13 魔手
漏れたのは真悠や夏希からではなかった。
テックラボの警備員の1人からだった。工作員が若い警備員の1人に接近したのである。幕田の脇が甘かったというしかない。
それも漏れた情報は技術的なものではなく、ましてや研究成果などではなかったから、漏れた時点では幕田も全く把握していなかった。
警備のシステムは厳重で、下っ端の警備員が個人で何かをしようとしてできるものではない。セキュリティの根幹はトトが管理する強力なAI が動かしているのだ。技術力のない警備員などにアクセスできるようなものではなく、その幕田の安心感が隙を生んだかもしれない。
漏れたのは、岡崎テックラボには鬼乃目真悠という天才がいるらしい——という情報だった。
自分の研究室の仮眠ベッドで横になっているとき、真悠はプライベートスマホの着信音が鳴るのを聞いた。
普段研究に没頭していると着信音くらいは聞き逃してしまうことが多い。
だから一区切りつくと着信がなかったかどうかチェックするのが真悠の癖になっていたが、今はちょうどベッドで横になったところだった。
「何だろう?」
このスマホに連絡してくるのは幕田さんか夏希しかいない。
電話は避けるように言っているから、電話で話したいときにはいつもまずメッセージで真悠に連絡してきて真悠がかけるというスタイルをとっている。
真悠はアイデアが形になるまで思考を中断されたくないから、夏希に対してもこういうスタイルをとっているのだ。
『電話ください』
開けてみると夏希からのメッセージだった。
「?」
おかしい。
こんな言葉でメッセージを送ってくるのは初めてだ。
普段夏希はこういう直接的な言葉でメッセージを送ってこない。
声が聞きたい時は『紙飛行機』、「会いたい」は『パフェ食べたい』。こんな暗号でやりとりしようと言い出したのは夏希自身だった。
「真悠ってば企業秘密いっぱい抱えてるから。わたしの知らない真悠がいっぱいあるの悔しいから、会社が知らないわたしと真悠の個人的秘密も作ろ?」
そんな夏希の遊び心から始まった2人だけのたわいもない遊びだった。
何かあったんだろうか?
真悠の気持ちが不安にざわめく。
真悠は急いで折り返しで電話してみる。
コールが3つ鳴って、出たのは男の声だった。
「柚子原夏希さんはこちらでお預かりしています。お話ししたいことがありますので、中央公園の展望台まで深夜0時に1人で来ていただけますか? ひとりですよ」
声は冷ややかに念を押して、通話が切れた。
「トト!」
真悠はホログラムのトトに不安いっぱいの目を向ける。
「発信端末は間違いなくナツキのものです。発信場所を特定するには関所が邪魔です」
「一旦全ての関所を無効化してやるから、夏希を探し出してくれ! 最優先事項は夏希の安全だ!」
真悠は忙しくキーボードを叩いた。
「補足だけはされるなよ」
「任せてください」
幕田さんにも連絡を入れた方がいいだろうか?
真悠は迷った。
幕田さんは夏希を守ってくれるだろうか? それともラボの機密を守るために「見捨てろ」と言うだろうか?
幕田宅真という人物が、こういう場合どういう選択をする人物なのか……真悠には確信を持ってこうだと言える自信がなかった。
「幕田さんに知らせるべきだろうか?」
真悠はトトに聞いてみた。
「知らせた方がいいと思いますが、ナツキの居場所を特定してからの方がいいでしょう。救出はマクタさんに依頼する方が安全確率は確実に高いです」
サーチ77577。
侵入4576P5S49610T40……
フレーム125〜フレーム187。
「ナツキの居場所を特定しました。防犯カメラの映像を見ますか?」
ほんの15分ほどのちに、トトが真悠に報告してパソコンのモニターに防犯カメラの映像を映し出した。
大学のキャンパスを出たところで、夏希が白いワンボックスに押し込まれ、連れ去られるところだった。
真悠は心臓が口から飛び出そうになる。
「心配しないで、マユウ。ナツキは無事です。現在軟禁されているのはホテルの部屋です。そこにカメラがないので現在の姿は見られませんが、ホテルの防犯カメラが部屋に入れられるまでのナツキの姿を捉えています」
夏希はスーツ姿の男2人に脇を固められるようにしてエレベーターに乗ったが、自分の足では歩いているようだった。




