4.処刑まであと一日
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「これでよいのです。お前様にはその分、我らを守ってもらわなければ」
半竜の女は膨らんだ自分の腹の中にいる子供を撫でては愛おしそうに微笑み、自分の主はそんな女を心配そうな顔をしている。
どうせなぜ目の前の半竜がこんな目に遭わせなければならないのかと嘆いているのだろう。本人の意思で決めたのだから別にいいだろうに。
「ふふ、心配性ですね。たとえ妾の身が果てても、胎の子はお前様がいなければ生きていけないのですよ?」
自分の主は人間に触れることを恐れる。かぎ爪は相手を傷付け、この喉は一声上げればたちまち麓の村一帯を吹き飛ばしてしまうからだ。
だから主と人間の橋渡しをするために眷属である自分が生まれたのだが、主は普通に寂しそうだし、この人間は直接主へ歩み寄ってくる。
この様子では主が寂しがるような心配はないが、こうしてほほえましい光景を眺める度に自分は必要なのだろうかと時折疑問に思う。
「そうでなくとも、お前様の眷属がいるでしょう?彼は人の姿をしているではありませんか」
主はこの女の腹にいる子供に自分の力の一部を分け与えた。この島の平穏のためだ。
この女にも竜の血は混ざっている。その赤毛はまごうことなき主の友であった赤竜の子孫の証だ。飛べるかもわからない翼やかぎ爪。尻尾や角など竜の血が流れているのは見て分かったが、食事や排せつ、子供を孕む仕組みなど身体の作りは完全に人間よりだった。
たとえ竜の血が混ざっていようとも、竜の子を産む負担はとても大きい。だからその子供を出産する時にはこの女は死ぬだろう。
主はまともに触れることが出来ないのに、この赤子は本当に生きていけるのだろうかと心配しているのだ。
よそに預けることも考えたようだが、混ざりものの子供を普通の人間が受け入れるはずもない。
此奴は自由奔放で言うことを聞かない。任せることは出来ない。と主は訴える。
失礼な、自分はやる時にはやる男だ。
「そうですね……でも、この子は今の妾よりは身体が丈夫ですから。なんとかなるでしょう」
この女も納得しないでほしい。酷いものである。自分がどれだけ彼女に対して主の代わりに尽くしたか分かっていないのだろうか。
「でも楽しみですね。お前様の瞳は芽吹いたばかりの新緑のような色ですから、瞳の色は緑色になるのかしら。それとも、妾と同じ色になるのかしら?髪の色はどうなるのかしら」
主に似ることなんてありえない。がこれは口に出すのは野暮だろう。この二人の時間は残りわずかだ。放っておいて二人きりの時間を過ごさせるのも眷属の務めだ。
自分のやることは決まっている。この女の死後自分は胎の子を育て、主の死後、子供の命と引き換えに自分にその力を引き継ぐ。
この力は人間の手に余るのだ。いくらその子供に竜の血が混ざっていたとしても、この役目は人間に任せてはいけない。
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「何の夢だったんだ……」
午前の仕事が終わり、仮眠を取っていた午後。部屋のベッドから起き上がり、寝起きで重怠い身体をほぐした。
最近は妙な夢を見る機会が多い。フィアと再会してからだろうが。
そんなフィア達が王都に戻ってから一週間が経つ。早速募集した住み込みのベビーシッターは男女一人ずつ雇った。
両方とも17歳の若者らだが、人懐っこい子供から徐々に皆と打ち解けはじめているようでこちらとしては安心している。
協会に二人の身辺を確認したところ、二人とも両親以前の代からこの領地に住んでおり、身元も不可解な所が無いから問題ないようだ。
仕事においてはまだまだなところもあるが、それは追々学んでもらえればいいだろう。
がしゃーん
「うわぁ!?もも申し訳ありませんっ!!」
「またすっころんだの?」
「ドミニク兄ちゃんどんくさいにも程があるよ……」
「あはは……みんなは大丈夫?怪我してない?」
「ないよー」
「……」
遠くから聞こえる音とその会話に思わず眉間に皺が寄る。新人なので仕方ないが、確認する限りあの男は本日五回目の転倒である。
今はまだ自分の両親がいるので多少なんとかなっているが、今後のことを考えると先が思いやられる。
部屋から出ると丁度もう一人の新人がこちらにやってきた。先ほど声をあげたドミニクが人族だが、女はストックという狸の魔族だ。
「旦那様」
「さっきの音はドミニクか」
「また子供の玩具に引っかかって転びました。いい加減慣れて欲しいです。子供たちもおもちゃを廊下に広げるのはどうかと思いますが」
「手厳しいな」
彼女は基本しっかり者だが、自他ともに厳しい一面がある。今のところ叱るのは彼女で甘やかすのはドミニクの役目になっていた。
「それで、用件はなんだストック」
「教会の方がお見えになってます」
「協会?今日は来訪の予定も無いはずだが」
「あ、えっと、プランツ教の教会です。火急の用らしく、現在ガーベラさんが対応してますが、それでも先方は旦那様を、呼んで来い、と……」
彼女は自分の顔を伺いながら不安気な表情を浮かべながら語尾が弱々しくなった。一緒に付いて来ていた子供達も珍しく皆不安気な様子でこちらを見ている。
子供達を不安にさせてはいけないとは常に言いつけているのに情けない。
ストックには子供たちを全員中庭に集めるよう伝え、自分は応接室へ向かう。
(マーガレットの葬儀については滞りなく終わっている。寄付についても協会の方から毎月渡しているはず。……心当たりがないが、まさかな)
応接間の扉の前にはガーベラが立っておりその表情は険しい。
「……旦那様、こちらに」
幼馴染みの好で普段から砕けた口調で会話しているガーベラが畏まる。
ガーベラは部屋に促すふりをして先ほど書いたであろうメモをこちらに見せた。
『使いは4人来てる。全員丘の上の人じゃない』
領地外の人間が事前の許可なく街に入る際は門番からの質問などの審査があるのだが、その相手が教会の関係者の場合、その審査はどうしても緩くなる。
しかし火急の用で領地外の人間が先触れなしにここに来るなんて嫌な予感がする。アイコンタクトで子供達のことを託すと、彼女も頷きその場から離れた。
ガーベラが離れたのを確認し、ドアノブに手をかける。
「――待たせしまい申し訳ない」
仮面の笑みを貼り付け、お互いに思ってもいないだろう社交辞令を交わす。
何事も無ければいいのだが。
―――
男は相手からの提案に自身の眉間を揉んでいた。
「ベノム少将。本官の立場を理解しているでしょう。自分の首を絞めてどうするんですか」
「これはあくまで出向だ。ハイドランジア中尉。貴方は帝国時代に家族の謀反で領地や財を国に返上したという経歴を持ちながら、十代の頃からヴィスコ大隊長の側近として身を置き、現在は筆頭側近兵として気に入られてはいるが」
「わざわざご丁寧に本官の経歴を解説してなお本官をここに置きたいと?」
「あぁ。私は貴方の技量は昔からよく知っているつもりだ」
アコナイトから、ターゲスが謹慎中で動けない間だけ、自分は第二部隊に出向する提案を受けた。
だが彼女を護衛するためか、それとも自分への監視のためか。指令局の会議室のテーブルを挟んで対面する自分とアコナイトの後ろには彼女の部下が二人ずつ立っていた。一人はアコナイトの筆頭側近兵か。
どう見ても自分を警戒している。
「にしても、大層な歓迎ですね……」
「彼らは証人さ。それに私達の仲は古参達の中では有名な話。今更隠すことなんてないでしょう?先輩」
自分を先輩と呼び敬語を使いつつも下官相手だからか、背もたれに身を任せ脚を組み横柄な態度で対峙する彼女にため息を吐いた。まるで自分がそちら側に行くことが決定しているようだ。
胸ポケットに仕舞っていた眼鏡をかけ、狭くなった視界で目の前にいる彼女を見つめる。
彼女を新人の頃から知っている身としては、陰湿で引っ込み思案だった彼女が堂々と振舞えるよう様になったその変わりようはいつ見ても複雑な心境になる。まだあの頃の方が可愛げがあったのに。
「この状況で堂々と私を引き抜こうとするなんて、随分余裕があるな。アコ」
「貴方にとっても理がある話だと思いませんこと?どうせ、ワーカーホリックな貴方にとってこの状況は暇でしょうし」
「この私がこの状況で何もしないでいるとでも思っているのか?」
暇じゃないし、なんなら司令部が爆破されてから地方の状況確認や調査のためにずっと眠れていないんだこちらは。
後ろから息を飲む気配を感じた。無意識に殺気を出してしまっていたらしく、咳払いで誤魔化す。
第一部隊の大隊長が不在な今、代理で指揮を執っている副隊長のコントロールをしているのは自分である。自分まで第一を離れてしまえば捨てたも同然だ。
それを理解しているのか「でしょうね」と彼女はクスクス笑う。
「貴方が今行っているのは、副隊長のサポートと聞いています。ですがそれは今の貴方が優先したいことではないでしょう」
「何が言いたい」
「貴方が一番に行いたいのはターゲス大将の娘さんの安否確認ですよね。彼女が一般の平民でも相手は自分の上官の娘だ。受け持っている小隊が全員謹慎された今、代理で指揮を執っている貴方しか動けない」
フィラデルフィア・ヴィスコ。ターゲス大将の養女として迎え入れられ、魔術学院に進学して学院生活を謳歌していた。
だが彼女はオルキデア夫人との対談以降行方不明になっており、現在教会に攫われている可能性が高い。
それにアリックスが行っていたその教会の不正調査も、予想通り軍の上層部にも関連があることを匂わせる部分がいくつかあった。第三者の調査が入れば簡単にもみ消されるのは確実だ。
早いうちにアリックスの調査結果をまとめあげ、現在謹慎されている第三小隊を解放させたい。
「……私が受け持っているのは第三小隊だけではない。そうでなくとも私がいない間の第一部隊は心配だ」
「貴方一人欠けたところで崩壊するほど軟なところではないはずだ。そう教育したのは貴方の上官です。そこまで心配なら連絡用に水晶の手配もできます」
「身柄ごと逃がさないか……」
「当たり前です」
正直第一で出来ることはたかが知れているし、側近兵は他にもいるから彼らには負担がかかるが仕事を掃けることはできなくもない。
しかし、そうしてまで自分を第二に取り込んでおきたい理由は労力だけではないだろう。
「それで、私の労力の他に何をご所望だ」
アコナイトは姿勢を正すと、余裕の笑みだった顔が締まり、真剣な目でこちらを見る。
「貴方の身内を一人貸してほしい。相手は一般人だ。これは強制しない」
現在ハイドランジア家が所有する土地はなく、貴族制度が廃止になってからは家名だけ残った。
先の内乱で領地にいた家族は全員殺されたが、当時王城に勤めていた姉や妹達は殺されず生き残ったのだ。今は貴族社会から離れ各々の生活をしているが、全員すでに結婚しているためハイドランジアを名乗るのは自分一人だけである。
そしてアコナイトが言う『自分の身内』は現在アリックスの伝手でロータス家の使用人として働いている。事件関係者である可能性が高い彼女だが、正直軍に関わらせたくない。
それにアコナイトが危険な目に合わせるつもりがないにしても、当の本人がどう動くかどうかが未知数なところがある。
「……正直、私からは良いと言いたくない。……身柄は条件付きでそちらに預けてもいいが、それ以降は本人の意思次第だ」
「それだけで十分です」
「先輩から許可が降りなければどうしようかと」と苦笑する。自分とて自由を制限したくないが、彼女も自分の主がどうなっているのか気になっているはずだ。
そして自分はアコナイトといくつか話をし、自分は第二部隊に出向することが決まった。
「あとの手続きを頼む。ここからは二人だけで」
そう言ってアコナイトは自分らの部下を会議室から退出させると、一つの魔術道具を渡してきた。盗聴防止のモノだ。ペンダントの形状になっているためそれを首から下げる。
お互いが同じペンダントをかけたことを確認すると、彼女は身を乗り出して話を切り出した。
「アリスが調べていたことについて聞かせていただけませんか。彼の調査の裏取りも先輩が行っているはずだ」
アコナイトはアリックスの死を疑っているらしい。第二はアリックスの死体の有無。それと水晶の記録が偽装でないかの調査を行っていた。
自分も他に教会へ潜入していた者らに状況を確認している最中だった。
「……アリックスが調べていたのは教会の不正だけではないということを知っているか」
「調査は第二の管轄です。こちらに調査依頼を出さずあえてアリスを使っていたという時点で察してはいました」
「不正調査においてはもみ消される前に司令部に提出しておきたい。……もう一つの方は、枢機卿のほうだ。特段目立った動きはしていないが、三年前から孤児院の子供を二人を自分の手元においているようです」
王都にある孤児院は聖職者候補の子供達がそこに集まっているが、自分らが知っている特殊な事例は二人。
「――オーキッドの子供たちですか」
「あぁ」
その二人はオーキッド皇子と現在行方が分からないフィラデルフィアの血が入っている。オーキッドの生前の言葉から一人はオーキッドと同じ魔法を継承しているようだが、もう一人は分からない。
もう一人は竜族だということもあり母親の血が強い可能性が高いが、隔世遺伝や突然変異で違う魔法を持つ可能性もある。
「先の事件もあり、すでに教会はファレノプシス家を見限っていると思っていましたが、事情が変わったのでしょうか」
アコナイトが言う通り、枢機卿であるマグノリア一世は公式の式典くらいにしか顔を出さ無い。それに彼は七十年程前の戦争以来ファレノプシス家と交流する頻度は減っているようで、その記録は非常に少なかった。
父親側について関連が薄いということは母親側の方に何かある可能性が高い。
フィラデルフィアに対して特筆すべき点は竜族であるということ。大陸でも竜族は少数民族としてかなり希少で、長らく存在していないと言われていたくらいだ。しかし竜族に関する文献や出来事は非常に少ない。
「竜族の血になにがあるというんだ……」
「私も彼女のことは調べましたが、オーキッドが内乱に乗じて彼女の故郷を丸ごと焼いたこともあり結果は何も分かりませんでした。
孤児院の方も主が過保護なせいかガードがとても固い。子供も大人と一緒でないと外に出ることは無いようだ。よほど子供を外に出したくないんでしょう」
「だろうな……」
数える程度しか顔を合わせたことはないが、彼は子供を孤児院の敷地から出さない。
以前シールドの鍵を無断で開けられあっさりと侵入されたことがあるせいか、それ以降からセキュリティも厳重になったという。
内乱後から多少緩くなっているようだが、現在主人の許可なく入れるのは使用人と孤児院の卒業生くらいだ。
「ですが、そのカレンデュラ家の娘が今第二にいます。彼女も元々孤児ですが、嫡子として迎え入れたようです。年も近いし、孤児院にいた時期と重なっている。彼女にもそれとなく聞いてみますが」
リナリア・カレンデュラ。その存在は自分もウォルから直接聞いていた。
軍事学校の生徒と一般の訓練兵はブートキャンプ中であるはずだが、なぜ第二にいるのだ。
「ドック……ヴィスコ上等兵から聞いたが、ブートキャンプ中じゃないのか」
「魔法の検査をしたところ、再検査が必要になったので」
「……なるほど」
「おや、驚かないんですね」
ドックウッドから聞いていたのは「ターゲス大将に保護されてカレンデュラ家に来た経緯がある」ということだけだった。大体の時期を遡れば当時ターゲス大将がカレンデュラ家に預けた少女は一人だけ。
あのボロボロだった少女が軍に入るとは思わなかったが、あの黒髪は間違いなく彼女だろう。
「彼女は、当時レジスタンスに加担していたのをターゲス隊長が保護した少女だ。当時も保護した後、彼女の魔力核に異常が起きたというのは隊長経由で聞いていた」
アコナイトは何かを思い出したかのような顔をして「あの少女か……」と額に手を当てた。なぜ悔しがる。
戦争孤児は身元も保護される以前の経歴もあやふやになりがちだ。身辺調査しようにも限界があるだろうに。
「……おのれ、あとで調べた奴扱いてやる」
「ほどほどにしておけ。俺も彼から聞いて思い出したんだ」
それにリナリアという名前も当時の記憶にはない。孤児院に入った後から付けられたのだろう。
アコナイトは机に伏せ頭を抱える。
「ターゲス隊長が過去に保護したことがあるなら、孤児院に入る以前の情報を軍が持っているということになります。それにあの黒髪だ。南方出身である可能性を見落としていたな……!」
「一人の娘に対してしつこいな……」
「第二に入れる予定なんです……過去の経歴は鮮明にしておきたい。親の命令とはいえ、犯罪歴は特に」
第二は軍の中でも戦場に立つ機会が少ない分特殊な場所だ。他の部隊と比べると圧倒的に人数が少ないから、今のうちに唾つけておきたいのだろう。
まさかカレンデュラの後継ぎを諜報に行かせるつもりじゃないだろうな。
「まぁ……カレンデュラ少女の方は頼む」
「はい。これ以降のことは追々。それで身内とぼかした彼女のことですが」
「彼女が何だ」
貸してほしいと言った身内。彼女は性格には自分の家族ではない。年齢は一つしか違わないが、訳あって身元を引き受けた。
「立場上、貴方が了解してくれるとは思いませんでした」
「……そう促したのはお前だろうが」
「でも、休みを作ってまで定期的に会うくらいの情はあるんでしょう」
「そういう決まりだからだ」
「ふふ、そうですね」
また会えるのを楽しみにしてますよとアコナイトは笑ったのだった。
―――
謹慎中、自分はターゲス大将と共に自宅で謹慎というわけにはいかず、本部敷地内にある建物の一室でほぼ軟禁状態になっていた。
「ねーなんで俺またワンコと一緒にされんのー」
「知りませんよ。俺だって謹慎されるのに納得してないんですよ」
「あー暇。娯楽がねえ、物がねえ、音がしねえ、それに加えて光もねえ」
「微妙な韻を踏むな。光は無いわけじゃないでしょ」
薄暗いがこの部屋にも窓はある。背の届かない高い場所で鉄格子に組まれているが。
「無いだろ。希望と言う名の光は」
「…………なに詩人になってるんですか」
自分は現在ジルベール先輩と同じ部屋で軟禁されている。先日まで孤児院でも同じ部屋に滞在していたが、まさか軟禁される場所でも同じ部屋とは思わなかった。
「てかお前は存在が暑苦しいんだよ。体中から熱出しやがって、筋トレしないと生きてけないの?」
「はぁ?何もしないよりはマシでしょうが。そっちもうだうだしてないで暇つぶしでも見つけたらどうなんですか!」
「娯楽ねえっつってんだろうが!お前のその犬耳は飾りか!?」
「さっきからうっせえな!てめえら大人しく出来ねえのか!?」
隣室から同じく軟禁されている同じ小隊の先輩の怒鳴り声がする。
「すみませんっ」
ウォルは壁越しに思わず頭を下げる。ジルベールはその姿に吹きだしていたのでウォルはそれを睨み付ける。誰のせいだと思っている。
この謹慎で入ったこの建物は、フロア一体に魔術が施されており魔法が一切使えない。
しかも部屋から出れば監視が立っており、トイレ以外で部屋から出ることが許されず同室の者以外と会話することも出来なかった。
そんな状況になってから一日経っており、既にストレスが溜まっているのか壁越しでも他のメンバー達の気が立っているのを感じる。
にしてもこの小隊のメンバー、一日でこうなるなんて気が短すぎないか。任務ではここまで荒れることはないのだが。
「ドックウッド」
「なんですか」
ジルベールは人差し指を口元に立てては左手で手招きをする。それに応じウォルはジルベールの横に座れば、ジルベールはウォルの肩に腕を回した。
「さっき隣で怒鳴ってたのは蛇野郎だ」
「スケイル先輩ですよね……」
スケイルは同じ第三小隊に所属している蛇族の魔族でジルベールとは年が近い。スケイルの同期である豚族のジュリアと三人で一緒に居るのをよく見かける。
肩くらいまである長い髪で顔を一部隠しているので陰気で神経質な印象があるが、ジルベールやクライアンと同様、四年前の内乱を戦い抜いた実戦経験のある一人だった。
「そ。ここに入る前にスケイルと話をしたんだけど」
///
この部屋に閉じ込められる前、クライアンから報告を受けた直後のことだ。
後ろからジルベールの手をつついたスケイルが小声でつぶやいた。
「……隊長、こんなんじゃあクソみたいだな」
(隊長、生きてる)
特定のリズムで相手の体を四回叩くのが暗号の合図だ。思わず相手の顔を見るがアイコンタクトを取られ、ジルベールは顔を正面に戻した。
「何言ってんだアホ」
(嘘つけ)
「察しろ。バカ」
(マジだ)
なぜアリスが生きていることをスケイルが知っているのか聞こうにも周囲の人間が多すぎて出来ない。
だがわざわざおふざけで作った合図とはいえ、敢えて隠してそれを伝えてきた友の言うことだ。ジルベールは信じることにした。
「……バカ言うな」
(了解)
今のやり取りは隊長の死が信じられずやけくそになっている二人に見えるはずだ。
「てか俺らの仕事どうすんだよ。他の隊なんてカスだろ」
(他の隊に味方がいる)
「荒れんな。どうせこの状況じゃあ仕事どころじゃねえよバカか。……でも誰かさんみたいにネチネチと裏工作でもすんのかねきしょいわー」
(おう。合流すんのか?)
「誰がブスだって?」
(誰かを脱出させたい)
「ブス言ってねえわアホが。キレんなシネ」
(撤退じゃなくて突入すればいいだろ!)
「キレてんのはそっちだろうが。脳みそカスかよ。そっちこそくたばれやアホ」
(味方が一人しかいねえんだよ)
「さっきからアホアホうっせえな。お前こそ脳みそバカになってんじゃねえの?」
(あー、分かったよ)
「……お前の脳がスカスカなのは事実だろうが」
「あぁ?おーおー、スケイル、表出ろや」
「お前たち喧嘩をするな!!」
その後二人はそろってクライアンから説教を食らったのだった。
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ジルベールの回想で二人が裏でやり取りをしていたことに内心関心しかけたが最後で台無しになった。
「…………情報を隠すための会話でマジ喧嘩するとか何してんですか」
いい年して何やってるんだ。二人とも二十歳超えているだろうに。
「でも誤魔化せただろ?」
「説教されなければもっとなんかいっぱい話せましたよね?」
「ふっ、『もっとなんかいっぱい』って……」
たまに出てくる子供っぽい語彙にジルベールは苦笑しながらその場に横たわった。
「こういうのは乱用すると遅かれ早かれバレる。でもさっきの怒鳴り声でスケイルの場所がわかったのは僥倖だな」
「それも意図的で?」
「いいや?だって暇だし。あの蛇野郎も本心で怒鳴ったんだろ。普段から神経質だし」
「……」
どこからどこまでが二人の策なのか分からない。
「……このこと知ってる人は?」
「ジュリアはその時話聞いてないから詳細は知らんだろうが、俺らが何か企んでるのは察してんじゃねえの?でも女はどうせ建物ごと別の場所で監禁されてんだろ」
ウォルの中で嚙み砕いていく。
「でも、アリックス隊長が生きてるのは安心しました」
「奥方に殺されたって聞いた辺り周囲は疑ってたけどな」
「あ、あぁ……ですよね」
アリスの妻であるオルキデアはたまに恐ろしい言動することがあり、ああいうのを俗にいう『ヤンデレ』ということをロマンス小説を嗜む女性軍人たちから聞いたことがある。
だから彼女がアリスを殺したと聞いた時少々納得してしまっていたのだ。
「それで、誰を逃がしてその味方と合流するんですか」
「お前」
数秒間が空いた。
「……お二人で決めたんですか?俺にするって?」
なんせこの部屋に入ってから一日経っている。その間もスケイルの声は聞こえたし、ジルベールがうだうだ独り言を呟くこともあった。二人で情報を交換していたのではないかと思っていたのだが。
「いいや?それ以降はなんも話してねえよ。俺が勝手に決めた。不服か?」
「確かに出たいですけど、他に適任いますよね?」
「適任は居るだろうが、俺らの声が届くヤツお前しかいないだろ」
そうは言うが、外部の味方と合流出来たところで、自分は未だ経験の浅い下っ端の兵士だ。それにこれでも自分の立場はわきまえている自負はある。
「でも俺は大将の弟子で養子です!バレたら大将の首を絞めることになりますよ!?」
「声が大きい。でも、お前は大将の敵じゃないだろ?ウォルファング・ヴィスコ上等兵」
「!!」
「正直、お前が行ったところでその自称味方がお前のこと殺すかもしれないし。あの隊長が本当に生きていたところでアイツが大将の味方かもわからん」
月光を背景にたたずむ白兎が脳裏をよぎる。この三年彼の部下として任務をこなしていたが、彼がターゲスに対して裏切るなんて思えなかった。
「アリスが大将を裏切ること――」
「裏切ったことがある奴は、二度も裏切る可能性が高い。これ常識」
横たわった状態で頬杖をするが、金に近い色をしたその瞳は鋭い。
「何年もアイツの近くに居れば知ってるだろ。『ロータス一族皆殺しにした』って噂。あれマジだぞ」
「……でもそれってスケイル先輩も裏切りの可能性がありませんか」
アリックス・メイビス。元の名をアレクサンダー=アリス・フォン・ロータス。あのアリスがなぜわざわざ自分の家族を皆殺しにした理由は知らない。
しかしここまで疑惑が並べられると誰が敵か味方か分からなくなってきた。
「さぁ?これ以上言ったらキリがない。でも俺はスケイルを信じることにした。だがそんなアイツは俺以外の人間を脱出させたいらしい」
「尚更怪しいじゃないですか」
「はは、なんで?」
「その外部の味方と合流させたところで、どうするかまではスケイル先輩も分からないんでしょう。そいつと合流して殺される可能性があるなら、スケイル先輩が自分や、自分の友人を危険に晒しますか?」
もし謹慎されているこの小隊の誰かを脱出させた後、最終的に殺されることが分かっているのなら、仲間で友人であるジルベールを脱出させる人間に選ぶだろうか。
目の前の本人も薄っすらとそれを考えているのだろう。
「なら尚更俺はスケイルを信じてやるよ。お前の話を通すなら、スケイルは自分なりに俺を守りたいってことだろ。守られっぱなしは癪だが。アイツを信じてお前を差し出す」
彼なりの感情論に思わずウォルは頬を緩ませる。
「この際俺の安否はどうでもいいんですね」
「お前はお嬢の安否を優先するだろ。もし隊長と合流できても隊長の言うことは全部聞かないに賭けるね。
大体、昨日からずっと筋トレしてたのも暇つぶしじゃなくて、お嬢助けに行きたくてうずうずしてたの我慢してただけだろ」
「はい、まぁ……」
図星を突かれ、居た堪れなくなる。
フィーもオルキデアに誘拐されている。オルキデアもフィーの正体を知っているから殺すことはないとは思っているが、その場合相手は教会だ。
アリスを出し抜くことは難しいだろうが、フィーが危険に晒されている。彼女を救い出すのは自分の使命。
彼女を救えるチャンスがあるなら、使わない理由はない。
ジルベールはそんなウォルの背中を叩く。
「ってことだから。まぁせいぜいがんばれや。ナイト様」
スケイルとジュリアは第二章の閑話休題でちらっと登場してます。
ジュリアは薔薇の品種名、スケイルは「うろこ」の英語です。




