第6話 ぶりぶりマン
王都はやはりでかかった。
石造りの建物がずらずらと並び、人の数も馬車の数も田舎とは比べものにならない。
こういうとき、気をつけなければならないのはスリの存在と道に落ちた馬糞だ。
財布を握りしめながら、うんこを踏まないように人混みを避けるという、田舎ものには到底不可能な高等テクニックが求められる。
だがしかし、俺は魔法学園が寄越してくれた立派な馬車で王都入りしたので、ドア・トゥ・ドアでした。
さすが、ブルジョワの集まる学園はやることがスマートだねえ。
さて、その人通りの中心から少し離れた高台に、王立魔法学園はあった。
白い石で作られた校舎と、空へ突き刺さるような尖塔。
広々とした中庭には、美しい彫刻が施された噴水がある。
「ようこそ、ロスマン君。私が学園長のメルキオール・メギドだ」
俺を出迎えてくれたのは、学園長その人だった。
白銀の長髪を後ろで束ねたジイさんで、紺と白を基調にした法衣をまとっている。
穏やかに笑ってはいるが、立っているだけで周囲の空気がぴんと張り詰めるような威圧感があった。
あ、これ強いやつだ。
今の俺は12歳の子どもに過ぎないが、中身は元S級冒険者を三度も経験している。
だからわかる。このジイさんなら一人でもドラゴンと戦える風格がある。
「お噂はかねがね」
「私を知っているのか?」
「ええ。底知れぬ魔力と、そこから放たれる魔法の数々――あなたのことは"無限のメルキオール"として、冒険者の間でよく知られています」
「そうか。学園の外に出ることが少ないのでな、そんな二つ名があるとは知らなかった。君は冒険者とも縁があるのかね?」
「まあ、それなりに」
メルキオールは俺をまじまじと見つめたあと、感心するように言った。
「君の方こそ、噂以上だな」
「どのへんがです?」
「場馴れしている。賢者の称号を持っているというだけで、そこまで余裕を持てるものかね」
お、鋭いな。
さすがに「転生者です」とは言えないが、下手に子どもっぽく振る舞ってもすぐ見抜かれそうだ。
「田舎でいろんな大人たちに揉まれてきたので。そのせいでしょう」
「なるほど」
メルキオールはそれ以上は追求せず、くるりと踵を返した。
「では、案内しよう。君には自宅となる部屋と研究室も用意してある」
「研究室って、やっぱり本当に教師扱いなんですね」
「もちろんだとも」
「12歳なんですけど」
「賢者に年齢は関係ない」
便利な言葉だな、賢者。
「君には第一課程の生徒たちを任せたい。年齢で言えば18、19といったところだが、君なら問題ないだろう」
「どんなことを教えればいいんでしょうか?」
「自由にしてもらって構わない。君の論文を読ませてもらったが、あれほどの論理的思考と本質を突く眼力があるのなら、教壇に立つ資格は十分にある」
「俺の論文?」
そんなの書いたっけ?
書類は手が痺れるほど書いてきたけど。
「『神意と法意――法の正当性根拠をめぐる考察』だ。神官が君から聞き取って書き起こしたものが提出されている。神をシニカルに捉えた非常に興味深い視点だった」
ああ、そんなこと話したっけな。あんまり覚えてないが。
「カリキュラムが決まり次第、書類にまとめて事務室に出しておいてくれ」
「あ、はい」
◯
初講義の日、俺が教室の扉を開けた瞬間、ざわめきが走った。
「誰かの弟?」
「迷子だろ」
「ボク、初等部は反対方向だよ?」
俺は居並ぶ生徒たちの奇異の目を無視しながら教壇まで歩き、くるりと振り返った。
「えー。本日から『教養』を担当するロスマンです。よろしくお願いします」
一拍置いて、男子学生が手を挙げた。
金髪をきっちり撫でつけた、育ちの良さそうな男だ。
「質問よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「1+1は、いくつでしょうか」
教室のあちこちで笑い声が漏れた。
はいはい、そう来るよね。俺は手元の名簿を見てから質問に答える。
「2です。アルベール・ド・サンルグラン君。次、程度の低い質問をすればご実家に連絡しますよ」
冷たく言い放つと金髪男はバツが悪そうに黙った。
「では講義を始めます」
俺は黒板にチョークで大きく書いた。
「これから教えるのは『税金と法律』についてです」
学生たちは黙って俺を見る。
さっきまでの半笑いとは違う。
何を言い出すんだこいつ、という顔だ。
そこで、また手が挙がる。
きっちり制服を着込んだ、静かな雰囲気の少女。
机にはノートとペンが等間隔で並べられている。
「君は……ノエル・クローデット君。どうしました?」
「ここは魔法学園ですよね? でしたら魔法について理解を深めるような講義をお願いしたいのですが」
「甘い。プリンより甘いよ」
「はあ……」
そう言って俺は指を振ってみせた。
「君たちの中には、将来、領地を継ぐものもいるでしょう。貴族の次男、三男なら、家を出て独立する者もいるでしょう。その時に役立つのがこいつです。『ペンは剣よりも強し』って聞いたことないですか? え、ない? じゃあ覚えて帰ってください」
こんな調子で、1ミリも魔法に関係ない俺の講義は幕を開けるのだった。
◯
生徒たちが狐につままれたような顔をして教室を出ていく。
『これ、本当に魔法学園で聞くような話かなあ?』
と思っているのがありありと伝わってくる。
お前ら、社会に出てから俺に感謝することになるだろうよ。
講義を終えた俺は、今度は聴講予定である「基礎魔法理論」の教室へ向かった。
せっかく魔法学園に来たのだから、魔法を覚えなくては損だ。
夢だの地雷だのカクテルだの、これまでの魔法は全部あの邪神が適当に作った悪ノリでしかない。
なので、今度こそちゃんとした、普通の魔法を身につけたい。
いいんだよ、「ファイア!」とか「ウィンド!」とかでさ。
扉を開けると、すでに何人もの学生が席についている。
俺は目立たないように後ろの方に座ろうとしたのだが、何人かがすぐに俺を見つけた。
「あ……子ども先生だ」
「教師か生徒かどっちなんだよ」
ひそひそ声が聞こえる。
俺は気にしないふりをして、空いていた席に腰を下ろした。
すると、隣の席でノートを広げていた少女がちらりとこちらを見た。
さっき俺の講義で質問してきた、ノエル・クローデットだった。
「こんにちは、クローデットさん」
「……ロスマン先生も受けるんですか?」
「そのつもりです」
彼女は何か言いたげにモゴモゴしていたが、やがて講師が入ってきて授業が始まった。
内容は、魔力の流れの基礎、属性ごとの干渉、魔法陣による術式の安定化。すごく理屈っぽくて安心した。
夢属性みたいに「なんか眠らせます」でもなければ、「踏まれたら爆発します」でもない。
俺は魔法の説明を聞きながら、頭の中で術式の構造を組み立てていった。
魔力をどう流し、どこで曲げ、どの段階で属性を乗せるのか。
賢者の称号のおかげか、複雑な理論でもすんなり入ってくる。
しかし、理解できることと、実際にできることは別だ。
実技の時間になり、学生たちが順番に簡単な火球を作り出していく中、俺も見よう見まねでやってみた。
「出ろ――【ファイア】」
ぷすっ。
屁じゃん。
「くっそ、今度こそ――【ファイア】」
ぶりっ……
「才能ないのかな、俺」
隣の席から、くすりと笑い声がして、ノエルがこちらを見ていた。
「理論は理解できても、出力と制御は別です」
「らしいね。言われた通りやってるんだけど、何が悪いのか全然わからない」
「魔力の流し方がぎこちないから、火がつかないんですよ――【ファイア】」
ノエルの指先に小さな青い火が灯る。
揺らがず安定していて、他の学生のものよりも格段に精度が高い。
「君、魔法得意なんだな」
「これでも特待生ですから」
「道理で優秀なわけだ」
「いえ、普通ですよ。努力してるだけです」
そう言うわりに、頬が赤くなっている。褒められることに慣れてないのかな。
授業が終わったあとも、俺は少し残って一人で復習していた。
火を出しては消し、出しては消し。ぶりぶりぶりぶり。
俺の手ってケツの穴と繋がってんのかな?
「魔力を押しすぎ、だと思います」
ふいに声がして、振り向くと、ノエルがまだ教室に残っていた。
「出力を上げようとしてませんか? 流れを意識してください」
そう言って、俺の手に自分の手を重ねる。
「私が誘導しますから、もう一度やってみて」
「わかった」
言われた通りにしてみる。
頭の中で術式を先に組み、そこへ魔力を流し込む。
ぽっ。
「おお、できちゃった」
「さっきよりはマシですね」
「評価が厳しいな」
「事実です」
それからはコツを掴めたようで、自分一人でも火を起こせるようになった。
ノエル・クローデット、口調は淡々としてるが教え方は的確だった。
こやつ使えるな。
俺は改めて彼女を見た。
「君、特待生って言ってたね。つまり、授業料が免除されてるよね?」
「ええ、まあ」
「特待生の全員が必ずしもそうじゃないけど、もしかして経済的に困窮してるんじゃないか?」
ノエルは少し眉をひそめた。警戒している顔だ。
そりゃそうか。
いきなりプライベートなことに突っ込まれたら気味が悪いよな。
「私は貴族でもないし……平民なので……家に迷惑もかけられないし……」
なんかちょっと泣きそうな顔になってきた。
「ああ、いやいや、別に咎めているんじゃない。取引したいと思ってね」
「と、取引ですか?」
「俺に魔法を教えてほしい」
「先生なのに、生徒に教わるんですか?」
「そう。俺は仕事もあるし、そんなに魔法を練習する時間もないんだ。だから優秀なコーチの元、効率的に習得していきたいんだよね」
優秀というワードを強調してみたら、ノエルはぴくりと反応していた。
「それで、私に何の見返りが?」
「君に必要そうな制度を洗い出してあげよう」
「制度?」
「特待生向けの優遇、補助、減免、申請。学生向けのサービスやクーポンも調べてあげよう。世の中はね、君が思うより頑張る若者を応援してるんだよ」
「応……援……」
彼女はぽつりと呟く。
「授業料が免除されてるからって、生活費や教材費はそうもいかないだろ? 寮費、実習費、消耗品、課題制作。貴族向けの学校だから、遠慮なく出費を求めてくる。かなりきついんじゃないか?」
「……どうして、そこまでわかるんですか」
俺は彼女の持ち物を見た。
ノートには授業内容が細かく小さな字で書き込まれている。それは几帳面なんじゃなくて、ノートをできるだけ長持ちさせるためだ。
書き込まれた文字もインクが薄い。何かで伸ばして使ってるんだろう。
制服はきちんとしてるが、袖口や裾には擦り切れがある。
俺の視線に気づいたのか、彼女は袖をさっと隠した。
「俺は制度に強い。君は魔法に強い。だったら助け合わないか」
「助け合いと言うより、もっと生臭いと思いますけど」
「合理的っていうんだよ」
ノエルはしばらく考え込んでいたが、やがて小さな声で言った。
「条件があります」
「どうぞ」
「教えるからには、ちゃんとやってもらいます。中途半端は嫌です」
「望むところだ」
「それと、私の勉強の邪魔はしないでください」
「しない」
「じゃあ、契約成立です」
こうして俺は、学園で最初の協力者を得た。
ノエル・クローデット。
俺の生徒で俺の師匠。
この出会いが、邪神に続く第一歩でありますように。




