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邪神絶対殺す  作者: 逢魔ヶぽこぽこ
ケットシー編
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30/34

第30話 震天矢 Ver.2


 鮭節の加護を得た決死隊は、そのまま快進撃を続けた。


 悪魔が現れる。

 悪魔が斬られる。

 兵士、喜ぶ。


 その繰り返しである。


 彼らをまとめる兵士長も最初こそ眉をひそめていたが、強くは咎めなかった。


「戦場では規律より蛮勇が尊ばれる」


 そう言って、神官団の護衛に徹していた。


 決死隊は荒れ果てた街道を東へ進んでいく。

 極めて順調だった。

 明日には王都へ着く。

 そして悪魔を封印する。

 簡単なことのように思えてきた。


 だが、兵士長はそこで進軍を止めた。


「ここまでだ。野営を張る」


 街道脇には、崩れかけた石造りの建物がいくつか残っていた。

 かつては旅人の休憩所か、見張り小屋のようなものだったのだろう。

 今は壁の半分が崩れ、屋根も抜け落ちているが、風を避けるには使えそうだった。


 兵士たちは手慣れた様子で荷を下ろし、焚き火を起こし、見張りの位置を決めていく。

 彼らは少数精鋭という触れ込みだったはずだが、全員が全員手練れというわけではなく、意外と若手の兵士も混ざっていた。

 能力というよりは、心の強さで集められたんじゃないかな。

 そんな気がする。


 そして、兵士たちに囲まれて所在なさげにする神官が、十名。

 結界石の包みを確認したり、互いに小声で何かを打ち合わせたりしていた。

 戦う力もないのにこんなところまで従軍する彼らこそ、実はなかなか大した根性なのではないかと思えてくる。


 俺も適当な岩に腰を下ろし、ようやく息を吐いた。


 疲れた。

 体力温存のために戦闘には参加していないが、ずっと気を張りっぱなしなので精神的に疲れる。

 配られた携帯糧食は、固い干し肉と乾パンみたいなものだった。

 味は、まあ、素材そのままって感じだ。


「これが尽きたら、次はワーボアでも焼いて食うか」


 誰かが冗談めかして言うと、周囲で笑いが起きた。


「やめろ、あんな臭くて硬そうなの食えるかよ」

「でも今日のやつ、スパスパ切れたぞ」

「聖属性付いてるからな」


 そんな馬鹿話が飛び交う。


 ちなみに、かき玉汁を食べたせいで聖属性を得たことは俺が言っておいた。

 それに使われていた鮭節が、月の木で燻した霊魚だということもだ。


 材料を聞いても兵士たちはよく分かってなさそうだった。

 それより、それを振る舞ってくれたセレスティアに感謝していた。

 その効果を説明しなかったのも、驚かせるための演出、ということに落ち着いた。


 打って変わって、神官たちはベルナルドみたいな反応をしていた。

 つまり、神聖なものを崇める信徒の振る舞いだ。


「まさかそのような貴重なものを兵たちに与えるとは」


 印を切ってから両手を合わせる。


「私も食べておけば良かった」


「(あんた剣振れないだろ)」


「サン殿!」


 元気な声とともに、ルークがやってきた。

 槍を背負い、携帯糧食を片手に、晴れやかな顔をしている。


「隣、いいですか?」

「どうぞ」


 ルークは俺の隣に腰を下ろすと、干し肉を齧りながらしみじみと言った。


「いやあ、なんだかいける気がしてきましたね」

「そう思うのは、まだ早いんじゃないですか?」

「だって、あんなに恐ろしかった悪魔が泣きながら逃げるんですよ? 聖属性があれば無敵ですよ!」


 あっ。

 う~ん。

 大丈夫かな?


「俺、この戦いが終わったら、結婚するんです」

「ルーク……」


 ルークは恥ずかしそうに笑い、指で鼻の下をこすった。


「って言っても、告白はまだなんですけどね」

「ルーク!!」

「はわ!? どうしたんですか、急に大きな声だして……」


 ダメだ。

 全然分かってない。


 ――お前はさっきから、特大の死亡フラグを踏み続けているぞ!


「君のことは忘れないよ」

「え……?」


 だがルークは気にせず続けた。


「親父の畑の様子も見ないといけないし」

「フォーエバー・ルーク」


「病気がちな妹の面倒もみないと」

「お前、お前……」


「だから、俺は絶対、生きて帰らなきゃいけないんですよ」

「もう止めてっ!」


 ルーク、恐ろしい子。

 死亡フラグの高速建築に、俺の精神のほうが耐えられなくなった。


「いいかルーク。そういうのは心に秘めて、全部終わってから言うもんだ」

「え、そうなんですか?」

「そうだ。むしろ『死にたい!!!』ぐらい言っとけ」

「嫌ですよ!」


 元気にツッコめるなら、まだ大丈夫そうだ。


 その夜、大きな襲撃はなかった。

 遠くで獣じみた咆哮が何度か響いたが、こちらへ近づいてくるものはない。

 見張りの兵士たちから放たれる光輝が悪魔を寄せ付けないのだろう。

 知らんけど。


 俺は横になりながら、炭のように暗い虚空(そら)を見上げる。


 明日には王都だ。

 このまま何事もなく行けば――


 ハッ!

 危ない危ない……。

 ルークのせいで俺まで一級フラグ建築士になるところだった。


 俺は懐に入れたセレスティアの万年筆を握りながら、浅い眠りについた。


 ◯


 翌朝。


 決死隊はまだ薄暗いうちに野営地を発った。

 昨日ほど兵士たちは騒がなかった。

 浮ついた空気は消え、代わりに戦意が戻ってきていた。


 ある時、街道脇から黒い犬が飛び出してきた。

 地獄の野犬、ヘルハウンドだ。


 あっという間に兵士が斬り払い、放たれた白い光とともにヘルハウンドは吹き飛んだ。


 だが。


「何ッ!」


 そいつはまだ、生きていた。

 立ち上がることもできず瀕死だったが、一発で仕留められなかったことに決死隊は動揺した。


 ――聖属性が弱まってきている。


 鮭節の効果が完全に切れるのは、今日なのか、明日なのか。

 俺たちは急がなければならない。


 ヘルハウンドは動けなくなったところを槍で突かれてすぐ死んだ。


 ◯


 突進を受け止めた兵士が吹っ飛ぶ。


「今だ! やれっ!」


 そこへ槍が次々と突き込まれ、ワーボアは穴だらけになった。


「油断するな! 加護は弱まってきている!」


 兵士長の一声で、兵士たちの顔つきが引き締まる。

 昨日までの快進撃は、あくまで一時的なものだった。

 ここから先は、実力だけで戦わなければならない。


 やがて、遠くに王都の城壁が見え始めた。


 灰色の空の下にそびえる、高い壁。


 近づくほどに威圧感が増していく。


 城門に差しかかったところで、兵士長が隊を止めた。


「やはり、閉まっているな」


 見上げるほど大きな門は、固く閉ざされていた。

 その周りを悪魔たちが巡回しているのも見える。

 完全に奴らに城塞化されているようだ。


「はしごは持ってきたか?」

「はっ」


 決死隊の荷物から鈎縄(かぎなわ)縄梯子(なわばしご)が出てきた。

 あれを引っ掛けて城壁を登ろうという算段だろう。

 だが、それは得策とは言えない。


「兵士長、ちょっといいですか」

「サン殿。どうされました」

「この人数で梯子なんて登ってたら、悪魔に狙い撃ちにされますよ」

「しかしですな。今から、あるか分からない迂回路を探すよりはマシですよ」


 俺は弓を取り出し、矢を(つが)える。


「侵入したら、どうせバレるんです。礼儀正しく城門をノックしましょう」


 するとこれから何が起こるか察した兵士長は、兵たちに号令を送った。


「全員、退避!」


 兵士たちが慌ただしく左右へ散る。

 神官たちも兵士に引っ張られるようにして、瓦礫の陰へ身を伏せた。


 兵士長だけがその場に残り、俺の横へ並ぶ。


「これで十分でしょうか?」

「どうだろう。今から使うのは、イラストリスで見せた魔法の数倍は強いですよ」


 そう言うと、兵士長も離れていった。


 俺は矢尻に指を添え、慎重に魔力を流し込んだ。


 ファイアランス。

 火属性の強化版である炎の中級魔法だ。

 ファイアの魔法が『焚き火』とすれば、こっちは『ガスバーナー』だ。

 光熱を一点に凝縮し、槍のように打ち出す。


 中級魔法を震天矢に込めた場合、威力が高くなりすぎるのが怖くて試したことがなかった。

 だが、ここで梯子をかけてちまちま登るよりは、よほどマシだろう。


 俺は深く息を吸い、城門の中央を見据えた。


「行け――【ファイアランス】!!」


 矢は薄く弧を描きながら飛んでいき、空中で真価を発揮した。


 膨張した精霊石から炎が噴き出す。

 そして炎は生き物のように身をねじり、尾を引き、ひとつの巨大なシルエットを形作っていく。


 それは鳥だった。


 紅蓮の羽毛が一枚一枚ほどけるように降り注ぎ、城門を守っていた悪魔たちを焼いていく。

 そしてそのまま城門に飛んでいき――


 雷鳴にも似た轟音。


 壊滅的な衝撃が、空間に広がっていくのが分かった。


 震天矢を受けた巨大な門は、いまや殴り飛ばされたかのようにひしゃげ、鉄の補強は赤熱し、木材は悲鳴のような音を立てて崩れていく。


 あとに残ったのは、黒焦げになった悪魔たちと、ぽっかりと穿たれた侵入口だった。


 いやあ、凄い威力だね。

 でも、三連ファイア震天矢より魔力を消費してしまうのがネックだな。


 俺は手を挙げて兵士長を呼ぶ。


「終わりました」

「……ノックにしては、些か派手ですな」

「こんなの序の口です。今から驚いてちゃ身が持ちませんよ」


 彼は言葉に詰まったように、口の両端を一瞬だけきゅっと引いてみせた。


「さ、さようですか」


 ◯


 ついに、ここまで来た。


 いよいよ王都に入っていく。


 兵士長から「改めて伝えておく」と目的地の説明が入った。


「ここから先は市街地だ。女王陛下より、敵本陣は王立魔法学園。その奥にあった旧演習棟と聞かされている。各自、はぐれてもそこを目指せ」

「はっ!」


 門があったところの内側で、焼け焦げた悪魔たちが、折り重なるように倒れていた。


 俺たち決死隊は、そいつらと瓦礫をまたぎながら進んでいく。

 

 美しかった王都の街並みは、今やその面影はない。


 建物は崩れ、草木が生い茂り、かつてあった営みを想像することすら難しい。


 しかし、兵士たちは悪魔の襲来を警戒しながらも、どこかその目には郷愁をたたえていた。


「ここ、俺の家だ」


 誰かがぽつりと呟いた。

 見れば、槍を構えた兵士が目を赤くしていた。

 俺たちは小さく頷きあって、前を見た。


 そのとき、兵士長の声が響く。


「迎撃態勢を取れ!」


 悪魔の気配がする。

 路地の奥。

 屋根の上。

 崩れた家屋の陰。


 何かが蠢いている。


「隊列を崩すな! 神官団を中央に! 前衛は左右を警戒しつつ足を止めるな!」


 俺たちは急ぎ足で、そのまま大通りへ踏み込んだ。


 すぐに悪魔が現れた。


 屋根の上からフィーンドが二体。

 続いて、ヘルハウンドの群れが角を曲がって疾走してくる。


「来るぞ!」


 前衛の兵士たちが応戦する。

 剣が閃き、槍が突き出される。

 白い光はまだ残っていた。

 しかし、昨日ほどの勢いはない。


 フィーンドの肩口を斬った兵士が、舌打ちした。


「浅い!」


 すぐ横から別の兵士が槍を突き込み、とどめを刺す。


 俺は神官団の前に立ち、漏れてきたヘルハウンドをゲンコツでぶん殴っていく。


「絶対に単独行動しないでくださいよ。守りきれない」

「わ、分かりました」


 決死隊はヘルハウンドの牙を防ぎながら大通りを進んでいき、次に学生街に入った。


「急げ! 目標は目の前だ!」


 その言葉に、俺は王都の奥を見た。


 人通りの中心から少し離れた高台に、かつての王立魔法学園はあった。

 白い石で作られた校舎と、空へ突き刺さるような尖塔。

 広々とした中庭には、美しい彫刻が施された噴水がある。


 だが――


 視線の先にあったのは、遠目にも無惨な姿だった。

 白かった石壁は煤け、尖塔は無くなり、校舎も破壊されて、輪郭が完全に変わってしまっている。


 今はもう、記憶の中にしかない学び舎に向けて、俺たちは進軍を再開する。


 だが、進めば進むほど悪魔の数が増えていった。


「密集しろ!」


 兵士長の号令で陣形が変わる。


 各個撃破されないよう間を詰めて、連携力を高める戦法だ。

 奇襲には対処しやすいが、しかしこれでは機動力が失われてしまう。

 俺たちの足は完全に止まった。


 そこへ背後から追ってくるヘルハウンドと、前方から現れたゴリアテの一団が立ちはだかり、挟み撃ちの形になった。


『ゴアアアアアア!!!』


 チッ、うっせーな。


 俺は兵士長に呼びかけた。


「兵士長!」

「何だ!」

「神官団を守ってください。俺が道を開きます」

「また何かやるのか……」


 兵士長の声には疲労が混じっていた。


「今度はおとなしいのにしておきます」


 そう言って背中の筒から震天矢を抜き、魔力を流し込んだ。


「――前衛、退け! サン殿の前を空けろ!」


 俺は深く膝を曲げると、思い切り空中に飛び上がった。


「喰らえ――【アイスエッジ】!」


 放たれた震天矢が、ゴリアテの中心へ突き刺さる。


 凍てつく白が、一瞬で視界を覆う。


『ギイイイイイイイッ!!』

『グアアアアアアッ!!』

『ア、アアアアア――!』


 悲鳴すら途中で凍りついた。


 ゴリアテの身体は氷像のように固まり、そのままひび割れ、砕けていく。

 黒い肉片と氷の破片が、光を反射しながらぱらぱらと散った。


 うむ。

 炎に比べたら、おとなしめで使いやすいな。


 着地した俺は、固まる兵士長に促した。


「行きましょう」

「は、はひ……」

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