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邪神絶対殺す  作者: 逢魔ヶぽこぽこ
ケットシー編
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29/34

第29話 出陣


 ストラに「独特の世界観があります」と評されてしまった翌朝。


 俺は超特急でケットシー村へ帰っていた。


 コルダータもソシアリスも、今回は立ち寄らない。

 風魔法を使ったジェット走法で、ひたすら最短距離を走る。

 丘も森も関係無しに突っ込んでいく。

 今日中にイルストリスに戻るためにはそうするしかない。


 そして、村に着いたのは昼を過ぎた頃だった。


 懐かしい景色だ。

 木々の匂い。

 川のせせらぎ。

 遠くに見える、木々に埋もれるような家々。


 頬がゆるむ。


 帰ってきた。


 そう思ったのに、俺は村へは入らなかった。


 これはただの予感だが、たぶん今回、死ぬ気がする。


 誰にも会うつもりはなかった。

 見送られるのも嫌だし、止められるのも嫌だ。

 悲しむ顔を見たくないし、見られたくもない。


 俺は村の外れを回り込み、人目につかない川原へ向かった。


 そこで魔力鏡を取り出す。


「さて……やるか」


 レンズを川原に向けると、淡い光をはなつ精霊石が映し出された。

 俺はそれを一つずつ拾い集めていった。


 少し大きいもの。

 透明に近いもの。

 きらきらしているもの。


 出来るだけ質が良さそうな石を探す。


 川の音だけが響く中、無心で石を拾う。

 ときどき近くを村の連中が通って、そのたびに隠れた。


 胸の奥がずっとざわついていた。

 だが、今は感傷に浸っている場合じゃない。


 前世で(ロスマン)が犯した過ちを、今世の(サン)が正しに行く。

 そのために精霊石が必要だ。


 そうして必要な数を集め終えると、俺は誰にも知られないうちに村を出た。


 そしてまた、超特急でイルストリスへ戻る。

 到着したのはとっぷりと日も暮れた頃だった。


 ◯


 イルストリスへ戻った俺を待っていたのは、すこし賑やかさを取り戻した街の空気だった。

 ぽつぽつと援軍の先遣隊が到着し始め、広場に立てられた天幕の下に、武具や食料などが積み込まれていく。


 戻ってすぐ、俺はセレスティアに呼ばれた。


 通された控えの間には、寝ていないのではないかと思うほど張り詰めた顔のセレスティアがいた。


「サン殿。探したぞ」

「ちょっと用をこなしておりました」

「そうか……少し疲れているように見える」


 一日中走っていたからな。

 流石にくたびれた。


「陛下こそ、もう夜遅いですよ。お休みになられた方がいいんじゃないですか」


 俺がそう言うと、セレスティアは目頭をもみながら言った。


「そうもいかない。出撃は三日後だ」


 早い。

 早すぎる。


 俺がそういう顔をしたのだろう。

 セレスティアは苦く笑った。


「性急なのは分かっている。だが、こちらが準備に時間をかければかけるほど、敵もまた数を増す。こちらの再編と、向こうの増長。その均衡を考えれば、三日が限界だという分析だ」


 なるほど。

 リスクは承知というわけだ。


「作戦の概要を伝えておく」


 そう言って、セレスティアはイルストリスの地図を取り出した。


「兵は千ほど集まる見込みだ。ただし、その全てを動かすわけにはいかぬ」


 セレスティアの指先が、街の東西の門を順に示した。


「九百は防衛に残す。ここを空にすれば、たとえ王都で勝っても意味がない」

「では……王都へ向かうのは百名ですか」

「そうだ」


 セレスティアは迷いなく言った。


「残る百名をもって、王都へ打って出る。――少数精鋭の決死隊だ」


 セレスティアは無表情で俺に尋ねてきた。


「四年もの間戦ってきた男たちに、今度は死にに行けという。冷酷な王だと思うか?」

「冷酷な王は、そんな疑問を抱きませんよ」

「一か八かの作戦だ。帰れる保証はない」

「勝てば見せ場は総取りです。こんな旨い話はない」


 俺がそう返すと、セレスティアは口元を緩めた。


「君は舌が回るな」

「こう見えて商人ですので。お客さんを気持ちよくさせるのが仕事です」


 セレスティアは小さく息を吐いて、申し訳なさそうに言った。


「そんな君に頼みがある」

「どういった?」

「本作戦の目的は王都の制圧ではない。悪魔の湧き出る地点を見つけ出し、結界石を使って神官たちに封印させることだ。だが、彼らは非戦闘員。守りながら進む必要がある」


 そこで言葉を区切り、俺を見据える。


「そこで、サン殿にも同行を頼みたい」

「いいですよ」


 断る理由はない。

 そもそも、そのために戻ってきたのだ。


「もちろん危険と見れば……って、本当にいいのか?」

「始めからそのつもりでしたし、悪魔の湧きスポットには見当がついてるんです」


 セレスティアは女王に相応しくないぐらい表情を崩して言った。


「なん……だと……?」

「王都の地図はありますか?」


 セレスティアは怪訝な顔をしながら、一枚の地図をよこした。

 俺は机に転がっていたペンに手を伸ばし、何気なくキャップを外した。


 さらり、と。


 紙の上を滑った感触に、思わず手が止まる。


「……え?」


 それは、もはや使い慣れてしまった羽ペンではなかった。

 俺は思わず、顔を近づけてまじまじと見てしまう。


 細身の軸に金属のペン先を備えた筆記具。

 インク壺にいちいち浸さずとも、途切れずに線が引ける。


「すげえ! 万年筆だ!」


 久方ぶりに触れた文明の利器に感動してしまった。


 何度か線や丸を書いていたら、セレスティアが呆れたような、少しおかしそうな顔でこちらを見ていた。


「君は勲章の類にはまるで興味を示さぬのに、そんなものには素直に喜ぶのだな」


「だってこれ、めちゃくちゃ書きやすいですよ!」


 思わず即答すると、セレスティアはふっと笑った。


「戦場へ向かう男に、女がお守りを渡す風習があるのは知っている」


 そう言って、彼女は俺の手元の万年筆に視線を落とした。


「色気はないが、その万年筆は君にあげよう」


「マジすか」


「マジだ。それよりも、悪魔が湧いてくるという場所を早く教えてくれないか?」

「あっ」


 俺はてへへと後ろ頭を掻いてから、真面目な顔を作った。


「悪魔の湧きスポットは、王立魔法学園。――その敷地のさらに奥、旧演習棟のあったところです」

「なぜ、そこだと?」


 内緒です――といつものように誤魔化そうと思ったが。

 今回はそれじゃ通らないよな。


「四年前のあの日、そこから悪魔が出てくるのを見ました」

「君はっ!? いたのか! あの地獄に!?」


 セレスティアが俺の腕を掴む。

 その手は震えていた。

 今、彼女の脳裏には、悪魔に蹂躙され、焼け落ちていく王都の光景が蘇っているのだろう。


「ええ」


 俺はあの日、全てを失った。

 大事な友人も。

 生きる目的も。


 だが、母が俺を生み。


 父が俺を守り。


 兄弟が寄り添ってくれた。


 邪神(クソジジイ)には感謝すらしている。

 この家族と、そしてベルナルドやダリア、ついでにグレイにも、巡り合わせてくれた。

 全てが俺の糧になっている。


 だが。


「……絶対、殺す」

「うん?」

「いえ――陛下の願いは私が叶えます。悪魔を封印し、必ずや、王都奪還作戦を成功させます」


 ◯


 それからの三日間、俺はほとんど部屋にこもりきりだった。


 集めてきた精霊石を、震天矢に加工するためだ。


 そう難しいことでもないし、弓錐で石に穴をうがつという単純作業だが、とにかく面倒くさい。

 冷却水を垂らしながら少しずつ掘り上げていかなければ、最悪、割れてしまう可能性があるからだ。


「電動ドリルが欲しい。ダイヤモンドビットのついた」


 そんなことをぶつぶつ言いながら作業を続け、三日目の夜には九本が完成した。


 もともと持っていた一本と合わせて、十本。


 十分とは言えない。

 だがタイムリミットだ。


 ◯


 そして、出撃の朝が来た。


 イルストリスの広場には、朝早くから兵士たちが整列していた。

 空気は冷たく乾いていたが、寒さは感じなかった。


 各地からの援軍も続々と入場していて、見慣れない紋章を掲げた部隊がいくつも並んでいた。

 その中に、ふと見覚えのある顔を見つけて、俺は足を止めた。


 女騎士。


 背筋の伸びた立ち姿。


 ノエル・クローデット。


 部隊の先頭で部下に指示を飛ばす彼女の隣には、アルベール・ド・サンルグランの姿もあった。

 エリートコースを蹴り、ノエルを追いかけていったあの頃より、ずっと逞しくなっていた。


 前世の俺――王立魔法学園で教師をしていた頃の、教え子たち。


 思わず、胸の奥が熱くなった。

 まさかこんなところで再会するなんて。


 もちろん向こうにとって、俺は見知らぬ誰かでしかない。

 それでも、声をかけずにはいられなかった。


「おはようございます」


 ノエルがこちらを向く。


「おはよう。あなたは?」


 初対面の相手に対する、自然な警戒の混じった態度だ。


「サンといいます。今回、決死隊に同行することになりまして」

「そう……武運を祈ります」


 ノエルは姿勢を正し、左胸を右手で打った。


「私はノエル・クローデット。この部隊の隊長を任されています」

「副隊長のアルベール・ド・サンルグランだ。イルストリスの防衛は任せてくれ」


 アルベールも続けて名乗った。

 声は昔と変わってない。


「お二人とも、若いのに隊長とは優秀なんですね」


 アルベールは少し戸惑っていたが、ノエルは気にした様子もなく、肩をすくめた。


「本当は教師になりたかったんですけどね」

「ほう。それはまた畑が違いますね」

「『一週間で村人を兵士に鍛え上げる方法』を軍に提出したら、それが認められまして。あれよあれよと出世してしまいました」


 そう言うと、ノエルは苦笑した。


「あ、すいません。次の荷が到着しますので一旦離れます。アルベール、ここは頼んだよ」

「了解した」


 パタパタと走っていく姿は、休み時間の度に俺のところへやって来ていた頃と変わってない。

 俺はアルベールにも声をかけた。


「アルベール殿は、ノエル殿と同期ですか?」

「……ああ」

「仲がいいんですね」


 そう言うと、アルベールが目をそらした。

 分かりやすい。


「もしかして、ノエル殿を追って?」

「なっ……なぜそれを」


 いや、知ってるからね。

 本人に聞いたから、四年前。


「顔に書いてありますよ」

「……なんと書いている」

「最初は生意気そうに思えたけど話してみたら結構可愛いところもあって真面目だし健気だしお嫁さんにするならああいうのがいいな――ってところですかね」

「そ、そんなところまで……」


 アルベールは皮がズル剥けになるんじゃないかという勢いで顔をこすりだした。


「消えろ! 消えろ!」

「まぁまぁ。俺の目が特殊なだけですよ」


 なんとかなだめて止めさせる。


「告白はしたんですか?」


 そう尋ねると、ものすごく小さい声で呟いた。


「……していない」


 おーい、ここにヘタレがおるぞ。


「今の関係を壊したくない。断られたり、嫌われたりするぐらいなら、部下と上司で構わない」


 相変わらずだなあ。


「それは現状維持バイアスだね」

「何だ、それは?」

「得るものより、失うものの方を大きく見積もってしまうことですよ」

「……」

「でも、変化を恐れているうちに、もっと大きなものを失うこともある」


 アルベールが、はっとしたようにこちらを見る。

 その目に、一瞬だけ既視感がよぎった。


「あ……」


 何か言いかけた彼に、俺はその場を離れる。


「アルベール。人生は短いぞ」


 それだけ言って、手を振った。

 これ以上いると、余計なことまで口走りそうだ。


 背後でアルベールが何か呼んだ気がしたが、聞こえないふりをした。


 そのとき、侍女が慌ただしく駆け寄ってきた。


「サン殿、陛下がお呼びです」


 連れてこられたのは控えの間。

 そこでセレスティアは、すでに出陣式の支度を整えていた。

 白銀の鎧に身を包み、腰には剣。

 その姿は、王というより、歴戦の将軍といった風情があった。


「サン殿」

「どうしました?」

「あの鮭節の吸い物を、もう一度所望したい」


 俺は目を瞬かせた。


「今からですか?」

「うむ」


 セレスティアは静かに頷く。


「決死隊の何人が、帰ってこられるか分からぬ。ならば、せめて皆にもあの味を振る舞いたい」


 その言葉は、罪悪感や後ろめたさから出たのではないと思う。

 彼女なりの真心に感じた。


「分かりました。残ってる鮭節、全部使いますね」


 厨房へ入ると、料理人たちはすぐに場所を空けてくれた。


 俺は前回やったように、丁寧に下処理を進めていく。


 鮭節を削る。

 薄く、薄く。


 程よく沸いた湯に削り節を落とす。

 静かに薄片が揺れ、沈み、やがて黄金色の出汁が立ち上がる。


 俺はそこに、かき混ぜた卵を入れた。

 まるで天女の羽衣のように、卵液がふわふわと広がっていく。


 最後に醤油と塩で味を整えたら完成。


 今日はちょっと豪華にかき玉汁だ。


 大鍋いっぱいのかき玉汁ができあがる頃には、厨房じゅうが豊かな香りに満たされていた。


 次々に決死隊の兵たちに配られていく。

 湯気の立つお椀を訝しげに眺めていた面々も、一口飲めば顔つきが変わった。


「うまい!」

「染みるなあ……」

「あったけえ」


 出陣前の兵たちが、束の間、食べることに意識を向ける。


 その様子を見て、一人でも多く帰してやりたいと思った。


 鍋は、最後の一滴まできれいに空になった。


 やがて東の門が開く。


 その向こうに広がっていたのは、荒れ果てた景色だった。


 かつて石の敷かれた道だったものは泥に覆われ、木は一枚の葉も付けておらず、悪魔の骨が野ざらしになっている。


「出陣せよ!」


 セレスティアの号令とともに、決死隊が動き出した。


 百名の精鋭たち。

 その列の中に俺もいる。


 ◯


 王都へ向けての進軍が始まった。

 しばらくは、散発的に現れる悪魔を払いながら進むだけだ。

 とはいえ、一般の兵士からすれば命がけの戦いになる。


 前衛を務める兵士の槍がワーボアを貫く。


『グアアアア!!?』


 その穂先が、光った。


「なんだあ!?」


 別の兵士の剣が、フィーンドを斬り伏せる。


『ギイヤアアアア!!?』


 剣から白光が放たれた。


「はわわ」


 演出(エフェクト)が過剰なだけなら、ただの怪奇現象で済むんだが、明らかに悪魔たちが弱い。

 剣がかすっただけで悲鳴を上げて、転げ回って、逃げ回っている。


 明らかにおかしい。


 兵士たちも動揺を隠せない。


「な、何だこの悪魔ども、襲ってきたくせに急に弱腰になったぞ!?」


「ムウ、これはもしや……」


 そんな呟きが聞こえたので聞いてみた。


「知っているのか、神官……!?」


 白いローブ姿の神官が、脂汗を流しながら思い当たる節を話し始めた。


「あの白い光は聖属性の輝き! 聖都の月の木から僅かに得られる破片、それを焚きしめ浴びたものだけが掛かるという、対悪魔最強の強化状態だ!」


 月の木……霊魚……鮭節……。


 ――かき玉汁か!――


 まさか、鮭節を食べると聖属性バフがかかるのか?


 兵士たち自身も気づいたらしく、前の方から声が上がる。


「こいつら弱いぞ!」

「踊れ踊れ!!」

「ヒャッハー!」


 一部モヒカン化した、景気のいい声が飛び交う。

 今や女子供を狙う悪党みたいになった兵士が、悪魔を追い詰め、なぶっている。


 すごいぞ、聖属性。


 つよいぞ、聖属性。


 もっとやれ、聖属性。

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