第3話 俺は勇者になった
そして俺は今、三度目の正直にすべてを賭けて、真っ白な空間のド真ん中で神様に詰め寄っていた。
「次こそ普通の能力にしてください」
俺はびしっと指を突きつける。
目の前の神様は、いつものように雲みたいな椅子にふんぞり返り、白いひげを撫でながら「ふむ」とうなずいた。
「よし、わかった。今回は変な解釈のない、普通の能力を授けよう」
「本当ですね?」
「本当じゃ」
「本当に?」
「しつこいのう」
「信用がゼロなんですよ!」
神様は、にこりと笑った。
「では、今回おぬしに授ける能力は――『勇者』じゃ」
「お!」
思わず声が出た。
「変な属性は嫌なんじゃろ? じゃから職業を授けよう」
勇者。いい。めちゃくちゃいい。
変なひねりがない。解釈の余地もない。
剣を取り、仲間を集め、魔王を倒す。
「やっと……まともなのが来た……!」
「うむ。王道じゃろう?」
「最高です。もうそれでいいです。いや、それがいいです」
「では行ってこい」
「ありがとうございます神様! 今度こそ信じます!」
神様がぱん、と手を叩く。
視界が白く弾けた。
◯
次に目を開けたとき、俺は町外れの草むらに倒れていた。
「いてて……ここは……」
起き上がろうとして、まず違和感に気づいた。
服が、妙に軽い。
いや軽いと言うか、首周りの布が少なくてスースーする。
「……ん?」
自分の体を見下ろして、俺は固まった。
上半身は、胸元がはだけたヒラヒラのシャツ。白地に金の刺繍入りで、場違いに色気を主張している。袖は広がり、裾は長い。下はぴっちりした紫色のズボン。腰にはハイブランドのロゴが入った細いベルト。足元は先端がくるんと反り返った、どう考えても旅に向かない靴。
「なんだこの格好!?」
全体的に、勇者や冒険者というより調子に乗ったホストである。
都合よく近くにあった水たまりをのぞき込むと、そこに映っていた俺は、重め前髪のマッシュヘアをしたK-POPスタイルのイケメンだった。目元には泣きぼくろまで書き足されている。
明らかに俺の希望を無視した"軽薄そうなイケメン"の姿になっている。
「どういうことだ……?」
嫌な汗が背中を伝った。
俺は震える手でステータスを開いた。
勇者
補正
・色気上昇
・アルコール耐性上昇
・責任感低下
・倫理観低下
・夜間能力値上昇
装備
・グッチのヒラヒラ開襟シャツ
・サンローランのコーデュロイスキニーパンツ
・ルイ・ヴィトンのモノグラムベルト
・ルブタンの反り返り靴
・カルティエのトリニティリング
・ハリー・ウィンストンのダイヤモンドブレスレット
・バカラのワンド
スキル
・カクテル魔法
「ホストってなんだよ!!」
こんな勇者いるかよ!
「ばーか!! バカバカ俺のバカ~~!」
また神様に騙された自分の情けなさに涙が出る。
しかも装備欄の最後。
「バカラのワンドってこれ……酒混ぜるやつじゃねえか!」
箸でいいだろうが! 混ぜるだけなら!!
「ふざけてるだろ……」
……いや、待て。落ち着け俺。
こういうのも、まあノリで押し切れば……「って違う違う!」
一瞬、「せっかくだしモテそうでいいかも」みたいな考えが頭をよぎった。完全に補正の影響で性格が変わってきてる。危険すぎる。
そのときだった。
「うむ、なかなか似合っとるのう」
聞き覚えのありすぎる声が、背後からした。
「っ!」
振り返ると、そこには白いひげの老人――神様が、何食わぬ顔で立っていた。
「お前ぇぇぇぇ!!」
「やっほ」
「やっほ、じゃない! なんだこれ! 普通の能力って言っただろ!」
「言ったのう」
「ホストになってるんだけど!?」
「なっとるのう」
「認めるな!」
俺が詰め寄ると、神様は頭をかきながら、実に申し訳なさそうな顔をした。
「……ごめん我慢できんかったわ」
「クソが!!」
知ってた。
いや、薄々そうだろうとは思っていた。
でも認めたくなかった。
「なんでだよ! なんで三回目まで来てまだ悪ノリするんだよ!」
「勇者って言ってからホストにするの、ちょっと面白いかなって」
「最悪だよ!」
神様はけろっとした顔で、さらにとんでもないことを言った。
「だって、わし邪神じゃし」
「は?」
思考が止まった。
「……え?」
「邪神」
「神様じゃなくて?」
「邪神も神じゃし」
「もしかしてその語尾って……」
「キャラ付けじゃし」
「最悪だ!!」
俺は頭を抱えた。
全部つながった。
夢オチも、地雷も、ホストも。
こいつ、最初から人をおもちゃにして笑っていただけだ。
「ふざけんなよ……!」
「思いっきりふざけとるぞ」
「死ね!」
俺はバカラのマドラーを投げつけた。邪神はひょいと避けて舌をぺろっと出した。腹が立つ。憎たらしい。
「もういい! 別の能力にしろ!」
「ほう?」
「今すぐだ! 今度こそ、お前をぶっ飛ばせる能力にしろ!」
「物騒じゃのう」
「当たり前だろ! 希望は一つだ!」
俺は邪神を指さして叫んだ。
「『神殺し』だ! さっさとよこせ!」
「ほほう」
邪神の目が、愉悦で細められた。
「なるほどのう。ついに矛先がわしに向いたか」
「最初からそうすべきだったんだよ!」
「よかろう」
ぱちりと邪神が指を鳴らした。
ぼんっ、と煙が上がる。
「うわっ!?」
俺の服が一瞬で消えた。
いや、素っ裸になったわけじゃない。
下半身には、白いまわし。
上半身は裸。
足も腕もむき出し。
さっきまでのチャラいホスト装備から一転、今度は完全に相撲取りの格好である。
「なんでだよ!!」
「全力でぶつかるといえば、ぶつかり稽古じゃろ?」
「その理屈がわからねえよ!」
さらに邪神自身も、すっと白いローブを脱ぎ捨てた。
その下から現れたのは、年寄りの枯れ木のような肉体――そして、やはりまわしだった。
「では始めようかのう」
「何を!?」
「決まっておろう」
邪神は、やけに堂に入った動きで肩を回し、首を鳴らし、四股でも踏みそうな姿勢を取った。
「わんぱく相撲横綱のわしに勝てるかな」
「絶対ろくでもねえええええ!!」
俺の叫びが、異世界の空にむなしく響いた。
俺の異世界生活は、最終的にまわし一丁で神と相撲を取らされるという、これまでで一番意味のわからない方向へ突き進んでいった。
◯
ボコられて負けた。決まり手は『後ろ回し蹴り』。普通に反則だ。
「意味がなんもわからねえ……」
俺はまた、ホストの格好をさせられていた。
草むらに大の字になって寝転がり、空を見上げた。
「どうすっかな……」
いや、もう今さら意味を求める方が間違っているのかもしれない。あいつは邪神だ。人をおもちゃにして笑うためだけに存在しているクソジジイだ。
俺はむくりと起き上がり、さっき放り投げたバカラのワンド――どうみてもマドラーだが――を見た。
「……結局、今の俺の武器はこれだけか」
細長いガラスの棒が、陽の光を受けてきらりと光る。
「確か、スキルがあったよな……」
ステータスを開く。
勇者
補正
・色気上昇
・アルコール耐性上昇
・責任感低下
・倫理観低下
・夜間能力値上昇
やっぱり終わってる。
だが、見たいのはこれじゃなくて。
スキル
・カクテル魔法
うん、オシャンティーな魔法だな。
あの邪神のギャグセンスは最低だが、夢属性も地雷属性も、最初はクソみたいな能力に見えて実は結構強かった。今回もそうかもしれない。そうであってくれ。
「よし、まずは試すか」
俺は重い腰を上げ、人気のない林の方へ歩いた。
途中、木の根元で死んでいる鳥を見つけた。すると頭の中でスキルが反応した。
「この死体に使えっていうのか?」
ワンドをくるりと回す。
すると先端に赤い液体がぷかりと浮かび上がった。すこしザラッと感があり、トマトジュースみたいな色だ。
「これがカクテルなのか……?」
スキルが待機状態になり、頭の中に名前が流れ込んでくる。
「――カクテル魔法! 【ブラッディメアリー】!」
なんか嫌な名前だな。
俺はその赤い液体を、死んだ鳥のくちばしに垂らした。
ぴくり。
「うおっ」
鳥の足が動いた。
そしてカッと目を見開いたかと思うと羽を広げ、ばさばさっと何事もなかったように飛び立っていく。
呆気にとられる俺の目の前に、突如雑学じみた説明文が浮かび上がった。
ブラッディメアリー
・ウォッカにトマトジュースを混ぜたカクテル。二日酔いに効く。
俺は突っ込まずにはいられなかった。
「二日酔いっていうか、死者蘇生レベルだろ……」
もうこれだけでも十分だが、攻撃魔法はないかと聞いてみた。
スティンガー
・ブランデーにミントリキュールを混ぜたカクテル。シャープな味わい。
「あんのかよ攻撃魔法。えーと、針って意味だな。【スティンガー】!」
目の前の木に向けて使ってみると、琥珀色の液体が現れ、文字通り針のようになって数百かそれ以上の穴を空けていった。
「地雷より威力は劣るが使いやすくていいな。それにしても、カクテルなら何でも魔法になんのかな?」
もうこうなったら、どんなカクテルがどんな効果を発揮するか、検証タイムだろ。
「さて、そうなると的がいるな……」
俺は薄暗い森の方を見ると、魔物を探して入っていった。
◯
翌朝、一番近くの町の冒険者ギルドにやってきた。
ただし、普通には来れなかった。
「いや、やっぱ目立つってこれ……」
俺の後ろには、昨夜森で狩ってきた魔物たちの死体が、ふわふわと宙に浮かびながらついてきていた。
ゴブリンが三匹。
コボルトが二匹。
巨大ムカデが一匹。
白目をむき、だらんと舌を垂らしながら、風船みたいに浮いている。
原因はもちろん、カクテル魔法だ。
エアメール。ラム酒とライムジュースのカクテルらしい。
俺の魔法においては、対象をふわっと浮かせて運べるようになる。
「便利だけど絵面が最悪なんだよなあ……」
朝の表通りを、ホストみたいな格好の男が、死体の群れを引き連れて歩いているのだ。
どう見てもまともな人間ではない。
道行く人々が、さっと端に避けていく。
「な、なんだあれ……」
「新手のネクロマンサーか?」
「死霊の盆踊り」
そこまで言うか。
だが否定はできない。
俺が逆の立場なら通報する。
しかも人格補正のせいで、こんな状況でも口が勝手に軽くなる。
「ウェーイ! なぁにビビっちゃってんのー! ただの納品だから、そんなに固くなんないでよ! フ~!」
◯
冒険者ギルドにやってきた俺は、全員の視線が突き刺さる中、開いていた受付カウンターにやってきた。
「えーっと」
俺はできるだけ爽やかに言った。
「討伐証明、これでいけます?」
受付嬢が恐怖に震えながら、恐る恐る口を開く。
「あ、あの、討伐というのは、そちらの魔物のことでしょうか……?」
「そ」
俺は肩をすくめると、バカラのワンドをくるりと回した。
すると宙に浮いていたゴブリンの一匹が、受付カウンターの前まですいーっと移動する。
「いっぱい穴が空いてるでしょ? これ俺の魔法のせい」
「グロっ! 丁寧に見せないで……!」
受付嬢が半泣きになって抗議してくる。
「それに……ゴブリンなどは、耳を切り取ってくるだけでも証明になるんですが……丸ごとはちょっと……」
「ごめりんこ。ばっちいから触りたくなかったんだ。病気とか持ってそうだし」
「はあ……」
受付嬢はまだ若干引きつりながら、書類を取り出した。
「で、では……お名前を」
「……」
名前を聞かれて、俺は一瞬戸惑った。
夢使いのナイトメア。
歩く地雷原。
ろくな二つ名がなかった過去が脳裏をよぎる。
あれはそもそも、誰も俺の名前を知らなかったからだ。聞かれてもいないし。
……今さらだな。
どうせ前世はただのモブだったんだし、山田太郎だろうが鈴木佐藤だろうがお前ら興味ないだろ。
だから、俺の不倶戴天の決意を込めて、自分に新しい名前をつけることにした。
「あの……?」
「ああ、すみません。俺の名前は――邪神絶対殺すマンです」
俺はパチっとウィンクした。うおっきもっ!




