表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第四章 我が鎖
48/77

6.高潔な心



 突然の乱入により、罪人がいなくなった処刑台に周囲は啞然とした。


「ざ、罪人を探せ!!」


 執行人が指示を出したことでようやく周囲は彼らは動きだす。

 執行人は枢機卿に対して膝を付いては頭を下げた。彼にとってしばらく必要以上に表に立つことが無かった枢機卿が、処刑に立ち会うという異例の事態で罪人を逃がすという失態を犯したのだから必死だったのだ。


「猊下、申し訳ございません!必ず罪人は捕まえて見せます」

「頼みますよ。ですが、お前は罪人への扱いが目に余る。いくら平民でも相手は十四の女性です」

「……も、申し訳ございません」


 奥歯を噛みしめる執行人を一瞥し、この場は彼に任せ枢機卿はその場から立ち去った。

 そして自分らの後をついて行く二人の神官に歩きながら声をかける。


「子供達の様子は」

「二人とも部屋に居ますが、ミスルトゥが珍しく昼寝を」

「……昼寝?午前中に珍しい」


 母親の処刑日を知らせたつもりはないが、話したのは昨日だ。もしかして気にして眠れなかったのだろうか。


「サイネリアは」

「サイネリアは、いつも通り読書をしております」

「わかった。……例の件は、平行して進めなさい」

「かしこまりました」


 伝言の為神官の一人が離れて行くのを見送り、枢機卿はこめかみに指をあてる。


(臆病なのは相変わらずですか)


 繋がりを感じるが、それに応じてくれないのは些細なことだ。

 一行は建物の中に入り来客用の部屋に足をすすめようとしたがそれを止める。突然止まった主の様子に後ろについていた神官は首を傾げた。


「いかがされましたか?」

「異例の事態だ。この場合、どちらの方へ向かえばいいかと」

「……彼女の方は別の者に頼みましょう。子供達の方は……サイネリアが特にお転婆ですから」

「それもそうか」


 ミスルトゥは基本やんちゃだが従順な性格だ。しかしサイネリアは大人しい割に好奇心旺盛でやたら無断で行動することが多い。

 どうやら彼女は父親の血が濃いらしい。最近は魔法だけでなく性格まで父親に似てきているように思う。


「戻りましたよ。子供達」


 しかし誰も返答がない。部屋にはベッドの上で眠るミスルトゥと見守っていたのだろう従者までもが隣で眠っている。

 そして読書をしていたと聞いていたサイネリアは、机の上に読みかけの本を置きっぱなしにしたまま忽然と消えていた。


「やられましたね……」

「彼女が行きそうな場所に監視を!」

「かしこまりました」


 神官たちが周囲に指示を出す間、周囲の人間達の居場所を把握してみる。しかしこの建物内にサイネリアがいる気配はない。まさか敷地外へ脱走したのだろうか。

 そんな慌ただしい状態の中、先ほど伝言を任せていた神官が駆け足で枢機卿のもとへやってきた。


「猊下!先ほど報告が!!」

「何?」



―――



 遠くから自分らを追いかけまわす傭兵や民衆の声が聞こえてくる。

 フィーはウォルに抱えられながら、己の両腕を眺めていた。

 あの業火だ。普通なら火傷で爛れていたはずなのに、まったく傷一つない。


「ごめんフィー!迎えに来るの遅くなって」

「それは良いけど、どうしてこうなったの?」


 「説明はあと!」とウォルは自分の狼の足を蹴り上げると、道が開けた場所から自分らを見つけた傭兵達が前方を塞いだ。後ろを見れば同じく追いかけて来たのだろう者たちに囲い込まれる。挟まれた。


「フィー、しっかり捕まってろ」

「う、うん……ひゃぁ!?」


 言われた通り、ウォルファングの首にしがみつくと突然浮遊感に襲われる。

 何も見えない穴の中に落ちていく感覚に恐怖を感じるが、ウォルが自分の身体を抱えてくれている感覚は残っているため、それを頼りにずっとしがみついていた。


「ってぇ……落ちるのどうにかならないのかよ」

「二人運ぶの結構しんどいんだから文句言わないでよ」

「え、レオ!?てかここどこ!?」


 突然穴に落ちたかと思えば、カレンデュラ領にいたはずのレオが、なぜシャトーバニラにいるのかと混乱する。

 レオはフィーの反応に既視感を感じながらも事前に用意しておいた服をフィーに押し付けるように渡した。


「事情説明はあと。フィーはさっさとこれに着替えてって、――その翼……」


 レオが今までフィーの背中に無かったはずの翼に目を見張ったが、「仕舞えるから大丈夫」とフィーはその場でしまい込んだ。

 そして炎に焦げてボロボロになった自分の格好を見て、あの時無実を訴えていたコスモスのことが気になった。


「それよりもお前、脚なんで……」

「これはわかんないな」


 焼け爛れていたはずの自分の両脚が怪我一つないことにウォルも驚いている。まさか――。


「ねえどういうこと?」

「処刑が始まった時、脚が一番焼かれてたはずなのに、火傷してないんだよ」

「それは後で。ごめん、もう着替えていい?」

「……わるい。終わったら呼んで」


 男二人には部屋から退散してもらうとすぐさま渡された服に着替えた。

 臙脂色のスカートと翼のある魔族のために背中に裂け目があるシャツだった。

 なぜ自宅に仕舞っておいたはずの自分の服が持ち出されているのかは考えないでおこう。しかもウイエヴィルの仕立屋でロイクが買ってくれたものだし。


「終わったよ」

「おう。ここに入れ」


 ウォルは大きな鞄を取り出すと自分の前に差し出した。ナップザック型の底なし鞄に見えるがまさかここに自分の身体を仕舞うというのか。


「え、レオの影は?」

「レオが影の中にいない時は、影に居れた分の重量の負荷がかかるからしんどいんだと。話は移動した先でするから」

「……うん」


 レオの魔法にそういう制約があるのは知らなかった。

 ここはとある軍人が所有しているセーフハウスの一つらしく、緊急事態だから無断で使用していたという。


 今日はやたら何かに抱えられて揺られる事が多すぎる。だが案外底なし鞄の中は快適だった。

 しばらくしてフィーが解放された時には薄暗く、石やレンガに囲まれた場所だった。


「ここどこ……?」

「王城の地下通路。まずは王都から出るぞ」

「……もしかして当分家に帰れない?」

「……ごめん」


 おそるおそる聞くフィーにウォルは顔を逸らす。

 そしてぽつぽつとウォルファングの口から色んな事を聞いた。


 軍の本部が爆破したこと。

 フィーが薬を盛られた直後にアリックスがオルキデアと決別していたこと。

 教会が国に宣戦布告し、大陸の方から戦艦が近付いているということ。

 アリックスが容易に動けない間ターゲスやウォルが謹慎されたこと。

 レオの仕事の依頼主がアリックスで、謹慎中で閉じ込められていたウォルを助けたのはレオだということ。

 そしてなにより驚いたのは―――。


「ロイクが行方不明!?」

「声が大きいよフィー」


 レオがフィーを嗜める。

 孤児院を出たのは四日前のこと。今日が五月十二だから八日にロイクはいなくなったことになる。


「でもどうして……!」

「父さんが出て行く二日前に教会の人間が孤児院に来たらしいんだ。最初は父さんといくつか会話したらその日の内に帰ったみたいなんだけど、その二日後に父さんも孤児院を出てる。ってリナリアが」


 またリナリアが連絡を受けたのか。リナリアは現在ブートキャンプ中なので王都にいないはずだがガーベラ辺りが心配で連絡をしたのだろうか。


「レオってリナリアと連絡取り合うほど仲良かったけ?」


 同い年という共通点はあるが、リナリアは臆病で孤児院のみんなとの関わりは一番薄いと記憶している。

 それにリナリアは男性恐怖症を克服したのに今度は男嫌いになっているとウォルから聞いていた。


「えと、アリスが!アリスがリナリアから聞いたって言ってたんだって!!」

「ウォル」

「……知らねえよ。俺もアリスから聞いたんだ。それにリナリアもアリスと面識はある。アリスも俺が動けない間に色んなところ走り回ったみたいだから、可能性はあるだろ」


 レオもウォルのフォローに安心したような顔をする。少々腑に落ちないがそういうことにしておこうとフィーは思った。


「……でも、なんでまた教会なんて」

「そんなことより僕思ったんだけどさ――」

「見つけた」

『!?』


 声のする方向へ振り向けば、真っ白な服をまとう女性が一人ぽつんと立っていた。

 気配もなしに突然現れた人間にウォルはフィーを背中に隠し、レオは足元に魔力を纏い逃げる構えをする。

 先ほどまで部屋にいたかのような薄着。しかも足元は裸足という恰好はどこか神秘的にも見えるがこの空間では不気味な異質さも感じた。


「突然ごめんなさい。ワタシは、あなた方に敵意はありません」

「は――?」



―――


///

 先ほどまで普通に会話していたのに不自然に眠りについたフィラデルフィアを見て自分は真っ先に自分に背を向けている妻を問いただした。


「カティー、彼女に何をしたの」

「見ての通りです」

「なら、眠らせて何をする気?」

「彼女を教会へ送ります」

「カトレア」


『兄上の子供が、悪魔の子だと言われ惨い扱いを受けていました……ただでさえ体が弱いのに、種族で差別をし、不当な扱いをする教会を許さない……!!』


 しばらくして枢機卿が子供を保護下において彼女の怒りも収まったかと思っていた。

 しかし彼女の教会への殺意は消えていなかった。


「数年会っていませんでしたが、フィーは私にとって友人だと思っています。ですが、今回私は彼女を利用する」

「それは彼女の護衛をする身として許せないよ」


 こうして自分と妻の意見が対立するのは初めてだった。

 彼女はすっとその場から立ち上がると、今も眠るフィーをそのままに東屋から池をまたぐ桟橋の上を歩いた。

 その時の彼女の横顔は、怒りに震えた表情ではなく、自分と出会ったばかりの頃よりもごっそりと感情の抜け落ちた冷たい氷の様に凍り付いた顔をしており、復讐心を抱えていたことが分かった。


「カトレア、落ち着いて話をしよう」

「一体なんの話でしょう。私はずっと冷静ですのに」


 自分の問いかけもあしらわれる。歩みを止める為に彼女の腕を掴むが振り払われ、躊躇なく拒絶されてしまった。彼女は本気だ。


「旦那様。私はこれでも、あなたにはとても感謝しているのですよ」

「分かっているなら!!」

「ですが、それとこれとは話が別です」


 ようやく足を止めて振り向いたと思えば「こんな話を聞きましたの」と話を切り出す。


「『マグノリア一世は二人いて、私たちが知っている枢機卿は人造人間である』」

「それがどうしたの」


 彼が公言している魔法が本当なら一人で人間を作る芸当も可能だろう。


「もし枢機卿の魔法が、生きていた人間を乗っ取ることで成り立つものであるとすれば、彼が自身の後継者、または傀儡の王として立たせようとしているあの子たちの命が危ない」

「それは君の憶測だろう?僕がその証拠を探してやるから――」

「私はそれを自分の目で確かめたいの」


 どうやって。と聞こうとして、真っ先に思い至ったやり方をオルキデアが説明しだした。


「フィラデルフィアを連れてきた時の反応、そして処刑に追い込み、彼女をわざと暴走させた時の周りの反応を見ます。処刑方法は火刑です。

 それに、年齢を理由にすぐ彼を引き取ることをしなかった彼女に鉄槌を下すことも出来て一石二鳥です」

「さっき彼女を死なせないって言ったよね?」

「あれくらいの炎で焼かれ死んだら、女神も復活するするでしょう。教会も女神が復活出来て大喜びではなくて?」


 さっきから会話の内容が滅茶苦茶だ。


「既にターゲス・シュヴァリエの敵は賛成しております。たとえその告発が噓だと分かっていても」


 もうそこまで手を回していたことに頭を抱える。


「教会は国を見限り、中立国に所属する組織でありながら大陸国と次々と同盟を組み、利益ばかりを追求した。

 そうして我が道を歩んだ結果、人の命を蔑ろにするという、女神の意志に反する行いをした。もうどうしようもないと思いませんか?」

「だからと言って、君一人でそんな強大な組織を壊滅することができると思ってるの?」

「フィーが学院を卒業するまであと二年。それまでにあの子たちは生きていると確証できるのでしょうか」

「君がそうやって出しゃばるのは君自身も死に行くのと同じだって言ってるんだよ!」


 ふっと彼女の表情が緩む。


「――貴方のその顔を見る時は、いつも私が危険を冒そうとする時でしたね」

「分かっているなら!!」

「『我にその力を貸し、我らが母の元に還り給え』」


 一瞬で辺りが冷気に満ち溢れ、凛とした音と自分の肉が突き破られる音が響く。

 オルキデアの心臓。魔力核の機能を封じていた拘束が解除された瞬間、自分の胴を氷柱で貫かれていた。


「か、ハぁっ……!?」

「カレンデュラ伯爵が開発した魔術を改良したものを学院から取り寄せましたの。手に入れるのは容易かった」


 彼女の手に持っているのは、自分の魔力を抽出した魔石だった。

 己の危機管理能力が彼女に対して大分失われていたことを恥じる。

 そんな身動きが取れない自分に近寄り、彼女は自分の耳元に唇を寄せた。


「―――――――――――――――。――――――――――――――――――」


 身勝手な言葉だった。囁かれた言葉に反論する前に自分の喀血が、彼女が気に入っていたドレスを赤く汚してしまう。

 周囲の冷気と怪我の出血量で脳に送られる酸素量が少なくなっていく。眩暈と共に視界が霞んでいく中、オルキデアは自分に口付けた。


「愛してるわ、アリス」


 それを言うくらいなら、自分を殺さない方法で僕を利用して欲しかった。

 伝える前に自分の意識はプツンと切れた。


///



 ぞろぞろと会議室から大勢の人間が出ていく中、クライアンだけは一番後方の席に座ったまま眉間に皺を寄せていた。


「ハイドランジア中尉。本官らは片付けが終わったのでこのまま撤収いたしますが……」

「……すまない。今出て行く」


 会議の準備を行っていた者達に恐る恐る促される形で会議室を後にする。

 指令局の本部が爆破されてしまってからというもの、第二部隊が本部の部屋や設備を貸すことになった。

 しかし指令局も一枚岩ではない。部門によっては王都から離れた拠点にいたりするので、指令局自体の損害は案外小さかったりする。



 第二部隊にある大会議室では、先ほどまで上層部の関係者を交えた会議が行われ、最新の情報が各所から開示さた。


 指令局では局長である元帥の死亡が確認され、これまで連絡が取れなかった陸軍と呼ばれる第四部隊は、本部が何者かによる毒ガス噴射で大隊長を含む指揮権を持つ士官・将校の大半が意識不明の重体となった。


 ロータス家の調査は一通り完了したが、現場の魔力の痕跡と血痕の状態。そして記録されていた映像に偽装の痕跡がないことからロータス家当主は当主の妻であるオルキデアの手によって刺されたことは確実。

 遺体はその後やってきた正体不明の黒服の集団数人がオルキデアの指示で運び出したようだが、本人は既に死亡しているだろうと判断された。


 海上では大陸の方から戦艦が来ており、掲げている国旗から大陸の国だと判断されたが、来国の連絡が無かったため、議員を含めた文官達が大陸国への連絡を試みている最中。

 しかしそれが教会の差し金であるならば宣戦布告の通り、教会はこの国を潰しにかかろうとしていることが伺えた。


 このまま戦いが始まれば今度は大陸国との戦争になりかねない。実戦経験のある人間のほとんどは第一部隊に流され、地方の憲兵などの警備に回っているため、もしもの時はターゲス大将の指令一つで動かすことは可能だろうが、皆が地方へ散り散りになっているし、そもそも数が少ないため戦力が足りない。

 この状況でターゲスが謹慎中であるというのは、側近兵であるクライアンにとって歯がゆく思えた。


 だが各所の報告が終わった頃、海軍を担当する第五部隊大隊長のウィリアム・バターカップ中将がとんでもない爆弾を落とした。


『ところで、本日ヴィスコ大将の娘が教会で裁判が行われるという話を聞いたのだが』


 当時一番後ろの席に座っていたクライアンはそんな初耳な情報に目を見開いた。

 周囲の人間も動揺を隠せていなかったが、それを鎮めたのはアコナイトだった。


『彼女はオルキデア夫人が連れ去ったと見て間違いない。フィラデルフィア少女は既に()()()が保護している』

『神聖な場を荒らしたというのか!?』

『裁判の証言及び証拠は虚偽のモノだと裏どりが取れています。裁判で証言をした者たちの身元は現在調べている最中ですが、彼女も学院では人望があるようで、処刑の場ではフィラデルフィア少女の友人が嘘だと訴えていたという報告も受けている。

 それに神聖な場で虚偽の罪に問われていることの方が問題では?』


 大隊長としてバターカップ中将の近くに座っていたアコナイトの一言で自体は収拾し、教会への不信を上層部全体に煽ることが出来た。


 だがフィラデルフィアが保護したのはアコナイトの部下ではないだろうとクライアンは推測する。


 昨晩、謹慎中のはずだったドックウッド、もといウォルファング・ヴィスコ上等兵の脱走が巡回していた監視によって発覚した。

 隊員たちの聴取においても(約二名ほど怪しい人間は居るが)全員知らぬ存ぜぬの一点張り。

 トイレや建物の外には不自然に魔力の痕跡が消えている個所があったため、軍の外部か内部かどちらかの協力者がいたと見て間違いない。

 脱走に成功して一夜明けた後だ。ドックウッドが彼女を連れだしたのだろう。しかしオルキデアがわざわざ彼女を教会へ誘拐し、処刑にまで追い込んだ理由が分からない。


「や、クリス。数日ぶり」


 突然自分の後ろから声をかけられたクライアンは振り向いた。だがそこには誰もいない廊下が続いているだけで、「ごめん。今は姿を見せられない」と丁度真正面から声だけが聞こえた。姿隠しのマントでも着用しているのだろうか。


「僕の生存を知るは君と隊長だけにしてほしい。案内してくれないか」


 その言葉に自分は無言で正面に向き直し、執務室へ足を向けた。


「……お前は、どちら側だ」

「どっちだろうね。でも国を裏切ることはしないと誓う」


 声だけでは彼の感情を把握することはできなかった。

 アコナイトの執務室のドアを開くと、既に戦闘服姿に着替えた状態で椅子に座っていたアコナイトがその場から出迎えた。


「遅かったですね。クラ……ハイドランジア中尉」


 クライアンを見たアコナイトは一瞬目を見開き、「堂々と痴れ者を連れて来たな」と言わんばかりの目でクライアンを睨みつけていた。

 後ろでは見えない誰かが「やっぱりね」と肩をすくめる素振りをする気配がした。

 アコナイトは魔力の探知能力が高く勘が鋭いため、その人間の魔力量を一瞬で見極めることが出来た。一目でクライアンの近くにある魔力や気配で見えない誰かがいることを察知したのだろう。


「第一に連絡をするため、水晶を借りたいのですが」

「分かりました。私も同席しましょう」


 適当な理由を付けて人払いを済ませた執務室で、ようやく正体を現したのは死亡したと思われていたアリックスだった。



―――



「いつになったら目的地に着くんだ」

「……」


 先を歩き先導する男のつかみどころのなさにロイクはため息を吐く。

 五月になっても未だちらほらと木の影に雪が残るこの山脈は、標高も高い分空気もやや薄くとても澄んでおり、樹木や大地から発せられる自然の魔力が多く満ち満ちていた。


 ロイクがこんな険しい山道を歩くことになったのは、四日前に教会の使者を名乗る四人組が孤児院に来た時だった。


『この世では初めまして。儂のことはクローバーと呼んでほしい』


 見た目にそぐわない独特な口調で話す女性は、本体をモチーフにした思念体(ダミー)だった。

 来訪してきた四人中三人は思念体の護衛の為に造られた人形で、誰一人生身の人間が居なかった。その思念体の本体はとある事情によりシャトーバニラの本殿から出られないらしく、思念体を送ったのだという。

 思念体の顔などの特徴は今思い出そうとしても思い出すことが出来ないのは相手が思念体だったからだろうか。


『無礼を承知で頼みがある。お前様の足で旧本殿に来てほしい』

『は?』


 そして現在はこの男の人族をモチーフした人形に案内されるがまま、教会の旧本殿に向かっている。


「この峠を越えれば道が開け、カルデラ湖がある山が見えてきます。その山を超えれば旧本殿です」

「湖か……」


 大昔竜が作ったとされるこの島にも火山がある。女神とその夫が過ごした数百年は島中のどこの山も噴火したことはなかったが、女神の死後その火山は何十回と噴火と休止を繰り返したという記録がある。


 メイラ北部の中央には短い山脈があり、その山脈を超えた場所にプランツ教の旧本殿跡がある。

 かつて枢機卿が拠点を旧王都であるシャトーバニラへ移動する以前はこの北部の山奥にあった。

 旧本殿の建物は管理が出来ないという理由で既に取り壊しているが、女神が夫と過ごした場所から近いということでその周辺は未だ教会の管理下に置かれているらしい。


「この土地も六千年で大分変わりました」

「……それはお前自身の記憶か?」


 「主の記憶です」と付け足す。この人形にも薄らとだが感情が存在するらしいということだけはわかった。

 硫黄の匂いを微かに感じる中、見えてきた湖は火山活動の影響か周辺の木々は全て無くなってた。


「ここは」

「神殿を取り壊した後に建てたものです」


 孤児院よりも小さい邸に案内され、応接室のような場所に入る。そこで待っていたのは思念体の女だ。

 切れ長で赤い瞳をもつ女だった。年齢は二十歳手前くらいだろうか。

 他の女型の人形たちの様に神殿の巫女のような恰好をしているが、髪を隠すベールを被らず長いウェーブのある黒髪を惜しげもなく晒していた。

 本体は教会の本殿にいると言っていたが、それを遠隔で操作できるなんて相当な魔力量を持っているようだ。


「その肉体は人形か」

「精巧に作られているだろう。思念体とは違い記憶が朧気にはならないはずだ」

「それで、名前を偽ってまで俺を呼んだ理由はなんだ。■■■■」


 名前を呼ぶと、「懐かしいですね。その名前は」と困ったような笑顔を浮かべた。


会議中アコナイトは露出の高い戦闘服ではなく、普通の軍服を着用してます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ