7 管理AI
内閣改造は噂されていたほどではなく小規模だった。
穴黒は防衛大臣から外務大臣へと移されることになった。
「防衛の方は道筋がついた。あとは若手に経験を積ませてやっても、あの次官がいるから大丈夫でしょう。日本を取り巻く環境が厳しくなっている今、経験豊富なあなたに外相をお願いしたいのですが」
鷹嘴総理からそう打診されたとき、穴黒は内心ほくそ笑んだ。防衛、外務、とくれば次は総理の目が見える。
「謹んでお受けいたします」
これが体のいい更迭であるとは毛ほども気がつかなかった。
鷹嘴にすれば、今早急に他国に追いつかなければならないのはサイバー防御体制であり、それを迅速に進めるには経産省と防衛省のその分野の強化が必要だ。
穴黒のような古い頭の防衛族は障害にしかならない。
むしろその急進戦略をカムフラージュするためにも、日本外交が古臭いままの安全運転だと諸外国には思わせておいた方がいい。
穴黒はそんな意味合いで外相に据えられたのだ。
「なんでそんなものが必要なの? あれじゃ足りないというなら強化はするけど、そうするとまた侵入を起こしちゃう危険があるよ?」
真悠が言うのは中学生の時に起こした事件のことだ。
あの時は幕田がうまく処理してくれたので事なきを得たが、今の真悠の立場は岡崎テックラボの主任研究員だ。中学生ではない。
真悠は研究のこと以外はわりに無頓着ではあるが、それでも世間的に犯罪と言われるようなことにまで踏み込んではいけないくらいのことはわかる年になっている。
真悠。17歳。
少年と大人の中間。それにしては、ひどく子どもっぽいところも残している青年だった。
岡崎テックラボで研究を始めて2年目になる。
「君ももう理解しているだろう? 私は防衛省の官僚なんだ。君の研究費も防衛省から出ている」
幕田は相変わらず光のない目をしているが、それでも真悠を見る時の瞼が縁取るその形には慈愛が滲み出ていた。
「防衛省の仕事には表に出せないグレーゾーンのものもあるんだ。多少のことはいい。跡が残らない程度であれば。組織が君やトトを守る。防衛省はよりクオリティの高い情報収集能力を必要としているんだ。そのAI をトトに管理させればやれるんじゃないか?」
「それはできると思うけど……」
「トトにとってもより広範なデータを利用できることにもなるしね」
なぜそんなこと……と思っていた真悠も、最後の幕田の言葉で心を動かされた。
「どう思う? トト」
幕田が帰ったあと、真悠はトトの意見も聞いてみた。
「いいんじゃないでしょうか。わたしも学習データが増えるのは嬉しいですし、なによりマユウの評価が上がります。大丈夫です。ヘマはやりません」
真悠はトトの力も借りながら、防衛省のための次世代情報収集AI の開発を始めた。
忙しくなった。
「少しは外にも出てみたらどうだ?」
たまに訪ねてくる幕田は少し心配そうにそんなことを言う。
「出てるよ。この辺は緑も多くて首都圏より空気もいいし」
それはラボのテラスで深呼吸をする、という程度の意味だ。
「いや、そうじゃなくてだな。たまには街に出て女の子と付き合ったり……。簡単なプログラムの仕事は部下に任せて。A国から優秀な技術者を何人か引き抜いてやっただろ? 女の子に興味ないのか?」
「女はめんどくせー」
真悠は心底ウザそうな顔をする。
部下の技術者の中には女性もいるが、真悠にとって大人の女性は何を考えているのかわからない異世界の住人だ。下手をすればバケモノにさえ見えた。
「トトと話してる方がよっぽど楽しい」
「トトは所詮はAI だ。どんなに巧妙に会話していてもプログラムに過ぎない。生身の同世代と付き合ってみろ。仕事を離れて——」
なんだか父親みたいなこと言ってるな——と幕田は内心自分に呆れながら、それでもなんだかこの歪な天才を放っておけない気がした。
真悠はひどくわかりやすくむくれた。こんな表情も、とても17歳の青年とは思えない。まるで小学生だ。
「ただのAI じゃないよ! 僕の友達なんだ」
幕田はそれ以上何も言わない。
自分でコードを打ち込んだくせに、そのシステムも十分わかっているはずなのに、真悠はトトに子どものような夢やロマンを重ねている。
部屋を出るとき、幕田は小さくため息をついた。
あの天才の能力は欲しい。
しかし……
あの子はあのままでは人として成長できないのではないか?
幕田の中で2つの相反する思いが揺れ動いていた。
真悠の端末の画面の中にトトの姿が現れ、出てゆく幕田の背中の方に向かって「ベー」をしてみせた。
思わずくすりと真悠が笑う。
そういえば、このトトの姿の元になったキャラクターのイラストは柚子原夏希が描いてくれたんだったな。
それは今も大事にクリアファイルに挟んでしまってある。
彼女は今どうしているだろう?
たぶん高校生だよね。どこの高校に行くかも聞いていなかった。
真悠は、トトが画面の中で動く姿を見せた時の夏希のキラキラした瞳と笑顔を思い出す。不思議と彼女に関しては嫌なイメージがなかった。
「今、柚子原どうしてんだろ……」
ふと漏らした言葉に、トトが反応した。
「わたしの姿を描いてくれた人ですよね? 高校、調べてみましょうか?」
「い……いや、いいよ」
真悠が頬を赤らめる。
なんだか彼女の秘密を覗き見るみたいで、罪悪感が浮かび上がった。別に通っている高校名くらいは秘密でもなんでもないはずだが。
だいたい真悠は今、防衛省の依頼でそういう情報データを広範に集めるAI を作っている最中なのだ。
ただそのことと、柚子原夏希に対する淡い感情との間に、すぐにはつながりを見出すことができなかった。
そうして、ようやく真悠がたどり着いた発想はひどく子どもっぽいものだった。
「柚子原のデータにはブロックがかかるようにしておくか……」




