第5話 鑑定の儀
「――うむ。おかえりなさい、なのじゃ」
邪神が、いつもの調子で手をひらひら振っていた。
「……」
「どうじゃった? 今回もかなりサービスしたつもりなんじゃが」
「……」
「勇者要素もあったし、能力も強かったし、女にもモテたじゃろ?」
俺はわざとらしく肩を落とし、いかにも疲れ果てた顔を作った。
「……もう嫌だ」
「ほう? 親子丼を堪能しておいて、何が不満なんじゃ」
「ホスト補正のせいだよ! 頭がまともだったらセレスティア一筋だっつーの」
「本当かのう」
邪神はけらけら笑った。
その笑い方が本当に腹立たしい。
「王様に刺されて死ぬ勇者というのも乙なものじゃな。理由がNTRなどと実に下らんところもグゥーじゃ」
「エドはるみ古すぎんだろ」
俺は頭を抱えた。
怒りたい。
殴りたい。
でも今ここで感情のままに暴れても、こいつが喜ぶだけだ。
だから、深呼吸した。一回。二回。三回。
よし。落ち着け。ここからは、少しだけ頭を使う。
魔王は言っていた。
――頼んだ、と。
あいつの言っていた作戦が決まれば、このジジイに一矢報いることもできるかもしれない。
だが動き出すのは今じゃない。
好機が訪れるまで、俺は"おもちゃ"としてこいつの目を欺く必要がある。
俺はそのまま、いじけたような声を出した。
「次こそ、もっとまともなのがいい」
「まとも、とな?」
「ちゃんと尊敬されるやつ」
「尊敬?」
「そう。人から『すごいです』『さすがです』って言われて、頼られて、感謝されて、刺されないやつ」
邪神は白いひげを撫でながら、少し考えるそぶりを見せた。やがて、ぽんと手を打った。
「賢者ならどうじゃ」
「いいね!」
即答だった。
賢者。
いい。めちゃくちゃいい。
勇者ほど前線で刺されるイメージもないし、知識があって、皆から頼られて、尊敬される。
少なくともホストよりは百倍マシだ。
「賢者、最高じゃん」
「そうじゃろう?」
「知的で、落ち着いてて、ちゃんとしてそう」
「うむうむ」
「今度こそ普通だよな?」
「もちろんじゃ。賢者とは、物事の本質を見抜き、正しく導ける人――というのがわしの認識じゃが、不安か?」
めちゃくちゃ不安だ。
だが、今は乗るしかない。
「いや。次は賢者で頼む」
「では行ってこい」
邪神がぱん、と手を叩く。
視界が白く弾けた。
◯
次に意識が浮上したとき、俺は妙に低い位置から世界を見上げていた。
「……?」
視界が狭い。体が小さい。手も足も短い。
俺、子どもになってる。
周囲には厳かな空気が漂い、目の前には水晶玉みたいなものが置かれている。
茶色いローブを着た老人が、神妙な顔で何かを唱えていた。
その周りには、緊張した面持ちの大人がいる。あれが誰か分かる。今世の両親だ。
「では、鑑定の儀を始めます」
老人の声が響く。
ああ、なるほど。
そういうやつか。
この世界では一定の年齢(8歳)になると、神から授かった称号を調べる儀式があるらしい。
そして俺は今、その真っ最中に前世の意識を取り戻したわけだ。
「ロスマン、落ち着いて手を置くんだ」
「大丈夫よ、あなたならきっと立派な力を授かるわ」
ロスマンというのが俺の名前だ。
なんでも名付けの際、赤ん坊だった俺が「絶対邪神殺すマン」と口走ったのが由来らしい。
発声がたどたどしくて聞き取りにくかったのか、「ころすマン? ろすマン? ロスマン!」という豪快な勘違いを経て、この名に決まったという経緯がある。
なぜ赤ん坊の時点で名乗ることができたかというと、これは本能という他ない。今は理性が追いついてきた感じだ。
俺は老人に言われるままに、水晶に手を置いた。
すると、頭の中に、光が流れ込んできた。
「っ……!」
熱い。膨大な情報が、脳みそに直接ねじ込まれてくる感覚。
文字。文章。条文。判例。制度。手続。申請。許認可。
契約。相続。法人。憲法。民法。行政法。基礎法学。地方自治。
「う、うお? おおおおっ!?」
俺は思わず叫んだ。
なんだこれ。
なんだこれなんだこれなんだこれ。
賢者って、もっとこう、魔法理論とか、古代語とか、世界の真理とかじゃないのか。
なんで頭の中に、やたら具体的な法知識が流れ込んでくるんだ。
水晶がまばゆく光り、老人が目を見開いた。
「こ、これは……!」
「神官様、どうなのです!?」
「この子の授かった称号は――」
神官が、震える声で告げる。
「賢者、です!」
周囲がどよめいた。
「賢者!?」
「なんと……!」
「伝説級の知恵の才……!」
父が泣きそうな顔で俺を見る。
母は口元を押さえて感極まっている。
当の俺は、それどころではなかった。
頭の中にまだ流れ込んでくる。
農地転用。建設業許可。内容証明。遺言書。行政不服審査。風営法。会社設立。
「いやこれ……」
俺はふらつきながら、震える声でつぶやいた。
「行政書士の知識やん!!」
場が静まり返った。
「ぎょう……せい……?」
「なんだそれは」
「賢者語か?」
行政書士。行政に提出する書類作成のプロであり、街の法律家とも称される士業。
確かに知識はある。
人から頼られそうでもある。
当然、尊敬もされるはずだ。法律の素人からすれば「神様・仏様・行政書士様」まである。
でもこれ、剣と魔法の異世界で最初に授かる能力として合ってるか!?
「確かに賢者だけどさあ――なんで実務寄りなんだよ!!」
神官も両親も、何を言っているのかわからない顔をしていた。
そりゃそうだ。
俺だってわからない。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
またあの邪神、絶妙にズラしてきやがった。
俺が想像していた、杖を持って「ほっほっほ」と笑うタイプの賢者ではなく。
もっとこう、人の役に立つタイプの賢者である。
「ま、まあ、凄い能力だけどさ……」
素直に喜べない。
8歳の小さな体で、俺は深いため息をついた。
こうして俺の四度目の人生は、
伝説の賢者として期待されながら、
中身は法令知識にやたら強い幼児として始まったのだった。
◯
月日は流れ、俺は12歳になっていた。
賢者の称号を得た直後こそ頭を抱えたものの、実際に暮らしてみると、想像以上に便利だった。
まず、家が助かった。
今世の両親は小さな雑貨屋を営んでいる。
前世の俺なら「へえ、そうなんだ」で終わっていたところだが、今の俺は一味違う。
店の帳簿を見た瞬間、補助金の取りこぼし、営業許可の更新漏れ、税の申告ミス、土地権利の危うさなどが一気に見えた。
「父さん、店の増築したときに届け出出してないでしょ」
「えっ」
「母さん、この仕入れ契約、不良品も返品・交換不可になってるよ」
「えっ」
「あと商店組合の共同事業、うちも申請すれば助成金出るよ」
「えっ」
最初は半信半疑だった両親も、俺の言うとおりに書類を整え、役所へ出し、組合と交渉した結果、店の経営はみるみる安定した。
赤字も珍しくなかった家計は持ち直し、夕食のおかずに肉が増えた。
「ロスマン、お前は本当に賢者さまなんだなあ……」
「うん、まあ……方向性はちょっと迷子だけど」
俺の噂はすぐに広まった。
近所の農家が「畑の境界がずらされてる」と相談に来れば、俺は「まず証拠を残してください」と、境界損壊罪への対処法を解説する。
鍛冶屋の親父が「取引先と口約束で揉めた」と泣きついて来れば、俺は「そういうのはちゃんと書面に残しましょう。フォーマットは俺が整えます」とペンを取る。
行商人のおばちゃんが「通行税が高い気がする」と愚痴をこぼせば、「徴税官が不正に着服してないか確認した方がいいですね」と、最新の税率表を淀みなく暗唱しながら付け加えた。
なんなんだこの12歳は。
俺のことを「賢者の子」と呼んでいた村人たちは、次第に「賢者様」と呼ぶようになり、神官ですら法と神の関係性について相談に来るようになった。
尊敬される。
頼られる。
感謝される。
たまんねーな。これこそが俺の望んだ異世界転生チート祭りだ。
「邪神……きっと、悪気はないんだよな。ただふざけてるだけで」
でも殺す。
たとえ便所に隠れていても息の根を止めてやる。
◯
そんなある日、家に一通の手紙が届いた。
差出人は、王立魔法学園。
宛先は、俺。
封を切った父は、顔を青ざめさせた。
「お、おいロスマン……これ、王都の……」
「魔法学園って、あの貴族の子とか天才児が行くところよね……?」
母もおろおろしている。
俺は手紙を開いた。
中身はまどろっこしい文面だったが要約するとこうだ。
『賢者の才を持つロスマン君を、ぜひ本学園に招きたい。生徒ではなく、教師役として』
「教師?」
思わず声が出た。
まだ12歳だぞ俺。
だが読み進める内に理由はわかった。
俺の噂は、村どころか領内まで広がっていたらしい。
これまで関わった「街の法律家」としての事案がこと細かく書かれており、その機知にあふれた活躍を称えるというものだった。
「誰だよそんな細かく報告したの」
「たぶん神官様じゃないかしら……」
「ああ、それだ」
しかし、これは良い話かもしれん。
魔法学園というのが何か知らないが、きっと色んな情報が集まる場所だろう。
魔法の研究は当然として、歴史書や、古文書や、貴族社会の情報もあるだろう。
魔王との約束は別に進めるとして、俺自身でも邪神を攻撃する糸口を探したい。
この世界の成り立ちと歴史。
あの邪神の正体と弱点。
そういうものを調べるには、田舎の雑貨屋よりずっと都合がいい。
「……行くか」
俺がぽつりと言うと、両親が同時に顔を上げた。
「そんな、まだ子どもなのに」
「お前がいないと俺たちの店は……」
父の声は切実だ。
まあわかる。
がっつり経営に食い込んでたからな、俺。
「安心してよ父さん。出発までに必要なものはまとめておくからさ。受けられる補助金と減免制度も、月ごとの申請スケジュールも、税の納付書類も書いておくから」
「えっ」
「それ以外の細かいことは手紙でやり取りすればいいしね」
「だけど、お前、教師の仕事をしながら店のことまでやる気か……?」
「大変なのは承知してるよ。でもせっかく俺を頼って来たんだから、期待に応えないとね」
父と母は、ぽかんと口を開けた。
「……お前、本当に12歳か?」
「戸籍上は、ね」
「えっ」
「冗談、冗談」
母はしばらく不安そうにしていたが、やがて諦めたように小さく息を吐いた。
「そこまで考えてるなら、止められないわね……」
「お前が行きたいなら、行ってこい」
父も寂しそうに笑った。
「しっかりやるんだぞ。こっちのことはできるだけ自分たちでやるから」
「うん。でも、勝手にやって話をこじらせる前に相談してね?」
「お、おう」
こうして俺は、王立魔法学園へ、教師として赴任することになった。




