15.あなたを信じて待つ
それからしばらく魔石をかじりながら供給を続けていた。
オルキデアは一々移動するのが面倒に思ったのか魔石生成を外で行うようになった。海水で濡れなければいいのだが。
確かに海岸から灯台を往復するのも億劫だろう。空は飛べるだろうが飛行にも魔力は必要なので余計な魔力を使いたくないのだろう。
姿隠しのマントがあるから周囲から見られることは無いだろうが、その代わり魔石を運ぶ者が大変そうである。
何も考えずひたすら魔力を流すのに飽きてきたフィーは足元の魔術陣を観察して中身を読み解いたりしてみた。
魔術陣は幾重ものサークルと二つの正三角形を重ねた六芒星で六つの属性をつないでおり、古代文字がサークルとサークルの狭間にびっしりと描かれていた。
しかし必要な魔術の属性は八つと言われているのに残り二つは何処にも見当たらない。
もしかしたら杯の真下に描かれるのだろうかとも思ったが、杯の底も広くないし、杯に繋がっている線を見る限り全て中心につながっているから、杯の底から魔力を補充するようになっているようだ。
こんなことでオルキデアが嘘を言う必要はなさそうだし、他の場所にも魔術陣があるのだろうかとその場できょろきょろと辺りを見回してみるが、クライアンが咳払いをしたのでこれ以上観察することは叶わなかった。
受け取った魔石をぼりぼりとかじりながら今まで流していた魔力の量を多くしてみる。
どうやら一気に周辺の塔へ魔力を流すことは難しいようで、杯の中身を三分の一にキープできるよう流す魔力の加減を調整した。
他の護衛からの報告も落ち着き、二人きりになった空間でクライアンは誰に話しかける訳でもなくゆっくりと口を開いた。
「――本当なら、君がこんなことをする必要はなかった」
フィーはふとクライアンを見るが、彼は表情を変えず出入り口を守りながら海側の景色を眺めていた。
「――クライアンさんとは私のこと、ちゃんと私の口から話したことなかったですね」
「……君もそれなりに苦労したんだろう。君が話したくなければ話さなくていい」
クライアンは自分が女神の記憶を持っていることを知っていてそんなことを言っているのだろうか。
三年前のオーキッドの一件でクライアンはオーキッドに接触していたが、フィーの魔力核の中に女神の肉体があるということを知っているかは不明だ。
今回はフィーが誘拐された後の事情聴取で、フィーは教祖であるソーレルと話したことを詳細に話していない。
話したのは彼女が本当のプランツ教教祖であるということ、枢機卿マグノリアはソーレルと深い関係であるということ、ロイクが匿われていることくらいだ。
「ロイクが【女神の夫】だっていうことは知ってますか?」
「……報告には聞いてる」
「ならこれも知ってますかね。……私、女神の記憶を持ってるんです。9歳の頃村が燃やされた後、徐々に。驚きました?」
わざと茶目っ気だしてクライアンを見るが、クライアンは顔をしかめながら「無理されてもこちらがキツイだけだ」と一蹴されてしまった。
思ったより驚かれなかったのは地味にショックである。知っていたのだろうか。
「正確には故郷の村で魔力核を食べる悪習の影響で、私の魔力核の中に女神の肉体が封じられてて、その影響で女神の記憶があるんですけど」
「待て、理解が追い付かない」
眉間にしわを寄せては困惑するクライアンに「私に女神の記憶があるって覚えておくだけでいいですよ」と言えば「……そうしておく」と返された。珍しく考えることを辞めたらしい。
「私、それも踏まえてターゲスさんから、この先私の心を守ってくれるのはロイクだけだって言われました」
「……そうでなくとも、婚約者ならそうなんじゃないのか?」
将来お互いを支え合う伴侶になるのだから普通はそうなのだろう。
しかしなぜか表情が固くなるクライアンに首をかしげながらもフィーは話を続けた。
「私、今までそういう意味で私が甘えてきたのはウォルだけなんです。ウォルも私も家族が故郷の村ごとなくなった傷を負ってましたから。途中こじれちゃったけど、あの時はお互いの傷をなめ合ってたんだと思います……。
でも私が女神の記憶が蘇りつつある時にロイクから自分は【女神の夫】だって言われて、その時故郷の村がなくなった以上の傷を負いました」
クライアンの眉がぴくりと動く。
孤児院に来てからフィーは家族を悼む気持ちの余裕もないまま、悪夢にうなされるようになった。
そしてロイクから自身の正体を告げられ、フィーは自分が今まで見てきた悪夢の正体を知り、ロイクへの気持ちを自覚してしまった。
「私はあの時、今まで見てた悪夢は女神の記憶なんだって自覚しました。それと同時にロイクの中にまだ亡くなった奥さんがいるって思い知ったから、ロイクに間接的に振られたって思ったんですよ」
『ありがとう。彼女を愛してたことに気付けた』
あの心の底からの感謝の言葉を見て彼の心に自分が入る隙が何処にもないことを思い知った。
クライアンは黙ってフィーの話を聞いてくれるから、フィーは次から次へと自分が今まで人に言わなかった感情が漏れ出た。
「……女神の記憶って、全部が全部穏やかなものじゃないんです。大昔の、まだ魔法も魔力もない世界で何百年も生きて、何でもできたから、周りからは化け物だって蔑まれたりもしました。
その結果女神は人間が嫌いになって、衝動的に何度も愛した夫を殺して、何度も後悔して苦しみました。
私は記憶諸々自覚したせいで人間が嫌いな感情も引っ張られてて、女神の夫と同じ顔をしたロイクに迷惑かけちゃうから、孤児院を13歳で卒業するよりも先に学院に行ってロイクと離れようって決めました」
呪術によって封じられていたとはいえ、感情の波はあっても実際に暴れたことが無いのはかなりすごいのではないだろうか。
「ロイクには孤児院を出る前日に私が女神の記憶を持ってるって話して、呪い解くって言って……あの時初めてロイクと対等に話せたんじゃないかなと思いました。
でもオーキッドに連れ去られた時、ロイクがわざわざ王都まで来たから私はすごく戸惑ったんですよ。
聞けばずっと心配されてたみたいで、ロイクから見れば私は孤児院にいっぱいいる子供のうちの一人なんだなって思ったりもしました。
でも先月里帰りしたら婚約取り付けられて、あの時はその場で了承しちゃったけど、ロイクの気持ちが分からなくて、今も整理出来てないんです」
所詮幼い子供の初恋だ。あのまま孤児院から出て彼と距離を置けば、ほろ苦い思い出と共に彼が何も知らずに、知らないふりをしてくれたまま消えて無くなるはずだった。
なのにロイクはフィーに手を伸ばしてくるから、思わずその手を掴んでしまった。
アイーシュから王都に帰る直前のタイミングで、あまりにも急だったのにターゲスからはあっさり了承されて、フィーはまるで実感が湧かなかった。
「完全に飲み込めなくて、頭がぼーっとしてるときに、オルキデアに誘拐されて、処刑されそうになって、子供達が目の前に現れて、ついでに前世の娘と再会して、ウォルが目の前で刺されて、軍に回収されて、今です。
途中ロイクが行方不明だって聞いたのに、ずっとロイクのこと考える余裕がありませんでした」
オーキッドの時はすかさずロイクのところに行ったのに、今はロイクを取り返そうとしないで己の魔力を供給している。
前世からずっと愛している人を助けないなんて薄情だなと嘲笑する。
「私女神の記憶を持ってるって言っても、自分が女神だって思ってないんです。ロイクも【女神の夫】だって自覚してるけど、前世と今は別だって割り切ってる。でも自覚してるのとしていないのじゃあ違うでしょう?
ロイクは私が知ってる女神が見た夫とほとんど同じだけど、私は顔は似てるって言われてもそもそも種族が違うから、たまに感情が引っ張られるけど普段は別の人の記憶が植え付けられてる感覚なんです。
でもターゲスさんは、昔からロイクは女神に執着していて、今もそうだって言ってました。私が学院に入学する時、ロイクの養子じゃなくてターゲスさんの養子にしたのは、ロイクが私と結婚しやすくするためだって言うから余計混乱しました。
だから今は現実逃避するためにこうして魔力を与え続けてます」
私どうしたらいいんですかね。と締めくくると、クライアンは黙り込む。
ここまで話してみると、自分の感情に整理が出来たのか今まで抱えていた不可解な感情の名前がすんなりと出てきた。
そうか、自分はロイクの感情を疑っているのか。
魔力供給のパネルは赤から緑に点灯していたが、今度は自分がいる場所を中心に青に点灯し始める。手元の杯はすでに三分の二以上にまで魔力が溜まっており、魔力の量が色で分かるようになっているようだ。
他の供給地点にも魔力が同じくらいにまで溜まっているのだろうか。
「……フィー、悪いが……俺は彼の気持ちが理解できない」
「ですよね……」
さすがにスケールが大きすぎてクライアンも理解が難しいのだろう。
それでも少しすっきりしたフィーの顔に気付いたらしい。
己の魔力が無くなりそうだったのでクライアンに魔石をねだれば無言で渡してくれる。
「……俺も、若い頃はそういう感情の一つや二つ持ち合わせていたはずなんだが、戦場を駆ける青春時代だったから誰かに懸想する暇は無かった。正直君らのような恋に悩める人を見るとまぶしく感じる」
「……ごめんなさい」
眉を下げ「そう気を遣われるのは久しぶりだ」と返すクライアンの表情は思っていたよりも柔らかい。
「今の俺にとって結婚は家族になる手段の一つという認識だ。好き同士で結婚する者もいれば政治的な事情で家族になる者もいるから。
君も悩むだけ悩めばいい。話を聞く限りではどうせ彼との結婚は確定事項なんだろう」
「そう、ですね……」
本当は結婚する前に殺し合わないといけないのかもしれないのだけど、それ以上話したら流石にクライアンが可哀想なので言わないことにした。
あのソーレルも驚いていたくらいだ。今はアセビとアイビーだけの秘密として留めておく。
それにしても女神の記憶は基本鮮明に覚えていることが多いのに、あの記憶だけはどれも断片的で、なにか大事なことを忘れている気がするが、それがよく思い出せない。
軍と教会が争っている現状、今ソーレルのところには行けない。北方の神殿に直接行けばロイクに近づけるだろうが、その状態でソーレルがロイクを返してくれるか怪しい。
それにオルキデアは教会がロイクに危害を加えると思ってソーレルに託したのだろうが、ソーレルは何度も生まれ変わっている自分の父親を今更守りたいなんて思うほどの感情が残っているのかも不明なのだ。
ろくに愛情を注がなかった母親の魂を持っている女相手だ。もしかしたら恨んでいる可能性もある。それくらいのことを女神は彼女にしてしまったので。
考えこみながら魔力を垂れ流していれば、パネルの簡易地図は中心以外の全ての供給場所が青く光った。
―――
フィーの手による魔力供給は約二時間半程度で終わった。
護衛たちはフィーが消費した魔石の数を聞いた時、思ったより少なかったことに驚いていたようで、フィーが右目を赤く光らせれば「そういえば混血だった」と納得するような顔を浮かべていた。
そんなフィーは正直自分よりもオルキデアの方に驚いている。
初めは本人の中でゆっくりと魔石を生成していたようだが、徐々に生成するスピードが上がったようで、一度で全てを送り切れないと判断した護衛たちが次々と王都へ魔石を送り込んでいたようだ。
本人曰く作っておいて損はないだろうとのことだが余りは何に使うのだろうか。
オルキデアは護衛たちを労わりながら生成した魔石をいくつか手渡していた。魔石は栄養剤かと見ていたが、どうやら護衛たちも転送魔術を何回も使用したために魔力の消費が激しかったらしい。
オルキデア残りの魔石を転送魔術で王都へ送り、一同は行きと同様にシャトーバニラへ戻ると本部ではターゲスが出迎えてくれた。
「ご苦労だった。フィー」
「一気に魔力を流せないのがもどかしかったです」
シャトーバニラの城壁から第二のシェルターに戻る道すがら、視界に入った夜空にフィーは思わず二度見した。
近くにいたオルキデアと目が合い、二人はさりげなくお互い近寄るとオルキデアが小声で話しかけてきた。
「フィラデルフィアも見えるのですか?」
「え、えぇ……魔術陣のようですが、これって……」
色とりどりの光の線を紡いだ魔術陣が上空に大きく浮かんでいる。しかしこの異変に誰も気づいていないらしく、驚いているのはフィーとオルキデアだけである。
よく見ると供給場所の魔術陣とまったく同じだが、あの場所では魔力を注ぐ杯が置かれている場所には不自然に線が途切れており、なんだかぽっかりと穴が空いているようだった。
じっと上空を見て考えるフィーにオルキデアは肘で軽く小突いて「考えるのは後にしてくださいませ」と小声で囁いたのだった。
―――
現在23時を過ぎた頃。普段ならとっくに就寝している時間だが、まだやることは終わらない。
地方に配属されている人員に突然移動命令がかかったためか、本部はこの時間でも慌ただしい。
そんな彼らを素通りしながらオルキデアとフィーは王城へ向い、中央の塔の最上部に向かう。ターゲスが監視と護衛を合わせて同行してくれた。
「こんな場所があったとは、夫人、なぜ言わなかった」
「私も当時は何も知らなかったから自白剤を飲まされても言わなかったのですわ。レガリアを手にした瞬間情報が流れてきたのです」
ターゲスは苦い顔をしながら「あの時はすまない」と陳謝するが、一体彼女に何をしたのかとフィーは養父に対して怪訝な顔を向けた。
どうやらオルキデアの魔術は口伝や文献に残っているものではないらしく、彼女が手にしている王笏の所有者に情報を伝達する形で引き継がれていたらしい。通りで代替わりが激しくとも何百年も存続できたわけである。
供給場所にたどり着くと、海沿いの供給場所と同じくドーム状の空間が広がっていた。
先ほどフィーが魔力を注いだ場所と似ていたが空間自体はとても広い。しかしガラス張りになっていない分、閉塞感を感じる。
杯は中央ではなく魔術陣から離れた場所に鎮座していたが、その代わり床には供給場所とは違う魔術陣が描かれており、ほんのりと白く発光していた。
途中で線が途切れる魔術陣なんて初めて見る。
その場で魔術陣の内容を確認する間もなくオルキデアは動き出した。
「天井を開けます」
オルキデアが王笏を掲げるとドーム状の壁は一気にてっぺんから消えていき、その代わり周囲を石製の柵が囲んでいた。
壁がなくなったためにその場に風が吹き荒れる。
「既に四方に水晶を配置している。思う存分やってくれ」
ターゲスの言葉にフィーは周囲を見るが、柵の上に水晶玉が置かれており、上を見上げれば鳥類の魔族の軍人が腕に何かの魔術道具を付けて構えていた。あれも形は違うが映像記録用の水晶か。
すでに色んな人から見られている状況に思わず背筋が伸びる。
「これって、何処につながってるんですか……」
「安心しろ本部の監視用だ」
「つまりみんなで見てるんですね!?」
分かっていて了承したが、ここまで公に晒されるのは自分が国内で唯一の竜族だと晒された時以来だ。むしろそれよりも酷いかもしれない。なんだよ女神って。
同行していたメンバーは既にオルキデアを囲うように警備をしており、杯の近くには先ほどオルキデアが生成した魔石が入った箱があり、そこでも手伝い要因か軍人がスタンバイしていた。隣に転送魔術陣が敷かれているからその箱の山はその一部なのだろう。
フィーはターゲスに促されるように前に進んだ。
魔術陣が眺めることができる場所まで回り込んで杯の前に立ち、その淵に手を触れる。
「『我が力、万物の元に帰り給え』」
指先から白く液状化した魔力が流れ、三分の一にしか満たされていなかった杯は徐々に
ほんのりと光っていた魔術陣は強く発光しはじめ、今度は上空にまで浮かび上がりはじめた。
「杯を満たすまで手を放さないでください」
オルキデアはフィーに釘を刺す。
徐々に魔術陣は大きく広がっていくと、既に上空に浮かんでいた魔術陣とパズルのピースが組み合うようにピタリと重なった。
「魔術陣が現れただと!?」
パーツが重なった瞬間ターゲス達も今までフィーとオルキデアにしか見えなかった魔術陣が見えるようになったようで、警備をしていた者もざわつく。
しかしそのどよめきも鎮まる前に今度は街の方から鐘の音が鳴り響いた。
「警鐘!?」
その場にいた軍人がすぐに周囲に警戒を向けた。
周辺を飛んでいた軍人たちも周囲を警戒する。すると飛行していた一人が何かに気付いた。
「隊長、報告します!異変を察したのか教会の神官や傭兵らが一斉にこちらに向かってきております!」
その報告と同時に上空には教会の神官の姿をした鳥類の魔族達が周囲を囲み始めた。
先ほどから飛行していた者はほんの数人。抵抗するにも分が悪すぎる。
「お前らは矢や銃から彼女達を守れ!」
「ターゲス殿お待ちを」
オルキデアが王笏をカンと地面に突くと一瞬でドーム状のシールドが展開された。
「外部からの攻撃はこれで問題ありません。一度抜け出してしまうと侵入することが叶いませんが……」
「感謝する!」
軍本部の方角から鳥族の軍人たちが応援に来ている。ひとまず安心である。
クライアンは引き続き報告をした。
「住民には外に出ないように指示をしております。上空の魔術陣に気付いたのか気になっている様子ですが……」
「分かった。住民には引き続き指示を続けろ。……だが流石に危ない。この場は一旦中止にする」
「は……」
「そんな……!」
フィーとオルキデアの反応にターゲスは毅然と対応する。
「君たちを守るのは誰だと思ってる。まずは君らの身の安全が優先だ」
しかしすぐに本部に戻るクライアンが空間に裂け目を入れると、待ってましたと言わんばかりにアリスが裂け目から顔を出して割り込んできた。
「アリス!?」
「追って連絡です!エイリース国の船が一斉に領海を進行!……牽制していた海軍の横を素通りして行ったようです」
「なんだと……!?」
辺りもざわつく。報告が済んだアリスはオルキデアに駆け寄ってくるが対するオルキデアはその場で止まるよう手で制した。
「魔術を起動します!このままでは中立国が上陸してしまう」
「オルキデア様!」
「今回何のためにこの準備をしてきたとお思いですか!この国を守るためでしょう!?ならばこの命に代えてでも私はやり遂げなければなりません!」
オルキデアの声と同時に彼女の右目は赤くなり魔力が吹雪のように荒れ狂う。その姿に周囲の意識が変った気配がした。
ターゲスは彼女の態度に思うところがあったのか右手を挙げて指示を出す。
「オルキデア夫人が施行するのはこの国を守るシールドだ!お前たちは彼女たちが魔術を行えるように守りを固めろ!私はここら一帯を一掃する!」
ターゲスが背中の翼を大きく羽ばたかせれば一気に強風が巻き上げ、引き留める間もなくシールドの向こうに飛んで行ってしまった。
腰に差していた剣を抜くと背中の翼を羽ばたかせた強風で周囲の敵を一気に蹂躙している。応援に駆けつけてきた鳥族の人間も彼の雄姿に士気が上がる。
これで本人はロイクの次に魔力がないというのだから凄まじいものである。以前全ては筋肉で解決するという彼の話をここで証明していた。
クライアンは指揮官が自ら戦いに行ってしまった状況に頭を抱えてしまっているのだけれど。
「中尉!我々は――」
「隊長の言う通りお前らはここを守れ!絶対に!シールドから出るなよ!私は本部に指示を回す!」
護衛たちにクライアンは必死に釘を刺しつつ今度こそその場から去っていった。周囲は一気に慌ただしくなる。
シールドはオルキデアの説明通り外から入ることが出来ないらしく、攻撃してきた者はすぐにはじかれてしまっていた。ターゲスはそれを利用してシールドを時々踏み台にしては飛びかかっている。
教会が起用している傭兵は全員中立国もといエイリース国の人間だ。雇われた傭兵の割にこの場にいる軍人達と互角に渡り合えているように見える。
もしかしてこの国を以前から乗っ取るつもりだったからだろうかと勘潜ってしまう。
アリスはそんな戦う彼らをぐるりと見渡すと右腕を上げて左手で支える形を取り、敵に向かって人差し指と中指を立てる。
指から魔力を飛ばすとシールドの向こうにいる敵達が次々と苦悶の表情で耳をふさぎ始め、中には飛行が不安定になって墜落する者が現れた。
味方側は一瞬混乱が生じたようだが中には巻き込まれた者がいたのか、耳をふさぎながらこちらに向かって何か叫んでいた。
「なるほど、内側から攻撃できるんだ」
「戦場を引っ掻き回さないでください!他の者が混乱します!」
攻撃が出来たことにニヤリと口角を上げたアリスに護衛の一人が苦情を上げるが「柔軟に対応できないヤツが悪い」と一蹴した。
しかしアリスの援護が効いたのか一気にこちら側が優勢になる。
「杯に魔石を!魔力提供する者以外は魔術陣に触れないで!」
オルキデアは杯と対面するように魔術陣の中央に立つと、王笏を床に突き立て詠唱を始める。
「『我らが父に代わり、この祈りを捧げよう』」
自身の魔力を放出したオルキデアの右目が赤くなると同時に、彼女を中心に光の柱が立ち、上空の魔術陣にまで届いた。
フィーと魔石係の者がぼちゃぼちゃと音を立てながら魔石を入れていく。
途中から透明ではなく水色の魔石を投入すれば解けた魔石か術師の影響か、白く発光していた魔力が徐々に水色に変化していった。オルキデアの魔力の色だ。
「『我が元に集まり給いし此の力を、我らが母へ捧げよう』」
オルキデアが述べる詠唱は一般的な魔術の詠唱とは違い、呪術を解除するための赦しの詩にも似ている。
杯に放り込まれた魔石はすぐに解けて液状化するが、溢れて杯から零れていくので、慌てて杯に触れて魔力を受け止めるが、手のひらから零れてしまった魔力は魔術陣へ引き寄せられるように流れていき、魔術陣に吸収されてしまった。
白い光の柱は徐々にこの場にある魔術陣くらいにまで広がり、フィーの目の前に迫ってくる。
「『愛する我らの女神よ、御身の子らを守り給え!』」
光の柱が一層輝きを増して天に登っていく。
途端に周囲を守っていたシールドは解除されてしまったが、周囲で戦闘していた者たちはその光景に自然と手が止まり、中心に立っているオルキデアに釘付けになる。
白い光はオルキデアの魔力と同じ水色に変り、その光に囲まれたオルキデアの姿はとても神々しく見えた。
しばらくすると上空の魔術陣が変形し、中心から書き加えられる。色とりどりの線が六つに放射状に放たれると今度は山なりに弧を描いた。
それに伴い魔力が溢れていた杯の中身が今度は一気に減ってきたので、フィー達はすぐに魔石の投入を再開した。
ぼちゃぼちゃと音を立てながら魔石を入れていくが、魔力が減っていくスピードの方が早い。
魔石係が木箱を持ち上げると中身をぶちまける勢いで一気に魔石を投入している傍ら、フィーは自分の両手を杯に突っ込んでは己の魔力を勢いよく流し込んだ。
途中で合流したクライアンも誰もが釘付けになるオルキデアの姿に唖然としたが、魔力を投入しているフィーたちに気付いたのか、すぐに空になった木箱たちを転送しては送り返された魔石の詰まった木箱を運び出してくれる。
書き加えられた魔術陣は、今度は中心から虹色の透明な膜が現れ、徐々に大きく広がっていった。
完成した魔術陣は植物の葉の形を象りその名前がフィーの脳裏によぎった時、クライアンが声を上げた。
「!?フィー、体が……!」
「えっ?」
フィーの体が発光する。
それに気づいたから徐々にフィーの方へ視線が向った。
同じく目の前で見ていたオルキデアは両手の力がゆるみ、赤く輝いていた右目が紫色に揺らいだ。
「止めないで!」
フィーの言葉にオルキデアははっと気付いて魔術に集中する。
しかし今度はフィーの体が足元から徐々に透明になり、光と共に消え始めた。
「ですが……!」
「大丈夫。続けてください」
自分自身が緊急事態なのに自然と危機感を感じないのは、転送魔術で移動する感覚とよく似ているからだろうか。
それに再度空を見上げれば虹色の膜はまだこの国の領土を覆い被せ切れていない。
この魔術で必要なリソースはとてつもなく大きい。次行えるか分からない状況で、今この魔術を止めてはいけない。
「わたしの子供たちを守りたいんでしょう?オルキデア」
オルキデアはそんなフィーに両目を大きく見開いた。今自分の瞳は両目とも真っ赤に染まっているのだろう。
オルキデアはフィーに対して勝気な表情を見せ、その場で頷いて見せた。
「えぇ……えぇ!私は、あなたを信じて待つ!」
2人のやり取りに周囲が混乱する中、フィーは消えゆく視界を見届けてたのだった。
フィーはクライアンに愚痴って感情の整理がつきました。
アリスがクライアンの魔法に割って入ってきた時、周囲の軍人たちはげんなりしたような顔をしてました。
アリスとオルキデアは和解した途端さらに愛が深まったため、二人がそろえば所かまわずイチャイチャするようになったので。




