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邪神絶対殺す  作者: 逢魔ヶぽこぽこ
賢者の子ども先生編
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7/34

第7話 ノエル教官


 ノエルの教え方は、その真面目な性格ゆえに厳しいものだった。


「ファイアの魔法、連続100回成功するまで帰れません。スタート」

「え? え? 【ファイア】! 【ファイア】! 【ファイア】!」


 俺たちは、空き時間を見つけては一緒に魔法の練習をするようになった。

 通常、初心者には『ゆっくりと魔法を練り上げて、確実に発動させましょう』というふうに指導する。

 だが、賢者の補正で術式構築が安定している俺には、ひたすら反復して身体に馴染ませる方針が取られていた。


「――【ファイア】!」


 空中で赤い炎が瞬く。

 魔法学園の訓練場で、俺は100回目の詠唱を終えた。


「はい、お疲れ様でした。次はウィンドの魔法、100回です」

「え゛、連続成功で帰れるって言いましたよね?」

「そう思って全て出し尽くしたあとに鍛えることで力がつくんですよ。魔法は筋肉です」


 ここまで徹底した反復訓練は、ノエルが俺のために考えてくれたものだった。

 後から聞いたことだが、彼女の持つ称号は『魔導師』――魔を導く才だ。教えることに関しては、俺よりもずっと向いていた。


 あのあと、さらにファイアを100回追加された俺は、やりきったその場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 しばらく立ち上がる気にもなれず、俺はそのまま彼女の話に耳を傾けた。


「私の両親は裕福な商人でした。鑑定の儀で女神様から『魔導師』の称号を授かって、両親の期待もあって……私は子供の頃から魔法が得意だったんです。

 でも、魔法学園ではそんなの当たり前のことだったんです」


 遠くを見つめる彼女の横顔は、どこか寂しげだった。


「でも、人に教えるっていいですね。先生を見ていたら、また初めて魔法を使えた時のうれしさを思い出せました。卒業したら地方の防衛隊にでも入ろうかと思ってたんですが、教職もいいですね」


 そこまで言われたら、俺も張り切らないわけにはいかない。

 俺の成長が、彼女の自信につながるんだからな。


 ◯


 それからノエルは、休み時間になる度に「先生、先生」とわざわざやってくるようになった。

 もちろん寸暇を惜しんで俺を鍛えに来る鬼教官なわけだが、そのスパルタ教育を余すところなく吸収する俺も、中々の鬼生徒だった。


 すでにファイア、ウォーター、ウィンド、ストーンの基本属性は習得した。これからは応用を覚えていく段階だが、どうやら中等部で学ぶ内容に入るらしい。

 ここまでにかかった時間はおよそ一ヶ月ほどだ。


「……飲み込み、早すぎませんか?」

「賢者だからねえ」

「本当にすごいですね、その称号。補助金制度にも詳しいし」


 そう言うノエルも、この一ヶ月でかなり変わった。というか、だいぶ生活が立て直された。

 擦り切れていた制服は学園の貸与サービスによって新品と交換された。

 寮で出される食事はやめて、食費を抑えた。

 その代わり、学生支援を掲げている地元の食堂を利用するようにしたことで、子どもの小遣い程度でも大盛り定食が食べられるようになった。

 他にも俺の知識を駆使して生活周りを改善してやったが、そのおかげか、どこか張り詰めていた雰囲気は見えなくなり、本当に教職試験の勉強まで始めてしまった。


 そんなある日のことだ。

 昼休み、いつものようにノエルが教材を抱えて俺のところへやってきた。

 最近ではすっかり見慣れた光景で、周囲の学生たちも「またやってんな」くらいの顔で見ている。


「ロスマン先生、今日は水属性の制御をやります。水着の準備をしてください」

「え……濡れること前提?」

「それと盾も」

「水着に盾装備という状況から察するに、巨大な水の塊がドカンドカン飛んでくるのを死ぬ気で避ける訓練かな?」

「正解です」


 すると、そのやり取りを見ていたらしい声が、すぐ後ろから飛んできた。


「ずいぶんと熱心なことだな、ノエル・クローデット」


 ノエルの肩越しに、いた。

 金髪撫で太郎こと、アルベール・ド・サンルグラン君だ。

 取り巻きも二、三人ついている。仲のよろしいことで。


 アルベールは俺とノエルを見比べ、わざとらしく肩をすくめた。


「教師にそこまで付き従うとは感心するよ。特待生は成績だけでなく、媚びの売り方まで上手で羨ましいことだ」


 周囲がざわつく。


「私は先生に魔法を教えています。それだけです」

「へえ。教師に教えるとは面白いことを言うね。何かのなぞなぞかな?」


 あー、はいはい。要するに貴族による平民差別とか、特待生への嫉妬とか、なんかそういう面倒くさいやつね。


「いいでしょう、アルベール君」

「ロスマン先生?」


 俺はノエルの肩に手を置き、下がらせる。


「そんなに俺たちが気になるなら、君も来なさい」

「……は?」


 アルベールが間の抜けた声を出した。

 ノエルも俺を見ている。「何を言い出すんですかこの人は」という顔だ。アイノー、アイノー。


「ノエルの補習教室。ちょうどいいじゃないですか。アルベール君は基礎はできてるけど伸び切らないタイプですし」

「なっ……失礼なことを言わないでください。私はいつも成績優秀で――」


 アルベールはチラチラと取り巻きの顔色を気にしている。

 ボスのメンツがあるんだろうな。

 武士の情けだ、「君の成績、中の下くらいだよね」というセリフは飲み込んでおいてやる。


「僕は別に、補習など必要ありません」

「アルベール君が無事にノエルの課題をクリアできたら、これからの俺の授業は免除しましょう。もちろん評価は秀を与えます」

「ほう」


 目の色が変わったな。そりゃ学生なら全員欲しいよな、秀は。


「じゃあ、参加でいいですね?」

「よろしいでしょう。そこまで言うなら、付き合って差し上げますよ」

「よし決まり。ノエル先生、一名追加で」

「勝手に決めないでください」

「いいじゃないか。きっと面白いことになるぞ」


 そうして放課後、訓練場には俺とノエルに加え、なぜか不機嫌そうなアルベールの姿があった。

 なお、不機嫌の理由は明白である。


「なぜ僕が、こんな格好を……」

「水属性の訓練ですから」

「だからって水着になる必要があるのか!?」

「濡れない自信があるなら着てもいいですが。きっとずぶ濡れで帰ることになると思いますよ」

「ぐぬぬ……」


 ノエルは真顔だった。

 アルベールは学園指定の簡素な訓練用水着を着せられており、いつものきっちり撫でつけた髪型もどこか決まらない。

 訓練場で、女の前で、自分たちだけ、水着にさせられるというのは、たぶん人生でも上位に入る屈辱なのだろう。知らんけど。


「それではまずは先生から盾を構えてください。アルベールさんはその後にしましょう」

「ノエル、本当に盾まで使うんですか?」

「使います。今日は水属性の制御と対処訓練です」

「というと?」

「説明するよりやった方が早いです。始めますよ」


 説明が雑!

 俺は慌てて盾を構えた。

 ノエルが離れたところから手を振る。


「行きますよー! ――【ウォーター】」


 次の瞬間、俺の顔面めがけてスイカほどもある水の塊が飛んできた。


「うおおっ!?」


 慌てて横に飛ぶ。

 水塊は背後の地面にぶつかって弾け、訓練場の土を大きくえぐった。


「ちょっと待って、今の水っていうか鈍器では?」

「威力は攻撃用に調整しています」

「普通は訓練用に調整するんじゃないかな?」

「次、行きます」

「聞いてねえ!」


 ノエルは次々と次弾を生成する。

 ぼよん、と浮かんだ水塊が、次の瞬間には砲弾みたいな速度で飛んできた。


「【ウォーター】!」

「うわっ、た、盾――!」


 避けられそうにないものを、両腕で盾を構えて受け止めてみた。


「緊急時以外は盾を使わないでください。あくまでも水塊の動きを見て挙動を予測する訓練です」

「言うのは簡単なんだよ!」

「先生、次」

「待ってください、まだ腕が痺れて……」

「待ちません」


 その後も、右から左から、水塊がドカンドカン飛んできた。


 訓練場の端で見ていたアルベールは、最初こそ呆れた顔をしていたが、段々青ざめていった。

 そうそう、次はお前がこれをやるんだぞ。これを!


「はい、次はアルベール君」

「えっ」

「えっ、じゃありません。約束したでしょう。補習をクリア出来たら秀をあげると」

「そ、そうですが……」

「ほら、盾を構えないと死にますよ」

「え?」


 ノエルはすでに構えている。逃げ道はない。

 アルベールは半泣きになりながら盾を構えた。


「行きますよー! 【ウォーター】」

「ぐっ――」


 一発目から綺麗に腹に入った。

 どぼんっ、と情けない音を立ててアルベールが転がる。


「立ってください」

「ノエル・クローデット……! 貴様、今のは卑怯だろうが!! 盾のないところを狙っただろう!」

「戦闘とはそういうものです」

「訓練だろ!?」

「訓練でできないことは、戦闘でもできません。違いますか?」


 正論の暴力で殴られたアルベールは、ぶつぶつ言いながらも立ち上がり、次第に本気で避け始めた。

 最初は無様に転がっていたが、何発か食らううちに、水塊に込められた魔力の流れについていけるようになっていく。

 バカ正直に真正面で受けることをやめ、少しずつ「どうすれば流せるか」を考えるように変わっていった。


「その調子です、アルベールさん。見違えるような動きです」


 褒められた。そのたった一言でアルベールの顔がほころぶ。

 分かりやすいやつだな。


 それからしばらくして、アルベールは肩で息をしながらも、飛んでくる水塊をどうにか捌けるようになっていた。

 もう髪はぐしゃぐしゃだし、水着も泥だらけになっている。


「お疲れ様でした、アルベールさん、ロスマン先生」

「はあ……はあ……これで、終わりだな……? 秀を……、秀をもらえる、んだな!?」

「まあ約束だからな。よく頑張りました、アルベール君」


 いや実際よくやったよ。途中で絶対逃げると思ってたから、これは俺の負けだな。


 と、そんなことを考えていたら、ノエルが腕時計を気にしだした。してたっけ、腕時計。


「ただ今より土属性訓練を開始する!」

「「は?」」


 俺とアルベールの声が重なった。


「ノエル……今日の訓練は終わりじゃ……?」

「何を言ってるんですか。魔法は筋肉です」


 またそれかよ。流行ってんの?


「次は水の代わりに石を飛ばします。盾を構えてください」

「ちょっと待て、死人が出るぞ!?」


「行きますよー! 【ストーン】」

「「ぎゃああああああ!!」」


 ◯


 結局、その日は日が傾くまで水と石が飛び交った。


「終わり、ですか?」

「はい。今日はここまでにしましょう」


 その言葉を聞いても、アルベールは盾を構えたままブルブル震えていた。


「嘘つけ! 終わりってことは次が始まるんだろ!」


 これがあの貴族の坊っちゃんか?というほど怯えてしまっている。


「どうでした」


 ノエルが淡々と尋ねる。


「媚びを売っているように見えましたか?」


 アルベールはハッと何かを思い出したようにうろたえ、しばらく黙っていたが、やがて盾を下ろして言った。


「いいや……」

「そうですか。それなら良かった」


 それだけ言うと、ノエルは背を向けて訓練場を後にする。

 アルベールは彼女に手を伸ばしかけたが、気まずそうにその手を握りしめていた。


 そんなことがあってから数日経ち、相変わらずノエルと教室で魔法の話をしていたら、そこにアルベールがやってきた。今日は取り巻きを連れてきてないようだった。


「上がってる」


 そう言って一枚の紙をノエルに突き出すようにして見せる。

 俺がそれをひょいと覗き見ると、魔法実技の評価シートだった。


「前より魔法の発動が安定していると書かれている」

「そうですね。それで?」

「その……この前は」


 アルベールは珍しく言いにくそうに口ごもっていたが、少しだけ視線をそらしながら口を開く。


「役に立った。補習」

「良かったですね」

「だから……ありがとう」


 最後の一言はかなり小さかった。

 ノエルは目を丸くして、それから表情を和らげた。


「どういたしまして」

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