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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第四章 我が鎖
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12.三年遅れの祝福を



 医務室内のソファーとテーブルが置かれているスペースに案内され、クライアンとアリス、フィーとミスルトゥで対面する形で座った。

 クライアンは眼鏡をかけると自身の腰に巻かれてた革製の横長の箱から魔術道具を取り出すとメモを取る態勢になった。箱は底なし鞄だったようだ。


 しかしメモするために眼鏡をかける必要があるのだろうか。もしかして老眼なのか。


 話をする前に、ミスルトゥにとって二人は初対面だ。「まず自己紹介しようか」とアリスから自己紹介することになった。


「僕はアレクサンダー=アリス・フォン・ロータス。種族は兎族。一応君の叔父にあたる。アリスって呼んで」

「アリスおじさん」


 ひくりとアリスの顔が引きつった。

 クライアンもそれに気付いたのか同情の眼差しをアリスに向ける。いくら叔父でも呼び方に悪意がある。


「アリスね」

「おじさん」

「アリス」

「……サイネリアは『おじさま』ってよんでた」

「二人とも直そうか。いくら叔父でもおじさんは不本意だから」


 あと言葉遣い。と笑顔だがやや口調を強めて行儀の悪さを指摘していた。

 上司に対して口調の悪い部下に言葉遣いの指導はしても大して咎めることのない温厚なアリスが背後にどす黒いオーラを背負っている。フィーはそんな二人の様子をハラハラしながら見る。

 クライアンも同じ気持ちなのか戸惑ったフィーと視線を交わすと苦笑を返された。


 しかしミスルトゥを通じて自分がアリスやオルキデアと親戚になることを知ると複雑な気分だ。


 気を取り直し、クライアンも自己紹介する。


「クライアン・ハイドランジア。種族は馬族だ」

「短くクリスでもいいよ」

「勝手にあだ名を呼ばせるな」


 先ほどと変わってクライアンをからかうアリスに本人はあきれた顔をする。

 三年前の自分の時と違いややぶっきらぼうな挨拶にフィーは首を傾げた。クライアンはこちらに視線を寄こす。話を進めたくて急いているのだろうか。

 怒涛の勢いでここまで来たのでミスルトゥとはろくに自己紹介もしていないかった。


「……フィラデルフィア・ヴィスコです。種族は竜族。……あなたの母です。フィーって呼んでもいいよ」


 なんだかこそばゆいが、もし予定通り16歳になった自分が彼と挨拶することになっても同様の気持ちだっただろう。

 何もかも知っていたサイネリアが例外なのである。


 ミスルトゥはそんな自分の自己紹介に大して少々不満げな顔を浮かべていた。そんな彼を見てアリスはフィーに問う。


「『お母さん』って呼ばせなくていいの?」

「……もう遅いかもしれないけど、今はあまり周囲を混乱させたくないかな……それにアネモネもそうだけど、突然母親を名乗る人が現れて混乱してもおかしくないし」


 苦笑しながらミスルトゥを見た。以前から知っていたサイネリアはそうでもないようだが、すぐ隣にいるミスルトゥはそうでもないだろう。


「シオン。せんれいめいはミスルトゥ。……しゅぞくはさっきはじめてしった」

「よろしくね」


 サイネリアから記憶を伝えられて、未だに混乱しているのだろうか。呆然とした顔を浮かべている。


 サイネリアの治療が終わったようで、アコナイトとサイネリアが会話に参加することになった。


「オルキデア夫人は魔力の消耗が激しいが問題ない。疲労が酷いのか今は眠っている」


 アコナイトの言葉に心なしかアリスが安堵を浮かべているように見えた。


 魔術で治療したのか裸足で外を走ったために傷付いていたサイネリアの足はきれいに治っている。布製の室内用の靴を履かせられているが、サイズが大きいようでパタパタと歩きにくそうにしていた。


「アコナイト・シュバリエ・ベノム。人族だ」

「アネモネと申します。せんれいめいはサイネリア。しゅぞくはひとぞくです」


 二人も手短に自己紹介をする。サイネリアは魔法ですでにこの場にいる全員の名前を把握したらしく、軍人たちは顔をひきつらせた。


 どの魔法も持ち主の解釈によって扱い方は変わるが、精神干渉など『見る』特性がある魔法を持つ人間でもそう容易に記憶を抜き出したりすることはできない。

 カレンデュラ家の孤児院にいるネネは、人間だけではなく多種多様な生物の感情を読み取ることができ、アイーシュで町医者をしているフレイは、自分の姿を欺かせるだけではなく、触れた相手の容体を診ることができる。

 しかし遠くにいる特定の人間の視界を通じて、このメイラ全体を眺めることができるサイネリアやその父親であるオーキッドは精神系の魔法においては規格外(チート)だった。


 日頃から大人たちの記憶や思考を読んでいたサイネリアはよくもまあ、純粋に育ったものである。


 ふとサイネリアは何かを思い出したのか、ちゃりと首元から取り出した金属製のネームプレートのような形のネックレスを二つ取り出して見せた。

 自分がアリスに渡した即席のプレートを今も持っているなんて思わなかったのだ。


「……持っててくれたの?」


 サイネリアはこくりと頷く。見た目は戦場に行く兵士が身に着ける認識票(ドックタグ)と同じ形だ。子供の手を覆うくらいの大きさだ。

 事情をすべて知っているアリスも同じ顔をする。サイネリアはネックレスの一つを外してミスルトゥに渡す。


「これはミスルトゥのです」


 なぜミスルトゥのネームプレートをサイネリアが持っていたのかは分からないが、ずっと肌身離さず持っていたのだろう。

 両手で受け取ったミスルトゥは何かを思い出したのか、「すてられたとおもった……」とフィーが付けた名前が刻まれているプレートを見つめる。

 自分の宝物が見つかったような喜びを見せる姿に、もしかして無理やり取り上げられたのをサイネリアが取り戻したのだろうかと思うと胸が締め付けられる。


 その姿に、この場にいる大人たちはそれぞれ苦い顔を浮かべた。



―――



「お二人には込み入った話もあるだろうが、先にフィラデルフィアが誘拐されてからの話をお聞きしたい」


 アコナイトの言葉に頷き、子供たちはベッドを囲う衝立の向こうにいたヴェロニカに預け、オルキデアに薬を盛られた後からの状況や経緯を話すことにした。


 さすがにマグノリアとやり取りした会話は一部省かせてもらった。アリスはサイネリアから見た記憶があるので、時々それに基づいて質問をしたりしてきた。


 メモを取っていたクライアンはそんな行き当たりばったりな逃亡劇に終始顔をしかめていた。


「まず、君の事情をすべて知っている面子で助かった……」


 話を終えた後真っ先にクライアンが脱力した。アリスは「お疲れ様」と労わる。


「アリスが助かったのも教祖マグノリアでしたか。まさか神のような存在がシャトーバニラにいるとは思わなかったが……」

「……百年以上姿を隠していたらしいので忘れられていたのは仕方ないと思います。枢機卿と同じ名前だったから、教祖と枢機卿が時代を経て混合したのでしょう」


 対面した時は記憶のこともあるせいか、異質さは感じてもあまり神々しさを感じなかった。それでも彼女は女神が唯一不死性を与えた子供だ。

 女神が一番最初に産んだ人間であり、女神が唯一産んだ人族の子供だ。それと同時に女神が存在した時代と地続きにつながっていることを証明する存在だった。


 フィーはずっと聞けていなかった話を切り出した。


「それで、ウォルは、結局どうなったの?」

「……」

「えっと……」


 二人とも各々で何か言いよどむような顔がフィーの不安をあおる。


「フィラデルフィア。すまないが軍事機密だ。いくら家族でも現時点で君にウォルファング上等兵のことを伝えるのは憚られる。君にも彼の状況を秘匿して欲しい」

「どうして、ですか……?」


 アコナイトの謝罪に納得できない。

 目の前で魔術で刺されていたのを目の当たりにしたのに、生きているのか死んでいるのかすら教えてくれないのか。

 しかし相手はこれ以上何も言えないのか、黙って目を伏せたり、口角を上げるだけの笑みを浮かべている。


「その代わり、倒れていた彼の近くには枢機卿の遺体があった」


 クライアンの話にフィーは目を見開いた。

 あの時はウォルが刺されたことにばかり目が行っていたために、他のことに目を配れなかった。

 しかしあの時枢機卿はミスルトゥを抱えてあの場から去っていったところを自分は見たのだ。それはサイネリアもオルキデアも同じだ。


「……僕がサイネリアから見た記憶には、枢機卿が二人いるように見えた。どういうことかわかる?」

「先ほど話していた教祖ではないのですか?」


 アコナイトの指摘にアリスは首を横に振る。

 フィーは少し考えて「憶測なんですけど」と言って話す。


「……多分枢機卿は予備の体はいくらでも作れると思うんです。

 女神の記憶では、彼女は植物以外にも動物や魔物など『命』があるものを操ることができました。肉体を成長させたり、切り取った動物の細胞からその動物の複製体(クローン)を作れたり、全く新しい生物を作ったり……私の扱う『植物』の魔法の上位互換のようなものです。

 教祖マグノリアは枢機卿のことを『自分の半分』って言ってました。だから同じ魔法は使えるのかなって……」


 教祖マグノリアは自分の魔法を魂を司る魔法だと言っていた。それがどういう魔法なのかは分からないが、枢機卿は信者の魔力で寿命を延ばしているという話を聞いてるから女神の記憶も踏まえると同様のことはできるのではないかと思った。

 ここまで話してしまうとマグノリアの能力が神に近いことを実感する。女神が初めて産んだ子供なのだ。半神と言っても過言ではないのかもしれない。


 ここまで話して三人は各々フィーを見てため息を吐く。


「僕、神様に助けられちゃって……後が怖いんだけど……」

「そうですね。いつぞやのように権力振りかざしてみては?

 ……これまで偉そうにしていた者達がひれ伏すのを見るのは、楽しそうだ」

「やめてよ洒落にならない」

「アコナイト、こちらに及ぶ被害を考えてくれ!」

「……冗談です」


 そう言うアコナイトの表情が少々残念そうに見えるのは気のせいだろうか。


「枢機卿のことは分かりました。

 後始末しなかったということはおそらく彼も複製体については隠すつもりはないでしょう。明日、夫人や子供たちにも話を聞きますが、軍でも彼が生きていると判断して対応する」


 アコナイトはその場から立ち上がると、「あとでシェルターに案内します。夫人の点滴が終わった頃にまた来ますね」と言ってその場から離れた。

 クライアンも付いていこうとしたのかソファーから立ち上がったが、「クライアンは護衛としてここで待機だ」と一言告げる。

 軍人らしい勇ましい口調になったと思えば、貴族の女性のような振舞いになったりと、アコナイトはなんだかちぐはぐな性格だなとフィーはアコナイトを見送った。


 アコナイトが退室したのを確認したのか、衝立からひょっこりとヴェロニカが顔を出した。


「失礼します。お茶のおかわりを」

「子供たちは?」

「お疲れだったようで、奥様の隣で二人ともぐっすり眠っています。そちらのお嬢様も、本来なら食事も必要なのではないですか?食事はすぐに出せませんが……」

「あ……」


 今が何時かわからないが、とうに日は傾いている。自覚した途端、腹の虫が大きく鳴ってしまい、慌ててお腹を抑えるも見ていた三人は苦笑していた。


「ヴェロニカ。お願い」

「承知いたしました。お菓子をお持ちいたします」

「分かった」


 アリスの指示でヴェロニカはてきぱきとお茶のおかわりを入れ始める。恰好こそ軍人の装いだが、彼女の振舞いは貴族の従者以上に優雅に見えた。


「ヴェロニカ、さんはアリスの部下ですか?」

「……部下、もあながち間違いではないですが……」


 フィーの問いに目を見開いたヴェロニカは、ちらりとクライアンの方を見る。「話したくないならいい」とクライアンは彼女をフォローするが、「いえ、事情を知っているのはお互い様なので」とにこりと返す。

 並行してお茶を用意しながら彼女は服役して三年後、今から四ヶ月前のことを話し始めた。


「お嬢様がご存知の通り、私はオーキッドの手下となって王都襲撃に加担し、しばらくは牢に服役しておりました」



///



 蘭暦277年(女神暦2076年)1月4日。



「久しぶりだな。ヴェロニカ」

「……軍服じゃない貴方を見るのは新鮮ですね」

「仕事ではないからな。それに街中じゃあ浮くだろう」

「それは今更でしょう」


 王都から西方に離れた場所にある刑務所の前で待っていた自分は、久しぶりに再会した後輩に笑みを浮かべたが、よく知っている者が見ればぎこちないのが分かっただろう。

 服役を終えて出所した彼女はよく見ると、ろくな手入れができなかったのかその金髪は大分傷んでいた。眼帯も外され、痛々しい傷が髪の毛の隙間からのぞかせる。

 持っていたスーツケースを手渡し、「まずは着替えろ」と自分が手配した馬車を指さす。


「感謝、痛みいります」


 彼女は頭を下げ、荷物を手に馬車に入っていくのを見送った。

 今は一月でまだ寒い。冬場にしては大分薄着だったため、服を用意しておいて良かったと内心安堵する。用意したのは自分ではないのだが。

 だが中身を見たのか、彼女は顔を出してわなわなと震えながら馬車から顔を出した。


「あの、先輩」

「どうした」

「これは流石に着られません……!私には不相応です」

「俺はただ預かっただけだ。それにその格好で街中を歩くのかお前は」

「……」


 それは仕方ないといった顔だろう。先ほどまで彼女が着ていたのはこの刑務所の囚人服だ。流石にその格好では逆に目立つしあまりにもみすぼらしすぎる。


 彼女はヴェロニカ・トロヴァオ。三年前、元皇子であるオーキッドが起した騒動に加担していた彼女はトロヴァオ(雷神)の名前を剥奪され、懲役刑に服していた。

 彼女が服役している間、面会や手紙のやり取りは月に一度の頻度で行っていた。


 自分はアリックスから聞いたオルキデアの現状。上官の言うことを聞かない部下たちの話。最近のシャトーバニラで流行っているお菓子のことなど、他愛ない話を交えて彼女とは話を重ねていけば、彼女も精神が安定してきたのか時折笑みを浮かべるようになった。

 本来囚人の面会は手続きが面倒なのだが、己の身分を明かせば簡単に通った。職権乱用ではあるが、それを気にする以上に彼女のことが気掛かりだった。


『再来月には出所するんだろう』

『はい。この時間も終わりますね』

『迎えに行く』

『……っそこまでさせるわけには』

『お前に会いたいと言う人がいるんだ』

『は……』


 こうして自分は身元引受人として彼女を引きとることにした。身元引受人がいないと出所できないと聞いたということもあるが、彼女に会いたいという願う者も複数人いたからだ。

 彼女には後輩としての情だからと押し切ったが、当時は自分も彼女を引き取る意味をしっかりと理解していなかった。


「着替え、終わりました……ありがとうございます」

「寒くないか」

「大丈夫です。さっきのよりは大分良い」

「そうか……」


 服を用意した者は眼帯のことを見落としていたようだ。今度こちらで用意しておこうと頭の片隅に追いやる。

 彼女に渡したのは、深いグレーのワンピースと、それに合うブーツやコートなどの冬の装い一式。そして髪をまとめるための髪飾りだ。

 馬車に鏡がないので髪はどうすることもできなかったようだが、それさえどうにかすれば豪商の夫人と名乗っても通用しそうな恰好だった。


 しかしその首元、襟や袖の隙間から不自然な黒い紋様が見え隠れしている。


 彼女の上半身には魔術陣も兼ねた刺青がびっしりと刻まれていた。

 それは身元引受人の魔力に反応するモノで、魔力を当てないと彼女自身の動きが制限され、最終的には死ぬ仕組みになっている。刻む際は麻酔を打たないと聞いているので、刻まれた時の痛みは相当だっただろう。


 はじめは一日に一回。一週間経つとそれが三日に一回。一ヶ月経つと一週間に一度と徐々に間隔が開き、最終的には月に一度の頻度になる。それ以降は特定の期間が過ぎると二の腕の刺青だけを残して全て消滅するが、魔力を当てないといけないのは変わらない。

 次回魔力を当てるまでのタイムリミットは本人の背中に表示されるらしく、身元引受人の魔力を定期的に当てるのは、本人を監視することの証明になるかららしい。


「事前に伝えたように……しばらくは俺の家に住まうことになる。すまないが」

「い、いいえ!それは問題ありません……(シルシ)持ちは職を探せないでしょうから……先輩の家でできる限りのことはさせていただきます」


 思い切って引受人として名乗り上げたのはいいが、今後同じ屋根の下で暮らすのは流石に戸惑う。それは彼女も同じだろう。

 しかしどの国どの時代も前科者は世間から疎まれる。家とも縁を切った彼女が一人で生きていくのは難しい。魔術陣だけならわざわざ体全身に刻まなくてもいいだろうに。


「出発前に一回、その魔術試していいか」

「……はい」


 ヴェロニカはおずおずと右手を握る差し出す。

 事前の説明のとおり魔力を込めた状態で彼女と握手をすれば、右手の甲から徐々に魔術陣が光り出す。


「……っ」

「痛いか」

「いえ、なんだか、こそばゆいですね……」


 刻まれた時の感覚が残っているのだろうか。あとで背中に書かれているというタイムリミットを確認しておきたいが流石に女性の背中を見るのは憚られる。

 彼女のプライバシーを考慮しつつ、確認してくれそうな女性。同僚か部下の一人に頼むか、あるいは―――。


「あの、もう大丈夫です……」

「え……あ、悪い!」


 二人で馬車に乗り、直近の用事を済ます為にある場所に向かう。

 近くの街を経由し、時折休憩を挟みながらシャトーバニラに着いた頃には既に夕刻になっていた。


「先輩は今、王都に向かってるのですよね」

「あぁ、流石に人目が多い場所は避ける」

「……すみません」

「お前が謝ることじゃない」


 カーテンの隙間をちらりと見ながらヴェロニカが自分に問いかける。しばらく王都の城壁沿いを走っているのが不思議に思ったのだろう。

 シャトーバニラは王城を中心に城壁まで放射状に一直線に道が繋がっており、蜘蛛の巣状に広がっている。

 一番日の当たらない北側の城門に入ると、軍の所有地を沿うように通りそこから東に向かう。


「ここからは人通りもある。しばらくカーテンは閉めておいた方がいい」

「分かりました」


 気を遣っていると思われたのだろう。彼女は素直にカーテンをきっちりと閉めた。

 そこから貴族の居住区の手前、軍の本部からも近い邸の門を潜り、屋敷の敷地内に入った。

 当主が代替わりしてからは土地を半分以上売って小さい邸に建て替えたらしいが、それでも周囲の館を比較すれば規模は広く、そこにたった二人の家族と数人の使用人しか住んでいないことに疑いを隠せない。


「着いた。降りてくれ」

「――ここは……」


 馬車を降り、突然目の前に現れた貴族の邸にヴェロニカは戸惑う。すると見慣れた兎の男が玄関の前から現れた。


「長旅お疲れ様。にしても遅いよクライアン」

「無茶言うな。アリス」

「アリックス・メイビス!?なぜ貴様がここに!?」

「そう呼ばれるの懐かしいな。なんでって、ここ僕の家なんだけど」


 「ロータス家の本邸だ」と伝えればヴェロニカは目を見開いた。手紙のやり取りで既にアリックスのことは伝えていたが、今日ここに来ることは敢えて伝えていなかったので。


「どうして……こんな……」

「カトレアがヴェロニカにどうしても会いたいって。クライアン言ってなかったの?」

「それで道中泣いて喚かれても困る」


 女に準備が必要だということは知っている。しかしオルキデアとの面会と言われ彼女が拒絶するのは目に見えている。


「心の準備をさせないとか酷いなぁ、今ももう泣きそうだ。それにその服、カトレアからの出所祝いなんだよ?涙でダメにしちゃっていいの?」


 行きたくないと言われたら説得するのに時間を要すると思ったからだ。

 服についても、オルキデア夫人からのプレゼントだと知ればすぐにその場で脱ぎかねないと思ったのもある。


「ひっく……泣いて、ない……」


 ハンカチを差し出せば奪い取るように受け取り目元を拭い始めた。過去に見た彼女の素が徐々に垣間見えてきた。


「あぁもう、擦るな。赤くなる」


 残念ながら現在治癒の魔術陣のハンカチを持っていないのでヴェロニカの瞼は腫れてしまいそうだ。

 「入ってから落ち着こうよ。君の身を整えさせる準備は出来てる」とアリックスは建物内へ促す。


 だがいざ対面すると待ちわびていた奥方が笑顔で出迎え、すぐにヴェロニカの手を握り「ずっと貴女に会いたかった」と喜びを見せると、ヴェロニカは「姫様が、こんな美しい笑みをっ……!」と感無量の表情でまた泣いてしまったのだった。



///



「クライアンが身元引受人として監視することを条件に出所し、今は旦那様のご厚意でロータス家の使用人として仕えております」

「……そうなんだ」


 つまり実質二人は家族であると。そう内心納得してクライアンとヴェロニカを見るが、家族というより協力者に見える。

 仕事中だから表に出していないのかもしれないがなんだか不思議な感じだ。


「でも知りませんでした。クライアンさんって軍の寮に住んでる訳じゃないんですね」


 特にアリスの部下はそういうのを探る者が多いイメージだ。何故か目敏い者が多いし。

 それにそういう情報は特にターゲスが嬉々として自分らに話しそうなものである。


「騎士の称号は持って無いとはいえ、流石にクライアンみたいな役職の人間が、一般の寮に入るわけないじゃん。知ってる人はかなり少ないよ。ターゲス隊長も印持ちのヴェロニカに気を遣ってたし?」


 今回ヴェロニカはロータス家が大惨事だったため保護と監視という体でアコナイトの庇護下おり、オルキデアを確保するためにヴェロニカが協力することになったのだという。


「隊長……ターゲス様のお心遣いには痛み入ります」


 ヴェロニカもてっきり娘である自分には話していると思っていたらしい。ターゲスも伊達に大隊長を務めているわけではない。


 しばらく四人でお茶をしながら会話をしたり、眠っているオルキデアや子供達の様子を交代で見ていると、アコナイトが迎えに来てシェルターに案内されるとすでに夕食の時間だったことを知る。

 次の日フィーは高熱を出してしまったため、子供二人と会話することができたのは二日後の昼過ぎだった。



―――



 フィーは他者に監視された状態で子供達と対面することになった。

 仕方ないとはいえ閉鎖された空間で、監視された状態で話をするのは気まずい。


「しばらく三人は共に本部に滞在することになりますが、次三人が腹を割って話ができるのは何年か先になると思った方がいい。ここで話したことは他言無用とします」


 アコナイトの言葉に三人は頷く。

 アリスがまだ表に出られない代わりに、アコナイトが立会人として一方引いたところで見守ることになった。


「えっと……」

「フィーとおはなしするまえに、ワタシたちで、いろいろおはなししました」

「ボクらがきょうだいで、おかあさんがボクらをすてたわけじゃないってわかった」


 サイネリアが流した記憶を二人は整理していたのだろう。

 ミスルトゥは突然流れ込んだ大量の記憶に混乱していたのだ。フィー同様に子供達も多くの大人達から取り調べを受けて疲れていたはずなのに。


 フィーは意を決して二人に向き合う「これは私の言い訳なんだけど」と前置きして口を開いた。


「……二人が生まれた時、私まだ11歳でさ、私も子供だし、本当なら子供産めないし、というか私のお腹から生まれたわけじゃないし、それに平民の私が皇族と縁のある二人を簡単に引き取ることは出来なかった……いや、私の養父(とう)さんの権限使えばできたかもしれないけど……」


 ちらりとアコナイトを見るが彼女は困った顔で無言で首を横に振る。ターゲスの権力においても出来なかったようだ。

 ターゲスは現在謹慎を受けている。ウォル達は謹慎という名の監禁状態になっていたと聞いていたが、ターゲスはどこで謹慎を受けているのだろう。

 立場や役職から不遇な扱いを受けているとは思えないが、まさか手枷足枷を付けられているような状態にまでなっていないだろうかと今更心配になってくる。


「……まぁどちらにしてもその時の私じゃ面倒見切れないって思って教会に預けたの。面会はできないけど、二人が家族として仲良く過ごしてくれればいいなって思ってた。

 でもふたを開けたら二人とも嫌な扱い受けてるし、知らなかったとはいえ守れなかった私も悪い。本当なら13歳になったらすぐに引き取るべきだった」


 目の前の二人は悲観した顔をする。

 本来養子縁組は成人になれば可能だ。

 現在フィラデルフィアは14歳。学生とはいえ13歳で成人となるこの国においてはフィーは立派な大人だ。

 成人したら引き取ればよかったのを、アリスに促されたとはいえ学院卒業する16歳になるまでと甘えてしまった。


「フィーがおとうさまにひどいことをされたのはしってます。ワタシたちはおとうさまににているから、おもいだしてつらいのですよね……?」


 サイネリアの言葉にフィーは少々苦い気持ちを抱く。人の記憶を読んだだけでここまで理解できてしまうサイネリアはとても賢い。

 確かに二人の父親は自分の故郷の村を燃やし村人を皆殺しにしただけではなく、自分の両親の遺体を奪ったのは許せない。

 しかしそのオーキッドの妹であるオルキデアと対等に話せている以上、二人もオーキッドと同じ扱いをするつもりはなかった。


 ただ腹も痛めていないのに生まれてしまった二人の母親になる実感というか、覚悟がほとんどなかっただけだ。


「ボクはおとうさんのこと、なにもおしえてくれなかったけど、おかあさんがとがにんだっていわれてた。でもさっきおばさんがぜんぶおしえてくれた」

「オルキデアが?」


 どうやら自分だけではなくオルキデアとも面会することができたらしい。

 サイネリアが魔法を使いながら、この場にいる全員に当時の会話を教えてくれた。


『事情があって親が子供を孤児院に入れるのはよくあることです。本来孤児院は身寄りのない子供を守るところです。まだ幼かったフィーが二人を孤児院に預けるのは自然なことでした』


『私はミスルトゥが、教会で冷遇されていたことを知って、憤り、私は教会を解体させようと考えました。

 その過程で敢えて教会に嘘の告発をしてフィー咎人に仕立て上げたの。女神の化身だと名乗って信徒を募り、私利私欲のために動いていたという嘘の罪よ』


『あなたの認識と齟齬があるのは、枢機卿があなたに嘘を吐いたのでしょう。

 枢機卿はどうやら以前からフィーのことが気に食わなかったようですから、対抗するには、あなたが母親に怒りを向けさせなければいけなかったはずです』


『私は、母が大きくなるまでの間、幼かったあなた達を預かるという約束をしていたはずなのに、あなた達を蔑ろにした教会が許せなくて、色々策を取ろうとしました。でもそれは悪手でした……』


『そのため、フィーを危険に晒し、内乱が終わり落ち着いたはずの国内をまた混沌の渦に陥ろうとしています。私はこうなってしまった責任を償わなければなりません』


「そっか……」


 オルキデアが話したことを聞き、胸がすく。

 オルキデアからすれば二人は兄の忘れ形見だ。

 教会内部を調べるという大義名分を得た彼女が孤児院にいる二人を気にしないはずがなかった。

 しかしオルキデアは色々誤解をして、暴走した。オーキッドの子供が二人いるということと、その二人の扱いに差があったことを知らなかったのだ。


 フィーはカレンデュラの孤児院にいた時、ロイクから衣食住だけでなく、貴族ほどではないものの、平民としてどこに行っても恥ずかしくないよう、読み書きや計算以外にも簡単な食事マナーや礼儀作法など様々な教育を受けた。

 そういう経験があったから、教会の孤児院に預けられて安心していたが、オルキデアはそうではなかった。

 彼女は教会の黒い噂を知っていたのか、内乱中に粛清が済んでいない元貴族の残党が何かをしでかすことを懸念していたのかもしれない。


 二人の首から下げられているネームプレートを見つめる。


「私もさ、たった一年半だけど、孤児院にいたことがあって、種族も性別も関係なくみんな兄弟みたいに仲が良くて、大人たちもたまに怖いけど優しくて、先生みたいなお父さんと世話焼きなお母さんと、優しいおばあちゃんがいたの。

 だから教会の孤児院も同じだって勝手に思ってた。子育てのプロに任せれば大丈夫だって。でも他人任せだったのは悪かったのはごめん」


 フィーは二人の前に両膝を付き、二人をまとめて両腕で包み込んだ。


「こんな状況になっちゃったけど、二人に会えてよかった。……生まれてきてくれてありがとう」


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