8 青春二幕目
真悠はバス停の付近に立っている。
バス待ちの風情で本を読んでいるふりをしているが、その視線は校門の方に注がれていた。
星雲学園高校。
真悠が通っていた中学校に割合近い位置にあるそこそこの進学校だ。
結局、真悠は夏希がこの学校に通っていることをトトに教えてもらった。
あれから(柚子原夏希のことを思い出してから)なぜかその名前が頭から離れなくなってしまった。
僕はどうなっちゃったんだ?
元々一つのことに引っかかると、それが解決するまで固執してしまうという部分は昔からあった。ただそれは、これまではプログラムの問題に限られていたのだが……。
女の子の名前?
なんだよ、これ? 自分はそんなものじゃないと思っていたのに……。結局僕もサカリの時期のオスに過ぎないのか?
そのイメージは真悠をひどく傷つけたが、しかし、結局その引っかかりから脱出できないストレスに真悠は負けた。
「トト……。その……ゆ、柚子原夏希の通っている高校は調べられる? 通学方法も……」
真悠は耳を熱くしながらトトに頼んだ。
「いいですよ」
トトはすぐに夏希が星雲学園高校に通っていることとバス通学であることを表示して見せた。
「久しぶりに会いに行ってみたらどうですか? マユウに人間の友達がいるのは、わたしも嬉しいです」
「あ……、でも……」
もちろんそうしたい気持ちは強くあるのだが、いったいどういう口実で東京方面に行けばいいのか……?
卒業以来、全然連絡も取っていなかった(それどころか連絡先も行ってる高校すら知らなかった)女の子に会いに行くのに。
絶対ヘンだよな?
とさすがの真悠でもわかる。
「幕田さんに相談してみたら? 何か理由をつけて出張できるように。それで、偶然見かけた感じで声をかけるっていうのはどうでしょう」
「いやいや、それはいいことだよ。そうだね。私がこちらに来てばかりじゃなくて、たまには君が東京に来て打ち合わせてもいいね」
トトから話を聞いた幕田さんが嬉しそうに真悠に言った。
「1日と言わず3日くらい休暇をあげるから、ぜひお泊まりもしていくといい」
何を言っている? 卒業以来初めて再会して、それはあり得ないでしょ?
相変わらず瞳の中に光のない幕田さんの目が、笑い目になっているのがすごく気持ち悪いんですけど?
「会いに行くのはいいけど……、いったい会ったら何をどう話したらいいんだろう?」
結局、真悠はトトに相談している。
他人とのコミュニケーションは、そもそも苦手なのだ。それが女の子ともなればなおさら……。
「わたしを見せたらどうでしょう。あの頃よりはうんと滑らかに動けるようになりましたし、お話もできます。話題のきっかけになるのではありませんか」
そして今、真悠はドキドキしながら星雲学園高校の校門を見ている。
彼女が高校でも美術部に所属していることも、最も頻度の高い帰りの時間も、近くの雰囲気のいい喫茶店まで、トトが割り出してくれていた。
果たして。
トトの予測どおりの時間に、柚子原夏希がもう一人の女子高生と何かを談笑しながら校門を出てきた。
真悠は声をかけるために、勇気を振り絞って顔を上げる。
——あ、柚子原……さん? 久しぶり——
トトと何度も練習してきた最初のフレーズだ。
しかし、真悠が声を出そうとしたその少しだけ先に、夏希の方が声を上げた。
「鬼乃目くん?」
隣にいた女子も、ぱっと真悠の方を見る。
「え? 誰? このイケメン」
「あ、わたしの中学の同級生。高校も大学も行かずに、なんか愛知県の方の研究所に研究員として引き抜かれて就職しちゃった子。めっちゃ頭いいんだ」
「ほおう。……んじゃあ、あたしは先帰るから! ごゆっくりぃ」
「あ、ちょっと! 陽子。待ってってば……」
陽子と呼ばれた女子高生は、手をひらひら振りながら反対側のバス停に走っていってしまった。
「あは……。なんか、誤解してる」
そう言って笑った夏希の笑顔はあの時のままで、頬を少し染めていた。
「こ……こっちに戻ったの? 会うの卒業以来だよね?」
「あ、い……いや、しゅ、出張で……こ、このあと実家に少し、顔出そうかな……なんて……」
用意してトトと練習してきたフレーズはもはやグチャグチャで、真悠はしどろもどろになってしまった。
「あの、すぐそこに喫茶店あるんだけど……寄ってく時間ない? 研究所、大変?」
「いや、そんな大変でもない。僕に向いてるっていうか……」
会話をエスコートしてもらえたことで、真悠は予定が狂ったパニックから立ち直って少し落ち着いた。
「ひっさしぶりぃー。てゆーか、なんかあんまり変わってないね」
夏希が店のタブレットで注文をしてから、改めて真悠の顔を眺める。
……が。
………………
そのあと少し沈黙が流れてしまう。
お互いに話題が見つけられない。中学の時の共通の思い出といえばイラストの件だけだし、中学を卒業してからは一度も会っていないのだ。
「あ、そうだ。これ見る?」
やや唐突な感じだが真悠が切り出して、カバンからタブレットを取り出した。
その画面に夏希が描いたあのイラストのキャラが映っている。
「あ、これ。待ち受けにしてくれたの?」
夏希が嬉しそうにそう言うと、そのイラストのロボットがにこっと笑った。
「え?」
『はじめまして。わたしはマユウに造られたAI のトトです』
そう画面に文字が打ち出されると、そのイラストはぺこりとお辞儀をした。
夏希は驚く。
わたしの描いたイラストが、鬼乃目くんの作ったAI で生命を得た?
「あれから進化させたんだ。本当は音声でも話せるけど、周りの人がびっくりするといけないから」
『あなたがわたしの姿を描いてくれた柚子原夏希さんですね? 素敵な絵にしてくれてありがとうございます。とても気に入っています』
「み……見えるの?」
「うん。タブレットのカメラで認識している」
トトはタブレットの中でくるくるっと回って見せてから、またにこっと笑った。
「やだ! きゅんきゅんしちゃう!」
夏希は真悠とほとんど親しく話したことがなかったことなんか忘れてしまう。




