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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第四章 我が鎖
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13.変らぬ愛




 誰一人として立ち入ることができない神聖な場所を大股で速足で歩く。


「なぜ、貴女はあの者を庇うのです」


 自分の目で見た娘二人には確かに主の魔力を感じた。

 自分の主が触れたものには触れられない。まるで自分がかの女神と同じ魂を持つ娘に手を出すことが分かっていたかのようだった。


 しかし自分が何度呼びかけても、彼女はそれに応えてくれない。だから主が眠る場所まで脚を運び、その痕跡を辿ろうとした。


「……いない?」


 主が眠っていたはずの箱はもぬけの殻だった。



―――



「――これが一連の流れです。命令に違反したことには謝罪いたしますが、裏切ったなどと謂われる筋合いはありません」


 白兎はそう言いのけて挑発的な笑みを浮かべれば「生意気な」と声が聞こえてくる。そんなのこちらの知ったことではない。

 魔力も魔術の才も無いのに、なにかと嫌味や言いがかりを付ける力だけを蓄えるだけ蓄えて、政治という名の搾取を行ってきた者達だ。そんな者達よりもウチの部下たち(馬鹿共)の方が十分役に立つ。と表では笑顔を浮かべながら腹の奥底では怒りがふつふつと湧き上がっていた。


 死亡したと言われていたはずのアリスの生存を報告するにあたって、参加する全員に一連のことを説明する必要があった。

 まさか議員や文官たちが直接話を聞きに来るとは思わなかったが、オルキデアの暴走も含めた経緯を全て噓偽りなく語るわけにもいかないので、一連の騒動を知っている者達で情報のすり合わせをすると共に、表に出すためのストーリーを練った。


 内容としては、オルキデアがアリスを殺害したのは敵味方全員を欺くために行った演技であるということ、それと同じタイミングでフィラデルフィアが行方不明になったのは、何も知らなかったフィーが目の前でアリスが殺される光景を目の当たりにしてしまい逃げたためであるということ。

 フィーが教会で処刑される騒ぎになったのは、フィーが逃げた先で保護を願った先が教会で、教会はターゲスへの嫌がらせとして嘘の罪を大衆の者に晒すことにしたという内容だ。


 色々指摘されそうな箇所はあるが、のらりくらりと躱すのはアリスの得意分野である。最後に、これ以上藪をつついたら、今回の調査でお前たちを殺せる理由がたんまり見つかったが、また処刑祭りをしたいのかと遠回しに言えばいい。


 そうして第一部隊大隊長であるヴィスコ大将およびロータス大尉の請け負う部隊の謹慎解除が叶ったのであった。



―――



「今回皆には負担をかけてしまい申し訳ない」

「いいえ。こちらこそ」

「復帰できて安心しました」


 第一部隊の執務室で副隊長のアッシュとアリス、そして筆頭側近である自分は謹慎から復帰したターゲスにこれまでの報告を行った。


「それにしても私がいない間によくやってくれたなアリス!」

「すみません。ちょ、痛い、痛いですって!」


 大仕事を終えたアリスの背中をバシバシと叩いては激励するターゲスの姿を見てアッシュと自分は安堵の表情を浮かべる。

 アッシュ・ブルーベルは灰色の髪に茶色の瞳をした人族の男だ。

 自分が第二部隊に出向している間、アッシュは副隊長という立場もあり、大隊長の業務を全て引き受けていたらしく、定期連絡のたびに「頼む、帰って来てくれ」と泣きつかれた。仕方ないとはいえ急な異動であちらには迷惑をかけた。


 たった数日だったが、自分と大隊長が戻ってきて安堵しているのだろう。しかし今後のこともあるので大隊長には彼を徹底的に扱いてもらおうと誓う。


「だが今回の一件についてはクライアンにも責任がある。私の娘に薬を盛ったのはヴェロニカだったらしいな」

「……はい。それは、こちらも監督不足でした」


 オルキデアに協力していたのはヴェロニカだった。

 ヴェロニカをどう扱うかは身元引受人の都合だ。彼女の体に刻まれた魔術は従属の機能も兼ねているので、身元引受人である自分が彼女に命令して縛ればいい。

 しかし事細かく制限を設けると身動きが取れないし、彼女を奴隷のように拘束するつもりは無かったため、その抜け穴を突いたのだろうということ、そしてヴェロニカは口に出すことはないがオルキデア至上主義だ。今回その本質が垣間見えた。


「そんなに縛りたくないなら結婚しちゃえばいいのに。僕の家に寄こしたのも、彼女を一人にさせたくなかったからなんでしょ?」

「そうだが、それは違うだろう……」


 彼女とはそういう関係ではないし、実際ヴェロニカとは魔力を当てるために握手程度の触れ合いしかしていない。

 しかし引き取って一ヶ月は自分の家に同居していた以上、既成事実が出来上がってしまっている。


「アリスの言うことは兎も角、クライアン。これまで私も何も言わなかったが、もう彼女をロータス家に滞在することを許すことはできない」


 アッシュの言葉にターゲスからも同意の視線を向けられてしまい、なにも返せなくなる。「分かりました」と頷くしかなかった。

 今回の一件は秘匿されたが、本来ならヴェロニカは死んでもおかしくないのだから。




 その後第一部隊は第二部隊と共に今後のことを話し合うことになった。


 ターゲスが復帰した後、これまで療養中だった第四部隊の大隊長も合流して軍の内部で話し合わなければならない。そのためには第一と第二の中では方針を固めなければならなかった。



 なので今回は教会の潜入調査での調査結果の報告内容、これまで保留になっていた指令局長の後任について、大陸国が領海を侵入してきた場合の対処である。


「しかし、(第四)に恩が売れたのは僥倖だったな。まさかあのロイクの娘が……」


 ターゲスは旧友の娘が活躍していることが感慨深いのだろう。

 実は自分が第二部隊に出向することを決めた日、第四部隊には今後第二部隊に配属予定であるカレンデュラ家の娘であるリナリアを治療に当たらせて恩を売りつけた。

 検査のために本部に来ていたが使えるものは使えたほうがいいだろうと提案したのだ。別件もありそれ以上に働かせてしまったがいい経験になるはずだ。


「なので中立国への対応については第四部隊も協力してくれるでしょう」

「分かった。しかし、(第五)はどうする。指令局長が不在である今、どうすることもできんぞ」



「局長の任命は順当であれば階級の高い者になります。ターゲス()()


 アコナイトはターゲスに視線を向ける。


 指令局長の任命は軍の中で階級が高い者が優先的になる。今後の話し合いにおいて横やりなく順当にいけばターゲスが局長になる。

 アコナイトは以前より現在のターゲスの立ち場に不満を持っていたため、ターゲスが指令局長になることは否定しない。ターゲス本人はどう思っているのかは不明だが、横やりがあろうとアコナイトは何が何でも彼を指令局長に上げようとするだろう。


 生存報告の際、アリスは教会での潜入調査の結果について敢えて報告をしなかった。

 潜入調査は議員も文官も知らなかったことなので、混乱を防ぐことを避けるためなのだが、アリスが脅しをかけたので既にあの会議の場にいた者はアリスが既に調査し終えていることを察しているだろうし、第五も第三も何かしら言ってくるはずだ。


「普通なら、その任命は皇帝がするべきだ……」

「大隊長。それは」

「分かってる。少々感傷に浸った」


 数年前の内乱の最中表向きの実行犯は違うが、クーデターを行うために裏から手を回したのはターゲスである。

 しかし自分とアコナイトは内乱中のターゲスがシュバリエとなる以前から皇帝に忠誠を誓っていたのを知っている。

 そんな皇帝だが、先日アリスの妻であるオルキデアが、皇帝が処刑されてから紛失していたレガリアを取得した。今回それが公になれば教会も国内も混乱するであろう。

 しかしオルキデア本人は「これはただの魔術道具の一つに過ぎず、皇帝としての義務を補佐するもの。神聖的な意味はないのです」と言っており、本人は皇帝の座を欲する様子もないし、取得した理由もそれを破壊するからだった。


「だが都合がいいというのも事実だ。もしそうなった場合、後任はアッシュに頼む」

「……はい」


 アッシュは腹を決めたようでそれに頷いた。アコナイトはその様子に満足げに微笑むが、正直今後色んな意味で心配しかない。


 そんな指令局長の後任は、ターゲスを推すことで固まった。


「第五と教会の癒着ですが、まず資金だけではなく魔石も融通していたようです。魔石の輸出は管理されています。その数を偽ったのでしょう」

「教会は中立国に対して羽振りがいいと聞きます。中立国、正式名称は『エイリース国』は先の大陸の戦争で敗北国として周辺の国から領地と負債がかかっている。中立を宣言したのも敗戦したのが要因です。

 教会はそんなエイリースにメイラを乗っ取って魔石を独占できると発破をかけたようです」

「第五部隊は現在、領海付近をうろついてる中立国の戦艦を牽制してる状態ですが、絶対国外からの侵入を許すでしょうね」


 アリスとアコナイトの側近からの説明に大隊長二人は顔をしかめた。

 アリスの調査結果では、輸出する魔石の数もここ数年やたら多い。メイラも数年前の内乱で魔石の採掘が難しくなっている。ということは教会はあの魔術を入手した可能性が高い。


 ロイク・フォン・カレンデュラ。あの男が開発のきっかけを作った人口魔石を作る魔術は、教会がそれを異端だと批判していたはずだが、教会がそれを入手していたのだろう。

 オルキデアも密かに入手していたと聞くし、実際その魔力がフィーを救出する手助けになったのは事実なのだが、にしても魔術学院の方も管理が緩すぎではないだろうか。


「いっそのこと、メイラを全てシールドで覆いかぶせられないだろうか……」

「大将。流石にそれは時間とコストがかかります」


 ターゲスの言葉にアコナイトが冷静に反論する。その流れでアリスはぽつりとつぶやいた。


「……力技ですが、出来なくはないです」

「それは、どういう意味だ」


 ターゲスが話を促すアリスは困った笑みで人差し指を口元に立てた。


「これは口外厳禁です。それに実現するにもほぼ夢物語に等しいし、正直出来たとしてもリスクが高くおすすめしたくないです」

「戯言でもいい。話してみてくれ」


 ターゲスがアリスを催促する。その場の人間はなんとなく、彼が何を言おうとしていたのか察した。


―――


///


 自分は生物学上、人間である。髪や肌の色、瞳の色も他のみんなと違うが、自分は人間。

 しかし自分には親がいない。だが自分を作り出した方が親なのだとしたら、我が主が自分の親なのだろう。


 「全ての力を継承し、世界の均衡を守りなさい。そのためには、この娘の力が必要だ」


 自分はその主から言い渡された使命を果たすことに義務を感じつつも、自分は目の前にいる君に人としての常識を与え、育み、共に暮らしていく生活の営みに幸福を抱いてしまっていた。


 君の考えや行動はとても突飛で、人としてはとても残酷で、悲しくて、可哀そうなことばかりだけど、君がそうなってしまったことの責任の一端に自分も関わっている。


 自分は君が母の胎にいた頃から知っている。

 そして生まれた君が大きくなるまで守るはずだった。

 だけどそれも叶わないまま、君は何十年もの間受けてきた仕打ちの果てに歪んでしまった。


 そんな自分は君の力を奪うためにまた人として生まれてきた。

 だけどそのためには君の息の根を止めなければならない。


 どうしたらいい。


 自分はただ、君とずっと一緒にいたいだけなのに。


///

―――



 軍から保護されて三日目の夜。軍本部のシェルターの一角でずっと待機していたフィーは突然の来訪者に目を見張った。


「フィー!」

「ターゲスさん!!」


 これまで誘拐されていたために会えなかった養父との数日ぶりの再会に抱擁を交わし、そのまま抱きかかえられた。養子となってから対面した子供の時のように持ち上げて高く掲げるまではしないが、それくらいターゲスは感激しているのが目に見えて分かる。


「私の部下の妻だからと油断してしまった。君を守れず、また危険な目に遭わせてしまったんだ。申し訳なかった……」

「悪いのはターゲスさんじゃないですよ」


 「三年前といい、これではロイクに合わせる顔がない」と珍しく眉を下げるターゲスに首を傾げた。自分の親権はターゲスなのだからロイクのことを気にする必要はあるのだろうか。

 それを察したのかターゲスは少々呆れた顔を浮かべながらも、抱えられた体を降ろされた。


「血のつながりはなくとも、君は私の娘だろう。親として心配くらいさせてくれ」


 「気にかける前に傷付けられてしまったしな」と目を細めながら左頬にある赤い鱗を撫でてくる。

 まさか学院に編入したばかりの時に付けられた顔の火傷も気にしているとは思わなかった。


 ターゲスとは血のつながりはないものの、娘が行方不明になり、部下の失態のせいで動けなくなってようやく解放されたと思ったら今度は息子の生死が分からないのだ。

 子供二人の安否が分からない状況でターゲスもやきもきしていたのではないだろうか。


「……ご心配おかけしました」


 人払いされた部屋でターゲスとフィーは話をすることになった。

 仕方のないことだが最近こういう状況が多い。まるで貴族のお茶会のようだと思ったが、ターゲスは騎士や将軍(シュバリエ)である以前に貴族の家の生まれだったことを思い出す。

 ターゲスは盗聴や盗み見されないよう魔術道具で二人を囲った。しかし中身は魔力や物理的攻撃を防ぐための簡易的なシールドだ。よく見ればすりガラスのようにぼかす機能もある。


「家族で話す環境にしては、頑丈ですね、コレ……」

「生憎、シェルター内も安全ではないんだ。それに第二部隊には魔術道具越しの会話を魔法で盗聴できたり唇の動きで会話が読める者もいる。アコナイトを疑っている訳ではないが、潜むことは可能だからな」


 ターゲスの言葉に背筋が凍り、思わず周囲を見渡すが「見える場所に立っているわけないだろう」と苦笑した。


「ずいぶん心配していたようだが、ウォルは生きている」

「本当に!?」

「カレンデュラの娘が緊急で治療に当たってくれた。意識はまだ戻っていないが、一命は取り留めたようだ……フィー?」

「……ごめんなさい、ウォルには会えますか?」


 本来なら自分は彼に守られながら逃げるべきだったのに、自分の我儘に付き合った結果被害に遭ったのだ。


「今すぐというわけにはいかない。奴も意識が戻っていないからな。再会したらリナリアに感謝しなさい」

「リナリアが?」

「アコナイトは大分彼女の持っている魔法を気に入っているようだ。どんな魔法であるかを知るという意味でも使わない手はない」


 他者を治癒できる魔法は希少だ。だから軍事学校に入学したばかりのリナリアをアコナイトが早急に引き抜いたのだそうだが、早速ウォルを助けることになるとは誰も思わなかっただろう。


「フィーが軍に保護された時点で、ウォルは生きるか死ぬかの境目だったんだ。希望を見せるわけにもいかないし死んだと言うのも厭われたんだろう。クライアン達を責めないでくれるか」

「はい……」


 義弟が生きていることに安堵して涙が出そうだが、まだ話は終わってないので堪える。ターゲスも「泣くのは後にしなさい」と言いながら笑みを浮かべていた。


「アリスから聞いたが、教祖マグノリアと枢機卿マグノリアについて話を聞かせてくれないか」


 フィーはこくりと頷き、アリスたちには話さなかった教祖と話したことを詳らかに話した。


 マグノリア・ソーレル。この国の国教であるプランツ教の本来の教祖であり、女神とその夫の間に生まれた初めての人間である。


 そんな彼女がオルキデアの要望でロイクの身柄を囲っていて、全てが終わった後にソーレルの元に来てほしいと言われた。

 彼女から自分は女神と同一の魂を持っていると言われ、現在待ってくれている状況だ。


「…………そうか、ロイクが行方不明なのはアリスから聞いていたが……」

「教会はロイクの正体に気付いてるとオルキデアは思ったんでしょうね。彼女なりに守ったつもりだったのかもしれません」

「……すべて終わらせてからとは言うが、本当にそれはロイクを返してくれると思うか?」


 まさか彼女がロイクに無体を強いるとは思えない。

 しかしまったくの別人とまで言わないが、フィーの中でも女神の記憶にいた彼女との印象が大分乖離している。

 彼女が言っている『すべて』が死ぬための身辺整理だったら笑えない。


「それはないとは言い切れません……」

「君がロイクにかかってる呪いを解こうと躍起になっているのは分かる。しかし相手は教会の教祖だ。本人が百年以上表に出さず、眷属であるはずの枢機卿には内密に動いたにしても、自分が立ち上げた教会を使わない手はないだろう。それでも君は行くのか?」


 こくりと頷く。ロイクの魂にかかった呪いを解くのはずっと決めていた。


 ソーレルの誘いが罠だったとしても彼女は女神の娘の一人だ。それに北の神殿は女神が実際に過ごした地域だ。何か呪いを解くカギが見つかるかもしれない。


 ここまで伝えると、ターゲスは両腕を組み少し考える素振りをする。


「フィー。私の目に届かないところまで行ってしまえば、私も何もできないぞ」

「分かってます」


 現在ターゲスは謹慎が解除されてもシャトーバニラから動けない。

 というか娘と友人のために身勝手に動ける立場ではないのだ。


「了承しておいて今更だが、ロイクと君の婚約で、私はロイクがフィラデルフィアではなく、君の中にある女神に執着していると思っていたが、それについて君はどう思う」

「えっ……?」


 なぜここでロイクとの婚約話になるのだろう。


「えっと、それの意図が分からないんですが……」

「二人とも、女神とその夫の記憶があり魂も同一だという。そしてかつてのファレノプシス家は【女神の夫】と王にして、【女神】の帰りを待っていた。そしてその女神が真の王なのだと公言している」

「私が王様になるって言いたいんですか!?」


 ターゲスからそんな話をされるとは思わなかった。

 いやしかし、数年前の内乱で終結させるために皇帝を処刑したのは軍だ。また再び君主が立てば身分制度が復活し、貴族が民を重圧するかもしれないと思っているのだろうか。

 自分はターゲスから殺されるのだろうか?


「君に王の素質がないのは重々承知している。しかし【女神の夫】を皇帝にしたのは教祖だ。素質がなくとも持ち上げようと思えばできるのではないか」

「……ソーレルが私達を皇帝に持ち上げる理由が分かりません」

「かつての枢機卿や教祖がだったように、そう思う者が他にもいるんだ。特に教祖が伝えてきた原典を重視する教会の人間はそれが顕著だろうな」

「でも私、偽物だって言われて教会に処刑されかけてますよ?」

「貴族が関わっている以上、教会も一枚岩ではないんだ。それに現在この国では魔力が不足している。女神と同一のフィーの存在を知った時、彼女がなんとかしてくれると縋る者もいるだろうな」

「魔力不足、ですか……」


 そもそもこの国で魔石が採掘しにくくなったのは戦争や内乱でひたすら狩りつくしたからだろうが。

 魔石は人間や自然界にある魔力が長い年月を経て固形化したモノだと言われている。女神ですら魔石を作ったことがないのに、そう簡単に魔石が出来上がるわけがない。

 そう思うとロイクの開発のきっかけを作った人口魔石を人の魔力で作る魔術はかなり画期的ではないのだろうか。


「でも、私皇帝になるつもりはないですよ。ロイクが言っても従いません。それに皇帝になるならオルキデアの方が有力じゃないんですか?」

「……なら良い」


 ターゲスは安堵のため息を吐いた。そこまで皇帝が現れるのが怖いのだろうか。

 フィーはテーブルに置いてある茶を口にしたが、話し込んでしまったため冷めてしまっていた。


「私は、ロイクが未だ女神に執着していると見ている」

「え……?」


 ターゲスはフィーがカレンデュラ家の孤児院に入る以前からロイクが【女神の夫】だと知っていた。

 知ったうえでロイクが女神に向けている感情が執着だと見ていることに目を見開いた。


「……私はロイクから『俺とお前を繋げる証をくれ』と言われました。ロイクが今更私を女神として見ているようには見えませんでしたよ?」

「ロイクが私に君との養子縁組を打診した時、アイツは既に君を女神と同一視していた。私は、あの時点でアイツは君と結婚できるよう動いているのだと思ったんだが?」

「え?」

「君が暴走して私が駆けつけた日に聞いた。君は女神が落した最後の【要素】なのだとな。それで養子縁組の打診だ。アイツははなから君を養子にするつもりはなかったのだろうよ」

「でもロイク……カレンデュラって国の中でも立場が悪いんですよね?」


 後ろ盾でターゲスの立場が必要だと聞いている。

 実際身分制度は撤廃されているので、ターゲスような現在軍の上層部にいる人間が親である方が心強いのだと言われてそれにフィーは了承した。


「ロイクが社交界から追放されただけだ。君がそう見えたのなら、学院にまだロイクに妬みや恨みを持っている者がいたんだろう。

 実際、ロイクのことで咎められはしても、カレンデュラ家自体が国から罰を受けたわけでも、冷遇されていたわけではない。そうでなければロイクのご両親が城下で託児所を営むことはできないだろうに」

「ならどうして」

「一度養子縁組をして解消したとしても養親と結婚するのは難しいからだ」


 何十年も前の戦争で貴族の数が減ったために近親間での血族結婚が多くなった。それにともなって派閥や家格による権力が極端に偏るのを防ぐため、結婚に関する規制や決まりが増えたのだそうだ。

 これまでは公然の秘密だった妾が一夫多妻制が認可されることによって正式に認められたり、普及こそしてないが平民の戸籍登録をする制度が設けられるようになったらしい。


 学院では法律と歴史と結び付けて教えてくれなかったから知らなかった。


「それを見越してロイクは君を私に預けたのだと思ってる」

「それを私に言う意図が分かりません……ターゲスさんは私達の婚約を受け入れてくれたんですよね?」

「……君の正体を公にした時、君を守ってくれるのは【女神の夫】であるロイクだ。そしてそのロイクが君を通じて女神しか見ていないのだとすれば、傷付くのは君だ」


 一瞬フィーの中で時が止まった。

 女神の体が自分の中に封じ込められていて、それが公に知られたら自分の心を守ってくれるのはロイクしかいないというのはどういうことだ。


「私の魔力核に女神の体が入っていることが、公になるんですか……?」

「中立国からの攻撃を防ぐため、オルキデア夫人が一時的に皇帝になり皇帝権限で使用できる魔術を施行する予定だ。

 ……それを補完するのは……女神の魂を持つ者なのだという」

「女神の魂って……」


 海から守る魔術についてフィーが連想したのは女神がかつて島から出られない見えない壁だった。

 しかしそれは誰も知らないことだ。知っているのだとしたら【女神の夫】であるロイクくらいだろう。

 皇帝権限で使用できる魔術は教会が作ったのだと聞く。あの教祖も関わっているのだとすれば女神の魂で補完できる魔術を作ることは可能だろうが、まるで人柱のようだ。


 それをターゲスが分かっていないはずがないし、そんなことを望んでいないはずだと願って視線を向けるが彼の目は変わらず自分を見定めていた。

 それが遠い昔、女神が育った村で閉じ込めらる前に見た村長の目と重なる。


 ターゲスが自分に確認したかったのは、自分が皇帝になりたいかどうかの意思の有無と女神になる覚悟だった。


「私、大衆の面前で化け物だって見せつけられたんですよ……それなのに今度は女神になれっておかしいですよね?」


 オルキデアの差し金で自分は偽物の女神を名乗ったという嘘の罪を被せされ、処刑場で竜族の翼が現れるとそれが如何にも化け物のようだと見せつけられた。

 なのに今度は女神としてこの国を守るアピールをしないといけない。もう自分は普通の人間として生活することができないのだろうか。


「ターゲスさん、わたしは、貴方や他の人達と違う生き物に見えるんですか?……人間に見えないんですか?」


 ターゲスは一瞬目を見開くと額に手を当てては「すまない」とつぶやく。


「君の立場が変わろうと、君は私の娘であることには変わりない。………君を利用しようとしていること、許してほしい」



 孤児院にいた頃、女神の記憶に苦しんでいたフィーが甘えていたのはウォルでした。

 ロイクは当時フィーが悪夢にうなされていて情緒不安定になっていることに気付いていましたが、それは故郷が燃やされたショックからだと思っていたし、それなら猶更唯一の家族であるウォルに甘えていた方が安心できるだろうと考えていたので、当時のフィーにロイクがメンタルケアをすることはありませんでした。


 ですがオーキッドの一件の時、両親の遺体があると取り乱したフィーを見て、ロイクはようやくフィーがうなされていた悪夢は女神の記憶だったのだと気付き、フィーに何もしなかったことに少々後悔しています。


 ちなみに今回ターゲスは女神関連でフィーが巻き込まれることを予測し、フィーの支えになるのは婚約者でもあるロイクしかいないと思っていたため、話に出したのですがフィーはそれについていまいち理解できていません。

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