の水の魔法で己の血液をわずかな魔力で操ることで大量の出血を免れたらしい。


 彼がそんな芸当が出来るなんて知らなかったけれど、水を扱える純血で魔力の少ない魔族の兵士に教えられる技なのだそうだ。意図的に血流を早くすることで強制的にリミッターを解除することになっても、耐えられる筋力が必要になるので教えられる者は限られているらしいし、それが完成されるのはもっと少ないという。

 しかも意識が失われても剣が引き抜かれる寸前まで無意識に制御していたのだから彼の精神力はもはや化け物だ。そこまで強くなれる彼の心にはまだあの子がいるのかと思うと、結局姉弟の関係であり続けることを受け入れた彼のあの子を一途に想える強さが羨ましく感じた。


 けれど彼の手術を手伝った経験をしてから私は、自分の見知らぬ兵士や騎士たちだけでなく、家族だった者(孤児院の卒業生)が戦場で帰らぬ人になる可能性があることを身をもって知ってしまった。


 私が入学して間もない頃から私を気にかけてくださったアコナイト様は、それを幼い頃から嫌というほど体験していらしたらしいけど、己が本当の意味で戦う覚悟を持てるようになるまで慣れなかったとおっしゃっていた。

 私も多分、自分や仲間の死を恐れている。こうして仕事の合間を縫って様子を見に来ているけど、未だにベッドで横になっている彼の心臓が止まってしまうのではないかと気が気でないのだ。


 一命を取り戻したのはその時処置を施してくれた軍医の手腕と、私がそうなるように自分の魔法でゴリ押しして手を尽くしたからだけど、私の方はもう疲労困憊で、魔力は足りても体力と精神力はどうしようもなくすり減っていた。


 オルキデア様がシールドを張ったと言ったけれど、防ぎきれなった敵国の戦艦は順次上陸しているという情報も早速聞こえてくるし、その敵国が持ち出した魔獣を大量に放流して攪乱しているとも聞いている。

 海岸沿いはきっと味方の死体が並んでいてもおかしくないし、夜が明けた頃にはこのシャトーバニラにも敵国の手が伸びる可能性もある。


 私の魔法は治癒と毒だ。毒を受けた者は私が毒を抜くことが出来るし、ケガをしたものは傷口をふさぐ程度のことなら治療が可能だから、この場においてはとても使い勝手がいい。本来入学前の私が望んだ活躍だけれど、私のことを気に入ってくださったアコナイト様が望んだ活躍が出来ないのも心苦しくも思う。


 学校に入学して間もない新入生の身でありながら、先輩だけではなく軍の上層部の方々にまで目を付けられ、働かされている私は、入学懇親会でのやらかしから同期達から『鉄壁の毒姫』とある意味言い得て妙な名前で呼ばれていたのに、今度は『鉄壁の天使』と阿保みたいな名前で呼ばれるようになってしまった。中には嫉妬で私への視線が強い人も居るから居心地が悪いのに。

 私はまだ戦闘の基礎も学びきれていない学生なのに、周りからの期待が大きすぎてそれは今の私にとって重荷だ。


 幼い弟妹達に絵本を読み聞かせたり、皆で孤児院の敷地内で追いかけっこして父さんに怒られたり、あの箱庭の中での穏やかな日々を守りたい。だけどそれは幻想なのだろうか。

 私はただ自分の家族を守りたくて軍に入ったのに、今は見ず知らずの他人を助けている。ケガをした者を治して、回復した者から順に戦場に行くのを見送っている。


 今の私は父さんに保護される前と同じことをしている気がして、かつて己がしたことに気付いた時に抱いた罪悪感がぶりかえるように胸を縛る。


 今もまだ眠っているウォルの状態を確認すると、私は彼の手を握り、こっそり私の作った毒の抗体をこっそり流し込んだ。

 どんなに忙しくても勉強の傍らで毒のことをいっぱい学んだから、その抗体も貴方が孤児院にいた頃よりも強化されている。

 うっかり私が彼を殺さないように、敵が放流したらしい魔獣の毒を受けないように、私が出来ることで彼に託すのだ。


「さっさと起きなさいよ。馬鹿……」


 お願いだから目を覚まして。

 私の『家族』を守って。



―――



 エライアーは初めてできた先達だった。

 お姉さまが私に紹介したエライアーは一目見た時、体全身が光っていてまぶしくて仕方なかった。

 その時私は野蛮で恐ろしい人間と同じ容姿をしているお姉さまを怖がったから、お姉さまから嫌がらせを受けたのだと思った。


 エライアーは何でもかんでもお見通しだった。

 私がどこの影に隠れていても、本物の影になっても、時には違う何かに化けてもエライアーはすぐに私を探し当てた。

 私が我慢していたことや、他の兄弟達からの嫌がらせとかを察知されてしまい、私はエライアーから避けた。

 私はエライアーのことが苦手だった。なのにエライアーは分かった上で構い倒してきた。


 エライアーは何でもかんでも話す。

 それを全て私に話してくるからしつこくて仕方なかった。

 時々思っていることが伝播して聞こえてくることもあった。

 念話だというそれがうっとおしくて仕方なかった。


 エライアーはわかりやすい。

 私がエライアーに嫌いだと言えばすぐにしょぼくれた顔をした。

 私が羊肉を食べているとしょっぱい顔をした。

 それを見て私がエライアーに仕返しをする時は羊肉を食べようと決めた。

 エライアーが私のことを気に入っていることもすぐに分かった。


 エライアーはとても明るい。

 明るい性格をしているから、他の兄妹たちや里の外にいる人間でさえエライアーを見ると笑顔になった。

 無表情で暗い顔をしている私と大違いだ。

 なのにエライアーは暗闇でモノを見れる私のことを羨んでいたらしい。


 エライアーは公平な性格をしていた。

 だから何でもかんでも曖昧にしたい私と喧嘩することもあった。

 だけど私の抱く人間に対しての忌避感を和らいでくれた。人間は恐ろしくないのだと言ってくれた。

 何事も公平で几帳面でもあるから、普段から明るい性格をしているのに、別に女の子から好かれる訳でもなかった。

 どうして僕はモテないんだと言われても、私は何も言わなかった。


 エライアーは他人の記憶が読める。

 相反する力を持っているのに私と同じことが出来るなんて思わなかった。

 私は何度もエライアーと話した。たくさんのことを話した。

 その間私達は手を離さなかった。

 だけどエライアーは人の奥底にある感情まで読む事は出来なかった。


 エライアーは筋の通った性格をしている。

 はじめは構い倒してきたのに、同じ両親から生まれた兄妹だからという理由で一線を置くようになった。

 エライアーがどうしてそんなことを気にするのかが分からなかった。

 ずっと貴方が念話で私に伝えてきた感情はなんだったのと問えばエライアーはあからさまに頬を染めた。無自覚だったことをその時初めて知った。

 そんな性格だからお姉さまが作った道具を見て、エライアーがお姉さまに反発した理由が分からなかった。


 エライアーは愛情深かった。

 辛気臭い、感情の読めない狼だと言われてもエライアーは私の本質を見て愛してくれた。

 だから私が彼の全てを闇に覆い隠せばそれを受け入れた。

 彼の前でなら、私の力が【闇】で良かったと思えることができた。

 【光】と【闇】の力を持つから、私達の間にできた子供達は最強なのだと笑ってくれた。


 エライアーはお父さまを尊敬していた。

 一途にお母さまを愛するお父さまの精神に憧れを抱いていた。

 私はそれを知ってエライアーを見た時、照れてしまって仕方なかった。

 私はお母さまの方が執念深いと思う。


 エライアーはお母さまの話を聞いた時、お父さまと話した方がいいと説得した。

 エライアーは父さまの記憶を読んだことがあるらしく、それを知ったうえで話し合うべきだと言った。お母さまは「それを見た上で決めたことよ」と考えを変えなかった。

 結局それは叶わなかった。


 エライアーは正義感が強い。

 エライアーは曲がったことが嫌いだ。

 お姉さまが作った道具を見て反発する理由が分かった。そしてお姉さまがお母さまに抱いている奥底にある感情も知ってしまった。

 お父さまとお母さまの記憶を読んで欲しいとお姉さまが頼んだ時、お姉さまが私も頼ったその意図を私は察していた。

 だけどエライアーはその読み取った記憶に鍵をかけた。死者を冒涜する行為だからと、お姉さまに見せたくなくて鍵をかけた。


 力が強くなってもエライアーの心は強かった。

 お母さまの肉を食べてから私は力の制御が出来なくなった。

 人の心が意図せず読めるようになった。

 エライアーと手を繋いでいるときはそれが和らいだけど、お姉さまの考えがとても恐ろしくてあの場所には居られず、幼い子供達を連れて逃げるように出て行った。


 だけど私はエライアーの心の弱さが私にあるのだと知らなかった。


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