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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第四章 我が鎖
53/77

11.救出完了


///


 遡ること五年前。


「……珍しいね、君が自らお茶を淹れるなんて」

「使用人に教わりました」


 珍しく彼女が自分のご機嫌を伺ってきたので、自分が口にした茶の中に毒でも含まれていたのだろうかと疑惑の念を抱いていた。

 だが「声を魔法で誤魔化しているようなので」と言われてしまえば彼女の善意を否定する訳にはいかないので、口にしないわけにはいかなかった。


「閨を共にしないなら、どうして毎晩私のもとに来るのですか」

「ぶっ!?げっほ!?ごほッ!」

「!?」


 幼い見た目でとんでもない発言をしてきたので思わず咽る。


 「今夜、君の部屋に行く」という言葉を敢えて使用人の前で伝える度に彼女が気まずいとか恥ずかしいとかそういう感情を抱いていたのを知ったのはその時だった。

 自分は子供時代の大部分を女として振舞ってきたせいか、夜に女性の部屋に行くことに躊躇がなかったことに気付く。

 騎士見習いとして鍛錬は幼いころから欠かさず行っていたが、普段から男らしく振舞おうと意識するようになったのは意外とつい最近なのだ。

 というか彼女の見た目が年齢にしてだいぶ幼いのも要因にあると思うのだが。


「閨って……君、どこで覚えてきたの。自分がいくつか分かってる?」

「使用人たちが毎朝聞いてくるのです」

「アイツら倫理観どこ行ったの……」

「知りません。……倫理観とはなんですか?」

「君が言うと冗談かどうか分からないんだけど……」

「……冗談です」


 自分もロータスの使用人達からの信頼は薄い。

 お家騒動の果てに生き残ったのが自分で、実際にそう仕向けたのは自分だ。自分が恐ろしいなら辞めればいいのに。とは思うが人手不足なのでどうしようもない。

 だが彼女はこの邸では独りぼっちだ。せめて彼女との時間をつくって対話を図ろうとは思っているのだが、肝心な彼女の表情筋が死んでいるので、何を考えているのか本当に分からない。


「……私も貴方がなぜ毎晩私のもとにくるのか分かりません」

「情緒がないね。せめて僕と仲良くなろうって思わない?」

「……」


 彼女はこの前軍に押収された異母兄の私物や肖像を強請った。

 彼女が何かを強請ったのははじめてだったので驚いたが、結局彼女に渡すことが出来たのは彼のハンカチーフだけだった。また許可が下りれば徐々に彼女の手元に行くのだろう。元々の所有者はまだ生きているのだが。


 名前を偽らせ、自由を制限してしまっている後ろめたさはある。

 最初彼女と接触したときは年齢の割にやたら達観しているなと思っていたのに、いざ婚約者として受け入れる際、「私は貴方の望みどおりに受け入れます」と言われた時の彼女の目を見て内心背筋がぞっとした。

 彼女は打算でこちらに従ったのではなく、ただ全てを諦めていただけだったのだ。


 年下と接したことがないので、如何せん彼女とどう接したらいいのかが分からない。

 相談するにしても周りの大人はろくな奴がいないし、内容が内容なので、からかってくることが目に見えているから正直話したくない。


 ……いやクライアンなら律儀に相談に乗ってくれるだろうか。皇帝が処刑されるまでほとんど面識なかったが一応同期だし。あの堅物がろくな提案をしてくれるとは思えないが。


「……別に君を慰めに来てるんじゃないんだよ僕は」


 まさか自分が人と関わることに戸惑う日が来るなんて思わなかった。

 「貴方のその婚約は任務ではないの。相手を欺かせて誑かすような真似をしないでください」と言ってきたのは後輩兼姉弟子(アコナイト)の談。

 長年戦場にいた結果行き遅れた癖に何を言っているのだと侮っていたが、調査のために彼女に自白剤を使ったのがまずかったようで、彼女との信頼関係を築くのにマイナスからのスタートになってしまった。

 だが自白剤を使用しなくとも元から彼女の心は兄に向いているし、継母だった皇弟の正妃に相当な嫌がらせを受けいてたようで、他人への信頼を持つことが難しいのは変わりなかっただろうが。


「なら、どうしたらいいのですか」

「どうって?」

「私は、貴方に心を与えることは出来ない」


 一応自分に歩み寄ろうと思う気持ちはあるらしいが、自分が思っているよりも若干のずれがあるらしい。


「別に……今の君が誰を想おうが、君の心の中に僕が何割か入っていればそれでいいよ。それが恋とか愛とかじゃなくても、友人みたいなものでもいいし」


 今の彼女は表向き自分の婚約者なのであって、夫婦でも、ましてや恋人でもないので今はそれでもいいだろう。

 彼女が兄を愛しているゆえに、幼いながらに必死に考えて動いて元老院や議員に手を回していたのは知っている。結局元の木阿弥になったのだが。


「だから、尚更意味が分かりません。私たちはいずれ結婚するのでしょう」

「なんで0か100みたいな思考なの」


 頭は良いと思っていたのだが、こういう時だけなぜ思考が極端になるのか。妻は夫に全てを捧げなければならないとでも思っているのだろうか。


 少し考え、アプローチを変えてみることにした。対面して座っていたのを彼女の隣に座り直し、行儀が悪いのも無視して彼女の膝の上に頭を預け、足をソファーの肘もたれに乗せてみた。


「あの、これは……」

「膝枕だよ。甘えてくる旦那は嫌い?」

「……」


 真顔のまま固まってしまった。この状態でも照れているのか嫌がっているのか判別が付かない。

 とりあえず、そのまま手を上げて指折り数えてみた。


「……僕の中にはさ、死んだ母親が3割、姉弟子が1割。軍の仲間たちが……3割とか、それくらいある。不思議だよね。小さい頃は母親が10割だったのに。年月が経つにつれて自分の中で小さくなるの」


 ちなみに自分の中に母親以外の家族への愛情はどこにもいない。


「……残りの3割はなんですか」

「んー?『その他諸々』かな」


 「君はどれくらいあるの」と聞いて一瞬後悔した。彼女の愛は兄一人だけだと分かり切っているのに。

 だが質問の意図が分かったのか、彼女は何かを思い出すような考えるような素振りを見せる。


「……私は、貴方ほど多くの人と知り合っておりません。……ですが兄上も、騎士達も、亡くなった母上や姉上たちもどれも私にとっては大切で、割り振ることは出来ません」


 今気づきましたと言わんばかりの目でこちらを見ているので、自分は思わず苦笑してしまった。だがまた彼女の表情が曇る気配がする。


「………ごめんなさい」

「なにに謝ってるの」

「……貴方の欲しい答えが言えなくて」


 素直なのかなんなのか。別に男女として意識して欲しい訳ではないのだけれど。

 その場で彼女の頬を撫でる。ここまでそれっぽく触れているのに本当に面白いくらいに彼女は無反応だ。

 突拍子もないことをしている自覚はあるので、困惑している可能性はあるのだが。


「いいや? むしろ安心したよ。君にとって大事なモノが兄だけじゃないみたいで」

「貴方には何もないのに?」

「別に?愛の無い結婚はよくある話だし。強引だった自覚はあるから、君に嫌われても仕方ないなー程度にしか思ってないよ?」


 自白剤のことはかなり根に持っているようだし。そんな彼女はまたぱちくりとこちらを見る。なにがおかしいのだ。


「……利害は」

「?」

「私を受け入れて、持てる貴方のメリットはなんですか」

「メリットはないよ。むしろデメリットばっかり」


 皇帝を追うように自害した父親の姿が脳裏によぎった。


「……あー、ごめん。そういう意味じゃない。僕が君を受け入れることを決めたのはただの我儘。……でも君はここにいる限り命の保証ができるからそれでいいんじゃないの」

「……」

「今は別にいいよ。これから僕のことも君の心のどこかにあればそれで。これからも嫌と言うほど構ってあげるからさ」


 どうせ自分の中で彼女は『その他諸々』分の愛情しか持てないのだ。

 自分もゆっくり君にそれなりの何かは与えられるようにするつもりだから。


///

―――



 オルキデアのところに転移したら、自分と同じ竜族の少年が瀕死のオルキデアに向かって手を伸ばしていた。


「おまえたちのせいだ」


 彼の表情と現在進行形で魔力を放出していることからただならぬ状況であることは分かったが、突然のことで内心パニックになって動けずにいる。

 サイネリアは今すぐにでも止めようと身じろぐが、あんな状態でサイネリアを向かわせるのは悪手だということは分かっていた。


 なりふり構ってられなかったのかアリスが走り出した瞬間、晴天なのに雷のような轟音がこの場に響き渡り、後から追い風が吹き抜ける。

 刹那、オルキデアの姿がその場から消えた。


「よかった、間に合った……っ!」


 ミスルトゥがいるところよりも向こうで声が聞こえ、そちらに視線を送ると、しゃがみこんだ状態でオルキデアを抱えている女性が安堵の表情を浮かべていた。


「ロニー!?」

「はい。ヴェロニカです」


 抱きかかえられていたオルキデアは相手が知っている人間なのか、驚いて名前を呼んでいたが笑顔でそれに答えた。

 雷の魔法か足元をバチバチと帯電させながらゆっくりと立ち上がると、安堵の表情を浮かべているアリスの方へ歩み寄ってきた。


「……遅いよ、ヴェロニカ」

「無茶言わないでくださいませ。旦那様」


 フィーは三人の様子を見て、ヴェロニカという名前に何処かで会ったような気がするが、誰なのか思い出せずにいた。

 ヴェロニカに抱きかかえられ逃げ場のないオルキデアは、歩み寄ってくるアリスに対して気まずそうに目をそらす。オルキデアはアリスを本気で殺したのだ。今更会わせる顔がないのだろう。

 しかしアリスはヴェロニカからオルキデアを受け取り、顔を覗き込んでいる。


「アリス……その……」

「……よかった……また会えて……」

「……ごめんなさい」


 フィーに背を向けているので二人の顔は見えない。しかし彼の背中とその背中に回された細い両腕、震えた声は彼らの感情を物語っていた。



『僕は、貴女を愛した男だ』


『――貴女に、伝えたいことがある』


『俺は、何千年も先の未来から来た』


『僕はあなたを殺さなければならない』


『どうか、俺を殺して欲しい』


 未来から来たという【女神の夫】たちから様々なことを言われたが、他の記憶と比べて随分とおぼろげな記憶だ。

 しかしそれなりの頻度で未来の【女神の夫】がやってくる記憶が多くあるのにはっきりと覚えていないなんてことがあるのだろうか。

 だから全て地続きな一冊の本のワンシーンなのか、ページを差し替えただけのifストーリーなのかは分からない。

 どれも一貫して女神と夫がつながっている鎖を切ろうとしていたのだとは思った。


 自分は、この時代で【(女神)】として【夫】を、ロイクを殺しされなければならないのだろうか。


 フィーは目の前にいる夫婦の様子を眺めながら呆然と考えていたが、腕の中にいたサイネリアが身じろいで飛び降りてしまった。


「ちょっと!?」


 フィーの引き留めも構わず、体に巻かれていたマントを捨ててミスルトゥに駆け寄った。


「ミスルトゥ!あなたまでとがにんになるつもりなの!?」

「おまえにはかんけいないだろ!」

「っ!」


 サイネリアはひどく傷付いたような顔をする。

 自分を引き合わせたいと言っていた弟はやはり彼なのだろうか。


「ボクをすてたくせに」

「ちがうわ!」

「なら、どうしてボクじゃなくて『とがにん』といっしょにいるの!?どうしてサイネリアはとがにんにてをかすの!?ボクのおかあさんはボクをすてたとがにんなんでしょうっ!?」


 胸の奥がズキリと痛む。話を仲介してくれたアリスには学院を卒業した後に引き取ると宣言した。

 その約束を忘れていたわけではない。しかしそれまでの間、自分は彼らと面会できないかと話を持ちかけることもせず、頭の隅においやって学院では好きな研究ばかりしていた。


 オルキデアの話では彼らは孤児院で不当な扱いを受けていたと聞く。

 子供のことを考えず放置していたなんて母親失格ではないか。


「ミスルトゥ、わたしのめをみて」

「やだ!おまえのまほうなんかしんようできない!!」


 サイネリアは事情を伝えようと自分の魔法を使おうとするが、彼女から目をそらすミスルトゥは抵抗するために魔力を放出する気配を覚える。

 フィーはすぐに魔法で自分の手から木蔦を放出して二人の距離を引き離した。無意識に翼を使って滑空していたが、本人はそれに気づいていない。


 その場に座りミスルトゥの小さな両手を掴むと、フィーは彼の目を見つめた。

 ぼっぼっと炎が燃え上がるように、フィーの両目は金と赤で交互に点滅していた。態度こそ落ち着いているが、内心動揺が抑えられない。


「お願い、私に弁解させる時間が欲しいんだよ、()()()

「なんで……なまえ……」

「覚えてたんだね……よかった」


 宿り木(ミスルトゥ)富貴桜(サイネリア)も後から付けられた洗礼名だ。

 まさか二人とも違う名前を名乗っているなんてフィーは思ってもいなかったが、ちゃんと覚えてくれていたことにフィーは安堵する。


 しかしお願い、話を聞いて。懇願するがそれでも少年は拒絶を繰り返した。


「やだ!サイネリアといっしょにみんなしょぶんされればいい!」


 パァンと乾いた破裂音が響く。怒りに身を任せたフィーがミスルトゥに平手を打った。


「ふざけたこと言わないで……!」


 我に返り衝動的にミスルトゥの頬を平手打ちしたとに後悔の嵐がフィーの中で渦巻くが、突然やってきた痛みの感覚が理解できず硬直しているミスルトゥにサイネリアが彼の目を覗き込んだ。



///


 悪魔の子。汚らわしい混血の子供。咎人の子。

 つめたいごはんを与えられ、大人たちから一方的に殴られる。大人たちを見て子供たちも真似してボクに寄ってたかっていじめてくる。

 孤児院にいた頃はそれが普通だと思っていたし、どうしてそう差別されるんだろうって考えたことはなかった。


「つらくないの?いたくないの?」


 そう言って時々ごはんをくれる子がいた。


「ボクとはなしたら、おこられるよ?」


 時々ボクにごはんをくれる優しい子はいたけど、その子は大人から怒られていた。

 でもその子はすごく悲しそうな顔をして、「ワタシはだいじょうぶ」といって分け与えてくれた。


「もうすぐせんせいがきてくれるよ」


 何を言ってるのか分からなかったけど、それからあの子はボクの前に現れなくなって、それから本当に先生が来て、ボクを救ってくれて、そこで出会ったのがサイネリアだった。


 サイネリアは物知りだった。

 サイネリアと話して、その子はボクと似ていることが多いことを知った。

 ボクと同じ赤い目。同じ髪の色。咎人の子。胸に同じ模様が刻まれていること。


 ボクと同じなのに、どうしてサイネリアはいじめられず温かいごはんを食べれて、温かいベッドで眠れたんだろう。


「ワタシのおとうさまは、とがにんですが、おうじさまでした。そのおとうさまとおなじまほうをもってるから、こじいんにいられなかった」

「……よくわかんない」


 ボクはボクのお父さんもお母さんも知らない。別にそれは孤児院のみんなも同じだから、どうも思わなかった。

 だからサイネリアに家族がいるって知ったときも何も思わなかった。


 だけどサイネリアからボクのお母さんは生きてるって教えてくれた時、胸の奥でわくわくしていた。


「いつかおおきくなったら、おかあさんをいっしょにさがしませんか?みんなにも、せんせいにもないしょですよ」

「うん!」


///



「え……?あ……」


 互いの赤い瞳が重なる。どれくらいの量の記憶を流したのだろう。

 混乱して戸惑いの声を上げるミスルトゥに対してサイネリアは魔法を使用したまま、言い聞かせるように諭した。


「ずっと、せんせいから見せないよういいつけられたきおくです。うまれてまもなく、ワタシたちはせんせいによって、ひきはなされました」


 自分は罪人と同じ魔法を持っているから、余計なことを知った時、何をしでかすかわからない。

 かといって女神から授かった魔力核を封じるのを嫌がった教会は、敢えてサイネリアに知識を与え、常識を与えるという名の情操教育のために隔離することに決めた。

 危険な化け物を神のように祀り上げるのと同じ原理だ。

 しかしサイネリアは父親から皇位継承権を授かっていた。

 しかも好奇心が旺盛である故に、その転移魔術を使って脱走しては様々な人間の記憶を読み取ることで枢機卿の思想に染まることなくその感性を育てた。


 反面ミスルトゥは両親のことは知らないものの、混血児を蔑む傾向にある孤児院で虐待を受けて育った。

 それを知ったサイネリアは枢機卿に保護してもらうよう懇願する。

 実の姉だと知られれば自分が孤児院で冷遇されていた自分と比較して嫌われるだろうと言われ、姉弟だと伝えないことを条件に引き取った。

 物心つく前から孤児院で過ごしてきたミスルトゥは視野が狭く、救世主である枢機卿に心酔した。


 枢機卿が孤児院での虐待を黙認していたことも知らず。


「なんで……どうして……」

「だまっててごめんなさい……ワタシもおかあさまとあえるまでしんじられなかった……。

 でも、おかあさまのきおくをみて、ほんとうだってわかって、ワタシ、おかあさまにあえたこともうれしかったけど、ミスルトゥときょうだいであることがうれしかった……!」


 二人が同じタイミングで顔を歪ませ涙が流れる様は、まるで感情も同調しているようだった。


「やめて……やだ……」


 ミスルトゥが拒絶してもなおサイネリアは魔法を止めない。彼が動けないのは、彼女が魔法で動かないように命令しているからだろうか。


「もういいよ……ありがとう()()()()

「っ!」


 アネモネと呼ばれた少女は我に返り、ばっとフィーの方を見る。瞬間ミスルトゥは一気に脱力してはぐったりとしている。

 フィーは二人を向き合うと、何か言わなければいけないとは思いつつ「えぇ……と」とかけていい言葉が分からない。

 助けを求めようと周囲を見ても、オルキデアはフィーが言うべきだと視線を返し、ヴェロニカは何も知らないのか、主を守る態勢ではいるがフィーたちを見て少々困惑しつつも様子をうかがっているようだった。

 だがアリスは耳に着けていたアクセサリーに手を触れると、申し訳なさそうな顔をしていた。


「……あー、ごめん。アコナイトたちが待ってる。一緒に本部に戻らなきゃ」

「あ……」


 ヴェロニカとアリスはオルキデアを回収するためにここにいる。確保できたことに安堵しているようだが、軍の本部に戻らないといけないようだ。


「今、呼びます」


 ヴェロニカが左腕の袖を少し捲ると、横長の鉄板をそのまま曲げて輪にしたようなシンプルなブレスレットが現れ、それに魔力を込める。

 ブレスレットよりも袖の隙間から見えた腕に刻まれている刺青の方に目が行ってしまうが、その刺青もブレスレットに連動しているのか、左手首を中心にヴェロニカの左肩まで光りが広がった。


「この魔術って……」

「ブレスレットにはクライアンの魔法が使えるようにクライアンとつながってる。刺青が光ってるのは印持ちの魔術だよ。クライアンの魔力に反応してるんだろう」


 ここでようやくフィーはヴェロニカが誰だったのか思い出した。

 彼女は三年前、オーキッドの手先として自分たちを足止めしようとしてきた元騎士の女性だ。罪を償うために収容されたと聞いていたが、釈放されたのだろうか。


 ヴェロニカが左腕を真横に向けるとブレスレットから空間が裂ける。

 そこの裂け目から馬族の脚が二つ出てきたと思えば、クライアンが飛び降りるように出てきた。


「遅いぞ、アリス」

「えー、僕のせい?」


 突然現れた男に子供たちはフィーたちに引っ付いてくる。二人から盾にされていると思うのは気のせいだろうか。

 周囲を見回してこちらを見てきたクライアンは子供が増えたことに目を見開いていたが、すぐに自分の魔法を展開して空間の裂け目を大きく広げた。


「全員こちらで保護する。……三人は歩けるか?」


 クライアンの言葉にその場にへたり込んでいたフィーは頷き、立ち上がると二人の手を取る。サイネリアは足のケガを治さなければならない。


「行こう。話は向こうで話せるから」

「でも、せんせいまってる」


 ミスルトゥの言葉に全員は目を見開く。


「…………もしかして脱走してきたの?」


 ミスルトゥはこくりと頷く。フィーは足元にいる二人を交互に見てため息を吐いた。教会と王城はそこそこ距離があるのによくもまあここまでこれたものである。

 二人を置いていくわけにもいかないし、話も終わっていないので連れ出したいが、後から孤児を誘拐したと教会からいちゃもんを付けられたくない。


 クライアンにどうしようかと視線を送ると、クライアンも眉間にしわを寄せていた。現在軍と教会は敵対しているようだから関わりたくないのだろう。

 だがアリスは「頭固いなぁ」と言いながら提案をした。


「アイーシュは元々結界内部で高く飛ぶの禁止されてるし、この子の目撃情報は街で上がってるだろうから、軍で確保したって言えばどうにかなるでしょ。あとはサイネリアもだけど王城への不法侵入ね。どちらも罰則ものなんだから」


 クライアンは「先ほどの報告か……」とミスルトゥを見た。既にクライアンにも報告が上がっていたらしい。

 フィーはコスモスから飛行訓練で高く飛ばされたことを思い出す。あの時は軍の敷地内だから大丈夫だったのだろうか。フィーもアイーシュに来てから大分経つが、流石に飛行可能な場所は把握していない。


 しかしアリスは容赦なく「君も悪い子だねえ?」と悪い笑みでミスルトゥを見るのでミスルトゥはぷるぷると震える。

 アリスに抱きかかえられているオルキデアはその様子を見てくすくすと笑っていた。


「おじさま、ようしゃありませんね……」


 先ほどアリスの笑みに怯えたサイネリアもあの様子にフィーの足元で震えていた。

 アリスは普段から飄々と振舞っているのでふざけているように見えるが、これでも小隊を抱える騎士なのだ。


「ウォルも腹黒って言ってたな……あ、ウォルは!?さっき枢機卿に刺されて……!」


 オルキデアも思い出したのかはっとした顔をするが、険しい表情をする。覚悟しておいた方がいいのだろうか。


「そちらも向こうで話そう。その時の状況を知ってるならそちらも話を聞きたい」


 そういってクライアンに促される。軍人二人はやたら冷静だった。仲間や部下の死が気にならないのだろうか。

 一行はぞろぞろと空間の裂け目に入っていくと、医務室のような場所が広がっていた。


「随分と大所帯で来たな」

「全員重要参考人ですよ……」


 出迎えた人間にクライアンが困ったような顔をしていた。ターゲス以外の人間に敬語を使うクライアンを初めて見た気がする。

 目の前に現れた露出の多い恰好をした女性の目のやりどころに困ったが、以前ターゲスの紹介で会ったことのあるアコナイトだと分かると更に驚いた。

 当時は家族の紹介という名目で顔を会わせたので、その時のアコナイトは私服で貴族らしい装いだったのだ。


「ベノム大隊長、病人は運んでおきました。怪我人もいますので治療を」

「……分かった」


 アリスの案内でアコナイトは衝立の向こうへ行ってしまった。

 既にオルキデアはベッドに運ばれていったらしく、ヴェロニカも一緒のようだ。アコナイトが自ら処置をするようだがここに医者はいないのだろうかと首を傾げた。



アリスの設定や過去話は一章執筆時からずっと温めてきましたが、

出すのはここじゃねえ!とここまでこらえてきました。

ようやく書けたので満足です。

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