子供達の気持ち
翌朝、起きてすぐになるべく物音をたてないよう気を付けながら、そぅっと朝食作りに取りかかった。
昨夜はやはり品数は少なかったけれど、皆喜んで夕飯を食べてくれた。
メニューはたけのこの煮付けに野草の酢の物、菜の花のおひたし。
情けないが、今朝もほぼ同じメニューになる。
やっぱり、お米や小麦粉、その他の食材を買わなきゃなあ。
子供達の健やかな成長の為には、食事は重要だ。
お風呂増築の為の貯金はしたいが、食費は削れない。
「よし、今日は街に買い出しに行こう」
畑の水やりと山の採集は、申し訳ないけど子供達と分担させて貰って、早めに終わらせて午前中のうちに出発しよう。
そんな事を考えながらも手を動かして、次々に朝食を作っていく。
やがて全部が完成する頃、ベッドがあるほうから物音がしてきた。
あ、皆、起きたかな?
ちょうどいいタイミングだね、良かった。
「皆、起きた? おはよう。もうすぐ朝御飯ができるから、顔を洗っておいで」
「え、は、はい。ありがとうございます、トゥーハ様。えっと、料理、お手伝いできなくてすみません」
「うん? ああ、いいのいいのそんな事! 気にしないでシュロールス君。お手伝いなんて無理にしなくていいんだから。ね?」
「……はい。ありがとうございます」
「あ、あの。おはようございます、トゥーハ様。……えっと、あの」
「おはようございますトゥーハ様。あの、レードックがいないです」
「え?」
挨拶のあと、何か言いたそうな様子でおどおどと視線をさまよわせているラヴィーリちゃんの言葉を引き継ぐように、ティアラちゃんが告げた。
その言葉に目を瞬くと、私はベッドを見る。
ベッドは全て空になっていて、レードックの姿はない。
「えっと……トイレじゃ、ないの? あれ、でも」
そういえば、私が起きた時にもレードックのベッドは空だったような気がする。
あの時はまだ半分頭が寝ている状態だったから定かではないけれど……あの時からいないとすると、トイレにしては長すぎる。
「……もしかして、トイレで寝ちゃってる? シュロールス君、悪いけどトイレを見てきてくれる?」
「……いえ、その必要は。その……レードックは昨夜遅く、ここを出て行きましたから……」
「へっ!? で、出て、行った!? な、何で……!? 理由、理由は!? どうして止めなかったのシュロールス君!?」
シュロールス君から告げられた衝撃の言葉に、私は慌ててその肩をガシッと掴み、詰め寄った。
するとシュロールス君は気まずそうに目を逸らす。
「……気持ち、わかるから。レードックは、あの時助けずに、今更になって助けようとする女神様なんか信じないって言ったんだ。だから女神様の神子様の元でなんか暮らさないって……」
「え? あ、あの時? 今更、って?」
「……俺達を扱ってた奴隷商は、強盗団と取り引きしてたんです。村や街を襲い、住人を殺して子供を拐う強盗団と。だから俺達の家族はもう……」
「え……」
住人を殺して子供を拐う、強盗団?
家族はもう、って……。
「……つまり、その強盗団に襲われた時に助けず今になって助ける女神様や私を信じられないって事……?」
「…………はい」
「……シュロールス君、も?」
「っ、俺は……」
「そんな、そんなの、酷いよ……! 女神様やトゥーハ様が悪いわけじゃ、ないのに!」
「え? ……ラヴィーリちゃん?」
「ラヴィーリの言う通りだわ。女神様やトゥーハ様を批難するのは間違ってる。女神様だって、世界の全部に干渉するわけにはいかない、そんな事をすれば物事を考え、成長しようとする心を皆がなくしちゃうってお父さんが言ってたもの。今こうして助けてくれれただけで、満足しなきゃ駄目なのよ」
「っ! ……それは、君達だから言える事だ! 両親が、家族が突然理不尽に奪われなかった君達だから! どうせ助けるんなら、あの時助けてくれればって、そんなふうに思う必要がない君達だから言えるんだ!」
「……シュロールス君……」
ラヴィーリちゃんとティアラちゃんを睨んで叫んだシュロールス君の言葉に、私はかける言葉が見つからなかった。
けれど。
「……家族が突然奪われなかった? 何でそう決めつけられるの?」
「えっ……?」
ふいにぽつりと、静かに放たれたその言葉に、暫しおちていた沈黙が破られる。
それを発したティアラちゃんに目を向けると、ティアラちゃんは僅かに潤んだ瞳でシュロールス君を睨みつけていた。
その手はぎゅっと強く握りしめられている。
「……私のお父さんは村を襲った魔物から、皆を守ろうと戦って相打ちになって死んだわ。そしてお母さんは私を養う為に働きづくめになって、弱ったところを病気にかかって死んだの。でも、私はあの時お父さんを助けてくれなかったからって、女神様を責めたりしないわ」
「……わ、私も……流行り病で、薬が配られるのが遅くて……村のほとんどの人が亡くなって、身寄りがなくて売られたけど……女神様を恨んだり、しないよ……」
ティアラちゃんが言い切ると、そのあとを追うように、俯き、両手を胸の前で組んだラヴィーリちゃんが途切れ途切れに声を出した。
それを見て、シュロールス君の顔が痛ましげに歪む。
「……え、えっと、あの。……シュロールス君、レードック君は、どこに行くとか、言っていたかな? その、連れ戻すとかとは別に、ここを出てちゃんと生活できるのか心配だし……ほら、レードック君、お金持ってないしさ?」
再びおちた沈黙をどうにかしようと、私は頭を働かせ、聞くべき事を思い出して言葉を選びながらシュロールス君に尋ねた。
するとシュロールス君はちらりと私を見て、けれどすぐに逸らして俯くと、再び口を開いた。
「……ひとまず、王都に行くって言ってました。それに、お金は持ってます。貴女の財布から取ったって言ってたから。そのお金で武器と防具を買って、冒険者になるって、弱い魔物退治からこなしてお金を稼ぐんだって、そう言ってました」
「魔物退治……」
さっきティアラちゃんも言ってたけど、そっか、この世界には魔物がいるのか。
あれ、でもこの山には、いないのかな……昨日の散策では会わなかったよね?
運が良かっただけ?
う~ん、どっちだろう……いるなら散策も考えなきゃだし……。
とと、それよりも今はレードック君だ。
レードック君も、そしてシュロールス君も、ラヴィーリちゃんやティアラちゃんとそう変わらない歳に見えるから、十歳前後だろう。
その子供が一人で、冒険者になってやっていけるんだろうか?
弱い魔物を狙うにしたって、危険には変わりないよね……。
「ね、ねえシュロールス君? レードック君て、少しは剣が使えるのかな? それか、体術を覚えてるとか……わかるかな?」
「……いえ、知りません。でもたぶん、使えないし覚えてないと思います」
「そ、そっか……」
それだと……弱い魔物でも、退治は無理なんじゃ?
ど、どうしよう、心配だ……とんでもなく、心配だ。
これは、ソーヤ様に事情を話して、探して貰ったほうがいいかもしれない。
街に行った事がないばかりか、この世界に来たばかりの私が闇雲に探すより、そのほうがきっと早いだろう。
レードック君がここに戻りたくないなら戻らなくてもいいけれど、ちゃんと生活できているのかは見守りたい。
「皆、私ちょっと、ソーヤ様に相談に行ってくるから、ご飯先に食べてて。あ、それと、悪いんだけど、食べ終わったら畑にお水あげておいて貰えるかな?」
「あ、はい。わかりました」
「お気をつけて。トゥーハ様」
「……トゥーハ様、俺、道案内します。街までの道、覚えてるから」
「あ……うん、ありがとう。じゃあお願いするね、シュロールス君」
「はい」
私はラヴィーリちゃんとティアラちゃんに見送られ、シュロールス君を伴って、家を出た。
そして、牧場の敷地から出たところで、シュロールス君を見つめ口を開く。
「……ねえ、シュロールス君? もし……もしだよ? もし、君も牧場で暮らすのが嫌なら、どこか他で暮らせるようソーヤ様に相談してみるよ? ……君は、どうしたい?」
そう問うと、シュロールス君は複雑そうな顔をして、私を見上げた。
「俺も……いえ、俺は、女神様を信じられるとは言えないです。だって、女神様は何もしてくれないから」
「えっ? 何もって、でも」
「俺達を助けるよう神託を下ろした事は聞きました。でもそれだけです。実際に俺達を解放してくれたのは神殿やお城の神官様や騎士様だし、家と食事を与えてくれたのはトゥーハ様です。だから俺は、貴女の事は信じてもいいと思ってます。牧場で暮らすのも、不満はありません。……レードックにも、一緒に行こうって誘われたけど、そう言って断りました」
「え、そうなの? そ、そっか、なら、いいんだけど。……えっと、ありがとうね、シュロールス君。私の事、そんなふうに言ってくれて」
女神様云々の事には触れず、私は自分を評価してくれてるらしい事に、とりあえずお礼を言った。
シュロールス君はそれに小さく、本当に小さく頷く事で反応を返した。
以降、私達は何も喋らず、ただ足を動かしたのだった。
やっと書けました。




