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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第四章 我が鎖
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16.私を思い出してください



 フィラデルフィアの肌を覆っていた竜の鱗も角も翼も何もかもが消え、処刑した際に焼けて短くなってしまった赤毛は足首まで伸び、女神のような神々しさを纏っていた。


()()()の子供たちを守りたいんでしょう?オルキデア」


 きっとこの場にいた軍人、神官、傭兵全員が彼女の姿に釘付けになっていた。本来なら私は彼女に頭を垂れなければならなかったのだろう。

 しかし消えていく彼女に対して私は跪く間もなく、咄嗟の返事をすることしかできなかった。


「えぇ……えぇ!私は、あなたを信じて待つ!」


 安堵したような表情を見せて消えていくのを見送ると、シールドが国全体を覆いつくした感覚がした。

 彼女が消えてしまってもこの魔術を止めてはいけない。フィーが予め地方の礎に魔力を目一杯注いでいたとはいえ、起動するのに大量の魔力を消費している。


「今、ようやく守りが完了いたしました。領海の境界まで範囲を広げて押し上げます!」


 このシールドはあくまで島を守るためのものであり、領海まで覆うかどうかは魔術を行う者の手腕によるところがある。

 魔術を施行した時点で中立国は既に領海を侵入しているため、守る範囲を領海の境界ではなく島の陸から数キロ程度の範囲で守る程度に抑えていたのだ。


「陛下十分です!このまま維持を!」

「では魔力を絶やさないでください」


 継続して杯に魔石を入れるよう指示を出し私は地面に付いていた王笏を地面から離した。私の周囲を囲っていた光の柱は消えたが、足元の魔術陣は白く輝いている。

 思っていたよりも魔力の消費が激しく、気が抜けた瞬間めまいがした。


「カトレア様」

「……アリス、ありがとうございます……」

「あまり無理をなさいますな……」


 皇帝になると宣言した以上仕方のないことだけど、夫から謙った態度を向けられることに未だ慣れない。

 とはいえ割り込む形でこの場所に来てから、アリスはずっと私がいつ倒れてもいいように構えていたようで、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「いいえ、これを乗り越えなければ民に認めてもらえませんから」


 元々ただ玉座にいるだけの存在だったのだ。こうして身を削らなければ誰も私の後を付いて行ってくれない。

 態勢を立て直し彼の腕を取ればエスコートを受ける形になる。


「指令室へ行きます。不慣れであるため指揮はターゲス達に任せますが、私もこの国を守らなければなりませんから」


 アリスは同じく近くにいたターゲス大将に目配せをするがターゲスは首を横に振る。王城から軍本部への移動に困ったのだろう。

 瞬間移動が可能なクライアン中尉は既に別の持ち場に回っているようでこの場にいないし、この場所にいる軍人は襲撃してきた者達への対応や魔石の供給で忙しなく走り回ってた。

 私は笑みを浮かべて「移動先を教えてくれれば私が先導します」と言えば二人とも快く了承してくれた。



///



 さかのぼること三日前


 夫に抱きかかえられて保護され力が抜けるように意識を手放した後、目が覚めたのはとっぷりと夜も更けた深夜だった。

 自分の手に握り慣れた手の感触に目を覚ました私は、まどろんだ頭のまま握られた手の先にいる夫の顔を見た。


「――自分を殺した妻に愛想を尽かしたのではと思ったのですが」


 ふざけるなとでも言うように彼の握る手が強くなる。

 処刑を免れるために奔走したようだけれど、所詮温情で救われた命だ。自分が死ぬ時期が遅れただけだろうに。こんな時でも貴方は私の為を思ってくれているのか。


 夫は無言で私の背中に手を回し、クッションを差し込みながら起き上がらせると、サイドボードに置かれている魔術道具の明かりを灯す。そして同じく隣に置かれていたグラスに水を注ぎ、一口自分で口にするとそれを私に差し出してきた。

 初めて彼と対面した夜、私に盛った自白剤が数日抜けず困った私は、無断で薬を盛った彼に趣返しとしてしばらく彼の口を聞かなかった。それに懲りたのか彼が提供する食事や飲み物は先に彼自ら毒見するようになったのだ。


 無言で甲斐甲斐しく世話をする彼に戸惑いながら私は彼からグラスを受け取ると、ゆっくりとその水を口に含み喉を潤した。

 その場でちらりと夫の方を見れば、初めて出会った時と同じような感情が抜け落ちたような表情で俯いている。


 王城が襲撃された後のように自分は今牢獄にでもいるのだろうかと思ったけれど、今いるのは見知らぬベッドの上だった。天蓋に囲まれているから部屋の中が見えないけど軍の客室だろうか。


「……甥姪が不遇な目に遭っていることを知ったのです。しなければ、私はこの心を抑えることができませんでした」


 「処刑の日はいつですか?」と問えば「……どうして卑屈になるの」とようやく彼の口から言葉が返ってきた。


「……君の中にはまだモス=オーキッドがいると思ってた……それでもお前が妻として私に寄り添ってくれるなら、それでも良いとも……」


 彼の口調や呼び方はちぐはぐであることに訝しげになりながらも、天蓋の向こうで聞いている者がいる気配を感じ取り、彼に防音の魔法を使えないかさりげなく問う。


「私が貴方に刺す前に、話した内容は覚えていますか?」


 夫はこくりと頷く。すると手を上げて私に魔法を扱う合図をした。

 彼の魔力に包まれた空間はお互いの声しか届かなくなる。


「いいよ。話して」

「……先月、私は教祖マグノリアと取引をしました」


 教祖は皇帝が使える魔術道具を補完するために、私の兄であるオーキッドの魔力核が欲しいのだと言っていた。

 教祖と枢機卿が別人であることは過去の記録を読み漁れば簡単に分かるから知っていた。とはいえ実際に対面すると彼女は本当に神と人の間に生まれた者なのだと実感するくらいに神々しさに満ち溢れており、私も思わずその場で跪いたくらいだ。

 私が教祖に兄上の魔力核をあげる代わり、国宝であり数年前に皇帝が処刑されてから行方不明になっていたレガリアの隠し場所の在りかを教えてもらうのと、【女神の夫】であるカレンデュラ家当主の身柄の保護を依頼した。


 大切な兄の心臓だったものとはいえ、それ一つで足りるのかどうか分からなかったけれど、「元は罪人の心臓とはいえ、心臓一つの重みを知っていればお主の依頼は安いものじゃ」と彼女の慈悲深さに頭を下げた。


「……あの時私の中には死んだ兄さまではなく、彼が遺した子供のことしか頭にありませんでした。貴方に手をかけたのは、私の計画の為でもありますが、手を汚した私の隣にいた貴方は、その先別の誰かに殺される未来しか見えなかったから、いっそ私の手で――」

「もういい」


 もういいと重ねて告げられる。

 彼は私の手を取り両手で包み込んだ。彼のピンと立っていた長い兎の両耳は垂れ下がっており、縋っているように見えた。

 あぁ、こんな時にも私のこの先の処遇を憂いてくれているのか。この結婚生活もこれでお終いか。


「……疑って、ごめん」


 ふり絞るように出てきたのは心からの謝罪だった。

 一瞬天蓋の向こうがざわつく気配がした。既に聞かせてはいけない会話は終わっているけれど、普段から警戒を怠らないはずの彼は未だにそれに気付いない。


「……以前から君を失う悪夢を何度も見た……」


 その言葉よりも、彼の魔力の籠らない声に目を見開いた。

 本当の声は従属魔術の影響で後遺症を負ってしまったために、自分の肉声がコンプレックスなのだと言っていたのに。

 確かに彼のような甘い天使のような容姿でそんな低い声は驚いてしまうかもしれないけれど、彼の声は決して醜くない。むしろ奥行きのあるテノールの歌が似合う心地よい声だ。


「俺は其方にを手にかけなければならないと知った時、どうしてか割り切ることが出来なくて、手が動かなかった。ふふっ……おかしいな……自分の母親を手にかけた自分が、アンタを殺せないなんて……お前は僕のこと容赦なく殺めるのに……!」


 彼の口から出たのはナイフで今にも引き裂かれそうなくらいの悲痛な叫びだ。私の手を包む彼の両手も震えており、あまりの痛々しさに私も思わず顔を歪めてしまう。

 私は握られている手を引いて彼のことを抱きしめようとすれば、彼も応じるようにゆっくりと、しかし離さんとばかりに私をかき抱いた。


「ごめんなさい……」

「……其方は私の監視下にある。僕が監視下にいる以上目の前から君がそう簡単にいなくなることはないだろうと心のどこかで高を括ってた。

 けど貴女と共に暮らす日々を送る度、自分がこれ以上ないほどの幸福に包まれると共にいつか遠くない未来でお前を失う夢を見る……不安に押しつぶされそうだった……君には既に外せない首輪を何重にもかけているのに、これ以上貴女の自由を奪えばやっと光を見せた君の心に陰りが差す……でも、今回、君も僕を置いていくのかと……!」

「アリス様……」


 彼は一人称も二人称も口調も一貫しない。これまで老若男女問わず様々な役を演じていた弊害だろうか、感情がこんなにもごちゃ混ぜになった夫を見るのは初めてだ。

 だが彼の言葉を汲めば、一つの答えが導かれる。


「――貴方の手から私がこぼれ落ちてしまうことが、貴方にとって、とても恐ろしいことなのですね……」


 それを肯定するように彼は更に強く私を抱きしめる。

 大切なモノを失いたくない。それは私も長らく忘れていた感情だった。


「もう、僕の手に届かないところまで行かないで……」

「はい……」


 不安と共に彼の気持ちが止めどなく溢れてくるのが分かる。私はこの感情を随分前から知っている。そんな彼の欲深さを垣間見ても私はそれを嫌なんてこれっぽっちも思えなかった。


 あぁ、だめだ。私はこの人をもう殺せない。これは刹那的な想いで終わらせてはいけない。あの時彼を殺してしまった自分を恨みたくて仕方ないくらい、私はこの先の未来でこの人と共に歩みたいのだと再認識してしまう。

 彼からの気持ちを一滴残さず受け止めてあげたい。彼を包み込むには自分の小さい手や短い両腕では足りない。背中にある私の黄色い翼を前に使ってでも彼を守りたい。


 求めるモノを壊すことしか考えられなかった私が今、目の前にいる大切な人から求められているのがこんなにも嬉しくて、心地よくて、幸せで、幸せで、幸せで仕方ない。


「アリス様、私も、貴方を手放したくなくて仕方ありません」

「……うん」


 これだけでは伝わらない。私が貴方に伝えたいことは溢れるくらいにあるのだ。


「出会った頃より貴方には私を監視という名の保護をしてくださり、不健康な私の体を回復させる手助けをしていただき、絶え間ない感謝しかありませんでした。ですが反面、私は貴方と過ごす刹那の時間をその場で奪って、壊したくて仕方がなかった」

「君は僕から心以外何も奪ってなんかいない。むしろ僕の方が君から奪ってばかりだ」


 その言葉で私の心は救われて、満たされた。でももっと欲しい。欲しくて仕方ない。


「ですが今回貴方を手にかけて分かりました。もっと貴方と共に歩みたい。もっと貴方からの愛情を受けたい、お渡したい、育みたい、そして共に年を重ねたいと、心の底からそう思ってしまったのです。……貴方の体も心も、その声も、本当なら私が独り占めしたいくらいなのです。ですが全てそれは貴方のものですし、私から与えられるものは私のこの身以外何もございません。

 それでも、貴方に私から首輪を付けさせてくださいますか?」


 彼の首元に唇を寄せる。

 本当に分かってくれてるだろうか。私の心は形容しがたいほどに醜いだけでなく、貴方への愛が深く高く、広くなってしまった。


 腕を緩め、見合わせたお互いの顔はもう何処にも悲しみの欠片はなかった。



///



 このまま私が正式に皇帝になればアリスは王配として隣に立つことになるだろう。ロータス家の奴隷同然だった彼が、私の隣に立ってくれるかどうかは分からないけれど、私はもう彼のことを離したくない。


 一瞬左腕に刻まれた魔術陣がうずいた気がして自分の左腕を見つめた。

 皇帝の証であるらしいこの魔術陣は私の名前と同じカトレアの花が咲いているけれど、以前見たことがあるアリスの胸元に刻まれている従属魔術やヴェロニに刻まれている前科持ちを示す魔術陣と近い何かを感じた。


「カトレア……?」


 アリスの声ではっと意識が現実に引き戻される。顔を見上げれば心配の目を浮かべた夫の顔がある。


「……フィーが心配です」

「そう、だね……」


 先ほど消えてしまった女神の生まれ変わりを思い出す。

 女神は短命である夫を失うのが怖くて記憶を魂に刻み込んだと言い伝えられている。それが時代を超えて男が妻になる女の首へかけるチョーカーに転じている。

 今のフィラデルフィアにあのカレンデュラ家当主へ執着に近い感情があるようには見えないけれど、三年前といい、最近の急な婚約についても、もしかしたら縛っていたのは女神ではなく夫の方ではないだろうかと考えるも、本当のことは本人たちにしか分からない。


 私たちはどうか無事に戻ってきて欲しいと祈るばかりだ。



―――

///



 外で薪割をしていると、家の中からとても懐かしい旋律が聞こえてくる。

 今はもう誰も知る者がいない歌に頬をほころばせながら、歌声の主がいる部屋を覗くと、昼寝をしている子供を寝かしつけている愛する人がいた。


 本来なら微笑ましい光景であるはずなのに、心の奥底で彼女がまた我が子の首に手をかけるのではないかとという恐怖心が煽られる。

 当時もそれくらいの覚悟をしていたにも関わらず、やはり実際にしでかしてしまえばまた同じことをしてしまうのではないかと疑ってしまうのが人間の性だ。


 細い白魚のような手が赤子のまろい頬を撫でている。その様子にひどく安堵しながら近づくとその安堵は一気に困惑の色に塗り替えられた。


「……なにをしてるんだ?」


 彼女はこちらに気付いたのか歌うのをやめて振り向いた。


 子供はちゅぱちゅぱと彼女の人差し指を吸っている。子供にただ自分の指をしゃぶらせるだけなら特段何も困惑する必要はなかった。


 だけど子供がしゃぶっている彼女の指は、刃物で切れた傷から薄っすらと血液が滲んでいた。



///



 しばらく光に包まれていると浮遊感とともに景色が変わった。


 教会の地下にあった洞窟に似ているが、左手に露出している発光性のある魔石が岩肌をほんのりと照らしているのを見るに、少なくとも教会の地下にある洞窟ではないのだろう。


 フィーは暗闇に慣れない視界で辺りを見渡していると、自分がまだ光り輝いているままだということに気付く。


 歴代の皇帝が作り上げた魔術だと言うが、あの魔術は転送魔術が仕掛けられているようには見えなかったし、その対象にフィーが向けられる理由は……なくもないが、その場で難解な魔術を解読できるほどフィーも魔術に対して知識を深められていないので裏付けが取れない。


(そもそもここどこ……)


 学院で支給されるステッキを腰から取り出すと、その先から松明代わりに光を灯して辺りを照らすが、左手は発光性の魔石がきらきらと輝いているが、右手は延々と暗闇が広がっているだけのようだ。


 試しにその辺に転がっていた魔石を拾って暗闇に向って投げ込んでみるが、数秒してからキンと金属にぶつかる鳴る音がしたと思えばカラカラと転がる軽い音が反響して聞こえた。


(何かある……?)


 フィーはステッキを掲げながら魔石を投げた方向に足を向けてみる。



 少し岩肌から離れればすぐにフィーの周りはすべてが暗闇に満ちていき、視界に壁がない状況に心もとなくなった。

 足元は人の手が加えられているのか、かなり平坦だが何かがあるのかもすら分からない。以前学院の教授から、人体からかすかに漏れ出てくる魔力に反応する罠の話を聞いたことを思い出し、可能性があるからフィーは慌てて全身の魔力を体の内側に引っ込めるように務める。(ステッキに魔力を込めている時点で魔力を放出していることに変わりないので、本来なら意味が無いのだけれど)


 しかし少し歩いただけでステッキの光はすぐに照らす対象物を見つけたようで、きらりと反射したのが見えた。

 その反射した場所まで近付いて見るとその全貌が明らかになってくる。


 今いる場所が縦長に開けた空間になっていることが分かり、ステッキの灯りを最大まで強めては夜光虫のように上空に高くふよふよと浮かせて空間全てを照らす。


 光を反射した物体は大きく、フィーは既視感のある光景に背筋が凍った。


「……なにこれ」


 この空間の中央に透明で巨大な竜が翼を休めてこちらを見下ろしている。

 しかしよく見ればそれは全て魔石で出来た造形物で、皮膚のざらついた鱗さえも細かく再現されていた。



「やっときたか。竜族の末裔よ」

「……呼び寄せたのは貴女じゃないの?」


 音もなく現れたソーレルは、棺桶にいた時と打って変わり、長い黒髪を結い上げては唇に真っ赤な紅を引いて着飾っており、まさしく教祖と呼ばれるような姿だった。


「あの娘があの魔術を起動するのは状況からして必然的だった」


 淡々とその場の事実を述べるような素振りの彼女にフィーは眉を顰める。

 フィーは目の前にあるこの魔石のことを問い詰めたい。一番女神の意思を知っていたのは紛れもなく彼女であるはずだ。

 それを察しているのかソーレルは巨大な魔石を一瞥する。


「アレが気になるか?」

「貴女がコレを放置する理由は何?」


 フィーの視線の先には竜の魔石の腹に当たる場所がある。そこには水色の髪を持った人魚の少女が閉じ込められた状態で眠っていた。


「これらは幻に過ぎない。これを解除しても中にいる彼女は生き返らん」

「ソーレル」


 強く呼びかけても「お主の顔でその名前を呼ばれるのはなんとも違和感があるな」と苦笑するだけで、彼女はひたひたと裸足で歩く音と足首のアンクレットが揺れる音を立てながら魔石に近づく。

 ぴたりと魔石に手を付けると、その魔石は光がぼんやりと発光し、この空間がさらに一段と明るくなる。


「弁解するつもりはない。ワシとて彼らを閉じ込めるのは本意じゃなかった」

「『彼ら』……?」


 複数人いることを示唆する言葉にフィーも語感が強まる。

 この閉じ込められている人魚の少女は女神直系の子供の一人だった。


「……このスイレン(ニンファー)の他にもオリーブ(エライアー)カモミール(カマイメーロン)アヤメ(イーリス)ゲッケイジュ(ダフニ)。そしてワシじゃ。

 ――それぞれ各地に置いている。ちなみに数刻前にあなたが赴いた場所にはダフニがいた」

「……貴女――!」


 フィーが淡々と説明するソーレルの両肩を掴むも、対するソーレルは身動き一つせずじっとフィーと視線を合わせた。


 ソーレルが告げた名前は全員女神が産んだ子供達だ。

 女神は人間に復讐するために子供たちを産んだ。しかし当時の女神は少なくとも自分の子供たちを永遠に封じ込めるために彼らを産んだわけじゃない。

 そんなフィーの激昂に見向きもせずソーレルは話を続ける。


「ワシ含めて全員、女神の体を食べた者達じゃ。それに彼らは、一人を除きこうなることが分かっていて供給の礎になることを受け入れた」


 なら自分の魔力核に封じられているはずの女神の肉体は一体なんだ。自分の中にあるのがすべてではないのか。

 しかしソーレルは話を続ける。


「これは女神が出来なかったことを達成させるためでもある」

「女神が、出来なかったこと……?」


 ソーレルは小さく頷く。「じゃがこれも不完全なモノじゃ」と付け足す。

 女神が出来なかったこと。彼は、ロイクはこれを知っているのだろうか。彼はまだ自分に何か隠し事をしているのだろうか。


 ――夫は女神を殺さなければならない。女神は夫を殺さなければならない。


 あの記憶は【女神の夫】の魂を縛り付けた呪いを解決するためだと思っていた。だけどこれは、女神がかけた呪いではない?


「わたし達だけでは、結局この儀式は完成しなかった。だから今度こそわたしは、あなたたちの使命が果たせるように導かなければならない。全ては竜神の庇護を復活させるために……!」


 竜神の庇護、使命、儀式。知らない言葉が次々と出てくる。どれも自分に心当たりのないモノばかりだ。


『昔は竜がこの国の神様だったのよ』


 随分前にマーガレットから教えられた話が脳裏によぎる。

 女神は多くの魔族の始祖にあたる子供を産んだが、トカゲなどの爬虫類にまつわる子供を産んでも竜の子供を産んだことはない。だって女神は竜を見たことがないのだから。

 だが大陸には竜族が存在していて、自分もその竜族の一人だ。ではなぜ自分(竜族)がこの世に存在している?


 ソーレルは両手を広げ、自分を導かんと恍惚な表情で目を細めている。

 目の前にいるこの女は誰だ。■■■■と同じ魔法を持っていて、同じ顔をしているのに、別の人間に見える。


「さぁ、母さま!【神話】のやり直しをしましょう!」



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