17 実戦経験
「トトの関所を一部外せ」
不安に押しつぶされそうになっていた真悠のもとに幕田からそう連絡が入った。
「トトにホテルの防犯カメラをハックさせろ。言ってることはわかるな?」
「わかります。あの……夏希は……」
「心配するな。派遣した部隊はプロ中のプロだ。上手くやる。柚子原はそちらへ行かせるから、おまえはそこで待て。中央公園へ行く必要はない」
真悠はホログラムのトトを見た。
トトはにこっと笑って親指を立てて見せる。
このイラストを描いてくれた柚子原夏希。……彼女を巻き込んでしまった。
真悠のタブレットの画面に文字が現れる。トトのメッセージだ。
『ホテルの防犯カメラの映像を作戦の進行に伴って順次フェイクに切り替えてサポートします。心配しないでマユウ。マクタさんが部隊に出した指令を捕捉しています。『ナツキの救出と犯人の処分』です」
トトは幕田に内緒で真悠のために必要な情報を収集してくれているようだった。
タブレットに文字表示で伝えてくるのは電話を通じて幕田に聞かれないためだ。こうした用心は、この事態が起きてから真悠がトトに頼んでいた。真悠自身は用心深さという点ではひどく劣ると自覚しているからだ。
幕田は最終的には柚子原夏希の救出を選択した。
さまざまなファクターを検討比較した結果、夏希を傍に置いた方が真悠とそのチームの生産性が上がると判断したからだ。
そこに個人的な情が絡まなかったか? と問われれば、幕田も確としたことは言えないが。
幕田にはもう一つの思惑がある。
この事件を奇貨として、上司の許可を得てラボで開発を進めつつあるAI『アシュラ』に実戦経験を学習させながらテストも行おうというものだ。
アシュラ。
Artificial Shadow Ultimateview for Retaliation and Attack (ASHURA)。
日本の独自開発のサイバー防衛サポートシステム。数年後には自衛隊のサイバー防衛部隊X室の強力なツールとなるはずのものだ。現在「トト」と真悠が呼んでいる管理AI がその中核となる。
情報戦において後塵を喫する日本の自衛隊にとって、起死回生のツールになるはずだ。人間のスパイを育てるよりもAI を育てる方がはるかに効率がいい。
おそらく、この実験で外国、特にA国にはその存在をわずかではあっても察知されるだろう。
日本の防衛情報はほとんどをA国に頼りきっている。それは裏を返せばA国には日本の防衛情報もほぼ筒抜けだということだ。
よくここまで捕捉されずにきたものだ。と幕田自身がそう思う。
もちろん、隠すための手は打ってきている。民間のラボでごく少数による開発を進めてきたのもその一つであるし、テストをラボの中だけで行い続けてきたのもそのためだ。
しかし今回、R国の諜報工作員によって搦手から真悠を落とそうという動きが起きた。
A国のみならず、R国にも何らかの形でラボの秘密が漏れた——と考えるのが妥当だろう。
ならばむしろこれを機会に、一部アシュラの片鱗を見せてでも実戦のテストをしてしまおうということを幕田は考えた。
ただし使うのはごく一部にしておかなければならない。
外国、特にA国には「まだこの程度」と思わせておかねばならない。A国に脅威感を抱かせてしまえば、計画そのものをツブされかねない。
ホテルの部屋のドアの隙間から白い煙が入り込んできた。と思ったらわずか30秒ほどの間になだれ込んできた警察官のような服装の男たちに拉致犯3人が制圧されてしまったことに、夏希は驚いた。
映画でも見ているような手際だった。
「主犯格は尋問したい。それ以外は今後のラボに影響が出ないように処置すること」
というのが幕田の指示だが、部隊の隊長はその意味を深く忖度した。
学生2人(おそらく闇バイトで集められたのだろう)と公安の1人(おそらく借金か何かで転ばされた)は、自殺や事故などそれぞれ別のシチュエーションで遺体が発見されるように処理された。
もちろん、その部分は夏希は知らない。
夏希はラボに送り届けられるべく、車に乗せられて東名高速を走っている。
もうあと2台、同じ高速の先を走っているこの事件の関係者の車があった。
ウラジーミルの車とそれを追跡している特務部隊の車だ。
ウラジーミルは車で中央公園へ向かっている。
自分たちの素性がすでにバレていることも、ホテルに残してきた見張りがあっさりと処理されてしまっていることもまだ知らない。
鬼乃目は中央公園に来るだろうか。
指定したとおり一人で来るだろうか。周辺にラボが要員を配置していないか。早めに現地の近くに行って、周辺を調べておくつもりだった。
座標158647 5546782
速度125 WS224
557944625810878932178163……
高速の照明がウラジーミルの顔を定期的に照らし出す。
トラックを追い抜こうとアクセルを踏み込んで追い越し車線に出たときだった。突然、ウラジーミルの胸ポケットのスマホが爆発するように発火した。
「うわっ!」
目の前で燃え上がった火にウラジーミルが狼狽した。
車線変更の最中だったこともあって車はコントロールを失い、トラックに接触して大きく回転する。そのまま中央分離帯にはじき返されて、後続のトラックの前に放り出された。
ウラジーミルの意識はそこまでで途絶えている。
渋滞でノロノロ走る高速の上で、夏希はきっと真悠が心配していると思ってスマホの画面をタップした。
直接電話をかけちゃうけど、真悠はきっと怒らないだろう。
「わたしは大丈夫。ちゃんとそっちに向かってる。なんか事故があったらしくて、渋滞してるの」




