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邪神絶対殺す  作者: 逢魔ヶぽこぽこ
ケットシー編
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24/34

第24話 猫の配達人


 ダリアは、しばし唖然としていたが、すぐに我に返ったらしい。

 すっと目を細める。


「……本気で言ってるの?」

「はい。俺が山精酒を届けます」


 俺がうなずくと、ダリアはきっぱりと言った。


「駄目です」


 即答だ。


「どうしてです?」


「イルストリス周辺は、今や戦場同然です。悪魔は出る。街道は荒れている。何が起こるか分からない。山精酒はギルドの精鋭が厳重に護衛しながら届けに行きます。申し訳ないのだけれど、あなたがいると彼らの邪魔をしてしまいますわ」


 ダリアは一歩も引かない。

 だがそこには、単なる拒絶だけではない色もあった。


「あなたが、自分の商品がどう扱われるのか見届けたいと思う気持ちは分かります」


 ああ、そこはそう受け取ったのか。

 まあ完全な間違いでもないが、本当は、王都を見たいからだ。

 俺がやってしまったことを、気にしない振りをして生きる事はできない。


 そして、セレスティアに一目会いたいから。

 正直、彼女のことを今でも好きなのか分からない。

 だから確かめにいく。


「ですが今は、そんな我儘を通していい状況ではありません」

「我儘じゃないですよ」


 俺はダリアをまっすぐ見た。


「あなたたちが山精酒を届ければ何日もかかる。そんなことをしている間に、手遅れになったらどうするんです? 本当に女王に山精酒を届けるのが最優先なら、俺が行くのが一番早いです」


 ダリアが困惑したような表情で俺を見る。


「あなた、何を……」

「実は正体を隠していたんですが――」


 胸を張ってポーズを取る。


「巷で噂の快傑ライオン◯というのは俺のことです」

「知りませんわ、そんなもの」

「冗談です」


 ダリアのこめかみに青筋が浮いた。


「今、冗談を言う場面だと?」

「空気が重かったので、つい」

「今度ふざけたら叩き出しますわよ」


 怒られた。


 俺は咳払いを一つして、一番真面目な声で言った。


「ソシアリスの周りにいた狼の群れを潰したのも、ゴブリンの巣を潰したのも俺です」


 ダリアは無言で俺を睨んだ。

 その沈黙と視線は雄弁だった。


「本当です」

「今、あなたの除名まで考えています」

「信じてませんね」

「ええ、まったく」


 清々しいほどだった。


「じゃあ、見せます」


 俺はそう言うと、一歩下がった。


「見せるって――」


 その言葉が終わる前に、俺は床を蹴った。


 一瞬で、ダリアのすぐ横へ。


「なっ――」


 ダリアが息を呑んで振り向く。

 その刹那には、俺はもう反対側にいた。


「え?」


 さらに次の瞬間には、部屋の入り口の前。

 そしてまた、机の向こう側。


 ランタンの火がわずかに揺れたころ、俺は元の位置に立っていた。


 ダリアはしばらく立ちすくんだ。

 目だけが見開かれていた。


「……今のは」

「俺が一人で向かったほうが早い、ってことです」


 俺は静かに言った。


「護衛はいりません。むしろ足手まといになる」


 ダリアの表情が険しくなる。

 さすがに言い過ぎたかもしれない。

 しかし事実だ。


 俺は駄目押しのセリフを吐く。


「ダリアさんが、本当に一刻も早く山精酒を届けたいと思っているなら、俺に任せてください」


 やがて、ダリアは、諦めたように長く息を吐いた。


「……あなた、本当に何者なの」

「内緒です」


 ダリアは何度も口を開きかけては閉じた。

 そして額に手を当て、しばらく考え込んだ。


 ようやく顔を上げる。


「分かりました」


 重い声だった。


「あなたの条件を飲みましょう。ただし、こちらにも条件があります」

「何でしょう」

「無事に帰って来ること」


 その言葉だけは少し柔らかい。


「善処します」

「セリフは立派ですけれど、ね」


 困ったように言いながらも、ダリアはそれ以上は何も言わなかった。

 もう止められないと分かったのだろう。


 ダリアは机の上の小さな呼び鈴を鳴らす。

 するとギルドの職員がすぐにやってきた。


「ご用でしょうか」

「山精酒を持ってきてちょうだい。割れないように丁寧に包んで」

「はい」


 それから彼女は机に向かい、一通の書状を書き上げた。


「これはソシアリス商業ギルドマスター・ダリアの紹介状です。役に立つか分かりませんが、持っていってください」

「ありがとうございます」


「次に、コルダータでベルナルドと合流しなさい。あちらで正式な通行証を受け取ってもらいます」

「分かりました」


 ダリアから、テキパキと指示される。

 イルストリスまでの道順も聞き、俺からは母の世話を頼んでおいた。


「たまに語尾がおかしくなりますが、方言なので気にしないでください」

「分かりましたわ」


 これで行ける。

 セレスティアのところへ。


 ◯


 旅支度を整え、母と一緒にソシアリスの反対側にある門の前にいく。


 すでにダリアが待っていた。


 ダリアが布の包みを俺に渡す。


「山精酒です。衝撃を和らげるようにしてありますわ。とはいえ、絶対ではありません。気をつけて」

「はい」


 ダリアはそこで、改めて俺の姿を見た。


 背には弓と矢筒。

 小さなリュックと腰のポーチ。

 そして胸元には、山精酒を固定した包み。


「……本当に、それだけで行くのね」

「お昼ごろには着く予定ですから、十分です」


 ダリアは呆れたように目を細めた。

 だが、もう止めはしなかった。


「母さん、これが本物のダリアさん」

「ああ、女傑のダリアさんにゃ」

「女傑?」


 ダリアがきょとんとする。

 母はうんうんとうなずいた。


「サンから聞いてるにゃ。頭が切れて、皆をまとめるすごい人だって」


 ダリアは少しだけ言葉に詰まった。


「それは……どうも」


 珍しく歯切れが悪い。

 意外と、褒められるのに慣れてないのか。


「それじゃあ、行ってきます」


 俺はそう言って、一歩前へ出た。

 足を開き、腰を落とす。

 クラウチングスタートの姿勢。


「【ウィンド】」


 足元に風を纏わせる。

 次の瞬間、地面を蹴った。


 爆発的な加速。


 景色が一気に後ろへ流れる。

 門も、城壁も、街も、あっという間に遠ざかっていった。


 ◯


 コルダータへ着いたのは、東の空が、ようやく白み始めたころ。

 夜明け前の街は、何も知らないかのように静まり返っていた。


 街の門はまだ閉ざされ、見張りの兵士たちが眠気をこらえながら立っている。


「止まれ!」


 ソシアリスから一切休憩を挟まず走ってきた俺は、息一つ乱さないまま、ダリアの紹介状を差し出す。


「ソシアリスの商業ギルドマスター、ダリアからです。滞在中のベルナルドに取り次いでください」


 門番は胡散臭そうに俺を見たが、紹介状の封を見て顔色を変えた。

 慌てて小さな潜り戸から中へ走っていく。


 しばらく待つと、一人の男が駆けてきた。

 ベルナルドだ。


「サン殿!? どうしてここに!?」


 俺は簡潔に説明した。

 早馬で女王の危急を知ったダリアさんが山精酒を求めたこと。

 そして俺がそれを届けに行くということ。


「足の速さには自信があるんですよ」


 ベルナルドの顔から血の気は引いた。


「なっ……何を仰っているのです!」


 彼は周囲を気にして、俺を門の脇へ引っ張った。


「イルストリスは今、悪魔の猛攻を受けて籠城中です。各地から援軍が集まっておりますが、戦況は予断を許しません。そんな場所へ向かうなど――」

「だからこそです」


 俺は短く言った。


「今すぐ必要なんでしょう」


 ベルナルドは言葉を失う。

 苦虫を噛み潰したような顔になった。


「……危険ですよ」

「分かってます」

「命を落とすかもしれません」

「それでも行きます」


 夜明け前の薄明かりの中で、ベルナルドの喉がごくりと動いた。


「商人というより、もはや英雄の類ではありませんか」


 英雄……この人、本当にそういう話が好きだな。


「やめてくださいよ。ただの配達人です」

「いえ、これは本心です」


 ベルナルドは真顔だった。

 本気でそう思っている顔だ。


「利益でも名誉でもなく、ただ救うために走る……そんなことが、どれほど難しいか」


 彼は涙ぐんだ目を伏せ、鼻を一回だけすすった。


「失礼しました。無駄話をしている暇はありませんでしたね」


 そう言うと、懐から一枚の札を取り出した。

 厚手の紙に印章が押されている。


「これが通行証です。イルストリスの外郭までは、これで多少話が通りやすくなるでしょう」


 俺はそれを受け取る。


「ありがとうございます」


 ベルナルドはさらに声を潜める。


「情報が厳しく統制され、正確なところは不明ですが……女王陛下のご容態は、芳しくないとのことです。お姿を隠されてからは指揮系統も混乱しており、商人や民間人が簡単に近づける状況ではありません」


「なるほど。覚えておきます」

「それでも、あなたなら……いえ」


 ベルナルドはそこで言葉を切った。

 そして、俺の装備に目をやる。


「ずいぶん軽装ですな。食料などは足りていますか?」

「あ、大丈夫です。今日の昼までにはイルストリスに着く予定ですから、あっちで食べますよ」


 ベルナルドは首をかしげたが、ワンテンポ遅れて破顔した。


「ははは、それなら荷物は少なくても問題ありませんね」


 俺たちは握手を交わして別れる。


「どうか、女王陛下をお救いください」


 そして再び、街道へ向き直る。


 ここから先は、馬車で五日。

 だが俺の足なら、正午ごろには着ける。


「行くか」


 俺は地面を蹴った。

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