ファイナル・アイドル・オーバーキル!Part2
⑩
鏡張りの壁に囲まれた、広いダンスレッスンルーム。その場に、五十名の少女たちが神妙な面持ちで姿勢を正し、整列して立っている。
張りつめた空気の中、少女たちの視線を一身に受ける清風アイラは、全ての視線に返すように、じっくりと少女たちを眺め見る。
「レッスンで忙しいところ、ごめんなさいね。ヒロインクラス正式メンバーの緊急のミーティングということで、集まってもらってるんだけど」
ヒロインクラスの正式メンバー。それはこの国で、最も上位な肩書と言っていいだろう。
他に、治安維持を主務としたポリスクラスや、医療系のメディカルクラス、政策に係るポリティカルクラス等々、あらゆる分野にアイドル的な立ち位置の少女たちがいるが、いずれもヒロインクラスを母体にした団体である。
「みんな知ってると思うけど、先日、朝の生放送プログラムにおいて、不敬な者たちによる乱入事件が起きたよね。今回のミーティングは、その対処について、みんなに報告があるの」
アイラが、目と表情で合図をし、五十人の少女の隊列から一人、來生メメが悠然と出てきて、アイラの横に立った。
「あの四人の対応は、ポリスクラスではなく、私たちヒロインクラスが請け負う事にしたわ。あの子たちは、私たちヒロインクラスを侮辱し、覚悟しろと言った。ならば、私たちが受けて立つというのが筋。これに関して異論は許さないわ」
少女たちは少しばかりどよめいているが、アイラとメメから醸し出される重い空気を察し、直ぐにその口を噤んだ。
「でも、全員にそれをやってもらうつもりはない。それに、この件に関しては選抜ではなく、志願制にしたいと思ってる。言ってみれば汚れ仕事だからね。とりあえず、私、清風アイラとこっちの來生メメが、そのメンバーに決定してるわ。他に志願したい人は、この場で挙手をして、名前を言ってちょうだい」
すると即座にハイハイハイハイ!とけたたましく、二人の声が上がり、二つの手が挙がった。
「橙ヒナミ!」
「大鳥居キク!」
直接的に、ランコたちに面子を潰された二人だった。
「そりゃあそうよねぇ。あんたらが志願しなくて、誰がすんのって話だもん。ってか、志願しなかったらクビだってレベルでしょ?あの恥のかかされっぷりはさ」
メメがいびる口調でそうなじる。しかし二人はたじろがない。
「当ったり前です!」
「あいつら絶対に許さないわ!」
憤慨する二人が感情に突き動かされるように前に出て、メメの横に並んだ。
そして次に、
「はぁ~い」
と、気の抜けた声で、ゆっくりと手を挙げた少女。
「佐富士メローンでぇ~す。あたしもぉ、参加ぁ、してもぉ、いーいでーすかぁ?」
赤毛のくせっ毛をいじりながら、ゆっくりと歩き出したその少女を、意外そうな顔で迎えるアイラとメメ。
「メロンちゃんとは意外ね。こういう厄介事は回避するタイプだと思ってたけど?」
「え~?厄介事ですかぁ?面白そうじゃあないですか~。あんなのって見たことなかったしぃ。この前のヒナミンとキックスの放送見てて、面白い人たちだなぁって思いましてぇ」
「「全ッ然面白くないわよ!」」
二人の声がピッタリ合ったのを、またメローンは面白がって微笑む。
「お二人のいじられっぷりもオイシかったですよぉ。あたしも体験してみたーいです。あぁそれに、モモヨさんもいるんですよね。お世話になった人だし、久しぶりに会いたいなぁと」
どうにも、今回の計画の趣旨をよく理解していないと思えるメローンの言動や態度に、メメが切り込む。
「遊ぶわけでも、貧民や元先輩と和やかに触れ合うわけじゃないんだけど?害虫駆除をすると言っているのは理解してる?メローン」
「え~。じゃあ、触れ合いながら駆除すればいいんですよねぇ?」
駆除という言葉を口にする時も尚、朗らかであり続けるメローン。そんな彼女に、不可思議な期待感を覚えたメメは、もう問い詰めは行わず、不敵な笑みを見せて、彼女を迎え入れた。
「他にはもういないかな?」
……
アイラの問いかけには、もう反応は無かった。
二十秒ほどの静寂を挟み、アイラはメンバー決定を告げようとしたが、その時、レッスンルームのドアが強い力で押し開かれた。
「私も志願するわ!」
声が大きく響き渡る。強く、威圧的な声だった。
「あら?メイじゃないの」
「どうしたってのよメイメイ。ポリスクラスは通常業務って伝わってない?」
現れたのは姫井メイ。治安維持部隊、ポリスクラスの陣頭指揮アイドル。
「それは聞いてるわ。だから、私は休暇届を出したのよ。あんたたちの計画のお手伝いをする為にね」
「お手伝いぃ?笑わせないでよメイメイ。あんたがそんな事思ってるわけないでしょ?連中に煮え湯を飲まされたリヴェンジをしたいってとこでしょ?」
「その通りと言ってあげるわ。さすが同期ねメメ。私をよく知ってる」
「いや、別に同期だからってわけでもないけどね。あんたの負けん気の強さってのは大体の子が知ってるでしょ。どーするアイラ?この職務放棄のポリスは?」
アイラは呆れたように、しかし少し嬉しそうな表情で、ゆっくりと頷いた。
「……いいわよ。期間限定で、ヒロインクラスへの異動を許可するわ」
「フフンッ。さすがアイラ。懐の深さは、ヒロインクラスのセンターたる所以ってね」
「そんなのじゃないわ。同期のよしみで、復讐のチャンスをあげるってだけの事」
「何でもいいわ。あいつらの柄を抑えられればね」
ミーティングを終え、志願した者以外を退室させて、アイラは立ち並んだ五人を順々に見る。
來生メメ。姫井メイ。橙ヒナミ。大鳥居キク。佐富士メローン。そして自身、清風アイラを含めた六人。
「んで、あの性根が腐った自称アイドルどもを駆除するわけだけど……。ねぇアイラ、最初は私に任せてみない?」
メメは自信に満ち溢れており、害虫駆除が楽しみで仕方のない様子。
「楽しそうね、メメ。何か面白い策があるの?」
「えぇ。面白いし、連中の心を根本から折るのに最適なやつがね」
という具合に、まずはメメ主導でアンチヒロインの駆除プロジェクトが始動したのだった。
最下層のアンダーグラウンド。そのまた更に下。もはやモグラの世界だが、そんな所にも人は何とか生きている。日の光を一年近く浴びていない者たちも多い。やがて地底人と呼ばれるようになるだろう。
そんな地底世界の一角に、ハデスの悪魔主義的活動拠点の一つがあり、ランコたちはそこに集合していた。
ガラクタとしか思えない、型落ちしてかなりの歳月を経た録音機材などが、埃とゴミに塗れて設置されており、遠くの電源から延長コードを幾つも繋ぎ合わせて、無理矢理に使用可能としてある。
「じゃモモヨさん、とりあえずパクってきたヒロインクラスの未発表音源ってやつを」
はいよ、とモモヨはメモリースティックを取り出し、埃を払いながらそれを挿入。消えかけの再生表示のボタンをなんとか探し出し、スイッチオン。
安物スピーカーから、音飛びしつつ流れ出した曲。
ベ ビーラヴユー
んな言葉は要らないよ?
ユーア ドミーただそ だけで
今日の幸 感じちゃう?
明 の絶頂いつまでも
絶好調 ねあたしたち
それっ いつまで?いつまで も
ついついいつももいついつまで
ついにい かかいつまんで
明らかに曲の途中だが、停止ボタンは押された。それを押したランコは苦々しい顔で、
「何これ?超耳障りなんだけど」
「歌声がまた酷いものね。この世の全てに媚びへつらうような声をしてからに」
「まったくの屑ね」
ランコとハデスとライムは、実に率直な反応をそのまま言葉にした。
「あぁそう。これ歌ってるのは私なんだけどね」
モモヨがポツリとそう呟くと、ランコたち一同は一度モモヨを見て、何か言おうとしたが、何も言わなかった。
「あらあらあら。ごめんなさいとか、よく聞けば味わい深いなぁ~とか、そんなフォローは無しなの?」
「へ?まぁ残念でしたって感じ。そんな事より、こんなカスみたいな音源を、どう弄くり回すか。それが重要になっちゃうでしょ」
「そうよね。とりあえず、もっと音を歪ませて、テンポアップもさせて……」
「歌詞も変えなきゃーね。もっとトリップした感じのやつとかさぁ」
さっそく盛り上がり始めたランコたち。モモヨは放置された気分で肩を落とし、その肩を少し離れたところで見ていたアキラが、労うように叩く。
「ま、まぁまぁ、そう気を落とさんで下さいよ。俺は嬉しかったっすよ。貴重なヒロインクラスの未発表音源てわけなんだし。それに、うんっ。よく聞けば味わい深いなぁ」
「だぁーっ、白々しいわ!」
「ちょっ、痛った」
両頬を抓り上げられるアキラだが、それでモモヨの気分は少し晴れた。
⑪
ランコたちが地底世界に潜伏し、アンチヒロインプロジェクトを密やかに推し進めている間、地上世界の上層で、ヒロインたちは煮え切らない時を過ごしている。
「あれから一か月……思いの外、連中何もしてこないわね」
アストロタワーにある、ヒロインクラスの総本部事務所で、アイラやメメたち、駆除隊がミーティングをしている。
しかし、ランコたちに特にこれといった動きが無いので、何もしようがない。そんな現状に、メメは苛立ちを隠せない。
「また生放送番組に乱入してくるのを待ってんのにさ。ビビってんのかな?だとしたらとんだ腑抜けね」
「それならそれで構わないけど……。一度でも私たちに楯突いたんだから、あの子たちが怯えていても、再び表舞台に引きずり出して、公開処分しなきゃいけない」
「そ~ですよぉ。せっかく楽しみにしてるんだしぃ、このまま何も起きないとかじゃ、あたしつまんなーい」
アイラの言葉にメローンも同調し、ヒナミやキクもランコたちへの敵対心一杯に、そうだそうだと声を上げる。
「未確認だけど、夜中に怪電波に乗って、気色の悪い曲がラジオやテレビから流れてくる、なんて噂があるけれどね」
メイは鼻で笑いながらそう伝える。
「いずれにせよ、これ以上待機してても仕方ないでしょーね。もうちょっと、連中を調子づかせて落としてやろうと思ったけど、ねぇアイラ、私の発案したやつ、もうやっちゃおうよ」
ふんぞり返っていたソファーから、メメは勢いよく立ち上がり、アイラに訴える。
「……そうね。あの子たちにこれ以上時間を割くのも無駄というもの。じゃあさっそく手配させるわ。みんなもそれでいい?」
「も~っちろん」
「やっちゃいましょうよ!」
「早くあいつらを!」
「あいつらの為に休暇を長引かせるのも癪だしね」
皆の同意を得て、アイラは部屋にある電話の受話器を手に取るのだった。
地下世界での潜伏の日々が、時間の感覚が無いままに流れていく。基本グダグダとした曲のアレンジ作業であり、今日もまたそれを終えて、地上へと上がったランコたちの目に、日の光が差し込んで、皆は目を細める。この時初めて、今時分というものを知る。昼間だった。そんな事はどうでもよかった。
「……はぁ。あのさ、もういいんじゃない?」
ハデスが辟易した様子でそう漏らす。
「何が?」
「曲のアレンジ作業よ。全員の意見を取り入れてたらキリがないもの。ライムさんがもっと激しくって言えば、モモヨさんがもっとポップでキュートにとか言って。ランコはもっと脳天直下で刺さる感じとか、訳の分からないことばかり言って……。あたしは疲れたわ」
一人徒労感たっぷりにうな垂れるハデス。そんな彼女に向けられる視線は実に冷ややか。
「なに苦労人みたいな面してんのよ。いい感じになりそうだったのを、毎回あんたが雑音塗れにしてんでしょ。どうして元のアッパーなダンスチューンが、人の呻き声が響きわたる呪いの歌みたいになんのよ?」
「そーよハデスちゃん。爽快に駆け抜ける曲だったのが、駆け抜けすぎて5秒で終わる曲にしてくれちゃってさー」
モモヨとライムの不満を耳にしても、ハデスは何が悪いの?と首を傾げる。
「それって基本でしょ?アンダーグラウンド感満載でさ。ポップでキュートとか、爽快感とか、そういうものを全部真っ黒に塗りつぶしてこそってなもので、一般の人間どもにどれだけ不快な思いをさせることができるのか、その極限を目指し」
「まぁ、あんたはそうしちゃうよね、そりゃ。悪魔ちゃんだしさ」
ハデスの能書きが長くなりそうだったので、ランコが途中で割り入った。
「でも、ハデスの言う通り、曲のアレンジはこれぐらいでいいと、あたしも思うんだけどさ。別に音源にして売り出そうってわけでもないんだしさ」
なにやら投げやりっぽいランコの発言に、アキラが待ったをかけた。
「おい、そりゃないだろ。なんちゅーいい加減な。まさか活動に飽きたとか言うんじゃないだろうな?」
「アレンジ作業には飽きたわよそりゃ。だから、次の段階に進もうよ、って話。曲の完成度を上げようとか言っても、あたしらこんなにバラバラな方を向いてるわけだから、それをまとめろってのは無理でしょ?」
確かに、悪魔主義者とアル中とアイドル崩れが一体となって曲作りなど無茶な話だな、とアキラは納得するしかない。
「だったら、このバラバラっぷりでアタックしちゃった方がいいんじゃないの。ヒロインクラスはその真逆なんだし、その方があたしらの活動方針には合ってると思う」
ライムはあくび交じりに「それでいいや」と言い、ハデスはそもそも自分が言い出したことなので、当然頷いている。
「どーすか?モモヨさん。なんか俺も、ランコの言ってることに納得してしまいそうですけど」
一人渋い顔をしていたモモヨは、アキラに意見を求められたことには気づかずに、何やら熟慮している。
(私がここで曲の完成度がどうとか言い出すと、老害扱いされそうよね。頭の固いババアとか思わるのもムカつくし……。そもそも私も曲に強烈な拘りとかないし、どうせ私が歌えば何でも魅力的になるし)
「そうね。もう完成ってことにしちゃいましょ。あとはステージングでどう化けるかよ。アイドルは歌だけでなく、総合のパフォーマンスで勝負なんだから」
というわけで、なし崩しに楽曲制作は終了した。
だらけた様子で道行く五人は、ぼんやりと今後の活動について話している。
「さて、あとはアキラがパフォーマンスの場所を見つけてくるだけね」
ランコが期待に満ちた笑みを、アキラに向ける。が、アキラはきょとんとして首を傾げる。
「……俺が?」
期待に応える術を知らなかった。
「そりゃそうでしょ。プロデューサー様なんだし。あれ?マネージャーだっけ?っていうか、アキラここ最近何もしてなかったでしょ。ぼけーっと、あたしたちを眺めてるだけで。たまに横槍入れるくらいかな」
まったくもって返す言葉が無いアキラ。
「お前のおっしゃる通りだけど……。ヒロインクラスに楯突こうって輩に、リサイタルの場を与えてくれるような殊勝な人はいないと思うんだがな。だからそうだな、ハデスみたいに、このスラムの地下でとりあえず」
「いや、それじゃー意味無いじゃない。最下層から上層への挑戦ってなわけなんだし、活動の場はせめて四層より上じゃなきゃさ」
「……だよな。分かってるさ。しかしそうなると手段は」
一つ、思い浮かんではいる。そして、その考えを口にすることを、ランコはきっと期待しているのだ。実際ランコはそんな表情をしている。乱入待ち。ルンルンである。
「おわっ」
話の腰を折って、ライムが突然声を上げて、何故か壁に向かって走り出した。
「ワハッ。アキラちゃん、そんなこと言っちゃって、しっかり仕事してんじゃーン」
「は?」
ライムが凝視しているのは、壁に貼られたポスター。遠目で見ても華やかで、カラフルな絵面であり、間近で見て、そこに書かれてある告知内容……
―ヒロインクラス、スペシャルオンステージ。精鋭六人がステージを駆けるその瞬間、その刹那、その奇跡を見逃すな!
超スペシャルゲスト、話題沸騰のONI・YURI参加!―
「な、ななっ、何じゃそりゃ⁉」
「なになに?場所は新世代会館?へぇーっ、聞いたことある所よ。アキラったらやるじゃない」
ランコが満足そうに、アキラの肩をばんばん叩くが、アキラにとってはまったくもって身に覚えのない話である。
「そ、そんなわけないだろっ。いや、そんなこと言うのは申し訳ねーけど、そんなわけねーよ?だって、俺何もしてねーしよ。ってかお前、これはよ……」
改めてじっくりとポスターを見ようとしたアキラを、モモヨが押しのけて、真剣な眼差しを文面に向ける。
「ふん……先手を打たれたってことよ。私らに乱入されるって形じゃなくて、むしろ自分たちのイベントに招待することで、ヒロインクラスの懐の深さをアピールするでしょ?そして、ここに私らが行かなかったら、オニユリなんてアイドルは所詮口だけの腑抜け集団だったわね、ってオチがつく。行ったとしたら、待っているのは完全なアウェイ。とびっきりの罵声を浴びせられながら醜態を晒して、なんだオニユリなんてのはまったくの屑集団だったわね、って……まぁ、そんなどう転んでも、あの子らが笑える結末になるっていう計画よ」
負けて終わる。そうモモヨは断言する。アキラは、そうっすよね、などと呟き、ため息を漏らしている。
だが、ランコたちの反応は非常に軽いものだった。
「でも、いいんじゃない?あっちから発表の場を与えてくれるんなら、乱入の計画を立てる手間が省けてさ」
「だよね~。あとはそこに行って、飲んで盛り上がればいいだけっしょー」
「そうよね。後は連中に、あたしらを招待したことを後悔させればいいだけの話……」
三人は事もなげにそう言い放ち、真顔のアキラとモモヨを、不思議そうに見ている。
「あんたら、超カッコイイこと言ってるけど、何その余裕?日程を見てみなよ。六月十七日ってあるでしょ?今日が何日か知ってる?」
「……はて。そんな日付を気にするような生活でもないし」
「あぁ、そう。今日は六月十三日なのよ。ってことはあんた、あと四日よ?四日後に私らステージに立って、ヒロインクラスに目にもの見せようっていうのよ。そんな私たちの活動状況は、いましがた楽曲制作が何となく終わったのかな?ってレベル」
「大丈夫でしょ。あたしがヒロインクラスのオーディションを受けた時だって、その気も無かったのに合格しちゃったんだからさ」
「それとこれとは話がっ」
「違うかもね。うんそりゃ分ってるよ」
動揺し続けるモモヨの言葉を遮り、ランコが強気にも詰め寄る。
「モモヨさん、ビビっちゃってる?まぁ無理もない話だけどさ。いざステージに立ったとすると、この中で一番攻撃されるのは、きっとモモヨさんだろーしさ。ヒロインクラスのファンにしてみれば、裏切り者の反逆者ってわけだし」
「そんな事は分かってるわよ。そしてビビってる?そんなわけないでしょ?ビビるくらいなら、最初から連中に楯突こうだなんて思わないわ。私はね、あんたらの自信を裏付けてる、明確なビジョンを知りたいのよ。これから四日間何をして、当日どう振る舞うのか?世間知らずにも程があるあんたらの計画を、多少は世間を知ってる私に聞かせなよ」
これまでに無い厳しい口調で、いかにも年長者らしく詰め寄るモモヨ。
「この広告にある出演メンバーを見る限り、あの子ら本気モードよ。アイラとメメの2トップが出張ってて、メイなんてポリスクラスの子まで参加してる。生半可な事だと、即収容所送りってなもんよ」
「……そうだね。モモヨさんの言う通り」
モモヨのシリアスに合わせて、ランコも神妙な顔つきで返す。
「でも、あたしたちに明確なビジョンなんてものは無いのよ。その時の状況に、どう反応するのか、ってとこでさ」
「つまり無計画だ、と」
「うんっ。でも、だからこそ純粋なパワーになるんだと思う。ま、最低限として曲目は決めとかなきゃだけど」
一点の曇りの無い、そして自信に満ち溢れたランコの表情と向き合い、モモヨはため息交じりながらも、微笑んだ。
「純粋ねぇ……。いいわ。あんたの言葉に乗ってあげる。計画よりも衝動が大事ってことでね。ってなわけだからアキラくん」
「はい?」
「サポートお願いね。色々と」
にやりと笑ったモモヨ。見れば、ランコたちも笑っている。アキラも笑ってみたが、それは苦笑いだった。
⑫
さっさと訪れました四日後、六月十七日。第三層のユーラックタウンにある新世代会館というホール。収容人数は八千人といったところ。
ヒロインクラスのトップの面々が出るにはいささか小規模なホールだが、活動を始めて間もないアイドルグループのステージとしては広すぎるだろう。
即完売となったチケットを持つ者たちは、当たり前だが皆完全にヒロインクラスのファン。小規模ホールでアイラやメメが見られるというレアなイベントでもあるので、競争率はいつもより高く、つまりより熱狂的なファンが大挙して来ていることになる。
そんなファンたちの目的は、当然の事ヒロインクラスのステージだが、もう一つのお楽しみも確実にあった。
先日、生放送に乱入した不届き者たちの公開処分。オニユリなどというわけの分からない自称アイドルの惨めな姿を見届ける。そうした上で、ヒロインクラスのパフォーマンスをより楽しめるというもの。
「これは一体どーいう事なんです?」
広々とした空間に、贈り物のフラワースタンドが敷き詰められている。そんなヒロインクラスの楽屋に、橙ヒナミの声が響いた。彼女が手にしていたのは今日のイベントプログラム。
「私たちを二つのユニットに分けての二部構成ってのはともかく、どうして私とキクとメローンのユニットが、あのオニユリとかいうのの前なんですかっ。前座ってことですよね、これ」
「うん。そーよ」
メメが事もなげに返すと、ヒナミとキクは、不満露わに声を張り上げようとする。だが、それよりも先にメメが続けた。
「この構成が、非常に重要なのよ。だって、あいつらを前座にしたら、客の多くは見向きもしないだろうし、そもそも会場に入ってこない人も多くなる」
「そりゃまぁ、見る価値は無いし」
「でも、あんたらと私らの間にブッキングすると、強制的にオニユリのステージを見なきゃいけない。今回その為に再入場禁止にしたわけだし。あんたらが、ファンを満足させた後、あのしょうもない連中が、まったくの屑なパフォーマンスをする羽目になるのよ。一刻も早く、私たちのステージを見たい気持ちに水を差す感じでね」
ヒナミもキクも、「あぁッ」と納得の声を上げた。
「サンドイッチにして逃がさない。もちろんそのまま押し潰す。だからあんたらは、最高のステージにすることだけを心がければいいの。いつも通りにね」
「「イエ―ッス!」」
先ほどまでの不満は完全に消え、二人はハイテンションでハイタッチ。
「ん?ねぇ、メローンは?」
あんたも分かった?と佐富士メローンに言おうとしたメメだったが、どうにもその姿が見えない。
「あの子だったら、大分前にウキウキした感じで出て行ったわよ」
ストレッチをしながら姫井メイが言う。勝手な真似を、とメメがため息を漏らし、アイラは何も言わず、壁に背もたれ、目を閉じて瞑想していた。
一方オニユリである。モモヨがケチりにケチって買った、走行距離二十万越えのボロクソな軽バンにて会場に乗り込んだ面々は、やたら高圧的な案内人に、まるで連行されているかのような体で連れられ、楽屋入りしていた。
テレビも空調も無い六畳くらいの部屋。そこがオニユリの楽屋。というかきっと施設の清掃用具を入れる倉庫。そこに押し込められたランコたちだが、劣悪環境が日常なので不平不満は無かった。
モモヨが咳払いをして、傾注させる。
「みんな、今日のプログラムの意図は分かってるよね?出演の順番とかさ」
「順番?あぁ、あたしらの前に、何か出るみたいだね。雑魚の前座でしょ?」
ランコの即答に、モモヨはやっぱりと思いながらため息。
「そう思うのはいいとして……いや」
何か苦言を呈そうとしたモモヨだったが、止めた。何を言っても、そしてアイラやメメが何を企てていようとも、自分たちはただ自分たちのステージをやりきるだけだ、と。きっとランコはそう言って、自分もそれに納得するというオチを察した。
「アキラくんは?」
「アキラちゃんなら、車から荷物下ろした後、音響の所に行ってくるんだってさ。あたしらのステージの時に、音響面で邪魔されないようにって」
「きびきび動いてくれるのね。さすがプロデューサー……ん?」
扉をノックする音が聞こえた。それも一度や二度はなく、何度も連続でなんともけたたましい。
そして、どうぞと言う前にドアは開いた。
「こーんにーちは~。オニユリのみなさんでっすよね~?」
満面の笑みを浮かべたメローンだった。
「あったし、佐富士メローンと申しまっす。今日はみんなより先にステージに立つのでぇ。ご挨拶に!」
「う……」
満面の笑みだったメローンの喜びが更に増した。今その視線は、モモヨに向けられ、モモヨは非常に苦い表情をしている。
「モモさーんっ。うっは~。超々久しぶりですよね!ある日突然消えちゃったから、あたし超淋しかったですよぅ。その節はお世話になりましたとか言っちゃいますからね、あたし。お変わりないようで、と言いたいですけど、ちょっと皺が増えましたよね?初老の階段まっしぐらって感じでぇ。踵のひび割れとかも、多分大変でしょうけど、それもいい感じでアダルトって感じで、あたしは感じますから」
「あ。あぁそう。うん。そいつはどーも。あんたも相変わらずよく喋るよね」
普段のモモヨなら憤慨間違いなしの皺の数や踵のひび割れの話題だが、ただ苦々しい表情をしているだけで、どうにも気圧されている雰囲気である。
「そりゃもー、ね。お、おお、こっちのちっこい子。なに?超かわいい!」
「なっ、んななっ」
メローンは部屋の隅にいたハデスを見つけて、一目散に駆け寄って、愛猫にするかのようにすりすりと頬ずりをする。
「な、何をすん」
「え~こんな子いたの?あの乱入生放送の時にはいなかったよね?」
「いたわよ!……ほらっ」
ハデスはなんとかメローンを押しのけて、羊頭を被った。
「うぉっ。変身した!あぁーいたわぁ。最初に出てきたよね。これはこれでまた可愛いんだよね~」
結局扱いは変わらなかった。
「へぇ~。この子がヒロインクラスのメンバーなのねぇ」
そう言いながら、ライムがメローンの顔を覗き込んだ。
「うわっ、酒くっさ。ステージに上がる前から飲んでるんですかぁ?」
「そうっ。生まれいずる前から飲んでるのよねぇ。人生シラフになったことは一度も無いのよんっ」
「マジで?そんな奇怪な生物までいるの?生命の神秘だわぁ」
「さぁ、まぁあんたも駆けつけ三杯ってことで」
ライムはそう言って、グラスにウィスキーを注ぐ。
「いやーん。あたし未成年ですしぃ。NOと言える強い心もあるので、丁重にお断りしまっす」
そしてメローンは、入口付近に視線を向けた。そこには動じずに、じっとメローンを観察しているランコがいる。
「そしてぇ……ランコさん。この前はどうも」
「この前?」
「うん。オーディションの時だよ。ランコさんがロビーで合格を辞退した時、あの場にあたしもいたんだよ」
「あぁ、そういえば、色んな子たちがいたもんね」
「そ。いやー、あの時のランコさん。凄いなあと思ったんですよぉ。メメちゃんやアイラちゃんを相手にして、全然負けてない感じだったもん。痺れちゃいましたよ、あたし」
メローンは、ぶらぶらしていたランコの手を握り、目を輝かせながら見つめた。
「そして今日、同じステージに立つんですよね、あたしたちっ。何が起きちゃうのかなーって、また楽しみにしてますよ」
「それはあたしも楽しみだけど、メローンだっけ?あんたはこんな所であたしたちに接触して大丈夫なの?あのメメとかアイラとかに怒られちゃうんじゃない?」
「大丈夫ですよぉ。アイラちゃんには行ってきますと言ったし。まぁメメちゃんは怒るだろうけど、ごめんねって言えば済む話だしさ。でも」
ランコの手を離し、メローンはドアを見て歩き始めた。そして、去り際にもう一度振り向く。
「そろそろ始まっちゃんで、行ってきますよ。ちゃーんとステージを暖めてきますんでご心配なくっ。そしてちゃーんとみんなを駆除するので、一緒に楽しみましょーねっ」
そう言い残し、メローンは去って行った。
「あーんな雰囲気で駆除だとか言われてもねーえ?」
「でも、天然由来って感じで侮れないよ、多分。ねぇモモヨさん、さっきのメローンって子はどんな……」
モモヨはいかにも疲れたという感じで、肩を軽く叩いている。
「ん?メローン、うん……苦手な子よ。昔は私が教育係だったから関わりも深いんだけどさ。なんていうか、あの子には悪意というものが一切無いのよね。野心も無い。自分が楽しい事はみんなきっと楽しいんだと信じて疑わない子でさ。だから、私たちの駆除を、私たち自身も楽しめるとか思ってんの」
なるほど、それは苦手にもなる、とオニユリの面々は納得した。
「ま、でもいーんじゃない?あたしらも楽しめばさ。あたしらなりの駆除を」
ランコが不敵な顔でそう言うと、皆も顔を上げる。
「だっよねーっ。ってかあたしもわりといつでも何でも楽しい性質だし」
「楽しみなのは……魔に染まる群衆の様」
「ふふっ。そーね。私も久しぶりのステージ。楽しませてもらうわ」
そう意気込んだ直後、ドア越しに、壁越しに、通路越しに、大歓声が届けられた。ステージは始まった。
当たり前に超満員の客席は、客電が落ちた時点でハイボルテージ。ヒナミやキクやメローンの名を叫び散らして、三人の登場を待つ。
ステージに明りが灯り、三人が登場してからは早速熱狂であり、常よりも少ない人数構成であるが故に、広いステージを、三人の少女が隅から隅へと走り回る様は、非常に疾走感に溢れ、爽快な様。
少女のキュートさを全面に押し出したパフォーマンスで、コミカルかつスゥィートエモーショナル。カラフルポップでダンシング。ドキドキしちゃってマジカルに。
そんなステージが小一時間に亘って繰り広げられたとのこと。
『イーィェイ!ェイ!いひひっ。いい感じっ。みんな楽しめたかな?』
オォォォォォォォ。それは言葉にならない肯定の歓声。メローンは大満足。
『今日はまだまだこれからこれからなのよー!次はさ、あのオニユリさんたちが登場しちゃうんだから。みんなで楽しく駆除しよーねー!』
クジョー!クージョ!クージョ!クージョ!…と、享楽的駆除を煽るだけ煽って、メローンたちはステージを終えた。
コンクリートの壁や鉄扉越しに聞こえていた歓声が止んだ。どうやら前座が終わったらしい様子を感じ取るも、ランコたちもまた、何一つ緊張していない様子でくつろいでいる。
「さーてさてさて、そろそろ出番のようね」
モモヨが膝の関節を鳴らしながら立ち上がる。
「客どもは、さっきまでの盛り上がりのまま、アイラたちのステージを一刻も早く見たいってとこでしょうね。でも出てくるのは、スラムの排水溝から溢れ返った私たち」
「フッフフン。いいじゃない。ドブ水をたらふく飲ませちゃうわよ」
ランコが腕組みをして不敵に笑う。その横で、懐から取り出したポケットウィスキーを長い一口を呑む。
「ガソリン満タン!ウィスキー・ア・ゴー・ゴー!」
「それじゃ、私もいっちょステージ復帰と行きますか」
「みんなのドタマをガラガラ揺らしに行っちゃおーじゃない!」
各々がそれらしい言葉を口にして、ハイボルテージ。ではその意気込みをもって、いざ出陣……という時、モモヨは気が付いた。
「あれ……ハデスは?」
「ん?そういやさっき、トイレに行くとか言ってたけど……」
ハデスの不在に気が付いたのと同時に、扉越しに、壁越しに、通路越しに、奇怪な音が届けられた。
ボォォォォォォォ……。という怨嗟のような重低音。
「あ、あの子、まさか!」
⑬
唖然。客電は落ちていないし、ステージは暗いまま。しかしそこに何かいる。黒ビキニ姿の羊頭が、大仰に両手を掲げて呪詛やら怨嗟を吐き出している。
多幸感と熱気に溢れていたはずの客席は、一気に静まり返っている。永久凍土の如き寒々しさ。八千人もの人間が、誰一人言葉を発していない。
羊頭に内蔵されたエフェクター越しに、ハデスは訳の分からない言語をぶつぶつと呟き、ステージ上で座禅を組む。自前のお香を焚き上げてはいるが、ステージの広さに見合う量ではなく、それはどうという事も無い。
それにしても歪んだ声。きっと悪魔称賛の言葉を吐いているのだろうが、何を言っているのか、聞き取れている者は一人もいないに違いなく、聴衆はただただ耳障りなノイズに、耳を塞ぐよりほかない。
雑音は唐突に途切れる。それは多分、演奏終了。観客は訪れた静寂に安堵して、耳から手を離す。
『人間どもよ。魔を恐れ、崇め、そして縋れ……。心に潜めし邪を今解き放ち、天の使いを討ち果たせ。今よりここは……天使屠殺場!』
曲名が叫ばれたのと同時に、今度は初っ端からノイズの波。速攻だったので、観客たちは耳を塞ぐ暇を与えられずに、全員が苦悶の表情を浮かべる。
さっきと違いハイテンポで耳障りな感触も倍増。ハデスはステージを意味も無く動き回り、叫び続ける。ゴォォォォォォォ!としか聞こえない歌を叫ぶ。
一分少々で、その天使屠殺場とやらは終わるも、観客たちはまたいつノイズに襲われるのか分からないので、耳から手を離さない。
そんな間に、ランコたちがステージに現れた。
「ちょっと、あんたなに抜け駆けしちゃってんのよ」
マイクを使っていないが、場が静まり返っているので、その声はよく通る。
「抜け駆け?そりゃするでしょ。みんな仲良く一緒にステージに登場とか、そんなのあたしたちらしくないんじゃないの?」
表情は分からないが、その口調からして、ハデスに悪びれている様子は無い。
しかしながらランコは「あぁ」と納得した。
「それもそうよね。それじゃぁ……」
ランコはマイクスタンドに駆け寄って、勢いよくマイクを手にした。
『みんなー!ヒロインクラスのリサイタル、楽しんでる?』
突然の問いかけに、観客の反応は皆無。というか、皆耳を塞いでいるので、よく聞こえていなかった。
『あら。無反応。アハッ、今日ここにいるのはヒロインクラスのハードコアなファンだって聞いてたけど、大した事ないのね~』
あからさまな挑発。それを受けて、一部からようやく反応があった。もちろん罵声。
「ふざけてんじゃねーぞ!」
「帰れ!」
という、ありきたりなブーイング。ランコは不敵に笑う。
『フフンッ。そんな小さい声で叫ばれても、帰りたくなんてならいのよね。そんなわけで、そんなあんたらに捧げる……』
ランコは息を吸う。その間も、卑小なブーイングは続く。
『畜生ウェイブ!』
まるで、鉄屑の塊が坂道を転げ落ちているようなバックミュージックが鳴り響き、ランコは息を吐いた。叫んだ。
畜生どもが押し寄せる 意味も分からずやって来る
泳げないから流されて 生み出せないから呑み込んで
肥えに肥えて満足しちゃって
自分が作った肥溜めに 足を滑らせ溺れ死ぬ
畜生ども、大衆ども
ハデスと違い、ランコの叫びは言葉として聞き取れた。とはいえ、速いテンポに合わせた早口で捲し立てているので、何を言っているのかを判別するのは難しい。ただ、観客たちは不愉快さだけは確実に感じていた。
ランコは、ひとりでに盛り上がってマイクを握る。観客たちの不快そうな表情を見つめては愉快に笑う。
曲が終わる毎に、オニユリの面々は、あたしが私が、と次の曲の主導権を握るべく、ステージの上で競い合う。実にみっともない。そして今マイクを握ったのはモモヨ。
『ヘーイ!みんな、ひっさしぶり~!私のこと、ちゃあんと覚えてるかなぁ?』
モモヨは、ヒロインクラス在籍時と同じ具合で、キュートで乙女チックなつもりで観客に向かう。しかしそんな態度が、ヒロインクラスへの何よりの侮辱と捉えられ、彼らのボルテージがまた上がる。
「消えろ、この裏切り者!」
「ババアがしゃしゃり出やがってよ!」
「とっとと忘れてーんだから、もう帰ってくれよ!」
今のところ、このステージで一番熱烈な対応を受けたモモヨ。ランコやライムは、これは当然キレるだろう、と内心ワクワクしていた。
『そんなこと言ってさぁ。みんなホントは嬉しんだよね。まさかまた私のステージが見られるなんてー、あぁ僥倖。そういうの私分かっちゃうんだから!』
モモヨに動揺は一切なかった。ステージの上での彼女はやはりアイドル。三十過ぎようともアイドル。スラムに落ちようともアイドル。その気概に満ちていた。
ますます罵声は増すばかりだが、一切お構いなしに音楽スタート。
さっきまでの鉄屑ノイズと違い、打ち込み主体の王道的なポップサウンド。それにしてもスカスカでペラペラな音だが。
そんな安物サウンドに乗る歌は、少し無理を感じる若作りな声のポップソング。
ソーキュート、ラヴリーロンリネスナイトカミング
いつでも愛されてるって、知ってる知ってる
デモデモ私は一人でデモ 愛を叫んで一人デモ
いつでもそこに君を求めてね 今でもここに君を求めてね
でもって結局ロンリネス
そんな意味が分かるような分からないような歌に、歓声は一つも起きないが、モモヨはとても楽しそうに歌っていた。肩で息をしながらでも。
「モモさん。結構なお歳なのに、無理はいけませんことよん」
一曲終えて、早くも疲労困憊ながらも、まだマイクを掴むモモヨの肩を、労うようにライムが叩く。
「だ、誰が結構な歳よ!」
反論しようとするモモヨの肩を、「ほれほれ」と、ライムがほぐすと、その気持ちよさに力が緩み、手からマイクが離れてしまう。もちろんそれを、ライムが拾った。
次はあたしの番よね、とライムは右手にマイク、左手に缶ビールを装備し、センターに立った。
『ハッハー。アハハッ、みんなー!飲んでますかぁ!』
誇らしげに缶ビールをかざして、観客を煽る。誰も飲んでいないので、反応のしようが無かった。
『あーらら。誰も飲んでいらっしゃらない。オホホ。健康志向な方々ですこと。楽屋じゃ、ヒロインクラスの子たちが、ビールをしこたま飲んでゲロ吐きまくってんのにね』
さらっと吐かれた嘘に、観客たちは大分どよめき、所々から嘘つけコールが上がっているが、ライムの酔いに水を差すものではない。
そうする内に、スピーカーから吐き出される音。やたらと鼓膜を震わせる。さっきまでは重低音を欠いたサウンドが主体だったが、今度は逆に殆どの高音を欠いて、極端なまでに重低音が主体になっている。
ボワンボワンとしたベース音が、正に空気を揺らして鼓膜を震わせる。まるで脳が揺れているような感覚。酔いを感じるほどに。
嫌がらせのようなスローテンポに合わせて、過剰にエコー処理された歌声が乗る。
忘れられない夢を見た 土の中で目を覚まし
腐敗を求めて根を伸ばす いつか地上を夢に見て
しかし伸び行く茎と花 ならば腐って枯れてやれ
お前の花が開くなら
酔いのハイテンションに反し、どこか恨み節めいているそれは、かつて〝五憎六腐〟が歌った怨嗟。怨歌。地底世界のアンセム。それを、五憎六腐のメンバーの娘が歌うという宿命は、誰も知らないので何の感動も生まれていない。観客は、ただその重低音に頭をもたげて沈み込む。
その後も、ランコ、ハデス、ライム、モモヨの四人はそれぞれが思い思いに、声を吐き、叫びを上げ、息を上げ、酒を煽って、時折絶叫を重ね合わせて、当人たち以外にとっての、音の拷問を続けるのだった。
観客たちはすっかり疲れ果てていた。いったい自分たちは何を見に、この新世代会館にやって来ているのか疑問に思う。数十分前の、メローンたちから与えられた幸福感が蹂躙されていた。
そんな観客たちの様子を、曲の間にランコはじっと見渡していた。時間的にそろそろ最後の曲。それを前にして、ランコはマイクを手にした。表情はえらく不満げに。
『ねぇ、あんたら何を腑抜けちゃってんのよ?そりゃ、あたしらはあんたらの敵だし、盛り上がれなんて言わないけどさ。あんたらの大好きなヒロインクラスのステージをボロクソにしちゃってんのよ?それなのに、どいつこもこいつも沈んだ顔して俯くだけ?』
そう煽られて、観客は徐々に顔を上げる。
『この玉無しども……。声を上げることもできないなんてさー』
「なめてんじゃねぇ!」
一人の男が怒声を上げた。
『はぁ?なめてんのはそっちでしょ?黙って今をやり過ごせば、お楽しみにありつけるとか思ってるわけでしょ?甘いわよ。よし決めた。これから先、ずっとあたしらのステージを続けるわ。あんたらはもうヒロインクラスには会えないから!』
「ふ、ふざけんなぁ!」
「んなことやってみろてめぇら!」
「そこから引き摺り下ろしてやるよ!」
客席に怒りが伝播し始める。随所から怒声が上がり、それだけでは収まらず、ステージに向かって駆け出す者たちも現れる。
『フフンッ。そーそ。そうでなきゃさぁ。盛り上がってきたってもんよ……ね!』
観客の怒りボルテージの上昇に合わせて、曲が始まる。ランコたち四人が全員マイクを手にして。
『ほらほらほらほら、憎きあたしたちがここにいるのよ!』
『ここまで来てみなよ!』
『じゃなきゃ、次のステージは見れないわよん』
『魔を打ち破れるかしら?』
既に始まっている性急なビートが、客たちの怒りを煽る。声を上げるだけでは収まらない。腕をぶん回し、ステージに向かって物を投げ、走り回る。
下水管の破裂。或いははどぶ川の大氾濫を思わせる有様の中、ステージ上から四人の雄叫びが響く。
客席は今、混乱状態。ステージに向かって駆け出した者は、他の観客と衝突し合い、ステージに向かって投げられたゴミなどは、そこには届かず、別の客の頭に落ちる。そこかしこで、怒りの衝突が始まり、それをランコたちの扇情的な叫びや言葉が煽りに煽る。
暴動にも思える観客たちの暴走。全ての怒りはオニユリへと向けられているはずが、その発散は身近な観客へ。
事態の収拾はつきそうにもないし、収拾しようという気も無いランコたち。
盛り上がっているのなら、更に盛り上げちゃうわよ、とランコは舞台袖から箱や袋を持ってきて、その中身をぶちまけた。それと同時に、ハデスは羊頭の口から大量の白煙を吐き出す。
視界が白煙に奪われ、むせる観客たち。更に、その白い視界の中から異様な気配を感じ取る。足元に、頭上に感じるそれは、下等生物の襲来。
「ひ、ひゃ、ね、ネズミぃ⁉」
「こ、コウモリが!」
床の上を無数のネズミが這い回り、頭上をコウモリが飛び交う会場内。白煙の向こうのステージからは、まだ雑音めいた音と叫びが響き渡る。そんな下品さに、客たちはいよいよ耐え切れず、怒りよりも嫌気がさし、会場の外へと逃げ出していくのだった。
もちろんその際も、我先にと逃げようとする客同士のトラブルが頻繁したのは言うまでもない。
会場内の白い煙幕は未だ晴れていない。オニユリの演目は終わり、コウモリの羽ばたきや、ネズミの足音は聞こえるも、客席に人の気配は無い。
「つまりは、どいつもこいつも、あたしたちのステージには耐えられなかったってことね」
羊頭を外したハデスが、勝ち誇った笑みを浮かべている。
「はぁ……。アイドルには程遠いステージだったけどね」
ため息をつきつつも、したり顔のモモヨ。
「いーんじゃない?最後は盛り上がってたっしょー」
勝利の美酒とでも言いたげに、ビールを口に運ぶライム。
そしてランコは、神妙なままに横を振り向いた。
「さて、どうだった?あたしらオニユリは」
白煙の中に三つの人影。徐々に近づいてきて姿を見せた、姫井メイと來生メメ、そして清風アイラ。
「ダーティ・ロッテン・アイドルズ……。薄汚い性根の腐ったアイドルどもが」
メメが敵意に満ち満ちた表情と口調で、その腐った称号を捧げる。
「滅茶苦茶やってくれたわね。アイドル的にも治安的にも」
アイドルとしてのステージ、そして治安維持部隊隊長としての面目も潰されたメイもまた、怒りを秘めることなく露わにしている。
「……」
アイラは、物言わず、表情も崩さず、ただ沈黙してランコをじっと見つめていた。
「それにしても、さすがゴミ箱の住人ね。下等生物のお友達が多いこと」
飛び交うコウモリを手で払い除けつつ、メメが吐き捨てる。
「フン……。その下等生物にしてやられたヒロイン様方はこれからどうするつもり?」
強気に詰め寄るハデスに対し、メメとメイは不敵な笑みを返した。
「してやられた?ハハッ、自分たちのステージが終わっただけでしょ?お疲れ様って言ってあげるわ。とても下品な出し物でした、とさ」
メメたちの余裕に気圧されたハデスの前に、ランコが立つ。
「じゃあ、これからはそっちのステージだってわけ?でもどうしちゃうの?客席にはもう誰も残っていないけど?」
挑発されたメメが言葉を返すより先に、アイラがその前に立ち、ランコと対峙した。
「誰も残ってない?そう思ってるのだとしたら、ランコちゃんたちの考えは甘すぎるわ。とても残念ね。奇抜さとインパクトだけで、私たちに勝てるとか思ってる、程度の低さは」
そう言ってアイラが手を上に掲げると、新世代会館の天井が開き始めた。開閉式の天井だったらしい。
白煙とコウモリが、夜の空に消えていく。そしていま視界を取り戻した客席に、
「うぉぉぉぉぉッ!アイラぁ!」
「メメッ!メメー!」
「メイ!メイメイだ!」
数十人の客たちが、その場にいて、熱狂的な絶叫を上げた。
「そう……。雑音に耳を塞がれようが、コウモリやネズミに襲われようが、私たちを絶対に見逃さないファンがいる。私たちの魅力をなめないことね。そして」
アイラが、ランコたちを押しのけるように、ステージの真ん中に立った。その両脇を、メメとメイが固める。
「あなたたちのことは、瞬時に忘れ去られてしまう」
オォォォォォォォォォォォ‼
さっきよりも増した歓声。会場の外へ逃げた客たちが戻り始めていた。再入場不可の取り決めは無視。
『さぁさぁさぁさぁ!私、姫井メイが復帰してるレアなステージを、見逃せるわけないでしょ、みんな!』
『今日は久しぶりに、私とメイメイの、メメメメフォーメーションを見せてあげるわ!』
メメとメイの煽り応じる観客たちの、満面の笑み。そこにはもう、さっきまで雑音に苦しめられていた面影は無い。衝動的な怒りにかられた者たちも、その怒りは完全に失せ、痣や傷のある顔に笑みを浮かべている。
『私たちは絶対的なヒロイン。その事実を今再び、全てに刻み込む。私たち、ヒロインクラスが!』
アイラのその宣言とともに始まったステージ。
彩り豊かな照明。音の分離のいい音響。キレのあるダンスに、耳に馴染むフック満載の曲に乗る、歯切れのいい歌声。
何もかもが違った。比較できる点すら無い。使用済みのちり紙と新札の万券ほどの違い。ランコたちは自然と舞台袖に追いやられ、ただぼんやりとしながら、アイラたちのステージを眺め見ていた。
⑭
終わった。
アキラが運転する軽バンの中、ランコたちは一言も発せずに俯いていた。
「まぁ……うん。ボロクソだったな、お前ら」
冗談半分。いや、実際に思ったことを冗談っぽい口調で言ったアキラだったが、返事は無い。
「何が虚しいかって、お前らの計画は順調に終わったってとこだ。あいつらのステージを蹂躙して客を追い出してやろうっていう計画は、とても上手くいったけど、ヒロインクラスの魅力には勝てなかった。……当然と言えば当然なオチだけどな。モモヨさんならこの結末は分かってたんじゃないんですか?」
後部座席のモモヨが、少し顔を上げてため息をついた。
「……えぇ。分かってたわ。ああなるってさ」
モモヨの発言に、ランコとハデスとライムは顔を上げて彼女に注視する。
「当然でしょ。私は元ヒロインクラスよ。あの組織の魅力や、それに魅入られたファンたちのエネルギーは嫌って程理解してるもんよ。だから、私はこれからが重要だって思ってる。今日初めて、みんなヒロインクラスの力を肌で感じたでしょ?さて、じゃあこれからどうしましょうか、という話よ」
アキラは運転中なので後ろは向かないが、少しばかり安心したような笑みを浮かべた。
「しかしモモヨさん。他の三人はどうにも気分が殺がれたって感じっすけど。お手上げ感が充満してますよ」
「「「ハァ⁉」」」
見事に三人同時に、反発の反応が返った。
「馬鹿言っちゃわないでよアキラ。あたしは今後の計画を練ってるだけよ」
「あたしは今日使った魔力を補充してるだけだし」
「ったくもー、アキラちゃんの運転が下手くそだから車酔いしてんのよ~」
四人全員の顔が上がっているのをルームミラー越しに確認し、「そうだと思ってたよ」とアキラは返した。
「しかしどうするよ?今日みたいにやっても、意味が無いって分かったんだ」
これからまた煮詰まりそうな今後の方針だったが、ランコは自信たっぷりに即答した。
「一つ、計画外の手応えがあったのよね。きっとそれが、本来あたしたちがやるべきことにも繋がり始める。そんな予感を感じちゃったわけよ」
ライブ終了後の満足感と、腐ったアイドルを駆除した優越感に浸るメメたちヒロインクラスが楽屋でくつろいでいる。皆思い思いにオニユリを罵倒し、虚仮にし、楽屋内は笑い声に満ちていた。
「あいつらの表情ときたら傑作だったわ。自分たちの間抜けっぷりを実感し過ぎたってとこかしらね」
ヒナミとキクは「ですよねー」などと相槌を打ち、やはり上機嫌。しかし、他の三人は決してそうではなかった。
メローンは退屈そうに欠伸をし、メイとアイラは神妙な顔つきで黙ったまま、はしゃぐメメたちを見つめていた。
「なーに辛気臭い顔してんのよ二人とも。カス相手とはいえ、圧倒的な勝利だったじゃないの」
「それはそうなんだけどね。ちょっと気になることがあってさ。ヒロインクラスとしてよりも、ポリスクラスとしてなんだけど」
「はぁ?」というような表情をしているメメに、どこか呆れたような顔を向けるアイラ。
「圧倒的な勝利?メメ、あなた今回のイベントの目的は何だったか覚えてるの?」
「当然よ。オニユリとかいう連中を駆除する。そして、それは成功したでしょ?」
「つまり、あの子たちの心を完全にへし折って、再起不能にした、ってこと?」
「……でしょ。最後、自分たちの力及ばずさを知って、魂抜けた顔してたじゃない」
アイラは、やっぱりね、とでも言いたげなため息をついた。
「あなたがそう思ってるのなら、あの子らにしてやられるわよ」
その一言が、メメの上機嫌を一気に失せさせた。
「なに?アイラ。私がメデタイ頭をしてると言いたいわけ?」
「もう少し、事態を正確に分析する冷静さを持ってほしいとは思うわ」
メメの沸点の低さは、何も敵対する者にのみ向けたものではない。この時、メメは瞬時にアイラの胸倉を掴み上げた。
「怒ってるのね、メメ」
「えぇ。ムカついてるわ。このままはっ倒してやりたいと思うくらい」
「そんな怒りを、オニユリのステージの時に、客席からも感じたわ。それも段々と拡散していった」
「当たり前でしょ。私たちの出番が待ち遠しいって時に、あんなカス同然のステージを見せられた挙句、挑発までされて怒らないわけがない……」
「そう。そして、大勢の人が怒りの行動に出た。ゴミを投げつけ、衝動的に走り回って、体をぶつけて……。私の目には、あれは盛り上がりに見えたわ」
そう告げられて、メメは手の力を緩め、間に入ったメイにより、アイラの胸元から、手を離された。
「そうなのよ。私もそれが気になった。あの時の客席の雰囲気がさ、昔よくいた、スラムのゲリラアーティストたちを支持する連中によく似ててね。体制に対して溜め込んだ怒りを発散させる。その発散を本能的に楽しむ。そんな感じ」
「怒りの発散。そんなのは、ヒロインクラスのパフォーマンスの効果には無いものよ。私たちのファンには〝怒り〟というものが無いから」
ここに来て、メメもようやくその事を理解した。
「あいつらが、私たちのファンに怒りを植え付けた、っていうの」
「根深くはないでしょうけどね。結局、ネズミやコウモリをぶちまけるなんて事をして、自分たちで台無しにしてしまったからさ。でもあの子、純恋ランコは気が付くと思う。私たちに反旗を翻すという行為の本質と、方法に……ね」
さっきまでの賑やかさが嘘のように、楽屋内は醒めていた。ヒナミとキクは緊張感の中で固唾を呑み、先輩たちのやり取りを見ている。しかしながら、メローンはむしろ楽し気だった。
「それってぇ。まだ駆除は終わってないって事ですか~?まーたまたランコちゃんたちに会えるかもって、そんなお話?」
「そうよ、メロンちゃん。純恋ランコはまたやって来る」
アイラがそう断言すると、メメの表情は自身の迂闊さを恥じ入った後、いっそう険しくなる。
「じゃあアイラ。その時こそ……」
「えぇ。完全にあの子たちを駆除…駆逐するわ。ZONEを使ってでもね」
ZONE。その単語に、全員がアイラの本気を感じた。そして、オニユリの終末を確信するのだった。




