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追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第四章 我が鎖
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3.すべてを知る者はいない



 以前捕まった際は麻酔を打たれたため、ずっと眠っていたが、先ほどまで眠っていたフィーは目が大分覚めてしまっている。窓の外を見る限りでは既に夜も更けているようだが北側なのか月も見えないので何時かは分からない。


 オルキデアが退出してから念のため部屋の中を確認してみたが、どこにも逃げられそうな隙も仕掛けもなく、調度品やオルキデアの言葉から、やはり要人を閉じ込めるための部屋だった。

 床には魔術がかけられている痕跡があったが、魔力を封じられているフィーには何もできない。

 夕方ごろに顔を布で覆った修道女のような女性が食事を持ってきたが、話しかけても無言ですぐに退出してしまったのだった。


「あー何もできないから暇」

「とがにんにしては、ずいぶんとおちついていますね」

「!?」


 何もないはずの場所に少女が立っており、驚いて身体が陸地に打ち上げられた魚のように跳ねてしまった。ついでにベッドから落ちた。

 身体を起しながらその少女を見てみると、暗闇では分かりにくいが髪の色と瞳が先ほど会話したオルキデアとよく似ていた。


「え……オルキデア?」

「あなたのしっているひとではなく、ごめんなさい」


 舌足らずの口が動く。面影こそどこかオルキデアに似ているが背丈は五歳くらいの幼女だった。


「……だれ?」

「ごめんなさい。ワタシは、なのることはできません。とつぜんきたことには、おわびします」


 ぺこりとお辞儀をし、「ワタシがここにいるのは、ないしょなのです」と人差し指を口の前で立てた。可愛い。

 オルキデアと同じだと思っていた髪は、全体的にはプラチナブロンドだが、内側の毛は赤毛だ。


「……どうして私のところに来たの?」

「とがにんのことを、しりたいとおもっているからです。でも、あなたがつみをおかしたひととは、おもえません」

咎人(とがにん)って言葉よく知ってるね」

「ほんを、たくさんよみました」


 その歳で本が読めるなんて自分と大違いである。フィーが文字を読めるようになったのは九歳の頃、孤児院に引き取られてからだ。

 貴族の子供も同じくらいから読み書きを習うのだろうか。この子が貴族と同じ扱いを受けているのかどうかは分からないのだけれど。


「ワタシはきぞくではありません。でも、せんせいからはたくさんのことをおしえてもらってます」

「……そっか」


 振る舞いも年相応。口調は丁寧だが背伸びしているようには見えない。本当にそういうふうに育てられたのだろう。


「ほんとうに、のんきですね。あなたはちかいうちにしょけいされるのですよ?」

「ピンと来ないんだよ。悪いことした記憶もないし」


 というかここには無理矢理連れてこられたのだが。この少女に頼んで逃走することができないだろうか。しかし彼女が何者なのか明確になってない以上、頼ることは出来なさそうだ。


「そうですね。むりやりつれてこられたようですし、ワタシにもあなたがわるいことをしたようにみえません」

「私の記憶、読めるの?」


 はっとしてはしょんぼりしたような顔をする。犬の尻尾があれば思い切り垂れ下がっているのだろう。


「かってによみました……ごめんなさい」

「大丈夫。でも読んだ内容は秘密にしてくれる?」

「はい。ありがとう、ございます」


 少女はほっと安堵した素振りをした。

 記憶が読める魔法だろうか。目の前に居る幼女が何者なのか心当たりはあるが、確証が持てない。


「もしかしてだけどさ、君に兄弟っている?」

「!」


 探りを入れようとしたのが分かったのか、すぐに姿は消えてしまった。

 足元には先ほど確認した魔術が少しだけ光っていた。隠し通路だろうか。それともオルキデアが施したのだろうか。


「まさか、ね……」



―――



 小さい頃、自分の野望の為に似たようなことはしたが、実際こういった腹の探り合いは好きではない。


「まさか貴女様が御自身の友を売り、夫を殺すような真似をするとは思いませんでした。流石は氷雪の……いや失礼」

「……多くの殿方を誑かした罪は重いです。夫は、色々と多くの事を知りすぎました。他の者から殺されるなら、いっそ私が手にかける方が良いと」

「……」


 その探り合う相手はそんな自分の胸の内を知って知らずか朗らかに笑う。

 夫が死んでいることをまだ疑っているのだろう。遺体まで見せたのに本当に疑い深い人だ。


「遺体は見せたはずですが」

「いいえ。ただ……貴女に愛された男は、なんと言いますか。貴女の愛に呑まれる覚悟を持たなければいけないようです」


 はじめは教会の関係者と話がしたいと強請ってみたのがきっかけだった。

 自分の夫が教会を探っていることは察していたし、それを理解していたのかだろう。自分が敢えて教会内で目立つ行動をすることで、夫は神官や聖職者達の資金の不正利用をあぶり出そうとした。


 教会に入り込み信頼を得た中で、自分は以前夫から聞いた出来事を脚色し、フィラデルフィアが「己が女神だと偽り軍を欺かせた」という嘘の罪を告発した。

 さすればすぐに食いついてきたのは、フィーの養父であるターゲス・シュバリエと敵対する貴族や軍の関係者に縁のある者達だ。

 教会にも貴族関係者は多くいる。表向き聖職者は貴族ではないが、ターゲス・シュバリエが気に入らない人間は多くいるのだろう。その内容が嘘であろうとなかろうと排除できる要素があれば何でも良かったのかもしれない。


 だが事情が変わり、夫は私に教会から退くよう言うようになった。フィラデルフィアを教会に連れて行くとは思わなかったのだろう。そこで私は夫に手をかけた。

 ロータス家を壊滅させた男がいることに恐れていた者は喜び半分、夫を躊躇なく手にかけた自分を恐れる者が半分だったが、教会側に立つことを信じさせるには十分だった。


 正式に名乗ってはいないがこの教会は便宜上、世界から『プランツ教』と呼ばれている。

 女神を崇拝し、その女神にまつわるものを管理するのがこの教会だ。そしてこの国の国教でもある。ちなみに『プランツ』はこの国の通貨でも使用されている。

 ファレノプシス家が玉座に君臨していた時代、皇帝の相談役であり政治の第三者機関にあった元老院は、議員を引退した貴族だけではなく、教会関係者も在籍していた。

 だがファレノプシス家に【女神の夫】が生まれなくなったと判断されると、その立場は変ってしまう。それを察し貴族の中にも教会へ入る者が増え、元老院の中でも貴族を優位にする思想を持つ者が増えてしまった。

 そのため資金の悪用や寄付金で贅沢三昧する聖職者が増え、教会内は荒んでいた。



「ですが枢機卿。私が指定した処刑方法と違うのは何故?」

「且つて魔法が女神から受け継いだばかりの頃、私たちの先祖は全て『魔女』と呼ばれ、魔力を持たないもの達から迫害されておりました。

 その祖先を処刑することを『魔女狩り』と呼ばれていたようで。今回はそれを再現させたまで」


 炎で焼き殺すのか。自分も彼女のことを何も調べていないわけではない。彼女は炎恐怖症。それが原因で一度暴走しかけたことがある。

 身体が急激に成長し、魔力を大量に放出させながら男に襲い掛かったのだという。


「……悪趣味ね。彼女は呪術の心得があります。呪術に必要な言霊の力も強い。苦しませず一瞬で殺すことが友として最大限の慈悲だと思いませんか」

「穢れというのは、燃やし、水に流さなければ消えません。言霊の力は猿轡でもさせれば問題ないでしょう」

「そうですか……てっきり、私は炎に焼かれている最中、彼女の寿命を自分のモノにするのかと」


 女神とその夫の神話には続きがある。

 女神が魔力と言う概念を与える前、人間は女神の子供であったがゆえに、その体は長寿だった。中には五百年も生きる者もいた。だがその代償で生き物は減り、大地は枯れ果てた。

 だが女神が魔力というリミッターを付与すると、彼らはその魔力を削った分だけ寿命が縮んでしまった。

 それでもその中に、女神の恩恵を受けてもなお寿命が縮まらなかった者がいた。


「はは、まさか。己の寿命は信者から頂きます」


 その名はマグノリア一世。教祖でもある彼は現在枢機卿として教会を統括する一方で、人類で一番長く女神を愛し続けていた。


 透き通った水色の髪と瞳。背生まである長い髪を真っ直ぐに切り揃えている彼は、年齢も性別も見た目では判別できない。

 枢機卿は命を育む魔法を持つ。その魔法を利用して自分の魔力を自分の寿命へ変換し続けているのだそうだ。

 その長寿を利用し、それからはずっと女神の代わりに永代を見守り続けている、らしい。


「しかしそこまで言われると、あの少女はますます女神に似ている」


 二人の目の前には過去の皇帝が描いた赤毛の女性の肖像がある。保管するための魔術が施されているが、現在は許可された人間しか見ることは出来ない。

 陽だまりに照らされながら慈愛の笑みを浮かべてこちらを見つめる女性は正に、人族の姿をしたフィラデルフィアと言われても疑えないくらい、フィーにそっくりだった。


 この肖像画は過去の皇帝が描いたと言われる女神の姿だ。自分の兄が起こした事件から半年後に教会に寄贈されたのだ。

 三年前、国唯一の竜族として公表されたフィラデルフィアは現在十四歳に成長し、その顔はますますあの女神の肖像に似てきている。



「……もしも、フィラデルフィア嬢が女神であることが事実だったら、私達は女神を裏切った大罪人ですね」

「神は見えないから神なのです。女神は自らの体を犠牲にして子供達に魔力という制限を与えた。

 それは私たちが生きている時点で揺るがない証拠だ。そんな女神が今も尚生きている事実が判明すれば、国は、世界は混乱しかねない」

「…………」

「おや、何か言いたげですね」

「……貴方でも私の心がわかりませんか」

「笑顔を取り戻した貴女の顔がまた凍り付いているのは、何かを隠す為なのでしょう?ならば私からは何も言いませんよ」


 それもこれも全てはあの子達のためである。


「兄の血を受け継いでいる子です。心配するのは身内としての役目でしょう」

「確かに。彼らの血族は貴女だけだ。ですがご安心を。彼は年相応の子供ですが、彼女はあの歳で物事の分別がついている賢い子です」

「……さすが、兄上の血が濃い子なだけありますね」


 自分の兄であるオーキッドとフィラデルフィアの血を交えた子供達。彼らは教会の孤児院に預け、フィーが十六になった時、彼女が正式に母親として引き取る予定だった。

 だが現在その子供たちは教会の孤児院ではなく、枢機卿が自ずからの手で育てている。

 教会がこんなにも荒んでしまっているにも関わらず、長い時間放置してきた人間が、子供二人、いや正確には男児の方を自分の後継者に仕立てようとしている。

 そしてフィラデルフィアの処刑を皮切りに、軍が管理しているこの国を乗っ取ろうとしていた。


「ですが彼らはまだ物事の分別が付かない子供です。ですから、彼らが大人になるまでの間、貴女がその玉座に君臨していただきたい。氷雪の姫君よ」


 ファレノプシスは終わった。なのになぜ今更皇族の血を引いた人間を王に立てようとしているのだろうか。それに枢機卿は実質不老不死の体だ。魔力がある限り後継者を必要としないはずだ。


「宣誓式は明日十時。軍は現在、指令局だけでなく第一部隊が使い物にならず大混乱だ。タイミングを逃してはいけない」

「!?」


 自分は、引き際を間違えたのだろうか。



―――




 部屋に響くページをめくる音が薄暗い部屋に響く。ワタシはこの時間が大好きです。

 パラパラと普通の人が読めるスピードではない速度で頁をめくり、その頁に書かれた文字を頭に叩き込むことは、ワタシの魔法を前にすれば造作もないことでした。

 ですが、顔も見たことが無い父は、頁をめくらずともその本の情報を抜き取ることが出来たようですが、それをやってみたらワタシは頭がとてもくらくらしました。

 その時魔法にも努力が必要だと知りました。


「ミスルトゥ。そのすがたでは、よけいこどもっぽいですよ」


 気配を感じて振り向けば、十三歳くらいの男の人が白い翼をパタパタとはばたかせていました。

 紫色のワタシと違い、白髪に金色にも見える瞳。そしてその角の形は先ほどお話をした咎人の女性と全く同じものでした。


「人とお話をしたんだよ」

「おわったのなら、もとのすがたにもどしてください」


 ミスルトゥは不満な顔で体を元の姿に戻します。

 ミスルトゥのその姿を見てワタシは心の中でとても安心しました。ミスルトゥはワタシよりも一回り小さいです。


「もどしたよ」


 わたしはミスルトゥのぶかぶかになった服を着替えさせます。ミスルトゥの身の回りのお世話をするのもワタシの役目です。

 ワタシはミスルトゥの側仕えです。使用人、お目付け役とも呼ばれます。

 ミスルトゥの行動を正し、ミスルトゥのことを先生に報告することもワタシの役目です。


「では、きょうしったことをつたえます」


 額をこつんと当てて、ミスルトゥと目を合わせます。目を合わせるだけでいいのですが、内緒話をしている気分がするのでわざとこうしています。

 ミスルトゥに教えることはワタシが今日読んだ本や記録の内容です。ワタシが見た全ての記憶は教えないようにと先生から言いつけられています。



「これで終わりです」


 情報を伝え終えるとミスルトゥは頭をくらくらさせます。たぶんワタシも同じことをしたらくらくらするでしょう。

 でもこれをしないと先生に怒られるので仕方なくやっています。


「きょうも、ものがたりをよんだの?」

「おもしろくなかったですか?」

「……わからない」


 きっと一度にたくさんの情報を伝えたから整理ができていないのでしょう。物語は誰かに読み聞かせてもらうか、魔法を使わずゆっくりと読んだ方がわくわくするから楽しいです。

 ですがミスルトゥにとってそれは退屈なようで、ワタシが絵本を読み聞かせてみせるとすぐに眠ってしまいます。ワタシの読み方が悪いのでしょうか。



「そういえば、またせんせいにないしょで『とがにん』にあってきたでしょ」


 ワタシがこうして色んな事を教えると、それに合わせてミスルトゥも日に日に賢くなっています。

 黙っていれば済むこともミスルトゥはワタシの仕草や振る舞いで分かるようになっていました。


「あなたがしるひつようはありません」

「ボクせんせいにいうよ?」


 ワタシ達の周りにいる大人達はミスルトゥを大人にしようとします。ワタシはそれがとても嫌でした。

 ミスルトゥは魔法で身体が大人になれる。だけどワタシは魔法で頭が大人になれる。

 でもそれはワタシが毎日たくさんの本や人の心や記憶を魔法で『読んで』いるからです。

 ワタシは努力しないと大人になれないのに、ミスルトゥは努力をしなくても簡単に大人になれるミスルトゥはずるいと思います。


「そのときは、あなたとせんせいのきおくをけせばいいのです」

「サイネリアのこういうところきらい」


 反面ミスルトゥはワタシのこういうところがずるいと思うのでしょう。

 ワタシも先生の言うことを聞いて良い子である方がいいと思っていました。だけど、そういう訳ではないようだと知ったのは、ワタシの叔母に当たる人に偶然会えた時です。

 だけどそのことはミスルトゥに話していません。ミスルトゥが変な解釈をして余計調子に乗りますし、その叔母についてもミスルトゥに話さないといけないからです。


「どうして、サイネリアはとがにんと、はなしをしたがるの?」

「どうしてそんなことをしたのか、りゆうをきくためです」


 初めは好奇心でした。そして色んな事を知るようになって、ワタシの父がどうしてたくさんの酷いことをしたのか。その理由が知りたくなりました。

 でもそれはどの記録を読んでも、色んな人の話を聞いても、未だに分かりません。

 叔母の記憶を読んで、父の人柄を少しだけ知ることができました。それでもワタシには分かりませんでした。


「そのりゆうって?」

「それはいまの――」

「『あなたにみせるにはまだはやい』でしょ。いつになったら教えてくれるのさ」


 ミスルトゥもワタシもまだ小さい。

 先生からワタシは五歳、ミスルトゥは四歳だと聞かされていますが、ワタシ達の本当の年齢は三歳であるということを、ワタシが魔法を初めて使った日に知りました。

 ワタシとミスルトゥは同じ日に生まれた姉弟であるということもその時知りました。

 母の顔も、父の顔も、人の記憶を読んで知りました。ですが百聞は一見に如かずという言葉は本当のようです。


 昨日の夜、初めて会ったワタシ達のお母さまは、ただの人間でした。

 ワタシとミスルトゥが生まれた時のこと、ミスルトゥがどうしてワタシより小さいのか、そして洗礼名ではないワタシ達の本当の名前も知りました。

 そしてお母さまは咎人ではなく、被害者でした。


「わるいことをしたひとは、このよからいなくなればいい。そうでしょう」

「はい。そうです」


 咎人は許しをもらわなければ生きてはいけない。そう先生から教えられてきました。だからミスルトゥはそう言います。

 ワタシ達は親がいない孤児だと言われています。ですがワタシ達の母は生きています。

 子供を捨てることは罪です。だからミスルトゥは母が生きていると知ったらその母を咎人として見るでしょう。



『放っておいてごめんね』


 その分、最後に聞こえたお母さまの心の声にワタシは胸の奥がとてもきゅうっと締め付けられました。

 お母さまはワタシを自分の子供なのではないかと疑っていました。お母さまがワタシ達を忘れていなかったこと、とても嬉しかったです。


 本当の名前。本当は同じ血を分けた姉弟であること。そしてワタシ達が神の代行者ではないただの人間であること。

 本当はミスルトゥに教えたい。でもワタシは先生からミスルトゥに事実を教えることを止められています。ワタシがたくさんの人の記憶を読んでいることを先生はお見通しでした。

 ミスルトゥは顔に出やすいです。だからその言いつけはずっと守っています。


 ですが、もしミスルトゥがお母さまの存在を知った時、ミスルトゥはどうするのでしょうか。


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