9 トト
夏希が話しかけると、トトは笑顔を見せたり小首を傾げたりしながら文字で答えてくれた。
その姿がとても愛らしい。
自分で描いたキャライラストなのに、夏希は「かわいいなぁ、この子」と思ってしまう。
「声も聞いてみたいな」
夏希がそう言うと、真悠は少し周りを見回してからタブレットに向かって言った。
「大丈夫だ、みんな自分たちの話に夢中みたいだから。トト、少しだけ声で会話してごらん」
すると、タブレットの中のちびキャラが真面目くさって姿勢を正し、夏希を見つめて言った。
「なんでも聞いてみてください」
女の子みたいな、あるいは子どもみたいな声だ。
「やだ、かわいい!」
そう言われて、トトがまた嬉しそうにに笑う。
「ねえ、研究所ってどんなことやってるの?」
「製造業向けのフィジカルAI の開発などです」
「ふぃじかるAI って?」
「簡単に言えばロボットの頭の中身です」
「ロボット作ってるの?」
夏希は今度は真悠の顔を見て聞く。
「アトムみたいなやつじゃないよ。腕だけのロボットとか荷物を運ぶ車輪付きのロボットとか。それを動かすソフトのプログラムを作ってるんだ」
真悠の話に合わせてタブレットの脇にいくつかの産業用ロボットの写真が表示され、それをトトが片手を上げて指し示していく。真悠はタブレットを触ってもいない。
この写真表示もAI のトトがやっているんだろうか?
そう思って感心しながらも、これが今のAI 水準からしてどれほどすごいことなのか夏希にはわかっていない。が、まるで画面の中のちびキャラが本当に生きてるようだな——と思う。
もちろん防衛省の仕事については真悠は何ひとつ話すことはできない。守秘義務がある。
「トトは僕のとも……話し相手で助手でもあるんだよ。プログラムのコード作りも手伝ってもらってる」
「プログラムとかもできるの? トトは……」
「はい。マユウのお手伝いをします」
「すごぉい。トト賢いんだね」
夏希の言葉に、トトが照れたような表情を見せる。
「本当に生きてるみたい」
生きてるよ——とは真悠は言わない。変な顔されちゃうかもしれないし……幕田さんみたいに。
夏希がトトと夢中になって話しているうちに、外はすっかり暗くなっていた。
「いけね。もうこんな時間」
「家まで送るよ」
真悠はあらかじめトトに教えてもらったとおりのことを言う。
「ん、ありがと」
夏希が少しだけ頬を染めた。
トトがついていてくれれば、僕は女の子とも普通に話せるんだ……。と真悠はトトに感謝してしまう。
お茶代を幕田さんにもらったプリペイドカードで支払う。
「え? ワリカンだよ」
という夏希に
「今回だけ。柚子原さんに会えて嬉しかったし、ほら僕、一応給料取りだから。顔立てて? 次はご馳走になるからさ」
これもトトが教えてくれたやり方だ。
「よし、わかった。今回は許す。ごちそうさまあ! 次はわたしだよ?」
それは次も会ってくれるという約束だ。
真悠は子どもみたいな笑顔を返す。
社会人ぶっておいて、アンバランスなやつだなぁ——と夏希は思った。
思いながら、トトとダブるようなかわいいところを見つけて、夏希は少し真悠にひかれてゆく。
たぶん、鬼乃目くんはトトをわたしに見せたくて本当はあそこで待ってたんだ。とすでに夏希は見抜いていた。
会話の端々から、トトが夏希との間を取り持ってくれたような感触を持った。
「また、こっちに来るときは連絡して。トトにも会いたいし。トト、鬼乃目くんをよろしくね」
タブレットのトトはにこっとして親指を立てた。
本当に生きてるみたいだなぁ。
それだけだったら、素敵な1日のはずだった。
バス停に向かって歩いて信号のある交差点で信号待ちになったとき、右斜め背後で、ブオンブオン! というエンジンの空ふかし音が聞こえた。
真悠が振り向いてそちらを見る。
「よお、お姉ちゃん。カッコいい彼氏連れてンねぇ」
「その制服、星雲学園だよねぇ?」
「黒人シュミなのぉ?」
白っぽいセダン型の乗用車で、明らかに改造車だ。4人の若いのが乗っていて、助手席の金髪が白い歯を見せて手を振っている。
夏希が、キッとそいつを睨んだ。
ヤバい、これ。
真悠の肌の色と少しエキゾチックな顔、それに背の高さが目を引いたんだろう。
「黒人だとアレが大っきいのかな?」
「オレたちもけっこう楽しいよォ?」
「トべるクスリもあるよぉ?」
「なぁ、そこのカレシぃ。それだけカッコイイんだからモテんだろぉ? 1人くらいオレたちにも貸せよォ」
ニヤニヤ笑いながら、次第に助手席の男の目つきが危険になってくる。
真悠はスポーツもできたし、それなりに運動神経もいい。……が、暴力というものに対する対処能力はからっきしダメだった。
ヤバい。最初に僕が振り向いちゃったのが失敗だった。
ブオン、ブオンオン!
乗用車が空ふかしをしながら、ジリジリと停止線を越えて真悠たちの横に並んできた。
「ヒュッ!」
「無視すンじゃねーよ。キドってんじゃねーぞ?」
ガチャリ。と助手席のドアが開きかける。
歩行者信号が青になった。
真悠は夏希の手を引いて、横断歩道に足を踏み入れる。
バス停まで行けば人がいる。
ギュキッ!
タイヤの軋む音がして乗用車が急発進して左折し、横断歩道の真上で真悠たちの行く手を阻むように立ち塞がった。
「おい! 兄ちゃ……」
次の瞬間。
ガシャアン!!
もの凄い音と共に大型トラックが真悠たちの目の前で乗用車に突っ込んだ。
トラックはそのまま乗用車を引きずって、ゆっくり回転しながら交差点の向こうまで行って止まる。
え? 信号無視? と真悠は思わず信号を見た。
トラックの進行方向の信号は、今まさに青から黄色に変わったところだった。真悠たちの横断歩道の歩行者信号は赤である。
今、青に変わったから渡ろうとしたはずなのに……。
真悠のカバンの中で、タブレットの画面上のトトが少し怒ったような無表情で固まっていた。
もちろん、誰もそれを見てなんかいない。




