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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第四章 我が鎖
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5.真実と事実と嘘


 先生の姿を見つけ、ボクはすぐに飛びついた。


「せんせい!」

「おや、ミスルトゥ。いけませんよ廊下を走っては」


 やれやれと言いながらボクを抱きかかえて頭を撫でてくれる先生はとても優しい。

 サイネリアが一日一個だと言うお菓子を先生はこっそり分け与えてくれる。

 ボクが雷で眠れない夜は隣で子守唄を歌い、抱きしめてくれる。

 自分の見た目が悪魔のようだという大人達からボクを助けてくれた。


「きょうも、サイネリア、とがにんのところにいったんだよ」


 そんなサイネリアは毎日いろんなことを魔法で伝える。

 だけど伝えるだけじゃなく偉そうに、「お菓子は一日一個」「廊下は走ってはいけない」「食事中音を立ててはいけない」「夜更かしをするな」とすごく口うるさいく言ってくる。

 自分は魔法をたくさん使うくせに、ボクが魔法を使って大きくなったボクを見るのが嫌だという。

 サイネリアの魔法はたくさんの使い方があるけど、ボクの魔法は身体を大きくしたり小さくしたりすることしか出来ないからずるい。


「そうですか……彼女も好奇心が旺盛だ。知りたがりなのは良いことですが、後でお説教をしなくては」


 先生はお説教するって言うけど、先生はサイネリアにも優しいからサイネリアは言うことを聞かない。

 そんな二人は何だかボクには分からない二人だけにしか知らないような、入り込めない雰囲気があるから二人が話をしているところを見るのはなんだか怖かった。


 だけどやっぱり先生は神様みたいな人だ。ボクをぶってくる大人たち救ってくれた。混血が原因で治せなかった病を治してくれた。名前を与えてくれた。


「そういえば、ミスルトゥ。先日、あなたのお母さんを見つけることが出来ました」

「えっ!?」


 ずっと悪魔の子だと呼ばれてた自分にも親がいた。

 だけど先生は悲しそうな顔をしている。


「ミスルトゥの母親は咎人です。処刑しなくてはいけません」

「え……?」

「いいですかミスルトゥ。あなたやサイネリアがいた孤児院は、身よりのない子供達が集まる場所です。たいていはすでに親がこの世におりません」

「はい」


 ボクや孤児院のみんな、サイネリアにも親がいない。それがどういう意味なのかは分からないけど、それがずっと当たり前だし、気にしたこともなかった。

 でもボクのお母さんは生きていて、でも咎人だから処刑しないといけないらしい。


「ですがあなたの母親は、身勝手な理由でまだ赤子だったあなたを捨てました。結果あなたは守られず孤児院で酷い仕打ちを受けた。守るべき子供を放置した。それは罪です。女神の意志に反する。なので処刑します」

「はい」


 お母さんがボクを捨てたことはボクにとってどうでもいい。だけど先生がひどい人だと言うならボクのお母さんはひどい人なんだろう。

 大人達はそんなボクを悪魔の子だと言ってたくさんぶってきたのは本当のことだから。


「ですが問題はサイネリアです」

「どうして?」


 どうしてここでサイネリアが出てくるんだろう。もしかしてサイネリアはもうボクのお母さんに会ったのだろうか。


「サイネリアの父親の話は覚えてますね」

「はい。モス=オーキッドです。たくさんのひとをころした、わるいひとだ」


 これは先生から教えてくれたことだ。

 サイネリアからたくさんのことを魔法で伝えてくれるけど、そうでないことは先生が教えてくれる。

 花冠の作り方、庭や花壇にいる虫の名前は先生が教えてくれたことだ。


「よろしい。ですがそのモス=オーキッドの妹、カトレア=オルキデアがサイネリアを騙し、教会を壊滅させようとしています」

「え?」


 サイネリアは人の心が読める。前にサイネリアが大切にしてた人形を壊したことを隠したら、サイネリアにばれてしまった。

 サイネリアは何でもお見通しだから、嘘は付けないのだ。


「オルキデアは人を手玉に取る天才です。サイネリアも自分の叔母を信じ切っているのです」

「サイネリアはどうなるの」

「サイネリアは心を読めますが、人を攻撃することはできません。そんなサイネリアを守るのがあなたの使命です。ミスルトゥ。明日の裁きで軍も動くでしょうから、明日は二人一緒に部屋で過ごしてください」

「はい!」



―――



 深夜、消灯し寝静まった部屋の中で待機していると、スケイルからの合図で部屋の外に出たウォルは、同時に部屋から出てきたスケイルの指示通り唯一見張りの居ないトイレに足を踏み入れた。


「あとは頼んだ。ドックウッド」


 スケイルに背中を押された途端、突然足元に現れた黒い穴に落ちてしまい、気付いた時には建物の外、というか王都の北側の城壁の外だった。


「……っ、てぇ……」

「え、ウォル?」

「は?……レオ!?何でここに!?」


 穴に落ちたかと思えば、同じ孤児院出身のレオが目の前にいた。

 今は黒い服にフードを被り黒い布で鼻と口を被っているが、ウォルの嗅覚は間違いなくレオだと訴えている。

 まさかの再会にウォルは困惑していたが、レオが人差し指を前に立てた。


「しー、うるさい。僕は影に引っかかった人を連れて来いって言われたんだよ。……ウォルもなんか言われて来たんでしょ」


 まさかスケイルの言っていた外部の味方がレオなのだろうか。しかしどういう繋がりでアリックスに関わるのか、そもそもアリックスと繋がりがあるのかどうかも不明だ。

 しかしレオは孤児院を出て間もない。一年程度だが自分への情は多かれ少なかれあるだろうしレオから直接殺される可能性は低いだろう。


「分かった。俺を連れてってくれ」


 頷くとレオは魔法で足元の影を拡張し、自分をここに入るよう促した。影を伝い拠点に戻るのだという。

 魔法の使い方がクライアンと似ているが、影を伝って移動しないといけないためショートカット出来ない分クライアンの魔法の方が便利な気がする。


 影の中に入ると、外の景色が断片しか見えない分、大きな映像を表示させるディスプレイの前で自分たちが宙に浮いているように感じた。


「レオの依頼主ってどんな奴」

「……それはわかんないけど、わざわざここに忍び込ませるくらいだし、軍の関係者じゃないの?仲間は兎族。あとはわかんない」


 兎族と聞いてアリックスを連想するが直結するのは安直だろうか。相手は女のようだし。

 突然浮遊間を感じたと思えばどこかの部屋の床に落ちていた。


「ハーイ、ご苦労様レオ君。まさかスケイルが選んだのが彼だったとはね」

「アンタ僕の身元知ってんだろ!ウォルが来るって言うなら最初から言えって!」


 緑色のゴーグルが印象的な女が目の前に現れた。

 長く濃い灰色の髪をした兎族のようだが、彼女がレオの仲間だろうか。

 振る舞いや言動から女性と判断したが女性にしては背が高く、深緑色のマントを身に着けているせいか体型も武器を所持しているのかすら分からなかった。


「アンタじゃない。カ・リ・ン。てかアタシも誰になるか分かんないって言ったじゃん。それが偶然レオ君の同郷だったってだけでしょ」


 一瞬気が緩んだがウォルは女に対して警戒し身構える。生憎今の自分は丸腰だ。逃げる場所を確認しようにも地下なのか、部屋の隅に階段が一つあるだけなので塞がれたら終わりである。

 しかしそんな警戒する自分に対して相手は口角を上げる。


「じゃあ二人に種明かししよっか。アタシの名前はカリン。ペットの捜索、浮気調査、に害虫駆除なんでもござれ!っていう何でも屋の従業員です!」

「ウォルファング・ヴィスコだ」

「つまんなーい、自己紹介短すぎ」

「知るか。どうせ俺の名前知ってたんだろ」

「まぁそうだけど」


 もうちょっとノッてくれると思ってたのにと残念そうな素振りをするが、レオの顔を見る限り流すのが一番なのだろう。


「しっかたないなー。茶番はここまでかな」


 ゴーグルを外すと露わになったピンク色の瞳と顔にウォルは目を見開いた。すると端から徐々に色が変化していき、その正体があきらかになっていった。

 外したゴーグルは魔術道具だったようだ。若干焼けた小麦色の肌は更に白くなり、灰色の髪は白髪に変わり、長さも短くなっていった。

 そして最後にマントを外し、私軍で見かける傭兵姿になると目元にピースを構えた。


「じゃーん!ロータスの白兎。アリスでしたー!」

「アリス!」

「二日ぶりだねウォルファング。謹慎室の居心地はどうだった?」

「どうだったじゃねえんだよ!フィーをどこへやった!?」

「うわ開口一番、上官じゃなくてフィーの心配って」


 ふざけんな。フィーを最後に護衛していたのはお前だっただろうが。この状況でも軽薄な態度を取る上司の肩を掴みぐらぐらと揺らすが、そんな自分達を前に今度はレオが困惑していた。


「え、どういうこと?カリンが、男?偽物ってこと?僕の給料はどうなるの!?」


 様子を見る限りアリックスの正体も知らなかったのだろう。困惑するのも無理もない。「順に説明しようか」とアリックスは切り出しては、部屋に置いてあったソファーに腰かけた。


「まず、僕の名前はアレクサンダー=アリス・フォン・ロータス。アリスでいいよ」

「貴族だよな……どう接したらいいのか分からないんだけど」

「ごめんね、見た目も名前も目立つから正体は隠してたんだ。多少の演技はしてたけど、どちらも僕だよ」


 変装時の格好は元の容姿から離れているが、元の顔も目立つだろうが。


「レオ君の所属してる店は僕の知り合いが経営しててね。僕もカリンとして一応籍はおいてるの。何かあった時の顔用にね」

「……へ、へぇ」

「ちなみに君がやってた仕事は僕からの依頼だけど、依頼料は払ってるから給料は心配しなくていいよ。今日の分も含めてね」


 レオは分かりやすく安堵していたが、その店絶対アリックスの縁者が営んでる限りなくブラックに近いグレーな店だろう。


「つまりレオはアリスのパシリだったわけ?」

「いや?レオ君が最近までしてたのはカレンデュラ領にある支部での手伝いだね」

「ウイエヴィルだよ」

「そこにも店を出してたのか……!?」


 よくロイク(協会)の目をかいくぐったものである。


「あっちもそこそこ繁盛してるみたいよ?薪割りに、掃除に、照明用の魔石の交換に、雑用諸々を平民向けの格安と質で請け負うの。レオ君は元々カレンデュラの孤児院出身だからみんなと打ち解けるの早かったみたいだし」

「本当に何でもやるのな……」

「ねー」


 お前は仮でもそこの従業員だろうが。しかもその店を仕切っている大元はお前ではないのかと視線を寄越すが、アリックスは白々しく首を傾げるだけだった。


「もともとカレンデュラ領に滞在するのも、カレンデュラ家のお婆さんが亡くなるまでって条件だったから今回は長期出張って感じかな」

「おかげで僕の店でやってる普通の業務知れた」

「レオ、自分がやってること普通じゃないって分かってたんだな」


 とりあえずこの少年が早死にしないことをウォルは内心祈ったのだった。


「それで、今度はどうしてウォルファングがここにいるのかっていうと、彼は現在不当な理由で謹慎されてた」

「元はと言えばお前のせいだけどな?」

「それはごめんね?」


 心の無い軽い謝罪にウォルは白い目を向けるが、「他のみんなはクライアンが第二と協力して無実を証明してくれるはずだよ」と付け足す。


「僕はとある理由で軍の中を動けない。軍にも僕の敵はそれなりにいるから内部の協力者が必要だった。それでレオ君に今回頼んだのは『僕の部下を連れてくること』だった」

「レオの魔法か……」

「そ、レオ君の魔法はなんやかんや便利なんだよね」

「でも敷地に入るの大変だったんだからな!?」


 レオの魔法は夜になれば強力になるが、光に弱い。夜間は常に監視の為に光が灯されていたため、光の当たらない場所を伝って辿り着いたのだろう。

 しかしよく道に迷わず来れたものである。


「というわけ。レオ君はもう休んで良いよ。あとはウォルファングと話がある」

「もう終わり?」

「明日もまた動いてもらうよ。だからゆっくり休みな」

「……分かった」


 不満そうな顔になったが、仲間外れにされた気分なのだろう。だが察したレオはそれも飲み込み階段を上がって部屋から去っていったのだった。


「……」

「…………さて、――」


 無言の時間。アリックスは盗聴させないようその場で自分達の周りに魔法を施す。

 この男にかかれば一瞬で終わるはずの作業がゆったりとしたその一つ一つの所作のせいで長く感じる。


「どこからどう話そうか……」


 アリックスのその言い方は、事実を言いよどんでいるわけでもなく、自分への言い訳をあぐねているわけでもなかった。

 義姉が行方不明である自分の部下が、事実を知りたがっていることはよく分かっているはずだ。

 だけどその甘い顔に似合わない気難しい顔は、どこか戸惑いが見え隠れしているように見えた。



―――



『彼女を教会へ送ります』


『フィラデルフィアを連れてきた時の反応、そして処刑に追い込み、彼女をわざと暴走させた時の周りの反応を見ます。処刑方法は火刑です。

 それに、年齢を理由に彼を引き取ることをしなかった彼女に鉄槌を下すことも出来て一石二鳥です』


『あれくらいの炎で焼かれ死んだら、女神も復活するするでしょう。教会も女神が復活出来て大喜びではなくて?』


『愛してるわ、アリス』


 妻との会話を何度も思い出す。

 結局なぜ自分が生きているのかは分からなかった。

 ただ気付いた時には教会の霊安室の中で眠っていたので、死んでいたことは本当なのだろう。刺された個所に穴が開いた血まみれの軍服も着用したままだったし。


「どういうことだよ……」

「そんなの僕が知りたいよ」


 自分が妻、もといオルキデアと決別した経緯やその後の自分がここまで来た経緯を目の前の部下に説明すれば部下は頭を抱えてたが正直自分が一番分からない。


『俺が聞きたいことは四つ。お前がどうして死んだことになったのか。スケイル先輩と連絡取った経緯。フィーが何故行方不明になったのか、そして現在のフィーの居場所だ』


 殴られる覚悟で説明に挑んだが、全て聞き終えれば彼も「お前が囮として利用するつもりでフィーを誘拐してたなら殴ってた」と抑えてくれた。

 守れなかったことについては許していないようだが、これは自分の失態なので本当は殴られても仕方ないのだけれど。


 しかし自分はあの時確実に死んでいたし、気付いた時には教会の霊安室の中だった。

 死んだ人間を生き返らせるような芸当ができる人間に心当たりが無くもないが、その者がなぜ自分を生かしたのかその理由が分からない。

 その者がオルキデアの企みが分かっているのなら、彼女の命が危ないのは確実。一刻も早く止めたいが、現在自分の手持ちのカードは非常に少ない。


「それで、隊の中で知ってるのはジル先輩とスケイル先輩。そんな状況でフィーは明日冤罪で処刑されんのかよ」

「日付変わったから、今日なんだけど」

「もうそんな時間か……」

「今頃あっちも大騒ぎかもね」


 ドックウッドが謹慎室から脱走して三十分。既にドックウッドが行方不明であることがバレている可能性が高い。身代わりを用意していなかった時点で予想の範囲内である。


「とまぁ、オルキデアが大分荒らしたのもあって貴族と教会は結託してるよ。ターゲス大隊長を陥れるつもりでさ。だからアコナイトとクライアンがターゲス大将のために頑張ってる。クライアンは人質取られて脅されたようなものだけど」

「人質……?」

「クライアン、婚約者いるんだよ」

「はぁ!?いつの間に!?聞いたことねえよ!?」


 僕が勝手に言ってるだけだけど。


「第一部隊で知ってるのは僕と大将だけだよ。アコナイトはクライアンを第二部隊に出向させてクライアンにフィーの安否と僕の生存確認をさせようとしてる」

「それなら第二と連携してやればいいだろ。なんで出向なんて……」

「クライアンはターゲス大将の筆頭側近。色々表立って動いたら大将にも迷惑がかかるって思っただろうね。

 婚約者についても人質って言ったけど本当は身柄の保護も兼ねてる」

「関係のない他人まで殺すのか……!?」

「関係なくはないけど……それだけみんな命がけなの。しかも大陸の方から軍隊が来るって情報もある。その意味わかる?」

「……!」


 フィラデルフィアの処刑を皮切りにまたこの国では内乱が起こる。これは彼女の生死問わず決定事項だ。教会はこの島を丸ごと教会の聖地とした国家を築こうとしている。

 また身近にいる誰かが死ぬ未来が来ることを自覚しろドックウッド。


「……フィーから、人を殺して欲しくないって言われてる。でもそれはアイツの甘ったれた願望だ。俺だってやる時にはやる」

「よし、その調子だ」


 手の震えがなければ完璧だったのにとは思うが、さすがに武者震いを指摘されたくないだろうから黙っておく。


「ていうか……なんでクライアンさんが第二に行ったこと知ってるんだよ」

「教会から逃げたあと軍の本部にも忍び込んでてね。アコナイトが持ってる盗聴防止の魔術道具から盗聴した」

「……盗聴防止の意味」

「盗聴は僕の得意分野の一つだよ」


 その他にもいくつかドックウッドに状況の様子や情報を淡々と伝えていけば、驚愕しながらも彼はそれらを全て飲み込んでくれた。

 自分とドックウッドと共有した結果、分かった時系列は以下だ。


5月10日

10時頃

 ・フィーがオルキデアに薬を盛られる。

 ・アリックス、オルキデアに殺される。

13時頃

 ・陸軍の隊員の魔力暴発によって軍の指令局が爆破される。

 ・教会より宣戦布告の通達。

 ・ターゲスは第一部隊の指揮権を放棄。

 ・アリックスが死亡したことで指揮は一時的にクライアンに移るが、第三小隊の全員が謹慎される。


5月11日

10時前

 ・目が覚めたアリックスは教会から逃亡。

 ・オルキデア、枢機卿との対話でフィーの処刑日時を確認。

11時頃

 ・アコナイト、クライアンを第二部隊へ引き抜く。

昼頃

 ・ウォル、ジルベールから脱出させると伝える。

23時過ぎ

 ・ウォルファング、レオの魔法で謹慎部屋から脱出。

 ⇒その後アリックスと合流する。



「じゃあ、俺らは早速フィーを」

「何言ってるの。処刑間際まで泳がせるよ」

「はぁ!?」

「フィーが表に出るのは処刑間際だ。それ以前は監視も多いから連れ出して逃げるのも難しい。それに今何時だと思ってるの。大人も寝る時間だよ」

「俺、今晩は長丁場になると思ってたんだけど……」

「それは残念だったね」


 それに自分も心の整理がしたいし。



―――



 罪人のいない裁判が始まる。

 発言も出来ない鉄格子の扉の向こう側で自分は口を封じられた状態でその裁判の内容を見ていた。

 壁の向こう側では本人の身に覚えのない罪が着せられていて、本人が知らない人間たちが証人として証言台に立てばさも自分が被害に遭ったような大根演技を披露しており、むしろ滑稽に思えた。

 中には見覚えのある人もいたがその人とはあまりいい思い出が無く、むしろ敵対視されていたような気もする。

 自分を擁護する人はあの中にはどこにもいなかった。


「罪人、フィラデルフィア・ヴィスコを火刑に処す」


 判決を言い渡され、自分はようやく鉄格子から解放される。

 縄で繋がれ連れてこられた場所は、外にある教会の処刑場のような広場で、広場の中心には自分を括り付けるのだろう太い鉄杭が立っていた。


 火刑と言われたが自分は本当に殺されるのだろうか。自分は女神だと言われたことはあれど、名乗ったことはない。

 この広場で大勢の教会の人間と、多種多様な人間が集まっていた。中には貴族や学院で見かけたことがある人間もちらほらとこちらの様子を見ていた。世間一般では平日だろうに。

 しかしどこを見渡してもオルキデアの姿は見当たらなかった。


 自分は鉄杭の前まで連れてこられるとその場で両膝を付かれ、執行人が自分の行った嘘の罪状を広場にいる民衆たちに声高らかに伝えると、それを真実だと信じ込む彼らは自分に対して男たらしだとか、尻軽女だとか、自分に罵詈雑言を飛ばしてくる。

 執行人の近くに立っていた水色の髪をした性別不詳の人間が前に出ると、騒いでいた民衆たちも一気に静まり返った。


「罪人よ。何か言い残すことは?」


 自分の前に立ちこちらに問いかける。格好からして教会の幹部だろうか。


「何言っても無駄でしょう。だって、私が言ったことは全て『嘘』になるんだから」

「なるほど。己の罪を認めましたか」

「いいえ」


 自分の否定に辺りがざわつく。


「………判決は決まりましたが、汝個人の言い訳の一つくらいは聞きましょうか」

「猊下!」


 執行人が止めるが「彼女は拘束されている。抵抗しても無意味でしょう」と執行人を宥めた。猊下と呼ばれた彼がこの教会の枢機卿であることに目を見開く。

 そんな枢機卿は自分に向き直し「では、己の罪を認めない理由は?」と問いかける。


「……私は平民です。ですが三年前の事件こともあり、毎日護衛が代わる代わるついていました。彼らは私自身の監視も任務に含まれている。私の行動全てを記録しているはずです。

 証言台に立った元護衛も私を護衛したのはほんの三、四回程度。彼よりももっと長い期間私を守ってくれた方は大勢いました。彼らが証言台に立たなかったのはどうしてでしょう」


 また大衆はざわつき始める。三年前の事件で自分の存在が国中に広まったのだから、オーキッドの被害者として知っている人間は多いだろう。

 それに学院の関係者たちは自分が大抵二人の軍人と共に行動していたことをよく知っているはずだ。裁判の様子が公になっていたのかどうかは不明だが、そんな身近にいる人間が証人として立っていない不自然さを訴えれば事情を何も知らない民衆は、教会への不信さを募るはず。


「……その護衛らから多くの品を受け取ったと聞いてますが?」

「それなら尚更私の家族に聞けばいいでしょう?どうせ私の言葉は貴方がたからすれば全て嘘になる。それとも、嘘吐きの身内は全員嘘吐きになるから呼ばれなかったの?」

「言葉を慎め!」

「っ……!!」


 激怒した執行人が無抵抗な自分を蹴り飛ばしては地面に転がした。


「なんだ、あの翼は!?」

「まるで魔物のようだ……」


 気が抜けてしまい、これまで魔力で仕舞っていた自分の翼が大きく開かれた。すると周囲がどよめく声と共に「化け物だ」という声も聞こえてきた。

 翼のある種族なんていくらでもあるだろうに、こんなに自分の翼は異質なのだろうか。


「化けの皮を剥がしたか……!」


 しかし嘘を事実だと言って罪のない人間を殺す彼らの方が余程の化け物に感じる。

 執行人は腕をひいては無理矢理立たせ、大衆の面前に自分の翼を見せつけると鉄杭の方へ連れて行く。悪あがきはここまでか。


 すれ違いざま、枢機卿の姿を横目に見た。

 女神の神話のその後については孤児院でロイクから聞いていた。


 しかし女神とその夫の第一子であると聞いたのは王都に来てからだ。彼女のことは女神の記憶として覚えているし、力の使い方によっては長く生きることも出来るだろうと当時は納得していた。

 だから尚更自分に女神の記憶があるとあちらに知られれば、色んな意味で自分やロイクの身が危ないと思っていたのだ。

 だが一目見て分かった。目の前に居る枢機卿は女神が産んだ第一子本人ではない。


 自分の体が鉄杭に身体を鉄の鎖で縛り付けられる。

 民衆からの野次は徐々に再審の要求の声が上がっているが、聞く耳を持つ聖職者は誰一人いなかった。


「汝、女神の威光で浄化されるといい」


 その女神が一番嫌いだったのは人間と炎だったのに、女神を象徴するものが炎かと内心鼻で笑う。

 足元を覆うように藁の束が積まれると炎が点火された。一気に炎が燃え上がり、呼吸する度に自分の肺が焦げていく。


 魔法が封じられて使えないはずなのに、自分の心臓の中にある魔力がマグマのように煮え立ち、吹き零れそうだ。


「フィー!!」

「コス、モス……?」


 黒い烏の翼を広げ、頭上から飛んで現れたコスモスがこちらに向かって叫ぶ。


「フィラデルフィアが罪を犯すようなことをする訳ない!!」

「君!ここから離れなさい!!」

「この子の護衛が過保護なのは魔術の実験でやたら無茶をする彼女の為よ!!

 火傷をすればそこから鱗が現れるのも、時々両目が赤くなるのも、私も学院のみんなも知ってます!!

 フィー!!今まで貴女が翼を出せなかったのも、ずっと貴女の大切な人が貴女のために敢えて封じていたのでしょう!?」

「!?」

「この娘を捕えろ!!」

「っ離して!!フィーは竜の魔族よ!!竜が空を飛んでもおかしくない!!化け物なんて呼ばれる筋合いはどこにもないじゃない!!

 これ以上私の友達を侮辱しないでよ!!殺さないでよ!!」


 教会の傭兵達に捕まりながらもフィーの無実を訴えるコスモスにフィーの目から涙があふれる。


『女神が暴走しないことを証明しろ』


 ロイクの言葉が脳裏を過ぎる。自分が今ここで死んでしまえば自分の魔力核に封じられている女神の身体が解放されるのかもしれない。

 だが煙を吸い込みすぎたせいで女神が暴走する前に意識が遠くなりそうだ。


「『此の力、万物の元に帰り給え』」


 瞬間、自分の周囲で燃え広がっていた炎が一気に氷に変化した。熱せられていた鎖は急激な冷却で破損し拘束が解ける。

 こんな一度に大量の魔力を消費するような氷の魔法を使用できるなんて一人しかいない。

 だが空から落ちるように飛んで現れたのはフィーやその周囲にいる者達が想像していた人物とは全く違う人物だった。


「帰るぞ。フィー」

「遅いよウォル……!」


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