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邪神絶対殺す  作者: 逢魔ヶぽこぽこ
ケットシー編
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31/34

第31話 消耗戦の果て


 凍りついた悪魔たちが、ぱきぱきと音を立てて崩れていく。


 その向こうに、ぽっかりと道が開いていた。


「進め!」


 兵士長の怒声で、決死隊が我に返った。

 神官たちを中央に据えたまま、一斉に駆け出す。

 俺もその中へ戻り、周囲を警戒しながら足を速めた。


 王立魔法学園は、もう目の前だ。


 しかし悪魔どももそれを分かっているのか、それとも本拠地だから防衛が厚いのか、進むほどにその数を増していく。


 そこはよく使っていた道。

 通学路だった石畳の裂け目から、不定形の悪魔が染み出してきた。


 黒くて、ぶよぶよしている、粘性の怪物が、水っぽい音を鳴らしながら膨らんでいく。


「ここは通さない――ってか?」


 あれを剣や槍で対処するのは難しいだろう。


「頭を下げろ!」


 俺の指示で一斉に屈む兵士たち。

 俺は震天矢を番え、魔力を流し込んだ。


「【ファイア】」


 放たれた矢は悪魔に突き刺さるとそのまま呑み込まれ、一瞬光った後に爆発した。

 びちゃびちゃと汚い体液が降り注ぐ。


「よし行け!」


 そうやって、俺たちは立ち塞がる悪魔どもをなぎ倒しながら強行していく――


 そこには、かつて弁当屋があった。

 栄養バランスなんか気にしない、ボリュームだけはあるのが人気の理由だった。

 今はそこに、人の頭ぐらいある巨大なハエが黒雲のように集っていた。


「槍、構え! 上から来るぞ!」


 上空に向けて槍衾が作られ、襲撃に備える。

 そこへ、不快な羽音を発しながらハエどもが飛びかかってきた。


 ところが――


「なんだ、こいつら!」


 兵士が思わず言った。

 ハエは自ら槍に突っ込んできて、無抵抗で刺さっていく。


 捨て身の攻撃というよりは……


「――刺すな! 薙ぎ払え!」


 兵士長がそう言ったのは、ハエの体液がついた槍が急速に腐食し始めたからだった。


 今はかなり弱まってしまった聖属性の加護だが、それでも悪魔にとっては脅威だ。

 それも武器がなければ使えなくなるだろう、という算段のようだ。


 武器破壊が目的か。

 虫のくせに考えたな。


「兵士長、漏れたやつは任せます」

「了解した!」


 俺は震天矢を放つ。


「【ウィンド】」


 弁当屋の方に飛んでいった矢が、ハエの群れの中で炸裂する。


 次の瞬間、暴風が生まれた。


 砂塵を巻き上げながら、ハエどもの身体をまとめて吹き飛ばす。


「今だ、走れ!」


 瓦礫が跳ね、街路の先が一瞬だけきれいに空いた。


 決死隊がその隙間へ雪崩れ込む。

 神官たちは肩で息をしながらも、必死でついてきていた。


 その後も、行く手を阻む悪魔に対して、俺は震天矢を惜しまず使った。


 そのたびに兵士たちは足を止め、身をかがめた。

 そして次の瞬間には「進め!」の号令で駆け出す。

 もはや驚く暇もない。

 生き残るために、ただ前へ進むだけだ。


 そして。


 奇跡みたいな話だが、誰一人欠けることなく――


 俺たちは、王立魔法学園に辿り着いた。


 ◯


 敵の気配がぱたりと止んだ。


 決死隊は荒れ果てた中庭を突っ切りながら、旧演習棟を目指す。


 そして、噴水広場に差しかかった。


 見事な彫刻が施されていたそれは、水も止まり、像の腕は折れ、苔と黒い染みに覆われていた。


 四年前、何気なく眺めていた景色の変わり果てた姿は、胸に来るものがあった。


 ――ようこそ、ロスマン君。私が学園長のメルキオール・メギドだ――


 学園長と初めて会ったのも、ここだったよな。


「っと……」


 俺はそこで、背中の矢筒を揺すった。


 軽い。


 嫌な予感がして中を覗く。


 空だった。


「……マジか」


 震天矢は、全部使い切っていた。


 最後の一本をいつ撃ったのか、もう思い出せない。

 そのくらい必死だったということだろう。


 弓と矢筒をその場に捨てる。

 小さく息を吐いた、そのときだった。


 噴水の向こう。

 崩れた校舎の影から、ぬうっと巨大な影が現れた。


 人の形をしている。

 だが、人ではない。


「巨人……」


 誰かの戦慄した声が漏れた。


 見上げるほどの巨躯。

 光を吸い込むようなその黒い肌の表面に、ドクドクと不気味に脈打つ赤い筋が網の目のように走っている。

 まるで皮膚の下にマグマが煮えたぎっているようだ。


 巨人は歩くだけで地面を揺らし、兵士たちの戦意をくじいた。


「来るぞ!」


 兵士長が剣を抜き放つ。

 兵士たちも慌てて構えた。


 巨人は、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。

 その口元が、にたりと歪む。


 次の瞬間、地を蹴った。


「回避っ――」


 言い終わる前に、その巨体が噴水を飛び越えていた。

 兵士長が咄嗟に横っ飛びする。


 そこへ凄まじい衝撃。


「ぐぁっ!」


 兵士長の身体が石畳の上を滑った。


「ぐっ……!」


 今度はそこへ長い腕が振り下ろされる。


 こいつ、兵士長をッ――


 俺は瞬間的に速度を上げると、巨人の腕をかいくぐり、ギリギリのところで兵士長を掴み上げた。

 そのまま転がるようにして、瓦礫の陰に押し込んだ。


「――さ、サン殿! かたじけない!」

「大丈夫ですか?」

「いえ、はい」


 俺は尻もちをつく兵士長を立たせた。

 その間、巨人は叩き潰したはずの兵士長がいないので、きょろきょろと周囲を見回していた。

 兵士のことなど眼中にないようだ。


「俺がやりましょう」


「……勝てるのですか?」


 どうだろうな。

 万全の状態ならまだしも、今は震天矢もないし、魔力もそんなに残っていない。

 俺の最大火力である、四属性複合魔法(ラグナロック)はもう使えないだろう。


 だけど、俺が対処しないと人が死ぬ。


「俺たちの目的は悪魔を倒すことじゃない。地獄の源泉を封印することです。意味は分かりますね」


 兵士長は苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「厳しいのですな……」

「皆がここを脱出できたら後を追いますよ」


 そう言って巨人の前に出ようとしたとき、ルークが一歩踏み出した。


「やい、このでくの坊! 服ぐらい着たらどうだ変態め!」


 あいつ、何してるんだ。


 巨人はルークに蹴りを放った。


「し――ぬかと思った……」


 咄嗟に屈んだことで、蹴りは空振りに終わる。

 ルークは急いで立ち上がると、槍を捨て、走り出した。


 なんだこれ。


 追いかけてくる巨人の足元を、ルークがネズミみたいに走り回って躱している。


「兵士長!」


 ルークが叫んだ。


「何だ!」

「こいつは俺が引き受けます! それが正解でしょ!」


 兵士長が眉をひそめる。


「な、」

「行って! 長くは、もたない!」


 逡巡する兵士長。

 だが、次の瞬間には戦士の目に戻っていた。


「ここはルークに任せます。サン殿はついてきてください」

「いいんですか?」

「あなたは、神官団を守ってください」


 兵士長は号令を飛ばす。


「総員、離脱しろ!」


 仲間を置いていくことになった決死隊は、様々な思いを抱えながら走り出した。


 ルーク、お前はいいやつだったよ……。


『おおお』


 俺たちが離れていくのに気づいた巨人が向き直る。


「よそ見すんじゃねえ!!」


 鈎縄(かぎなわ)が肩に突き刺さった。

 ルークが縄を引っ張りながら言った。


「追いかけたきゃあ、俺を倒してからにしな!」


『おお、おおお』


 巨人が大ぶりに腕を振り上げた。

 走り去る俺たちが目撃できたのは、それが最後だった。


 ◯


 そして、やっと。

 俺たちは目的地に到着した。


 ――旧演習棟、跡地――


 そこにはもう、建物はなかった。

 代わりに、すり鉢状の巨大な穴が口を開けていた。


 四年前、

 俺が自爆して穿った、大穴(クレーター)だ。


 その縁に立つ。

 生暖かい空気が、底の方から吹き上がってきた。

 まるで地の底そのものが、息をしているようだった。

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