3 友達
アマテラスは現在、世界一の計算速度を持つと言われる日本のスーパーコンピュータである。
本格的に政府の仕事としてこれが使えるとなれば、トトの処理速度は飛躍的に上がる。
真悠は思わず顔がほころんでしまう。
もちろん、トトの能力を持ってすればアマテラスに侵入できないこともなかったが、そんなことはしない。
まかり間違って侵入がバレて研究所を追い出されでもしたら、元も子もないことぐらいはわかるからだ。
「やっと入れてもらえるよ、トト」
トトを爆発的に進化させられる。
幕田は中学生になった真悠をずっと経済的に援助し続けていた。
なんだか離婚相手に養育費を払っているような感じでもあったが、もちろん幕田にその義務はない。
中学生のための奨学金制度もいろいろあるにはあるが、真悠の状況に合うようなものはなかった。
母親にはそこそこ収入はあったし、何より高額な端末やサーバーを買いそろえるような贅沢をすれば奨学金の対象から外されかねなかった。
だから、幕田が援助している。
母親はひどく恐縮し、幕田のそれを純粋な好意と捉えたのか、ときに危うい状況に陥りそうになることもあったりした。が、幕田は断固としてその距離を保った。
幕田は別に聖人君子ではない。ただ官僚としての野心が優っただけである。
周囲、特に幕田自身の家庭には「投資だ」と説明した。
「これほどの才能を経済的理由でつぶしてしまうのは日本にとっての損失だからだ」
下手に隠して浮気を疑われて探偵など雇われたら、騒動になって幕田自身の出世にも影響しかねないと思った。
それは幕田の遠大な計画を頓挫させ、ひいては日本の防衛を世界から遅れさせることにつながりかねない。
妻を連れて鬼乃目家に行き、実際に真悠に会わせてその数々の賞状やトロフィーを見てもらった。真悠が、作ったアプリを妻のスマホにプレゼント(実装)したことも妻を納得させる大きな要因になった。
今いる場所から目的地まで最短時間で行ける交通機関を提案してくれるアプリだ。
「便利ね。こんなの、作れるんだ」
妻の感想に真悠が得意そうな笑顔を見せる。
まだキャットGPTさえ現れておらず、スピーカーが部屋の電気を点けてくれることが話題になっているような時代のことだった。
「あなたにこんな社会奉仕精神があったなんてね」
とボランティアに精を出す妻は意外そうな顔をした。
「その精神があるから、官僚という形で国に尽くしてるんだ」
それも本音の一部ではあったが、幕田にはまだ誰にも言っていない別の腹がある。
真悠の才能はどんどん開花していった。
幕田もそんな真悠を最近「かわいい」と思い始めている自分に気づいている。真悠のところへ通う頻度が増えた。
会話ができるのだ。まるで大学の研究室で話しているような高度な会話が。幕田は相手が中学生だということをすっかり忘れそうになってしまう。
時間ができれば真悠のところに赴き、最近の真悠の成した成果や興味、技術的な課題やアイデアの話に時間を忘れた。
しかし、家に帰って年相応の遊びや話題に興じている我が子を見ていると、真悠はいくら天才といってもあのままではマズいのではないか——とも思えてもくる。
「高校へ行かないって?」
「かったりーよ。ニューラルネットワークとディープラーニングの技術についてもっと詳しく知りたいんだ。なんで国語だのレベルの低い数学だの体育だの、そんなこといつまでもやってなきゃいけないワケ?」
中学2年生である。
「まあ、高卒認定試験受けるにしても中学は卒業してないとダメだし。そういう専門的なことを学ぶなら、大学でちゃんとした教授についた方がいいと思う」
「幕田さんだって詳しいじゃん」
「私のは大学で学んだ時のままだから。今の進化スピードではもう古い知識だ。それに高校へ行くのは何も勉強のためだけじゃない。その年齢にしか過ごせない時間というものがあって……。友達も作った方がいい」
そう言う幕田自身、友達は多くはない。
幕田の出世のタネは人脈ではなく、その優れた頭脳と構築力だった。それを買った上司が引き上げてくれる——というのが幕田の上昇パターンである。
上司が把握できないような人脈を持って政治的な動きをすることがない——ということが上司の安心材料にもなっていた。
幕田自身、そういう自分の特性をよく知っていて最大限に活かしている。
「友達ったって、話合わないもん。幕田さんと話してる方がよっぽど楽しい」
そう言ってもらえるのは嬉しいような気もするが、一方で心配にもなる。
「さっきも言ったように私の知識は古い。最先端の知識を得るにはやはりそういう一流の研究者のところに行かないとね。海外の最新論文とかも読んだ方がいいし、それには専門的な英語力も……」
「そういうのはもう読んでる。確かに面白いけど、具体的なところが今ひとつわからないんだ」
「英文の論文、読めるのか?」
幕田は驚いた。
「翻訳AI 作った。専門分野に特化したやつ。ネットで公開されてるやつじゃ精度が低くて」
幕田は二度驚かざるを得ない。
これはそれだけでビジネスになるではないか。
しかし、当の真悠はそういうことに気が付かないのか、まったく頓着していないようだった。
これら真悠の成果を売るべきところに売っていけば、学資くらいは軽く稼げるだろうし、それは真悠という才能を輝ける場所に押し上げもするだろう。
もしこれが幕田の実の息子だったなら、あるいは幕田はそう助言したかもしれない。
しかし、幕田には別の思惑がある。
軍事はその技術が先端的であればあるほど、秘匿を要する。
「それに、トトもいるしね」
「トトって?」
「人間と会話できるAI 。まだまだこれから育てなきゃなんだけどね。だから他に友達なんかなくてもいい」
自然言語で会話するAI が世を騒がすのはまだ3年も先のことだ。
現在、真悠は中学2年生。




