第4話 魔王との誓い
遥か昔、まだ世界が若かった頃。
この世界には創造の神、秩序の神、破壊の神がいた。
ある時、秩序の神が疑問を抱いた。
「創造と破壊はワンセットなのに、俺の相手いなくね?」
そうして創られたのが混沌の神【エントロピア】だった。
「退屈しないように世界を面白くしろ」という、極めて曖昧で責任の軽いポストを与えられたエントロピアは、真面目に火山を噴火させたり、片手間に大雨を降らせたりと、遺憾無く神の権能を発揮していた。
そんな折、エントロピアがおにぎりを食べていたとき、ご飯粒が気管に入って盛大にむせたことがあった。
「カハッ、ゲホッ!! ゴフッ、オホォッ!! ……っ、……げほっ、ゴホッゴホッ!! はぁ、はぁ……っ、……ゲホッ! ……ゴホッ! ……おえっ!!」
その時に飛び散ったご飯粒の一つが、後の人間種である。
偶然産み落とされた人間はあっという間に増えていき、エントロピアはその目まぐるしい営みを夢中になって眺めていた。
だが、ふと「勇者と魔王を誕生させて、大決戦を演出しよう」と思いついた。
勇者と魔王は壮絶な戦いを繰り広げ、その物語は大勢の生と死を作り出したが、エントロピアは満足げだった。
「これこそが混沌だ」
しかし、そんなことを数百回も繰り返すうちに、彼は気づいた。勇者はいつも正義で、魔王はいつも悪。それではただの予定調和ではないか。
ある日、エントロピアは大胆な実験を行った。
「勇者の属性を『不幸』にしたらどうなるか試してみよう」
結果、世界に新たな疫病が発生し、人類の半分が死滅した。そして病死した魔王に代わり、勇者が魔王になった。
これまで静観していた他の神々も、あまりの不条理にエントロピアを呼び出し正座100年の罰を与えた。
足のしびれに耐えるエントロピアだったが、しかしその目はいつになく輝いていた。
「ああ……これだ。これこそが予測不能だ」
それ以来、彼の趣味は完全に変わった。
圧政を敷く暴君を突然幼女に変えてみたり、スラム街の孤児に絶死の魔眼を与えてみたり、異世界から凡人を拉致してみたり。
「さて、次のおもちゃはどんな反応を見せてくれるかのう……」
エントロピアは雲の椅子に深く腰を沈め、白いひげを撫でながら思案する。
彼を作り出した神々は「世界の理を捻じ曲げ、私利私欲に走るお前はもう邪神だ」と言い残し、この世界を見捨てて去っていった。
「ホスト勇者、次はどう落ちるか。楽しみじゃわい」
邪神はそう呟きながら、今日も愉快そうに笑った。
◯
異世界転生三回目ともなれば、S級冒険者になるのなんか簡単だ。
最初のうちは、ホストみたいな格好で死体を浮かせてギルドに持ち込んだせいで、だいぶ変人扱いされたが。というか今もされている。
けれど、強ければ話は別だ。
ウルフに腕を食いちぎられた戦士に【ブラッディメアリー】をかければあら不思議、死にかけだったのが嘘のように飛び起きる。
針を飛ばす【スティンガー】や、荷物や死体を運べる【エアメール】も便利だが、他にもいくつかカクテルを習得した。
【モスコミュール】は衝撃波で岩を砕き、【アースクエイク】はその名の通り地震を起こして地割れに敵を呑み込ませる。
あと、もう一つ隠し玉もあるけど、これは取っておき。
「カクテルって、もっとオシャレに飲むもんじゃないのかよ……」
魔物たちを蜂の巣にしながら、俺は何度そうぼやいたかわからない。
だが、そんな日々を続けるうちに、気づけば俺はA級、そしてS級へと駆け上がっていた。
今となっては、ギルドで管を巻いてるガラの悪い冒険者たちが、俺を見ると道を開けるようになった。
そんなある日。
ギルドに戻った俺を見て、受付嬢が妙にかしこまった顔をした。
「邪神絶対殺すマンさん」
「どしたん? 話聞こか?」
「王城から召喚状が届いています」
そういって封書を差し出す。
「あー……魔王討伐隊の選抜か」
いつものやつだ。
「どうして知ってるんですか?」
「慣れてるから。それよりこの後暇? いいシーシャバー見つけたんだけど」
「えー、どうしよっかなぁ……邪神絶対殺すマンさんのことよく知らないし……」
「ねぇ、今夜くらいは俺に全部預けて甘えてみない?」
「……あ、行きたいのは山々ですけど、駄目ですよ。王城から呼ばれてるじゃないですか。そっちが終わってからにしてください」
俺は肩をすくめてから、封書を受け取る。
「魔王倒してくるからさ、そうしたら一緒にシャンパン開けようね」
そうして俺は、三度目の魔王討伐へ向かうことになった。
◯
王城に呼ばれた俺は、豪奢な大広間で思わず足を止めた。
赤い絨毯。高い天井。ずらりと並ぶ騎士と貴族。
玉座には王と、その隣に王妃。
そして、その少し下がった位置に――
「……セレスティナ」
思わず声が漏れた。
金糸のような髪。透き通るような白い肌。青い瞳。
前々回の夢の中で、俺が結婚までした相手。
もちろん向こうに記憶はない。
だってあれは夢オチだったのだから。
だが、俺にはある。あるのだ。
「勇者様?」
セレスティナは俺を見ながら小首をかしげた。
「あ、いや。なんでもない」
「わたくしの顔に、何かついておりますか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
危ない。普通に動揺している。だが人格補正は、俺の気持ちなど嘲笑うように口を軽くした。
「ちょっと見惚れただけ」
「……え?」
言った瞬間、自分で自分を殴りたくなった。枕に頭を突っ込んで叫び出したい。
「まあ。ずいぶんと仲良くなられるのがはやいこと」
玉座の隣から柔らかな声がした。王妃だった。
「噂には聞いていたけれど、本当に華やかな方なのね」
「お褒めにあずかり光栄です、王妃様。ですが貴方の美しさの前には路傍の石も同然でございます」
「あら、口も上手いのね」
「商売柄」
「勇者では?」
「そちらはついでみたいなものです」
王が「ついで?」みたいな顔をしたが、深くは突っ込まなかった。
騎士団長が一歩前に出る。
「勇者よ。貴殿には魔王討伐隊の一員として、明朝より出立してもらう」
「はいはい、了解っす」
王は咳払いを一つして、厳かに言った。
「そなたの武勇は聞き及んでいる。この国の命運、託したぞ」
「オッケー、全員無事に帰すから、心配しないで?」
◯
王城を出発した討伐隊の道中は、拍子抜けするほど順調だった。
魔物の群れが出れば俺の【アースクエイク】が飲み込み、負傷者が出れば【ブラッディメアリー】で即座に回復。
「俺たち、いらなくないか?」
という声が討伐隊から出るのもしょうがないことだった。
そして、あっという間に魔王城。
さらに、あっという間に玉座の間の前に到着した。
俺は扉の前で深呼吸し、それから振り返った。
「最後の見せ場奪って悪いんだけどさ、ここから先、俺が話してみるからちょっと待ってて」
騎士団長が露骨に眉をひそめた。
「話す? 魔王と?」
「いや、ほら。交渉で済むならその方がよくない?」
後衛の魔法使いが、信じられないものを見る目で俺を見る。
「お前みたいなやつが言うと信用できん」
「ひどくない?」
「男相手には露骨に塩対応しやがって。そういうのが一番嫌いなんだよ」
「あーね」
俺は半ば強引に皆を下がらせ、一人で玉座の間へ入った。
重い扉が閉まる。
がらんとした広い空間の奥に、青い肌の魔王が立っていた。
「勇者、か」
その第一声に、俺はぴくりと反応した。
「俺のこと知ってる?」
「一人で魔王に会いに来る者をそう呼んだだけだ」
「そっか」
俺はバカラのワンドをくるりと回し、グラスを一つ作り出した。
中には銀白色に光る液体が満たされている。
「今日は腹を割って話しに来たんだ。こいつはほんの手土産さ」
魔王はグラスを見て、ふっと鼻で笑った。
「そいつは銀の弾丸。狼男退治の逸話に由来するカクテルだな。近づいたらそれで俺を殺すつもりだろう」
ありゃりゃ、バレたか。討伐隊に被害が出る前に、騙し討ちで終わらせようと思ったんだが。
でも――
「なんで知ってるの?」
「有名な雑学だからな。俺は前世でクイズ王だったんだ」
「クイズ王が魔王なってんのかよ!」
思わず突っ込んだ。
魔王は少しだけ、口元を緩めた。
「貴様も妙な転生者らしいな」
「そっちもな」
しばし沈黙。それから俺は、グラスを消した。
「なあ……」
「なんだ」
「お前が怖いものって、邪神だろ?」
魔王の目が細くなる。
「なぜそう思う」
「白いひげのジジイに心当たりがある顔してる」
「……」
魔王はしばらく黙っていたが、やがて低く吐き捨てた。
「ああ。白いひげを見ると、あいつに弄ばれて、この世界に閉じ込められた嫌な記憶が蘇る」
「やっぱりか」
「貴様もか」
「うん。めちゃくちゃ被害者だよ俺」
そうか、勇者と魔王という立場の違いはあれど、俺たちは所詮、邪神のおもちゃなんだ。
「じゃあさ、あいつ殺そうぜ」
「……やるのか?」
「俺は殺る。だって邪神絶対殺すマンだから」
魔王は「なんだそれ」と呆れたような声で言う。
「……実は一つ、長年温めていた案がある」
「なに?」
「協力者がいないと無理だった」
「俺で足りる?」
「どうだろうな。だがお前しかいない」
俺たちはしばらく小声で話し合い、最後に同時に深くうなずいた。
「よし」
「ああ」
そして次の瞬間、俺は大声を張り上げた。
「魔王ォォォ!! 覚悟しろよおお!!」
「来い、勇者よ!!」
わざとらしいにも程がある芝居だった。
でも扉の外で待っている討伐隊にも聞こえるように、派手に叫ぶ。
俺は【銀の弾丸】を放ち、魔王はそれを心臓で受けた。
「ぐ……っ」
「終わりだ、魔王!」
俺が叫ぶと、魔王は小さく笑った。
「……頼んだ」
その声は、俺にしか聞こえないほど小さかった。
◯
王都に帰ったときには、すでに魔王の死は伝わっていた。
大通りには人があふれ、勇者万歳の声が飛ぶ。
王城では祝宴が開かれ、王は上機嫌で杯を掲げ、貴族たちは俺を取り囲んで称賛した。
「さすがは勇者だ!」
「魔王を討った英雄!」
だが、そんな喧騒の中でも、俺の視線は自然と一人の姿を探していた。
セレスティナ。俺の妻。
やがて、バルコニーへ続く廊下の途中で、一人たたずむ彼女を見つけた。
窓から差し込む月の光が、金の髪をやわらかく照らしている。
「本当に魔王を倒すなんて思っていませんでした」
「信用ないのかな、俺」
「それほど困難なことだと言いたかったのです」
「そっか。安心しました」
俺が笑うと、セレスティナも控えめに笑った。
「あら。やっぱりこちらにいらしたのね」
割って入ってきたのは王妃だった。扇で口元を隠している。
「勇者様は大人気ですこと。やっと話せると思ったら娘に取られているのですから」
「お母様……」
「ふふ、責めているわけではありませんよ。ただ、あまり遅くならないようにね、というだけ」
「でしたら王妃様もご一緒にどうですか?」
う、何を口走ってるんだ俺は。
「俺の部屋でゆっくりと旅の話でもしますよ。自慢のカクテルをご馳走しましょう」
「魅力的なお誘いだわ。セレスティナ、良くって?」
「はい。お母様」
◯
翌朝。
「――が、あああああああ!!」
鼓膜を突き破らんばかりの絶叫に起こされた。
跳ね起きた俺の視界に飛び込んできたのは、血走った眼を見開き、今にも発狂せんばかりの国王の姿だった。
「お、王様……!? 違うんです、これはその……」
という俺の両脇には、ベッドシーツで裸体を隠すセレスティナと王妃。
「貴様ぁぁぁ! 我が妻と娘を同時に……この汚らわしいスケコマシがああああ!!」
王の手には宝石がついた剣が握られていた。
「何が勇者だ! 死ね!」
「ちょ、待っ――」
ドスッ、という鈍い音が部屋に響く。
王は迷うことなく、隠すもののない俺の胸元へ剣を突き立てた。
「あ……がはっ……」
視界が急速に赤く染まり、隣で悲鳴を上げるセレスティナと王妃の声が遠のいてく。
(おい、邪神……これもお前のシナリオかよ……)
薄れゆく意識の中で、腹を抱えて笑っているであろうジジイの顔が浮かんだ。
三度目の転生、完。
――そして、四度目の幕が上がる予感がした。




