表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追想の愛は誰の為に  作者: 伊藤猫
第四章 我が鎖
44/77

2.私の想いを受けてください

2022年4月16日 内容を一部追記、改編しました。



 繰り返し何度も見る夢の中に、時々よく分からない夢を見ることがある。


「あなたは誰?」

「貴女を愛した男だよ」


 目の前に居る男はどう見ても自分が愛した男なのに、この夢で自分は相手を別人だと思ってる。

 どうして別人だと思うのかその理由は分かる。

 顔と魂は自分の愛している人と全く同じなのに、言葉や服装。身長に筋肉量。そして微かに感じる無いはずの魔力を感じるから。


「これから先、貴女の子供たちがたくさんの争いを重ねる。今、もう既になっているかもしれない」


 大事なことを聞かされているはずなのに、しばらく彼の声が聞こえなくなり、ようやく聞こえた頃には「俺を殺して欲しい」とわたしに懇願し、女神はそれを断る。

 どうしてこの男は自分から殺されに行こうとしているのだろう。

 そしてわたしは自分の意志とは別に口を開く。


「それはそっちのわたしに言って。今のわたしにとってそれはどうでもいいことよ」


 私は死ぬことができないのだから。



―――



「……捕まるの久しぶり」


 魔力を封じる拘束具を付けられている現状にフィーは案外早く受け入れられていた。

 オルキデアに薬を盛られてここまで連れてこられたのだろうが、この場所が何処なのか見当がつかない。

 だが唯一の救いは自身の翼を仕舞っていた事である。魔力を封じているのに翼が仕舞えているのはどういうことなのだろう。別に今はどうでもいいのだが。


『お前の翼は隠しておいた方がいい。最近教会の方がきな臭いからな』


 ターゲスはそう言っていたが、まさか本当にそうなるとは思わなかった。この状況が教会絡みなのかは分からないのだけれど。


 起き上がろうと体を動かしたが盛られた薬の影響か身体にだるさが残っている。しばらく寝かされていたベッドの上に再度寝そべりそのまま周囲を見渡すと、罪人を閉じ込める牢屋にしては清潔で、簡素でありながら悪い環境ではなかった。

 こつこつと遠くから聞こえる複数の靴音が大きくなり、止まった途端かちゃりと扉の方から音が聞こえた。部屋に入って来たのはオルキデア本人だった。


「お目覚めになりましたか、フィラデルフィア」

「……オルキデア、これはどういう事ですか」


 オルキデアの表情は全て抜け落ちていた。三年前の硬いだけだった表情とは違う。彼女の魔法のように何もかもが凍ったかのような表情だった。


「……教会に貴女の情報を流しました。後は、分かりますね」

「にしては好待遇だね」


 嘲笑するように笑う。

 現在フィーの居る部屋は拘束されながらも、以前オーキッドが閉じ込めたような地下牢とは違い必要最低限のモノは揃っている。鍵は外からかけられているようだが室内で行動することは出来ると思われた。


「貴女の中には女神がいる。感情も同調するなら貴女に対して無体な事はしません」

「オルキデアは誰の味方なの?」

「……教会には大分力添えしてもらいました」

「……」


 オルキデアの右目が赤く光る。だが魔力が若干漏れ出たくらいで何も変化は起きないからフィーは首を傾げた。


「私が貴女と会話できるのはこれで最後です。なにか伝えておくことは」

「……無いよ……私はここを出られる?」

「それは……私が王の玉座に立つと宣言した時でしょう」

「分かりました」

「現状に嘆かないのですね」

「いつかこうなることは薄っすら感じてたから」

「そう、ですね……」


 ごめんなさいと声の無い謝罪が聞こえた気がした。


「……身体には気を付けて」

「おかしなことを言うのね」


 その会話を最後にオルキデアは部屋を出た。オルキデアと一緒に複数の足音が聞こえてくる。彼らもこの会話を聞いていたのかもしれない。


「……どうしよ」


 フィーはまたベッドの上で寝そべるのであった。



―――



 会議は一旦解散となり、執務室に戻ったアコナイトは椅子に座り頭を抱える。


 アリックスが殺された()()()

 教会の方から軍へ通達が来たのは指令局が爆破されてから数分経ってからのことだった。

 オルキデアを君主に立ち、教会が軍に宣戦布告した。それを引き留めようとしたアリックスをオルキデアが殺害したらしい。


 アリックスは存在こそ公にされなかったものの、幼い頃から第二部隊に所属していた人間。あの名門ロータス公爵家を滅ぼしたのは彼なのではないかと言われている。(手口はアコナイトも知らないが、本人が糸を引いているのは確かだ)

 だがオルキデアは人種種族問わず様々な血を受け継いだ混血。その膨大な魔力を持つ彼女と突然真正面で対峙されたら誰も太刀打ちが出来ない。


『……ちなみにヴィスコ第一部隊長。貴官はこの状況についてどう責任を持つ?』


 ターゲスの責任問題を指摘したのは空軍と呼ばれる第三部隊の隊長。カジミール・コメータだった。


『教会の潜入に彼を使ったはいいが、教会に情報が漏れてしまっている。教会はかつて皇帝を神格化していた。彼の奥方は元皇女。すでに降嫁しているがその血がある以上、教会が使わないとということはないだろうに。

 しかも指令局が破壊され、その元皇女が自身の夫を殺してまで反旗を翻した。事が大きすぎる』


 その結果、ターゲスが第一部隊の指揮を執ることができなくなった。

 アリックスが受け持っていた魔族軍第三小隊は、ターゲスの側近であるクライアンが代理で隊長になるものの全員が謹慎処分を言い渡された。


 アリックスの遺体はまだ確認されていない。だがロータス家の庭にあった監視用の水晶にはオルキデアの氷に貫かれるアリックスが映っており、その後何者かの手によって回収されているところまで確認が取れた。自分が随分前に開発していた仮死薬を彼が服用してるのではないかと内心思っていたアコナイトの望みは瞬く間に消え去った。


『あのねアコナイト。アリスにはまだ秘密ですが――』


 監視も含めて定期的にアコナイトはオルキデアと対面して話をしていたし、先週会ったばかりだった。

 その時も夫であるアリックスの話をする時の表情はかつて皇女だった時の頃とまるきり違う年相応の良い笑顔だったのに。


『アリス。本当にいいのですか?』

『私と結婚するのが妥当です。他の候補者の家は尻尾こそ出さないけどクソな奴ばかりだ。彼女が利用される可能性は高い』

『そこに貴方の気持ちはあるの?』

『……愛の無い結婚はよくある話でしょう?でもせめて祝福くらいしてくださいよ、姉弟子(ねえ)さん』


 彼が自分の父が殉死するのを見送った日。アリックスはオルキデアの身元を結婚という形で引き受けると自分の意志で決めた。

 歳が近いということもあり、以前からアリックスが候補の一人として挙がっていたらしいが、幼い頃から戦いの道具として扱われた少年が、自ら何かを望んだ姿を見るのは初めてではあった。


「どこまでがお前の思惑通りなんだ。アリス」



―――



 以降、アリックスが受け持っていた第三小隊は、代理としてターゲスの側近の一人であるクライアンが受け持つこととなった。

 そんな第三小隊が突然謹慎処分されたことを受け、ウォルファングは納得できなかった。


「どういうことですか!俺らはアリックスがそんな任務を遂行していたことなんて一切聞いてない!」

「おい落ち着けドックウッド!!」


 他の兵士に食い止められているウォルにクライアンは顔を歪ませた。


「君らにも彼の息がかかっている。裏切り者がいるかいないかはこちらでも判断ができないんだ」


 そもそもこの隊はアリックスが隊長として受け持った時点でこの隊は第二部隊の領分に少しだけ踏み入れることは決定していた。要人の【護衛】や要所の【警備】なんて表向きで、本来の目的はそれらの【監視】がメインだ。

 現職の議員やその夫人。唯一生き残った元皇族。そして、女神の肉体が封じられた少女もその対象だった。


「ちなみにお嬢はどうなっている」


 他の隊員がクライアンに問う。

 フィーはロータス邸へ向かった後、消息が不明となっていた。しかもその日担当の護衛はアリックスただ一人だけであり、オルキデアの罠にかかったことは明らかであった。


「フィラデルフィアは今も見つかっていない。……私が言えるのはここまでだ」

「護衛対象を捜索することも出来ないのかよ!」

「ウォル!!」


 理不尽な理由で任務を奪われ、大事な家族を探すことも許されない。その気持ちは前線で戦ったことのあるクライアンも理解している。

 それにクライアンとて同期が殺されたことに加え、上官の立場が危うくなることも納得できていなかったのだ。


「お願いだ。耐えてくれ……!」


 今出来ることは自分の上官の為に動くこと。上官の立場が危うい今、彼らを動かすことは出来ない。

 頭を下げるクライアンの姿に一同が目を見張る。


「すまない、このとおりだ」


 ウォルファングはそんなクライアンの姿に全身の力が抜けてしまった。



―――



 三年前。ウォルファングが従軍する前最初に受けた適性検査で炎恐怖症を指摘され、希望していた部隊には行けないことを告げられた。


「前例がないわけじゃないが……」

「子供だし仕方あるまい」

「読み書きができてよかったじゃないか。他にも仕事は見つかるさ」


 内乱が終わってから間もない時期ということもあり、難民から従軍を志した人間が何かしらの心的外傷を持っていたということは珍しくないようで、本来なら適正無しだと言われて従軍できないのだが、まだ伸びしろのある十歳の少年で、しかもターゲス(大隊長)からの紹介で来たからという理由もありどうにか従軍することが出来た。

 だが訓練兵としてブートキャンプに中、中々同期達に勝てないことにも焦りを感じた。


「なに焦ってんの?ウォル」

「エリカ!」


 ブートキャンプは王都から出た近隣の山奥で行う。そこで自分よりも先に孤児院を卒業していたハムスター族のエリカと偶然再会し、色々話をした。


「ガーベラ姐さんから聞いたわよ。フィーを守るためなんだってね」

「それがなんだよ」

「あまり煮詰めないでよ。魔力がどうこう以前にどうせ私たち(孤児)はすぐに昇進出来ないんだから。地道にやるしかないの」


 現在エリカは従軍してから本部で裏方の仕事をしているらしい。今回は施設点検の補助の名目で本部から来たのだという。

 エリカは身体の小さい小動物系(ハムスター)の魔族だ。しかも身体の弱い傾向にある混血であるという理由で本部の雑用係に回されたのだという。

 ブートキャンプ中に脱落しなかったのは剣術が優秀で魔力が暴走する可能性が極めて低かったからだという。ロイクの指南さまさまだった。

 孤児院を出た人間が軍から追い出されてしまえば行くところが無くなるので必死だったというこもあるのだろうが、こんな自分が軍に籍を置かせてくれることが有難いと言っていた。


 そんな会話をしていた二人の様子を歳の近い同期達に見られたらしく、ウォル(弱いチビ)エリカ(女子)と話していたのが余程気に食わなかったらしい。

 次の日に複数人から一方的な暴力を受け、それをウォル返り討ちにした。自分よりも体格が大きく、これまでの打ち合いでは自分の方が負けてばかりだったのに、がむしゃらに素手で戦ったらいつの間にか同期達が戦闘不能になっていた。

 先に手を出したのはあちら側なのに『大勢の味方を戦闘不能にしたから』という理由で罰を受けたのは自分の方だった。先に仕掛けた奴らが痛々しい傷を付けた顔で「いい気味だ」と笑みを浮かべていたのは腹が立った。



「久しいなウォルファング!孤児院に居た時よりも大きくなった!」


 それから傷だらけの状態で一週間一人で鍛錬場の掃除をするという罰を受けていた自分は、本来会うことが叶わないはずのターゲス大将に声をかけられる。

 もちろん近くにいた奴らも、大隊長が問題児の烙印を押された自分に会いに来たと知り不満を持たない奴はいなかった。

 会いに来た理由を聞けば、新人たちの様子を見るのは当然のことだし、自分が紹介した人間がしっかりやっているか見守る責任もあるからだと言ってくれた。先日問題を起したばかりなので申し訳なかったが、顔を覚えてくれたのは純粋に嬉しかった。

 教官の厚意でターゲス大将と話す時間をくれた。


「前にも聞いたかもしれないが、どうして君は軍に来た?」


 開口一番に聞かれたのは従軍時の面談でも聞かれたありきたりな質問だった。


「守りたい姉がいるんです。アイツは俺より強い。でもアイツは世間から守られてたことを知らないんだ。だから俺はここで強くなって偉くなってアイツを守る場所を作りたい」

「それなら、孤児院にずっといさせた方がいいだろ」


 それはフィーの中にある【何か】がロイクを狙っていなければ、そう思ったかもしれない。


『なぁウォル。フィー(貧乏草)、何か持ってるだろ。何だよあの化け物』


 フィーが暴走したところを見ていたルークにそのことについて聞かれて、自分でも「わからない」と答えることしか出来なかった。「アレのせいで俺の家族に怪我させるのは許さないからな」と睨まれて終わったが、フィーとルークは大丈夫だろうか。

 そんなフィーも悪夢で何度もロイクと同じ顔をした男を殺したのだという。そのせいで自分はいつかロイクを殺すのではないかと怯えていた。

 どうしてロイク以外の人間を殺すかもしれないと思わなかったのかは分からないが、あの時自分はフィーとロイクを引き離す必要があると思った。


「それはだめだ……暴走したら今度は孤児院のガキかそれ以外の人が殺されるかもしれません」

「……君が言いたいことはわかった」


 大男を前に正直おっかなびっくりで会話していたと思う。

 だけど大将自身もフィーの話を聞いていたようで、話自体はすぐに理解してくれていたが、少しだけ考えた素振りをしていた。


「……彼女を魔術学院に行かせても、そこで彼女の人権が守られるとは思えん。あそこは貴族/商人社会の縮図だ。生徒としての待遇は同じでも、彼女への視線は違うだろう。君の魔法は何だ」

「……?水と氷です」

「水か。はは!まぁどちらにせよ魔法の指導はできんな。君も私の養子になれ。なに、別に父親として見ろとは言わんよ。

 お互いに魔族の純血同士だ。魔法は使えなくとも君は私と同じ純血だ。肉体の成長については伸び代がある。師弟関係を持ったと思えばいい」


 大将はその頃ロイクから名義だけでもいいからフィーを養子にできないか打診が来ており、大将はそれを受けるつもりだったらしい。養子が一人二人増えたところで問題ないだろうとも言ってくれた。

 義理とは言え自分が大将の子供になる。姉を守る為なら使わない手は無かった。


 その後とんとん拍子に話がまとまり、ブートキャンプが終わった後ターゲスが指揮を執る第一部隊配下の隊に異動することが決定した。

 大隊長に目をかけられている自分に対する周囲からの視線はとても冷たいもので、訓練兵を平等に指導してくれていた教官からも流石に妬まれた。嫌がらせを受けることもあったが自分はひたすら自分の強化に熱が入った。



「成長期の体を痛め付けるような鍛錬をする将来有望なマゾがいるって聞いたんだけど、君のことかな」


 アリックスと初めて会ったのは、消灯前の自由時間に外で木刀の素振りをしていた時だった。

 丁度その日は満月で真っ白な兎が月から降りてきたのかと錯覚しそうになった。だが軍服の胸元に付いているバッチには騎士の勲章である星が輝いていたため流石に警戒した。


「……アンタ誰」

「はは、噂通りの生意気なガキだな」

「年上でもアンタも傍から見ればガキだろうが」


 大人にしては背が低いから適当なことを言ったが、顔と声があまりにも中性的だったので性別はどちらなのかは分からなかった。だが女性でも強い人間がいることは知っていたので油断は出来なかった。


「やだなぁ、階級に年齢は関係ないだろ?」


 力試しがしたい。と彼(彼女?)がその辺に立てかけられていた練習用の木刀を手に取った。自分も持っていた練習用の木刀で彼に対して構えの姿勢を取る。


「魔法は無しで。君からでいいよ」

「なめた真似しやがってっ……」


 相手は騎士だ。だが当時の自分は自分よりも体格が上の奴らからの集団リンチを返り討ちにしていたこともあり少しだけ自信があったのかもしれない。

 最初はしばらく受け身で流されていたが、突然品定めが終わったとばかりに突然一気に打ちのめされ、地面に転がされると剣先を自分の眉間に向けられてしまった。結果は散々なものだった。


「うん、剣術の基礎はできてる。リンチを返り討ちにしたって聞いたから余程のステゴロかと思ったけど。流石大隊長の見込んだ子だね」

「褒められても嬉しくねえ……」


 仰向けの状態で月を見上げた。ふと自分の父親が酒を片手に月見をしていた姿が頭に過ぎる。狼族は満月を眺めるのが好きだ。だから自分も満月の夜が大好きだった。村の中でも一番の腕っぷしのあった父はその時何と言っていたか。最近は村人だけではなく家族の声すら忘れそうになる。

 そんな呆然と月を見ていたウォルを白兎は片手で引き上げた。ウォルは顔も泥だらけなのに彼の隊服には一切泥が付着していなかったのが余計に腹が立った。


「今更だけど自己紹介をしようか。僕の名前はアリックス・ロータス。兎族で騎士名は歌つぐみ(メイビス)。アリスって呼んでいいよ」

「ウォル……ウォルファング。狼だ」

「上官相手には敬語を使おうね」


 アリックスは自分が配属される予定の部隊の次期隊長だと言っていた。自分の配下に来る予定の新人がどんな人間か事前に知りたかったらしい。しかし十五歳で隊長になれるなんて一体彼は何者なのだろう。そして自己紹介が終わっても目の前の人間の性別がどちらなのか判断できなかった。アリックスってなんの花だよ。(ミドルネームのアリスと本名のアレクサンダーを混ぜた偽名だと知ったのはかなり後だった)

 ターゲス大隊長に話した内容の事情をアリックスにも話すと、両手の指同士をくっつけては離す動作をしながら考える素振りをする。


「……君、お姉さんが怖いんだろ」

「はぁ?お前に何が分かるんだよ!」

「分かんないよ」


 話したのは自分。だが他人にどうこう言われる筋合いはない。声を荒げても冷静なアリックスの目はどうでもいいような目をしていて、なお腹が立った。


「話を聞いてると君のお姉さんは今の君よりも強そうだ。魔術と呪術の心得があって魔力が一般の混血と同じくらいの量。しかも混血なのに体は頑丈で、三階の窓から飛び降りれるくらいの身体能力がある。そんな子を君が守る意味ってある?

 君がしようとしているのはあの子の才能の芽を潰して、檻の中で一生を過ごさせようとしているのと一緒だよね」


 才能。と言われて頭によぎるのは魔法だった。自分がどうしても十分に使えないもの。

 雪から魔力を摂取できるよう口に頬張って無理矢理氷の魔法を習得したはいいが、自分の手札に小細工が増えたところで自分が使える魔力量には限界があった。魔力が少ない父親もロイクも自分の魔法や魔力に頼らず筋力に頼っていた。

 おそらく自分を養子にしてくれたターゲスも同じパターンなのだろう。

 だが彼女はきっと全てが使える。身体が弱かったフィーの母親と違って彼女は生まれつきポテンシャルが高かった。


「故郷の村だとそうしてた……」

「そう、でもそれは当時の彼女よりも強い人間。大人が大勢いたからでしょ。でもその子の家族は君一人しかいない。しかも僕に負けるくらい弱い」

「……隠さないといけなかったんだよ」

「それはもう君の村が焼けた時点で手遅れだって。君は何を焦ってるの?君がさっきやっていたのも身体を傷付けているだけだ。むしろ肉体の成長を阻んでるんだよ」

「それならどうしたらいいってんだよ!!」


 彼女は毎晩悪夢に苛まれながら頭に流れ込んでくる自分以外の感情と戦っている。それに呑まれたら大切な誰かを殺しかねないと怯えているのだ。あの悪夢と同じ化け物になるのではないかと震えている。

 そんな彼女の苦しみをどうにかして拭い取りたかった。そして二人で静かに村にいた頃のような平穏な暮らしを送らせてあげたい。


「そのお姉さん曰く付きなのは大将から少しだけ聞いてるよ。この国唯一の竜族」

「そこまで知ってんならなんで」


 「僕もその辺の調査に一枚噛んでるんだよね」と言われればウォルも思わず身構える。


「君の故郷の村。反逆者(レジスタンス)じゃない何者かに故郷の村を燃やされたようだ。そりゃあそうだよね。地図に書かれてないような村を南側の人間が知るわけがないもん。そこの土地管理してた領主も国には存在しないって申告してたよ。土地の虚偽とそれによる国税の未納で捕まったけど」

「チッ……アイツら……」


 忘れもしない。毎月やってくる税の徴収日のことを。アリックは「あー、搾取されてたか」なんて言うが、村人全員呼んでは広場に集まらせて子供相手でも容赦なく詰問する奴らはかなり怖かったし、家財道具を片っ端から荒らしたこともあった。(フィー達が住んでいた家は集落から大分離れていたため使いが訪れることは無かったが)

 だからロイクに出会うまで税の徴収がこんな事務的なものだと思わなかった。

 自分が村にいた頃の徴収日ことをロイクに話したら「規定以上の税を搾取しようとする土地は、搾取を考えた時点でその統治経営が既に破綻しているんだよ」とその時はやたら丁寧に説明してくれたのを覚えている。過去にも同じ被害者がいたのだろうか。


「自分よりも強いお姉さんを君が守りたいって言ったのは、きっとそういう輩に利用されないようにとかでしょ。他に何を隠してるのかは知らないけど、余程大事なんだろうね」

「……」

「僕の妻も曰く付きの人なんだけどね」

「男なの!?てか結婚してんの!?」

「うわ今更」


 「貴族って色々面倒なんだよ」と言われるとへえそうなのかとどうでもいいと思えてしまう。ロイクという人間を除けば貴族と言う身分は自分から見れば雲の上の存在だし、過去のこともあってか、例え出世できると言われても仲良くなりたいと思えない。


「血筋の関係もあって表に出せないんだよ。混血で魔力も膨大だから扱いがタイヘンなの」

「どんな人間だよ……」


 帝国時代の皇族じゃあるまいし。そのまさかなのだが今のウォルにその辺の事情は知らない。


「己が背負っているものを理解してそれに向き合う必要がある。うちの妻は愛想もないし、可愛げもない子だけどね、自分の立場に向き合うくらいの覚悟はちゃんとあったよ」

「フィーは貴族じゃねえ。それにそんなもの持ったらフィーが潰れる」

「それでもだよ。君がいた村でその子がどういう理由で隠していたのかは知らないけど、こっちは訳も分からず幼気(いたいけ)な女の子を監禁する真似はしたくないの」

「監禁じゃねえ。守るんだ」

「君がやろうとしているのは監禁と一緒だよ。お姉さんを守れるのはお姉さん本人だけだ。それに君の村で隠してたのってどうせ種族だけが理由じゃないんでしょ」

「…………」

「でだ。ウォルファング・ヴィスコ。僕と協力してくれない?」

「協力って、どうせ異動したらアンタの部下になるんだろ」


 部下になるなら協力以前に彼の指示に従うことになる。「今はまだ僕の部下じゃないから君に命令ができないよ」と飄々としていたアリックスは急に真面目な顔をし始めた。


「君らの村を燃やした奴らが何者なのか分からない以上、お姉さんだけじゃなく君も危険な目に遭う可能性は高い。あの子の身柄は大将が預かってくれても、君自身が何も知らないと君がしたいことが何もできないでしょ」


 争いは終わった。だが平和には程遠い。

 フィーが暴走したあの日、孤児院に侵入してきた男たちもフィーの正体を見ている。もしかしたらそれをきっかけにまた違う誰かがフィーを狙う可能性があるのかもしれない。


 それにあの自分の村が燃やされた日の真実を知りたかった。ロイクからは遺体は全て村があった場所の一角に全員埋められ墓標を建てたと言っていたが、どうして自分の家族達が業火の中殺されなきゃいけなかったのかまでは分からないままだった。


「……お前の下に居ればフィーも守れるんだよな?」

「それは君次第。それに平行して普通に仕事はこなしてもらうよ。でも悪いようにはしないと保障する」


 指し伸ばされた手を見つめる。恐らく、これが一番フィーを守るための近道だ。


「それに僕自身、第二部隊から異動するから第一部隊に気の置ける奴がどこにもいないの。上司と部下だけどさ、トモダチになってくんない?」

「はぁ?」


 「アンタ友達いないの?」と聞けば「ぶっちゃけ君がはじめて敬語抜きで会話した人第一号」と笑う彼に呆気にとられる。

 貴族というだけでも何だか嫌なのに、やたら頭のいい奴というのもあまり好きになれない。


「そ、それは考えとく……」

「めっちゃ嫌そうだねー」


 のちのち、彼の所為で「花水木(ドックウッド)」という愛称が広まってしまった。

 理由を聞けば、「あの花、君みたいでしょ」と返されるだけだった。


アリックスは幼い頃からアコナイトの父親から師事を受けていたので、アコナイトとは兄弟弟子に当たります。

アコナイトは出会った当初からアリックスが男だと知ってはいましたが、顔が女の子なのでこっそり自分のお下がりの服を着せるなど妹のような扱いをしていました。それが以降アリックスの単独任務で役に立ったりしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ