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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第四章 我が鎖
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7.清らかな心



 突然後ろから現れた少女に三人は警戒する。


「突然ごめんなさい。ワタシは、あなた方に敵意はありません」

「は――?」


 赤毛が混じったプラチナブロンドの髪にアメジストの瞳が印象的な彼女にフィーは昨晩対面した少女が脳裏によぎったが、そもそも見た目の年齢が違う。十二歳くらいだろうか。

 ウォルはフィーを背中に回したまま対話を試みた。


「お前誰」

「名乗れません。ですが、ワタシはフィラデルフィア様にお願いしにきました」

「私?」

「名前を名乗らないヤツからの依頼に応じるつもりは無い」

「ウォル」


 警戒を解かないウォルを窘めるも、ウォルの態度は変わらない。


『教会の孤児院は魔力暴発する可能性の高い混血児を受け入れない。混血の子供が来た場合、皇族に縁のある子供だ。警戒して欲しい』


 昨晩言われたアリスの忠告がウォルの脳裏に過ぎる。

 三年前のこともある。ウォルはフィーの護衛をする際特に貴族相手には容赦なかった。


「その髪に目。皇族の生き残りかその縁者だろ」

「皇族!?」


 ウォルの一言にレオは驚いた様子を見せるが、目の前の女はウォルの殺気に怯みつつも問に返答した。


「私には親の記憶はありません。でも、縁があると聞いています」


 「お貴族様かよ……」と呟くレオに「違います」と返す少女。

 そんな不審人物を前に警戒を解かない二人を退けてフィーは前に出た。


「おいフィー」

「君、昨日私のいた牢屋に来た子だよね?」

「はい」

「昨日よりも大分大きくなってるのは魔法かな」


 フィーの問いにこくりと頷いた。ウォルとレオは「どんな魔法だよ」と揃ってつぶやく。

 だが言われてみると、彼女の着ているポンチョの下は袖の無い白いワンピースのようだが形からしてサイズの小さい神官服のように見える。それこそ五歳くらいの幼女が着れば丁度よさそうなものだ。

 それに背伸びしているようにも見えないし、ませているようでもないが、彼女の振る舞いはどこかたどたどしく、言葉もつたない。


「二人とも大丈夫。彼女を信じよう」

「でもフィー」

「お願い。ウォル」


 ウォルはフィーの懇願に思わず甘やかしたくなるがそういう訳にも行かないのは目に見えていた。

 だがそんな様子を見ていたレオは呆れながら割り込んだ。


「僕はパス。逃げる」

「レオ」

「僕は自分の命が惜しい。皇族とか教会とかその辺の事情全部把握してないけどさ、現状見ればそんなの死にに行くようなもんじゃん。この子だって裏で大人が糸を引いてるかもしれないし」


 レオの言うことは至極真っ当である。

 実際フィーは皇族に攫われたあげく腹部をナイフで刺されたり焼かれたこともあったし、先ほど嘘の罪状で処刑されかけたし、なんなら逃げている最中だ。

 この状況で教会側の子供がわざわざ姿を変えてまで自分の前に現れたら、自分らを捕まえに来たと思うのが自然である。


「……ワタシが来て欲しいのはフィラデルフィア様だけ――」


 淡々と述べる彼女は突然ボンと破裂したように煙に包まれた。


「ちょ、お前!?」


 煙が晴れると彼女は推定5歳児の幼女に姿が代わってしまった。

 フィーの言った通り魔法で大きくなっていたことが事実だということが分かったのは良いが、当の本人はその場にへたり込んで涙目だった。


「じかんぎれです。おってがきます……!」

「ほら~、僕ら死ぬんじゃん!この子置いて逃げようって!」

「流石に置いて逃げるのは……」


 レオもへたり込む少女の姿に驚きながらも自分らが生命の危機に瀕している事態に涙目になる。

 だがフィーの意思は変わらなかった。


「レオは逃げて良いよ。ここまで連れてきてありがとう」

「え、いいの!?本当に逃げるよ僕」


 しかしフィーの「それよりもこの子には聞きたいことがたくさんある。この子の願いを聞くための交換条件だよ」というフィーにウォルは自身の後頭部をかきながら大きくため息をついた。


「……俺はフィーについてく」

「ウォル本気か!?アリスから言われたこと忘れたの!?」


 アリスは現在軍に忍び込みクライアン達に接触を試みている最中だ。

 クライアンは信頼出来る。フィーを保護してくれる可能性も高いし、そちらの方が確実である。

 だがフィーがこの少女に「聞きたいこと」も気になる。


「俺に考えがある。レオは自分の命を守れ」


 この少女について行くことに決めた二人の前でレオは後ろめたい表情をするが、二人の服を一瞬掴む。


「……別に二人に死んで欲しいわけじゃないからな」

「分かってるよ。俺らだってお前を危険に晒したくないしな」

「またね。レオ」


 レオは頷くと足元の影に潜り込んでその場から去っていった。

 それを見送ったフィーはへたり込む少女の目の前に屈む。


「追手が来るんだよね。案内して欲しい」

「はい……」


 少女は立ち上がるとウォルは「抱えるよ。今裸足だろ」と言って少女を片腕で抱え込んだ。ここまで走ってきたのだろうか、泥だらけの脚は転んだような傷があった。

 ウォルの方もいくら相手が敵側だったとしても、幼い少女を無下に扱うことは出来ないようだ。

 少女は突然視界が高くなったことに驚いてウォルにしがみつくが「ありがとう、ございます」と礼を述べた。


「怖い?」

「ちょっとだけ。でもだいじょーぶです」


 そう言いながらちらりとフィーの方を見た。やはり不安なのだろう。


「お前今まで『たかいたかい』してもらったことないんだろ」

「あぁ、なるほど……」


 抱きかかえられたことがあるかどうか分からないが、子供らしくお外で遊んだことすら無いかもしれない。

 今も首を傾げて頭からハテナを飛ばしている少女に「どこに行けばいい?」と聞けばすぐに「こっちです!」と指さして案内をし始めた。


 フィーとウォルは少女の指示の通りに走る。少女はウォルに抱え込まれながらフィーへの依頼を話した。


「ワタシのおとーとにあってほしいんです。ワタシのからだを、おおきくしたひとです」

「魔法が解除されたんならもう会えないんじゃねえの?」


 確かに突然魔法が解除されるならその者に何かあったに違いないと思うのが自然だろう。しかも少女も追手が来ると言っているのだし。

 だが少女が答えたものは斜め上のものだった。


「ワタシがまほおであやつりました。まほおがとけたのは、おとーとがねむりから、さめたからです」

「お前の魔法催眠術かよ」


 首を傾げる彼女は催眠術は知らないらしい。

 しかしその年齢で精神系の魔法を器用に操ることが出来るなんて、教会はよくもそんな子供を囲っていたものだとウォルは考える。


「ワタシのまほおは、モス=オーキッドとおなじです」

「マジかよ!?」


 皇族に縁があるのならあのオーキッド皇子と同じ魔法を持っていてもおかしくないのだが、希少だと言われていた魔法を持って生まれる子供がほいほい現れるようなものだろうか。


「でもおとーとがあばれたらごめんなさい」

「戦う前提かよ」

「おーかみさんとフィーさんなら、まりょくなしで、かてます」

「狼さんってなんだ。一言おおいんだよ」


 既に少女がウォルは怯えている様子はない。順応するのが早いせいか、懐くのも早い。ちょろくないだろうかとウォルは少々心配になった。


「フィー、どう思う」

「……この子は、昨晩私が処刑されること分かってた。魔法の全容は知らないけど、私達がここに来るのも多分魔法でずっと見てたと思う。でもそれが教会側も知ってそうだし」

「尚更罠じゃねえかよ!!」


 逃げる自分らを捕まえてまで少女が弟に会わせたいと思う理由は分からない。

 そもそもこの少女がフィーのことを知ったのが必然的であっても、弟の方はおそらくフィーのことは初対面だろうし何も知らないはずだ。


「かどをみぎにまがったとこで、とまってくださいっ!」

「分かった!」


 言われた通り角を右に曲がる。遠くから人の足音が反響して聞こえてくる。もう追手がきたのだろうか。


「追手が近い」

「まじつをつかいます。フィーさんは」

「フィーでいいよ」

「フィーはおーかみさんと、てをつないでください」

「分かった」


 フィーはウォルの空いている左手を握ると手が若干汗ばみ震えている事に気付く。

 元々自分を救うために動いていたのだ。自分が無理を言っている自覚はあるが、自分も確かめたい事がある。


 少女が魔力を込めた手で壁にかざすと何もない所から魔術陣が展開される。少女つたない舌足らずな言葉で詠唱を唱えると三人は一気に別の所に転移した。

 まさかこんなところに人間を運べる転送魔術陣があるなんて思わなかったが、人間を運ぶための大量な魔力を持っている少女も大概である。


「え……?」

「オルキデア!?」


 小さな本を片手に優雅にティータイムをしている女性が一人、突然現れた三人を見てぽかんとした顔で見つめていた。



―――



 死んだと思われていた人間が目の前に現れ、真っ先に声をあげたのはアコナイトだった。


「話を聞く前に、貴方が私達が想像している人間本人かどうか確認がしたい」

「いいよ。お手柔らかに」


 そう言って身に着けていた黒い革製の手袋を外すアコナイトにアリスも応じるように自身も手袋を外した。

 十歳年の離れた二人は、同じ師を持つ姉弟弟子の関係だと聞いている。

 家族のようで微妙に違うこの関係は互いに信頼していても、心の奥底まで許していない。

 傍から見れば試合前の握手をするかのように対面する二人の身長は、ヒールのある靴を履いているアコナイトの方が若干上背がある。

 そしてここで今更ながらクライアンは二人の瞳の色が同じであることに気づいた。


 そんなクライアンをよそに二人はお互いに魔力をこもった手で握手をする。すると赤い線で描かれた魔術陣がアリスの胸元から浮かび上がり、中心には蓮の花が開いた。


 蓮の花はロータス家の証。そしてその魔術がなんであるのかクライアンも長年軍に在籍していたので一目見て分かった。


「……彼は本人で間違いない」

「疑いが晴れてよかったよ」


 そう言ってパッと手を離した二人の様子を見る限り魔術効果は発揮された様子はない。何か儀礼的なもののように見える。

 アリス分かり切っていた顔をしているのに白々しく胸を撫で下ろす素振りをした。


「悪いけど時間がない。手短に話させてほしい」


 アリスの胸元にあった魔術陣にはロータス家の家紋があったが、あれは従属契約の刺青だ。

 現在ロータス家の当主であるアリスの体に未だそれが刻まれているのか気になったが、「これは全てが終わった時に僕が生きていれば話すよ」と押し通されてしまったために聞くことが出来なかった。


「僕がそちらに伝えたいのはこれに入ってる。絶対に他者に渡さないで欲しい」

「分かった」


 アコナイトはアリスから白いハンカチを受け取る。中に記録が残っている魔術道具が包まれているようだ。


「フィーについてだけど、協力者から聞いた話じゃあ何者かの依頼にフィーが応じたみたいで正直逃げ切れていない」

「何者かの依頼?」


 アコナイトの疑問にアリスが話を続けた。


「内容までは分からない。でも話によると相手の容姿は推定五歳の女の子。貴族家系ではないみたいだけど、皇族につながりがある。と本人は聞いているらしい。ドックウッドは無視して逃げようとしたみたいだけど、フィーが譲らなかったらしい。それにフィーは少女のことを知っているようだった」


 その子供について三人が思い当たるのはオーキッドとフィラデルフィアの血が入った二人の子供だった。

 フィラデルフィアが自分の子供だと確信していたのならばついて行くのも理解できる。

 それに人族である女児の方はオーキッドの魔法と全く同じ『魔眼』だ。心を読むこともマインドコントロールをすることができるのであれば、フィーを連れて行くことも可能なはず。


「ちょっと待て。教会がフィーを処刑した理由は隊長を追いやるためではないのか」


 アコナイトも同じ意見だったようでクライアンの言葉に頷いていた。

 アリスの話を聞いても、今回の宗教裁判はあまりにも茶番がお粗末すぎる。

 ターゲス・シュバリエのへのイメージダウンをするためだけにしては、処刑を見ていた周囲の人間も教会への不信感が勝ったし、フィラデルフィアは騎士の養女であっても所詮は平民の娘とは言え魔術学院の学生だ。


 旧貴族家系の学生とも多少なりとも友好関係は築いていたのだから、学生の方にも手を回すはずなのに、今回の裁判で証人や関係者に魔術学院の人間が誰一人として居ない。

 むしろ騒ぎに駆け付けた友人が嘘だと大声で訴えていた。


 それにこれまで処刑に立ち会ったことが無かった枢機卿のマグノリア一世がその場に立ち会っていた。しょうもない虚偽罪でだ。

 まるで教会がフィラデルフィアに執着しているようだ。


「アリス、他に何か隠していることは? 出し惜しみをする暇はないでしょう」


 アコナイトの要求に「ごめん。流石に本人の口からじゃないと言えない」と申し訳なさそうな素振りを見せる。


「でも教会。というかマグノリアがフィーに執着しているのは間違いない。実際、フィーは女神の肖像画と顔がよく似ているから」


 記憶を頼りに描いたとされるあの肖像画は何百年も前のファレノプシスの皇帝が描いたものだ。

 その絵を教会へ引き渡す前にクライアンもアコナイトもその絵を見ていたし、もしフィーの種族が魔族ではなく人族であったのなら瞳の色以外は完全に女神と瓜二つだと思った。


「貴方の体を治したのは彼ではないの?」


 アリスは無言で衣服をたくし上げて腹部を晒せば、腹部に刻まれていたらしい魔術陣(ロータス家の従属契約ではない)が不自然に欠けている箇所があり、それ以外は傷痕もなくきれいさっぱり治されていることが分かった。


「僕もそれを疑って目が覚めてからも仮死薬を飲んで様子見てた。でも目が覚めてから誰も棺桶を開けてまで確認した様子は無かったから、生き返らせたのはマグノリア一世じゃないことが分かった」

「敢えて逃がしたという可能性は?」


 「そこなんだよねえ」とアリスは頭をかく。


「だから僕は二人を助けに行くことはできないから、ドックウッドに任せる。最悪オルキデアが彼らを守ってくれることに賭けるしかない。僕は影で好き勝手に行動するよ。昔みたいに」


 アコナイトから見ればアリスは弟弟子であり、赤子の頃から見ていた従弟(いとこ)だ。

 しかしアリスの存在がターゲスに認知されるまで誰にも話すことはなく、ターゲスが当時の隊のメンバーにアリスを紹介した時、その場にいたアコナイトの表情が険しかった。


「アリス」

「大丈夫。身内を裏切る真似はしないから安心してよ。姉さん」


 アコナイトの心配を他所にアリスはその場から去っていった。

 アリスが居なくなった場所を見て最初に口を開いたのはアコナイトだった。


「……中身を見てみましょう」


 ハンカチの中にあった魔術道具を見せる。見た目はルビーが使われているブローチのようだが、底なし鞄のように物を仕舞うことが出来る。

 そのルビーはアクセサリーに使うには少々大きいが、魔術道具としては小さい方だ。


「あぁ。何が出てくるかは分からないが」


 この魔術道具はフィーの友人であるコスモス少女が作ったものだ。


 自身の課題の一環で宝石に魔術陣をどれだけ小さく描けるかの試すために作ったようだが、それを知ったアリスが試作品でもいいからそれを譲ってほしいとフィー経由で依頼したらしい。

 しかし作った本人は失敗作なので渡せないと断固拒否し、諦めきれなかったアリスは彼女の実家であるジェダイト商会にまで直談判をした結果、魔術が込められた宝石はアクセサリーとして見た目だけ形を整え、宝石に書ききれなかった魔術はハンカチに刺繍してアリスに渡したという。もちろんアリスの方も相応の報酬を渡したらしい。

 フィー曰く「「失敗作を人に渡したくなかった」ってコスモス泣いてましたよ」と言っていた。職人としてのプライドが許せなかったのだろう。

 その失敗作が今将軍であるアコナイトの手にまで渡っているなんて作った本人は思わないだろう。


 端に小さなレースが縫われている白いハンカチには金糸で魔術陣が縫われており、それを机い広げては魔術陣の中央に例のピアスを置いた。

 アコナイトが魔力を込めると、光と共にアクセサリーに収納されていた物体が現れる。


 出てきたのは様々な証拠である資料をコピーした文書たちだった。



―――



「おばさま!」

「ちょっ、お前!」


 ウォルに抱きかかえられていた少女はその場から飛び降りてオルキデアに駆け寄っていった。


「っサイネリア!?」


 この少女はサイネリアと呼ぶらしい。

 十五歳の女におばさまと呼ぶ少女を寛容に迎えるオルキデアを見て、そういえばこの少女は皇族の縁者だったことも思い出す。


「じゃない!お前がフィーに会わせたい人ってオルキデア夫人か?」

「ちがいます」

「じゃあ、逃走したフィーを捕まえる為に呼んだのか?」

「ちがいます!」


 ではなぜこの場所に飛んだ。オルキデアは突然のことに困惑を隠せないまま、サイネリアを抱きかかえてその場から立ち上がった。


「……飛んで火にいる……という言葉は本当のようですね」


 凍り付いた目で見つめるオルキデアにウォルは息を飲む。

 魔力が無尽蔵にあるオルキデアを前に自分は勝てない。


 いくら教会を内部崩壊させたいと言っていたとしてもオルキデアは教会側の人間だ。ウォルはその場で視線を彷徨わせ逃げ場所を探した。

 扉の外は誰が居るのか分からないし、窓は高さを見る限り建物の四階だろう。だが鉄格子がかけられているし、飛び降りるのは得策ではない。

 転送魔術陣は展開時に見た限り一方通行ではないようだった。魔力さえあれば逆戻りして逃げることも可能だろう。

 しかし現在自分の手元にある魔石では転送時のリソースとしては足りそうにない。


 せめて魔力が多いフィーだけでも逃がすか――。


「うそです。おばさまは、ふたりにしんでほしくないの、しってます」

「……」


 サイネリアと呼ばれた少女からの指摘にオルキデアはぴくりと眉が動いた。

 サイネリアの左目が赤く光っている。少女の魔法がかのオーキッド皇子と同じものであるなら、彼女を前に本心は筒抜けだ。


『察してはいると思うけど、オルキデア、というか僕らは例え身内でも切り捨てようと思えば切り捨てられる。

 ぶっちゃけその辺割り切れるし、特に彼女はそうやって生きてきた。だから僕を殺す間際に言ったことが本当なら、彼女は――』


「オルキデア?」


 フィーはオルキデアの様子を伺うが、オルキデアは抱きかかえていた少女を床に降ろし、手持ちのハンカチで彼女の目を覆った。


「やめて、おばさま」

「人を呼びます。サイネリア、貴女がまた部屋から脱走したと」

「おばさま!」


 だがそんなオルキデアの手はウォルによって止められた。


「夫人。アナタには聞きたいことある」

「丸腰で私の相手をするというのですか?」

「なんでそう喧嘩腰になるんです……アナタもこの子を容易に痛めつけられるほど、情緒が育ってないわけではないんでしょ?三年前に比べれば」

「っ……」


『貴女の代わりに殺してあげましょうか。その子供』


 ウォルもオルキデアの異常性には気付いていた。


 ウォルはオルキデアからハンカチを奪い取りサイネリアを解放する。サイネリアはすぐにその場から離れ、フィーの後ろにその身を隠した。

 オルキデアがその様子を見て顔を少々顰めたのをウォルは見逃さない。


「夫人が殺した旦那。生き返ったの知ってます?」


 彼女は目を見開いた顔でウォルを見上げる。だが一瞬輝いて見えたアメジストの瞳も一瞬で光を失った。


「……うそよ」

「うそじゃありません!アリスおじさま、いきてます!」


 サイネリアもフィーに隠れながら訴える。ウォルの記憶を読んだのだろう。しかし、魔法も使っていないのに片目が赤く光らないのは本人が使用を悟らせないようにしているせいだろうか。それとも元からか。

 サイネリアの一言で事実だと理解したオルキデアは、身体の力が抜け落ちるように椅子に座り込み「どうして……」と戸惑いの声をあげる。


「アンタの話はアリスから聞いてる。この子もフィーに頼みがあってここまで連れ出しました。一旦俺らのこと逃がしてくれません?」

「それを知ったところで、どうしようもありませんわ……フィー、貴女はどうして処刑された時暴れてくれなかったの?」

「……は?」


 突然自分に名指しされて戸惑うフィーにオルキデアはゆらりと立ち上がる。


「枢機卿は貴女の正体を知りません。もしあの時貴女の中にいる女神が表に出てきてくれれば、彼は女神を殺そうとした異端者として陥れることが出来たのに……!」

「何言って……」

「アンタ自分が言ってること滅茶苦茶だって分かってる?」


 ウォルにがらんどうな瞳が向けられる。


「滅茶苦茶?それはこの私が吐いた嘘を嘘だと分かっていてそれを利用する者達でしょう?私はつい最近サイネリア達のことを聞きました」

「やめておばさま!」


 サイネリアがやめろと言ってもオルキデアの耳には届かない。


「私と同じ血が流れた子供たち……私は王城から近い邸の中で、好きな人達に囲まれて生きていたのに、彼らは孤児院で惨い扱いを受けていた」

「ちがいます!っ、ちがくないけど、はなしをきいてください!」

「三年前、兄上が人体実験の一環でつくった子供達が、孤児院で惨い扱いを受けていました。その意味がわかりますか、フィラデルフィア」

「っ……」


 突然名指しされたフィーは息を吞む。

 ウォルはフィーに感じた違和感を感じ取ってしまった。


 なぜ少女がかのオーキッド皇子と同じ魔法を持っていると言われても驚かなかったのか。

 なぜ自分に怯えている少女をフィーが代わりに抱きかかえようとしなかったのか。

 なぜ少女の髪に赤毛が混じっているのか、少女の顔がフィーに似ているのか。


「魔力核を封印することを良しとしない教会において、魔力暴発する可能性が高い混血児は冷遇され、まともな食事も与えられません」


 三年前、オルキデアの兄であるオーキッドはフィーと自分の血が流れた子供を作り出した。

 時の魔石の力と魔術で急速に成長した子供は、あの日以降耳にしなかったからてっきり死んだのかと思っていた。それでももし生きていたのなら、もっと小さくて、ろくな言葉も話せない幼子なはず。


「貴女が年齢を理由に子供を引き取らなかった結果、この子たちは」

「ちがいます!ワタシはひどいことをされてません!!ひどいことをされたのはおとーとです!!だからワタシは――っ」


 自分で言ってしまった言葉に思わず口を抑えたサイネリアにウォルは困惑したまま、少女に対して確信を持った目で見つめた。


「……お前は――」

「ここに居たぞ!!」

『!?』


 オルキデアの部屋に武器を持った複数の人間が入り込み、こちらに槍が向けられてしまった。

 ウォルは拭いきれない疑念を抱えたものの目の前に居る守るべき対象に視線を向ける。


「フィー!!」


 しかしフィーはオルキデアの話に追い付いていないのか、足元にいる少女の声にも反応できないまま硬直して立ち尽くしている。


『化け物の村はここだ!!』

『火を放て!!燃やせ!!』

『やめて!やめてよ!!母さまぁああああああ!!』


『子供達がひどい目に遭い、それがきっかけで戦争が起きている』


「わたしの、せい……」

「フィー!?」


 フィーはすぐ近くにいたサイネリアを抱き上げてはその場から立ち上がった。

 爬虫類特有の縦筋に伸びる瞳孔の形が人族と同じ形に変わり、金色だった瞳が真っ赤に染まる。


「オルキデア。私はもう感情に流されて暴れることは出来ないよ」

「おい、フィー」


 しかしフィーの全身からゆらゆらと魔力が放出されており、部屋の花瓶に生けてある花は一気に全て枯れ果て、大理石の床からは土も種もないのにフィーの足元からいばらのツタがフィー達を守るようにうねうねと生えてくる。

 フィーは後ろを振り向くと、いばらの隙間から自分の目の前にある刃先の一つを掴み、じっとその刃を睨みつけた。


「『燃えろ』」


 フィーの掴んだ場所から熱が入り、一気に柄まで炎が燃え上がった。

 突然のことに周囲の武装した人間はすぐにフィーから距離を取る。

 槍を持っていた男は突然燃えた槍に情けない悲鳴をあげながら槍を振り回すが、他の傭兵の魔法によって消火された。

 フィーの魔法に炎はない。呪術にしては言葉が直結しすぎているそれは、まるで彼女の言葉の思いのままになんでもできるようなものだった。


「ねえ、魔術陣出せる?」

「は、はい……!」


 サイネリアはフィーの問いにすぐに答えると、床にめがけて自身の魔力を放つ。

 そしてなにもない場所から魔術陣が浮かび上がるのを確認するとフィーはその瞬間詠唱を唱え始めた。


「『我が力、――』」


 ウォルはフィーが何をするのか分かったのかすぐにフィーに駆け寄る。


「まって!」

「ちょっ!?」


 やや早口で唱えられた詠唱の途中、オルキデアが三人に向かって手を伸ばした。

 瞬間、ウォルの身体を押しのけるような形でオルキデアとぶつかり、ウォルはフィーから離れてしまう。


「『万物の元へ還りたまえ』」


 展開された魔術陣の中に入った四人はその場から一瞬で消えてしまったのだった。


 その時フィーとウォルは知らなかった。

 この転送魔術陣はサイネリアの魔法でないと移動先を指定できず、ランダムな場所に移動されてしまうこと、そして身体が離れてしまうとそれぞれ違う場所へ転送されてしまうことを。



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