8.王の証明
転移する瞬間、オルキデアが飛び入り、ウォルファングにぶつかった状態で別の場所に移動してしまった。
ぶつかった反動で転んでしまったウォルは真紅の絨毯の上に身体が打ち付けられる。
「――っどこだここ……フィーは!?」
「王城にある謁見の間です。彼女たちは別の所に転移されたようです」
「クソはぐれたか……!」
ウォルは勢いよく床を殴り付ける。あのまま逃げられても彼女とはぐれてしまえば意味が無い。
オルキデアは部屋の奥にある豪奢な椅子に座っており、こちらを見降ろす姿は違和感を感じなかった。
「あの転送魔術は、術者の身体に触れていなければ同じ所へ向かうことができません。私たちがここにいるのは転送する直前に私が貴方にぶつかったからでしょう」
確かにサイネリアが地下通路であの転送魔術を施行する際、自分とフィーに手を繋ぐように指示した。
しかしフィーが魔術を施行する際に自分がフィーの体に触れることが出来なかったからはぐれてしまった。
「それに、使用権限のないフィラデルフィアがあの魔術を動かすのが誤りでした」
「それってどういう……」
先程フィーは魔術を実行したし、転送出来たのなら成功したのではないのか。
しかしオルキデアは段差を降りてウォルに近付くとその場にしゃがみ、床に手をかざして自分の魔力を当てる。
すると赤い絨毯の上に半径一メートルの魔術陣が浮かび上がった。
「この魔術は、本来皇族の中でも皇位継承権がある者にしかまともに使えません。フィーはおそらく場所を指定出来ず、魔力も大量に消費しているはずです」
「ならなんであのガキは使えたんだ」
「サイネリアは兄上が死ぬ間際に皇位継承権を与えられておりましたから。でも仕組みも使い方も手探りで覚えたようですし、全てを知らないはず」
本人は皇族に所縁のある子供だと言っていたが、あのモス=オーキッドが死ぬ直前に皇位継承権を与えた?
そもそも皇位継承権なんて簡単に与えられるような物とは思えないし、オーキッドが死んでいくのをフィーやロイクやアリックス。そして目の前に居るオルキデアも見たと聞いている。
「ならあの子供は何者なんですか」
「もう貴方も気付いているはずですが」
オルキデアは立ち上がり先ほど自分が座っていた椅子の方へ顔を向ける。その空っぽの玉座を見て一体誰を思い浮かべているのだろう。
「サイネリアは、モス=オーキッドとフィラデルフィアの間に出来た子供です」
「……!」
信じたくなかった事実を淡々とオルキデアは述べる。
三年前、オーキッドは短命な自分の代わりにフィラデルフィアを拉致した際に彼女の胎にある細胞と自身の遺伝子を掛け合わせて子供を作り、その子供を皇帝にしようとした。とんだ狂った計画である。
そこまではウォルも知っていたが、軍が介入したためフィーも無事だし夢半ばでオーキッドも死んでしまったと知らされていた。
現在十四歳であるウォルもどうやって子供が出来るのか知らないわけではない。しかし当時のウォルは無知な子供だった。子供は出来なかったと思って都合よく自己完結していた。
「フィーはあの体でガキを生んだのか?二人も?」
「兄上は自身の魔法で内臓を覗き、魔術で卵子を取り出したようです。それに私も子供が生きていると知ったのは昨年。サイネリアの他にもう一人いると知ったのはつい最近でした」
しかしその事実をフィーは事件直後から知らされていたし、フィーが学院を卒業した後に引き取るとアリックスを通じて軍と約束していたという。
ここまで聞いてウォルはオルキデアに対して苛立ちを感じた。
「なら尚更夫人がフィーに当たるのも見当違いでしょうが。それに夫人がどうだったかは知りませんけど、フィーは面会も許されなかったはずだ。そこまで分かっていて夫人がここまで荒れるのはなんでだよ」
「……」
オルキデアは「着いて来てほしい」とウォルに手を差し出す。
ウォルは訝しげになりながらもオルキデアの手を取ると、足元の魔術で場所が移動された。
「ここは……」
「以前は皇帝の執務室として使われていました」
あっさりと侵入しているが王城は未だ改装工事中だったはずだ。そのためか部屋の中はもぬけの殻。
侵入した当の本人は躊躇なく足を進め、暖炉の前で足を止めた。
「『皇位継承権』というのは、ただの公的な立ち位置ではありません。国と結ぶ従属契約の魔術に近い。
それは皇帝が死んだ時か皇位を破棄した時、第一皇位継承権を持った人間に皇帝の座がスライドするようになっています。
魔術を無効化する前に皇帝は処刑され、それは兄上にスライドされました。そして私は正式に夫と結婚する前に兄上はこの世からお隠れになった」
「……」
オルキデアが暖炉の横の壁に手をかざすと、光を放ち形を変えてオルキデアの手に乗った。
彼女がその光を握ればそれはまた形を変えて杖の形に変形する。
「この王笏は皇帝の証であるレガリアの一つ。そして皇帝が誰であるかを示すものです。ファレノプシスが終わったと思っていません。私が正式にロータス家に入ってもそれは変わらず、私が皇帝だと訴え続けている」
胡蝶蘭をモチーフにしたそれは金色に輝き、ちりばめられている宝石達は持ち主の瞳の色である紫と彼女の魔力の色である薄水色に染まる。
オルキデア=カトレア・ファレノプシス・メイラ。旧メイラ皇国において最後の皇女。だが彼女は既にファレノプシスの名を捨てている。
それでもこの王笏はたとえ国が終わろうとずっと皇帝が誰なのか証明し続けていた。
―――
///
ずっと■だって気付いていた。
■は歳月を経るごとに、段々■■になっていった。
それでもずっと変わらないものはあったから、わたしはそれをずっと大事にすれば良いと思っていた。
■してほしかった。あなたもわたしを■してくれるって分かったから、私はあなたに■■した。
だけどそれはあなたの心を■しませていた。
だからあなたを何度も■したのに、あなたはずっとわたしを■してくれた。
わたしたちはずっと一緒に居たいって気持ちだけは変わらなかったのに、わたしたちはどこか■■■■た。
心のどこかで分かっていた。
だけどこれだけはどうしようもなくて、わたしは、わたしたちは、どうしたら良かったのだろう。
何が■■だったのだろう。
■■を教えてくれるカミサマはどこにもいない。
わたしを■■だカミサマはもうどこにもいない。
だから何度も何度も何度も■■■。わたしたちの■■■をずっと■■■■。
何度も■んだ。何度も■した。
わたしにしか出来なかったから、あなたの代わりに何度も■んだ。
何度も■した。何度も■しんだ。
あなたにしか出来なかったから、わたしの代わりに何度も■した。
何度も■んだ。何度も■しんだ。
あなたに■■■■■■なかったから、あなたの代わりに何度も■■■■■■た。
あなたはもう■しまなく■■■よ。だからわたし■■■にい■■?
なのにあなたはずっと■■■■■■■■■■■■、この■■にずっと■■■■■■■■る。
■■■はい■■いのに、■してしまった。
■■■■■いけないのに、■■■かった。
そん■■■でずっとあなたは■■■■る。
何百年も何千年もずっと。
///
「フィー、おきてください!」
「ん……」
暗闇の中、フィーは手探りで自身を揺り起こす少女を探すと、彼女の頭に手が乗っかったようで「うっ……」とうめき声をあげては思い切りなだれ込んできた。
冷たい石の上で寝そべっていたようで、夜目が聞き始めると心配そうに少女がこちらを見つめていた。
(魔力が戻ってる……?)
転送したのは三人分。先ほどの魔術で大分自身の魔力が持っていかれたが、現在のフィラデルフィアは大分魔力が回復している。
「ここどこ……」
「わかりません。ワタシもはじめてきました。でもきょうかいのしたみたいです」
「分かるの?」
「なんとなく」
『魔眼』と呼ばれる魔法ゆえか彼女はその幼さで視覚を魔力で強化することが出来ているようだった。
目の前に居る少女のような人族は魔力で五感を強化できるが、魔族は元から人族よりも五感の全てまたはその一部が優れているため強化することが出来ない。
ちなみにフィーは爬虫類の魔族にカテゴライズされるのかトカゲの五感と似通っている。
そんな五感を働かせて周囲を見回すと、二人がいる場所は洞窟のようになっているようで、岩壁には幾つも魔石がカラフルに輝いていた。
魔石の鉱床なんて見るのは初めてだ。まさか教会の地下にこんな場所があるなんて思わなかった。しかし自身の魔力が回復し始めると徐々に空気中の魔力に酔いそうになる。
「魔石の鉱床なんて初めて見た……」
「こーしょう?」
「魔石がいっぱいある場所」
「これがたからのやまですか……」
「そうだね……」
魔石は基本教会が管理しているためここの鉱床も教会の管理化にあるのだろう。魔石は売ればそれなりに高値が付くが、魔力がなくなれば小さくなって最終的には消えてしまう消耗品なので出来れば家に持って帰りたい。
フィーは一つくらい持って行ってもいいのではと内心そわそわするが、少女は知らない場所が不安なのか、フィーの足元にぴったりとくっついて離れない。
大人の目を盗んで脱出するくらいだから活発な子供だと思っていたのに、案外怖がりなところがあるようだ。
フィーはそんな少女の前に跪いては目線を合わせた。
「ちゃんと自己紹介してなかったね。私はフィラデルフィア・ヴィスコ。種族は竜族。魔法は植物。フィーって呼んで」
既に彼女にとっては知っていることだろう。しかしこうして落ち着いて見ると彼女に対して色々気まずさや後ろめたさがこみ上げてくる。
「サイネリアともうします」
「よろしくね」
お互いに握手をして立ち上がりながら彼女を抱き上げると、フィーは思い切って少女にあることを問いかけてみる。
「ねえ、今だから聞くけど、私がサイネリアのなんなのか分かってるよね。しかも私と会う前から」
「……っ」
ぴくりと肩が震える。
「私が生んだ訳じゃないだけど、サイネリアと弟の方も私の子供だって頭では分かってる。でも、今は貴女の母親面することはできないし、貴女の本当の名前を呼べない。分かるかな」
「……はい」
物わかりの良い子だ。今は仕方ないが将来が心配になる。
教会がどこまで二人の正体を知っているかどうか分からない。
それにフィー自身、対面するのはまだ先だと思っていた我が子が突然目の前に現れて戸惑っている。
実の母親から母と呼ぶなと言われるなんて酷い話だ。しかし彼女から向けられたのは謝罪だった。
「ごめんなさい……」
「どうして謝るの?」
「ワタシがおとうとに、フィーを会わせたいっておもったから」
「ちがうよ。あれはオルキデア達が悪い」
ウォルから聞く限り、オルキデアとアリスは初めこそ夫婦らしく協力して教会に探りを入れていたのだろう。
しかしオルキデアはその最中で何かとんでもないことを知ってしまい暴走している。身内を殺し、友人を嘘の罪状で突き出すくらいには。
彼女はきっとスイッチが入れば見境なく動くタイプだ。そうでないと過去実の兄と結婚するなんてことを幼い子供の戯言で終わらせることをしなかった。
「……おばさまは、ころされるのですか」
「わからない。アリスでもどうにかならないかな……」
実際理由は分からないがアリスは生きていたのだ。全て話の裏を合わせてましたなんて都合の良いようにならないだろうか。
しかしそんなご都合主義の妄想をしていればサイネリアは何かに気付いたのか、視線を一点に集中し始めた。
「だれかいる……」
「え?」
サイネリアが見る場所を見つめても人の気配を感じない。
空気中の魔力が飽和している空間ではフィーも魔力を探知することが難しい。警戒して探すがサイネリアは警戒せずフィーの腕から飛び降りては、洞窟の奥をとたとたと裸足で駆けだした。
「わっ!?」
「走ったら危ないって!」
フィーはそんな彼女に慌てて追いかけると、徐々に光が見えてくる。出口なのかその手前に立っていたサイネリアを見つけたフィーはすぐに彼女を抱き上げた。
しかし抱き上げて見下ろせば、見えるのは洞窟の出口ではなく、ドーム状に広がった空間だった。
「なに、これ……」
水と草木に囲まれたそこは何かの祭壇の様に見えた。
明るく見えたのは天井にある発光性のある魔石のせいだったらしく、下にはその魔石の光に向かって植物が生い茂っていた。
そしてフィーの足元には下に下る階段があり、中央まで草木は刈り取られていた。サイネリアは中央を指さす。
「むこうです」
中央は池に囲まれているが、その中心部は島になっており棺のような物が置かれている。明らかに生きている人間がいるとは思えなかった。それか何かの罠か。
「行っていいのかな……」
「でもそこにいかないと、まじゅつがつかえません」
「……ウォル達と合流しないとね」
「おーかみさん、おばさまといっしょにいます」
「わかるの?」
「はい。このまちのぜんたいは、みることができます」
流石何もかもお見通しの魔法だ。
だがあの転送魔術は一体なんなのだ。サイネリアは弟に会わせたいと言ったのに、オルキデアのいる部屋に来たということは、ランダムに転送されるのかもしれないが、厄介にも程がある。
「さっきは、おとーとよりもおばさまにあいたかったので、こうなりました。こんどはしっぱいしません」
フィーの心を読んだのかそう言ってふんすと意気込みを語っている。そうか、オルキデアに会いたかったのか。なら納得である。
フィーは改めて階段を下りる。渡り石を踏んで空間の中心部に向かうと、中心に置かれているのはやはり黒い棺で年季が入っているように見えた。
サイネリアはフィーの腕から飛び降り、棺の方へ駆け寄る。
そしてサイネリアは棺に近寄ると躊躇なく棺の蓋に手をかけた。
「え、ちょっと!」
フィーの止めも聞かずサイネリアは勢いよく棺の蓋を開けてしまった。
無知でも流石に罰当たりだ。中に入っているのは古びたミイラだろうか。
そう思って恐る恐る中を見ると、中に入っていたのはミイラではなく、黒髪の女性が両手を組み仰向けに横たわっていた。年齢は今の自分とそう変わらないように見える。
しかもゆっくりと身体が上下しており、血色もある。頬に触れてみると少々冷たいが体温もある。
マーガレットの時もそうだったが遺体は今にも目覚めるのではないかと思うくらい眠っているように見える。しかしこの女性は生きているし、本当に眠っていた。
五歳くらいの少女が開けられたくらいだ。意図的に封印されているわけでもなさそうだし、棺の蓋の淵を見ると何度も開かれたような傷もあるから、誰かが定期的に様子を見に来ているのかもしれない。
しかし彼女はなぜこんなところで眠っているのだろう。
「……っ」
「フィー?」
『なぜ弟や妹たちは兎や犬の耳やしっぽがあって、わたしには無いのですか』
『わたしも、あなたのようになれれば、あなたの苦しみを理解できたのでしょうか。……あなたが、わたしを憎む理由も理解することが出来たの?』
『わたしは麓の村で暮らすことにします。今までお世話になりました』
『あなたがまた父さまと会えるまで、わたしが、あなたにまた会えるまで、わたしはずっと待ってます。母さま』
一度に流れてくる女神の記憶がフィーの脳を刺した。めまいがするのをこらえ、フィーは再度棺の中にいる女性を見つめた。
心配そうに見上げてくるサイネリアの頭をフィーは安心させるために優しく撫でた。
『残念ながら、余が人間に対して読めるのはその時思っている事だけで記憶までは読めない』
生前オーキッドはそう言っていたが、目の前に居るサイネリアは他者の記憶を読めるらしい。
オーキッドが出来なかったことがサイネリアに出来た理由は分からないが、サイネリアはフィラデルフィアの中にある女神の記憶が読めるのだろうか。
「サイネリア、貴女は私の中にある女神の記憶が読める?」
じっとサイネリアはフィーと目を合わせるが、首を横に振った。
「……みえません」
「そっか。ならいいや」
「オーキッドは、人の記憶が読めなかった」と言えばサイネリアは驚いたような表情をする。もしかして自分の父親は何でもできるすごいヤツだと思っているのだろうか。
「……私は、女神の記憶を持ってるだけのただの人間だって思ってる。でもね、思い出すたびに私って本当に女神だったんじゃないかって嫌でも思うの」
今眠っている女性は黒髪なのもあるからか、どこかリナリアに似ている。
フィーが孤児院を出てから一度も顔を合わせていないため、今の彼女がどんな姿をしているのかは分からないが、もしかしたらこんな顔をしているのだろうか。
しかしこの棺に眠る彼女はリナリアではない。しかも女神にとってよく見知った人物の一人だった。
「わたしが居ない間、ずっとアセビを支えてくれていたのはあなたでしょう。■■■■」
ぴくりと組まれている手が動いた。
―――
戻って王城。
初めて造られた魔術は人を縛り付けるものだったという。
前科持ちの人間に刻まれる魔術陣は二度と罪を犯さないように縛り、人々に分かりやすく見せる印として使われている。何度も魔術の中身を改良しても尚その役目は変わらない。
オルキデアの魔力に反応して輝くその王笏は、所持している本人が皇帝であると示すと同時に、オルキデアが国を裏切らない証でもあった。
「サイネリアには皇位継承権の魔術がかかってます。それが枢機卿に知られれば、確実に彼は私を殺してサイネリアを皇帝にしようとする。私はそれを止めたい。
ですがこの王笏はメイラ国そのもの。私がこれを壊せば私自身が国を裏切ったと判断され、死ぬ可能性が高い」
三年も王笏の存在を知っていながら放置していたのはオルキデアにとってどうでも良かったのか、次の皇帝がいないから自分が死ねばその魔術は完全に無効になると思ったのだろう。
しかし自分の兄の子供が生きていて、その子供の一人に皇位継承権が与えられていたから、しかもその子供たちが教会の孤児院で酷い扱いを受けたから目の前に居る女帝は動いたのだろうか。
「それ壊しても、教会は壊滅しないだろ」
「その前にフィーの正体を公にします。彼女は女神の生まれ変わりだと。既に教会はフィーを処刑しようとした事実は民に知らしている。
教会が処刑しようとした少女が無実の人間で、且つ女神の魂を受け継いだ者だったのだとしたら、民は一体どんな反応をするでしょう」
モス=オーキッドの子供であるなら酷い扱いを受ける可能性はあったのだろう。サイネリアの反応を見る限り、弟の方は惨い扱いを受けていたらしい。
しかしこれが発端でこの国はまた戦争になろうとしている。他国を巻き込んでまで罰を与える必要はあるのだろうか。
冤罪の処刑未遂。子供への虐待の事実の公表。そして国の象徴の破壊と元皇女であるオルキデアの死。
ついでにフィーの正体が公になれば、本人は女神でないと主張しようと、教会が女神を処刑しようとしたとして組織は崩壊するだろう。
しかしそれは全て目の前に居る彼女の独壇場で、大部分で自分の義姉であるフィラデルフィアが巻き込まれている。
「フィーはただの人間だ……」
ウォルは拳を握り締める。
養父であるターゲスの謹慎は納得こそ出来ないが立場上まだ理解できた。自分自身もアリスの部下だから致し方ないと思った。納得こそしてないが理解はできた。
しかしフィーは貴族でもなんでもないただの一般人だ。
「確かに、フィラデルフィアが生まれたばかりの時は体が純血並みに頑丈で、魔力が多いただの女の子だったのでしょう。
ですが魔力核の中に封じられた女神の肉体。そしてフィラデルフィアの魂が女神だと証明している方がいる。その状況で彼女が女神でないと否定できますか?」
「は……?」
理解が追いつかずウォルは硬直する。しかし後ろの方から称賛する拍手が響いた。
二人は咄嗟に拍手のする方へ振り返る。
「大方、察しはついてましたが成程。さすがは『氷雪の傾国姫』だ。カトレア=オルキデア」
神官の衣装を纏う二人の人間が室内に入ってくる。
一人は長い水色の髪の人族。声からして男だろうか。そして後ろにはオルキデアと同じ髪色をした魔族の青年が付き添っており、その青年の顔立ちにウォルは思い切り目を見開いた。
この男、髪の色も種族も違うが数年前に死んだフィーの父親に瓜二つなのである。
「枢機卿……!」
「!?」
オルキデアの声にウォルも全身が総毛立つ。彼がこの教会の長なのか。彼がフィーを殺そうとした男。
「ですがその魔術はかつて教会が作ったもの。まだ残っているとは思いませんでしたが、貴女の意思なくとも皇帝の座を彼らに譲ることはできます」
『夫人、フィーたちの場所は分かるか!?』
『いいえ、サイネリアなら分かるかもしれませんが……』
オルキデアに小声でやり取りをするも、二人と合流出来ないことにウォルは舌打ちをする。
アリスから聞く限り、教会はこの島から軍を撤廃させたいと思っているらしい。
守る為の傭兵はこれまで通り大陸にある中立国から雇い、この島全体を神聖な場所として世界に知らしめるためにこの国を潰すのだそうだ。
つまり中立国はその中立という立場を無視してでもこの国を乗っ取ろうとしている。
「それに、貴女が散々手を回しておりましたが、私はフィラデルフィア・ヴィスコを処分する方針は変わりません。
女神はこの世に存在してはいけない」
今、この男は何て言った?笑顔で言う男の言葉が信じられなかった。初めて聞いたのか後ろにいる青年も目を見開いているようだ。
「枢機卿。それが女神を崇拝する教会の人間が、ましてやその長である貴方が宣う言葉ですか……!!」
「おや、貴女には既に話していたと思いますがね。『神は見えないから神』なのだと。それに女神云々以前にフィラデルフィア・ヴィスコは罪があるでしょう。それを告発したのは他でもない貴女だ。もしかして貴女は虚偽の告発で彼女を亡き者にしようとしたのですか?」
「……っ」
言いよどむオルキデアを他所にウォルはプツンと何かがキレた。
だらりと身体の力が抜ける。その状態でウォルは枢機卿に向かって問いかけた。
「フィーを殺す?本気で言ってるのか」
「貴様、猊下に対して無礼な!」
「よしなさい」
枢機卿相手に敬う姿勢を見せないウォルに噛みつく青年を枢機卿は宥める。
だがこの際立場とか礼儀とかどうでもいい。
ウォルはだらりと全身の気が抜けているが、反面内心ではふつふつと憎悪が沸き上がっていた。
「ウォルファング殿」
「アンタは黙っててください。……てめえもごちゃごちゃと滅茶苦茶なこと言いやがって……皇帝とか教会とか女神とかそんなのどうでもいいんだよ俺は。なんでフィーが殺されないといけないわけ?」
オルキデアは様子が変わったウォルを見て唾を呑む。
今の彼をむやみに止めたら自分も命がないと直感した。
「アイツがロイクと婚約したとか、知らねえ間にガキ二人出来てたとか、フィーの魂が女神と同じとか。んなのどぉでもいいんだよ俺は。アイツの番が俺じゃなくても一生アイツが幸せに笑ってくれればそれで良かったんだよ……だからさぁ」
大抵魔力を生み出す生物は魔力を持っていればわずかに体内から漏れ出る。しかしウォルは全身の魔力を引っ込め、自身の血液に閉じ込めた。
「俺の家族を殺すのは誰であろうと許さねえ」
音もなく一瞬でウォルは枢機卿と至近距離にまで近付き、彼の腰にあったはずのナイフが枢機卿の心臓を一突きした。
ウォルがナイフを引き抜くと枢機卿の体はどさりと倒れる。
「先生……?」
その様子に青年は唖然とした表情のまま両膝から崩れ落ちた。
突然目の前に居る人間が死んだことに困惑している青年に、ウォルは先ほど枢機卿を突き刺したナイフを青年に向ける。
「……次はお前だ」
「待ちなさいウォルファング!彼もフィーの子供です!」
オルキデアの悲鳴のような止めにウォルは一瞬手が怯む。
その一瞬の隙を突かれるように無いはずの所から剣が飛び、腹部を貫いた。
「――――っく……」
攻撃元を見れば、部屋の出入り口から出た廊下の先に先ほどウォルが殺したはずの男が立っていた。
「な、んで……」
「私が貴方のような者を前にして丸腰で来ると思いますか」
足元にはまだ先ほどウォルがナイフで一突きした遺体がある。血も流れており、鉄錆の臭いもまごうことなき人間の体だ。
だがそれより驚いたのは駆け寄っていた青年の身体が煙と共に子供の姿に戻ってしまったことだった。
「ミスルトゥ。私はここにいますよ」
「せんせい……!」
「感情が揺らいでますね。姿も戻っている」
「ボクしんだかとおもってぇえっ……!!」
歩み寄ってきた枢機卿に子供は駆け寄ってはぐずぐずと枢機卿に泣きついた。子供は年相応に見えるし身体はサイネリアよりも一回り小さい。
もしかしてサイネリアが言っていた弟は彼のことだろうか。
枢機卿の視線が子供から逸れる。その先をウォルも見ると、苦しみでうずくまるオルキデアがいた。
「夫人っ……」
杖に縋りつきつつ、胸元を握り締める彼女にウォルは目を見張る。
枢機卿を睨みつける彼女の右目は赤くチカチカと不規則に点滅し、熱が出ているのか頬も紅潮している。彼女の周囲が凍り付いており、明らかに大量の魔力が彼女の身体から漏れ出ていた。
深く呼吸するよう努めているようだがおそらく脈拍も早い。この症状は魔力暴発の前兆だ。しかし魔力暴発が突然起こるなんてありえない。
「……指令局の件も、貴方たちの仕業でしたか……」
「!?」
指令局の建物が爆破した要因は隊員の魔力暴発だった。まさかこの人間は他者を意図的に魔力暴発を引き起こすことが出来るのか。
「長いこと魔力核を封じてきたからでしょう。あの転送魔術も相当な魔力を消費したはずです」
白々しく答える枢機卿にウォルは枢機卿を睨みつける。
「お前っ……」
「ひっ!?」
ミスルトゥは怯えて枢機卿の足元にしがみつく。
しかし力が入らない。自分の手で塞いでも傷口からはぼたぼたと血液が大量に溢れ、視界が霞み、とうとう自分の力で支えることが出来なくなった。
遠くからフィーが自分を呼んでいる。お願いだから逃げてくれ――。




