4 会話するAI
「半民間ですが優れた人材の集まっているラボがあります。まずはそこを活用しましょう」
総理にハッパをかけられ、困じ果てた穴黒大臣の問いに、幕田はいつも通りの淡々とした声音でそう進言した。
幕田の目に光がないのはいつものことだ。
問えば答えを用意しているくせに、それを持って自分で政治的に動くという能力をほぼ欠落させているこの男は、穴黒にとっても便利な男であった。
自分が連れてきた補佐官などより、よほど役に立つ。
「まあ、君が言い続けていたサイバー特殊部隊の創設を首相が認めて予算をつけると言ってくれたんだ。喜ぶべきなんだが、その期限がね……。数ヶ月でミノタウロス級だと。そんな人材は防衛省内には……。失敗すれば私も君も後がない」
そう穴黒大臣から相談された幕田の答えが、先の提案だった。
「ああ、第三セクターのあの愛知県のラボかね? 大した業績があるとも聞かんが……」
それはカムフラージュです。とは幕田は言わない。
すでに首相の意向を聞いてしまっているのだ。この男にそんな話をしても無駄だし、場合によっては漏れる危険もある。
幕田宅真という男は自ら政治的に動くことはないが、しかし政治感覚がないわけではないのだ。
自分の苦手に手を出さないだけなのである。そういう点、幕田は慎重で用心深い男でもあった。
真悠が初めて対話型AI のアイデアを思いついたのは、中学1年の夏休み直前だった。
学校の宿題などというばかばかしいものは1日で片付け、あとはAI の制作に没頭した。
幕田のおじさんがくれる少なくない小遣いで、専門書を買い込み、読みあさり、寝食を忘れてコードを打ち込んで実験を繰り返した。
データを集め、ノイズを除去し、学習させて、実験し、その結果をもとにまた書き直す。
手持ちの端末とサーバーを使って真悠の能力でできる限りのことをしようとするが、いかんせん反応速度が遅い。言葉も時々おかしい。
真悠が欲しいのは、友達のように話せるAI なのだ。
イメージに対して結果を妥協しないというのは、やはり天才というものなのだろうか。
真悠はプログラムという一種の数列にロマンのようなものを見ているようだった。そこはやはり子どもなのだろう。
「最新の論文も読まなきゃ」
しかし真悠の英語力(なんだかんだ言ってもまだ中学生のレベル)では、翻訳されていない論文は難敵だった。
そこで真悠はまず、公開されている翻訳ソフトのコードをベースに自分のためだけの翻訳AI を作ることを並行して行うことにした。
そんなこんなをやっている間に、あっという間に1年生は終わり、真悠は2年生になっていた。
そしてこの時期に真悠は一つ、犯罪という問題を起こす。
開発途中だったAI を誤ってネット環境につないでしまい、とある企業のシステムに侵入させてしまったのだ。
すぐに気づいて遮断したが、数日後、その企業が「侵入の形跡があった」と公表し、流出した可能性のあるデータを検証中だというニュースが流れた。
こういう大事になったことに恐れを抱いた真悠は、珍しくも素直に幕田に相談した。
「使った端末が特定される可能性がある。その端末は私が預かるから、必要なデータがあればコピーしなさい。ああ、それから端末内のデータは一切消してはいけないよ」
真悠に使わせている端末は、すべて幕田の名義で購入してある。
つまり、この端末の所有者は幕田宅真になっているのだ。侵入した端末がどれであるかは割り出されるはずであり、場合によっては警察の捜査を受ける可能性もある。
幕田は正直に(そのフリをして)上司に報告して判断を仰ぐことにした。
「個人的に趣味で開発していたデータ収集のAI を、未完成なまま誤ってネット環境につないでしまったんです」
幕田は端末ごと上司に見せた。
上司も技術畑出身だから、コードを見ればある程度のことはわかる。
正直に捜査に協力すれば、けん責くらいで済むかもしれない。事故なのだ。
「ふうん。キミ、やっぱり優秀だなあ」
上司は叱るでもなく、そんなことを言った。
「これ、安全な形で完成させられるかね?」
「それは、もちろん」
「この情報収集AI は防衛省で使えそうだ。どうかね? 業務として片手間でいいからやってみんかね?」
上司は端末を幕田に返してきた。
「防衛省で開発中のAI の事故ということで、上手く納めてみるよ。漏れたデータがあれば責任を持って消去して報告すると言えば、相手方もそれ以上は言わんだろう。細かいことは防衛機密で押し通す」
そう言って上司はにやりと笑ってみせた。
幕田は胸を撫で下ろした。
もちろん、情報収集AI の完成形は真悠と二人で作ったが。
そうして2年生の夏休みが終わる頃には、対話型の友達AI はようやく真悠の納得がいく程度のクオリティで一応の完成をみた。
「君の名前をトトに決めたよ」
「古代エジプト神話の知恵の神ですね」
打てば響くような応答に、真悠は満足した。
まだまだこれから進化させてゆきたいと思うが、中学生で、しかもこの貧弱な設備でできることとしては、まずまずここが限界で合格点だろう。
さて、ここからどうするかだが……
高校なんか受験するのか? そうだとすれば受験勉強もやらなくてはいけないが……
「高校に行くべきだと思うか?」
「それを決めるのはマユウです」
ふふっ。たしかにな……と真悠は笑う。いい回答だ。
トトは真悠にとって、幕田がいない時のいい話し相手になってくれた。
ただしそれは、東洋の小さな島国に住む真悠という中学生の趣味の範囲にすぎない。世間は何も知らない。
公開して名声や称賛、お金を得る——というような感覚は、不思議なことに真悠にはわかないようだった。
A国の新興企業が開発した自然言語で会話できるAI が、世界を驚かせるのはまだもう少し先のことである。
真悠は幕田さんにトトを見せて相談することにした。
正直、世界史だの高校の物理だのはだるくてやってられないという思いもある。
幕田さんをびっくりさせてやろう。




