6 青春の一幕
「キャラクターを描いてほしいんだけど」
鬼乃目真悠が美術室に来てそんな声をかけてきたとき、柚子原夏希は思わず彼の顔を二度見してしまった。
真悠とは2年生の時、同じクラスになった。3年生になった今またクラスは別になったが、その間特に親しく話をしたということもなかったからだ。
普段からあまり誰ともつるまない、どちらかというと超然とした雰囲気のある男の子で、いつも教室の隅でノートに何か書き付けていた。
お父さんが黒人らしいということで、肌の色が浅黒い。勉強はできるし、顔もなかなかイケメンで、運動もできる。(ただし美術だけはからっきしのようだった)
そんな不思議な空気を纏った少年は女子の間でもそこそこ話題になってはいたが、なにしろ本人の近づくなオーラがすごい。女子も男子も近づき難い雰囲気があった。
もしかしたら肌の色のことで小学校時代にいじめのようなものにあっていたのかもしれない。それで、人を近づけないような鎧を纏ったのかも。
そんなふうに夏希は思ったりして、できる限り特別でない接し方と距離を保ってきたつもりだった。だから特に親しいわけでもない。
夏希は美術部員だが、真悠はどういう部活もしていない。帰宅部もソッコー帰宅部で、最後のチャイムが鳴るが早いかさっとばかりに帰ってゆく。
そんな鬼乃目真悠がわざわざ美術室まで来て、突然こんなことを頼んできたことに夏希は驚いた。
「えっと……なんのキャラクター?」
「その……ロボットの……。学年誌の表紙に描いてた柚子原さんのキャラクターがかわいかったから」
色黒なのにわかるほど真悠は頬を染めている。
え? これってもしかして?
夏希の心臓がどきりと跳ねる。
「い……いいよ。明日までに描いておくから、明日美術室まで取りに来て」
その日夏希は製作中の油絵をほったらかして、ロボットキャラのイラストに取り組んだ。
学年誌のイラストが気に入ったんなら、ちびキャラだよね? 色は? やっぱ、金属感のある銀色がいいかな。
手渡した後のことまでいろいろ妄想しながら、夏希は暗くなるまで手描きのイラストを描き続けた。
翌日。
「ありがとう! ピッタリのイメージだよ」
イラストを渡された真悠はそれまで夏希が見たこともないような笑顔を見せ、夏希の描いたイラストをクリアファイルに挟んで大事そうにカバンにしまった。
…………
それだけだった。
その翌日も翌々日も、夏希と真悠の間に特にこれといった関係の進展はない。
「なんなん? いったい……」
「どう? 気に入った?」
「素敵です。気に入りました」
パソコンのモニター画面に、スキャナーで取り込んだ夏希のイラストが表示されている。
「これが、マユウがイメージしてくれたわたしの姿なんですね」
「描いたのは僕じゃないけどね」
「でも、プレゼントしてくれたマユウの気持ちが嬉しいです。とても素敵です」
「気に入ってくれてよかった。頑張って大冒険した甲斐があった」
「大冒険なんですか?」
「だって女の子に声かけて頼んだんだよ。僕がそういうのニガテなのは知ってるだろ?」
「女の子、ニガテなんですか?」
「話すの難しいから。ねえトト、くるっと回れる?」
「動きは少し遅いと思いますけど。立体化して回ってみますね」
そう言って、トトは画面の中で柚子原夏希の描いたイラストのロボットを回してみせた。
フレアスカートこそはいていないが、小さな女の子が新しい服を見せるみたいな動きだった。
「うん。いいね。かわいいよ」
「そうですか? 嬉しいです。マユウ、ありがとう」
「あは。トトに喜んでもらえてよかった」
トトはまた画面の中で、嬉しそうにくるり、くるり、と何度も回った。
「うん。やっぱり姿があると声だけより話しやすいな。幕田さんにも見せようぜ」
「はい」
トトとの会話をするようになってから、真悠は少しだけ人との接し方も積極的になってきている。
それは幕田も最近感じていて、いいことだな、と真悠のために思っていた。……が。
「現実の友達とも話した方がいいぞ。3年生の1年間が終われば、君は主任研究員として大人とばかり話すことになる。同世代と会話できるのは今だけだぞ?」
「人間、めんどくさいんだよなー」
「そう言わず……」
幕田は笑った。わからないこともない。
「その女の子にはお礼はしたのか?」
「うん。ありがとうは言った」
「いや、そうじゃなくだな……。一回くらいはお茶にでも誘って、この結果を見せてやれば?」
相手はそれくらいの期待はしてるだろう、ということは幕田でも想像がつく。手描きのイラストのクオリティがハンパない。
「見せてもいいの?」
「動画だけならね。トトの技術はラボでも引き続き研究していくことになるから、コードは見せられない。動画は見せるだけ。渡しちゃダメだよ。でも見せてあげたらその子きっと喜ぶと思うよ。いちばんいいお礼になる」
そう言って、幕田は「お茶代」と言って広範囲に使えるプリペイドカードを机の上に置いた。
いくら天才といったところで、14歳の男の子なのだ。女の子に興味がないってことはないだろう。いきすぎてはいけないが、この年代にしか味わえない経験をしておくことも大事だ。
ラボに入ってしまえば、そんな暇はなくなる。
自分の書いたイラストのキャラクターが、まるで生きているようにタブレットの中でくるくると踊っている。
「すごい。あのイラストだけから、こういうの作れるの?」
「うん。僕は絵だけはダメだから、描いてくれて嬉しい。すごく気に入ってる」
「この動画、もらっていい?」
夏希は勢い込んで真悠の顔をみたが、真悠はすまなさそうな顔をしただけだった。
「それがダメなんだ。この技術はこの先僕が就職するラボでも使う技術になるから、渡しちゃダメなんだって。だから見るだけなんだ、ごめん」
夏希はその動画を隅々まで漏らさず目に焼きつけようと、食い入るようにながめ続けた。
夏希にとって、その一回だけのデートは一生忘れられない思い出になった。




