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邪神絶対殺す  作者: 逢魔ヶぽこぽこ
ケットシー編
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20/34

第20話 ロバと女王


 滞在四日目の朝。


 そろそろ、査定中の俺の荷がどうなったのか気になる頃合い。


「ベルナルドさんに聞いてみるかあ」


 というわけで、俺は朝のうちに商館へ向かった。


 ベルナルドを探すのは簡単だ。

 声か匂いを追えばいい。

 俺はキャッツイヤーとキャッツノーズを全開にしながら歩き回った。


 しばらく探していると、倉庫の方から聞き覚えのある声がした。

 ベルナルドだ。

 積み上げられた荷物の前で、帳簿片手に仕事をしている。


「こんにちは」


 俺が声をかけると、ベルナルドは振り向いて『誰だこいつ』みたいな顔をした。


「お、おお、サン殿ですか?」


 そういや、包帯ぐるぐる男から、ゴーグルフード男に進化してたんだった。


「そうです。査定の方はどうなりましたか?」


 ベルナルドは帳簿を閉じて答える。


「東洞散と山精酒は、もうしばらくかかります。それからあいにくですが、鮭節のほうについてももうしばらく」


 鮭節もまだなのか。

 猫まんまのレシピでも付けた方が良かったかな?


「まあ、そうでしょうね」

「ですが、精霊石でしたら無事に買い手が見つかりました」


 おお、それは朗報だ。


「明日の便で、コルダータに霊魚を。そのまま王都に精霊石を届ける予定です」


 俺は思わず聞き返した。


「え? 王都って、悪魔に占領されてるのでは?」


 するとベルナルドは、ああ、と小さくうなずいた。


「"王都"というのは通称です。今は、王都に最も近かったイルストリスの街のことを、そう呼ぶんですよ」

「イルストリス……」

「コルダータのさらに向こうの街ですね。女王もそちらにおられますし」


 女王?


「王様じゃなくて?」

「ええ」


 ベルナルドは少しだけ表情を曇らせた。


「王は、王妃とともに王都陥落の際に崩御されました」


 そういうことも、当然あり得る。

 分かっていた。

 あの俺を殺した王様と、肌を重ねたこともある王妃様と……って、そこまで感慨深くないわ。

 あんま絡みなかったし。


「じゃあ、女王っていうのは?」

「セレスティア姫が即位されて、今は女王となっています」


 ――え。


 俺の前前前前世の妻、セレスティアが女王に。


 あの控えめで、いつも王妃の陰に隠れていて、やたら可愛いセレスティアが?


「なんで女王様が最前線にいるんですか?」


 気づけば、そんな言葉が口をついていた。


 もっと安全なところに行くべきだ。

 ソシアリスですら下級悪魔が出るのに、地獄になった王都のそばにいていいわけがない。


 だが、俺の疑問にベルナルドは、むしろ誇らしげな顔で答えた。


「燃え盛る王都を前に、女王は退却を進言する貴族たちに向かって『王都を捨てて逃げ延びた王など、民の希望にはなれません。私はここに残り、最後まで戦います』――と仰ったそうです。それを見ていた民たちは逃げる足を止め、みな、頭を垂れたとか」


 セレスティアが――?


 どうやら俺は、彼女のことを何も知らなかったらしい。


「士気が上がったでしょうね」


 俺がそう言うと、ベルナルドは力強くうなずいた。


「それはもう。親衛隊と一緒に戦場に出て、味方を鼓舞し続けられました。そのおかげで、なんとか悪魔を王都に押し込むことに成功したようなものです」


 胸の奥に、誇らしさと、どうしようもない苦さが同時に広がった。


 彼女と俺の間には何もない。

 知らないとか、覚えてないとか、そういう次元ですらない。

 俺と彼女との幸せな時間は、邪神が見せた、ただの夢なんだから。


「ここから王都……じゃなくて、イルストリスって遠いですか?」

「いえ、そんなことはありませんよ」


 ベルナルドは指を折って数える。


「馬車なら、コルダータまで二日。そこからさらに五日ほどでしょうか」


 馬の脚で合計七日。


 俺が全力で走ればどれくらいだろう。

 一日はかからない気がする。

 途中で休憩を入れても、たぶんかなり早く着く。


 行こうと思えば、行ける。


 そう考えてしまった自分に、俺は少しだけ眉をひそめた。

 今はまだ、ケットシー村のことが先だ。


 そこで急に、ケットシー村を発つときに考えていたことを思い出した。


「そういえば……」

「どうしました?」

「ベルナルドさん、急な話なんですが、馬車って手に入りませんか?」


 ベルナルドが目を瞬かせる。


「馬車、ですか?」

「本格的に交易をするなら必要だと思いまして」


 今までは全部、自分で背負って運んでいた。

 しかしそれには限界がある。

 村のみんなが本気で商品を持ち込み始めた以上、輸送手段は必要だ。

 それに、物資もケットシー村に沢山持ち帰りたいしな。


「もちろんご用意できます」


 ベルナルドは即答した。

 さすが商人。


「ご希望はありますか?」

(ほろ)付きで、できるだけ操作が簡単なものがいいです。馬に触ったことすらないですし」


 するとベルナルドは俺を倉庫の外へ案内した。


「こちらでしたら、すぐにお引渡しできます」


 そう言って見せてくれたのは、一頭立て、二輪の荷車だった。

 だが引いているのは馬ではない。


 ロバだった。


「ロバは優秀ですよ。馬より安いのはもちろん、餌は道端の雑草でもいいですし、馬には難しい悪路でも進めます」


 ロバか。

 改めてまじまじ見ると、なかなか愛嬌のある顔をしていた。

 体を撫でたら結構ゴワゴワしていたが、マズルのあたりは柔らかくて、撫でるとロバも気持ちよさそうにしていた。


「馬よりロバですか?」


 俺が聞くと、ベルナルドはうなずいた。


「まあ、馬より運べる荷物は少ないですし、脚も遅いです。どちらでもいいというなら私も馬をおすすめします。しかし、初心者ですぐにでも使いたいというのであれば、ロバもいいもんですよ」


 俺はロバを正面から見た。

 目が笑っているような形で、可愛らしい。

 可愛いと言えばセレスティア。

 段々、セレスティアに見えてきた。


「じゃあ、この子で」

「お買い上げありがとうございます」


 よく考えずに買ったが、ロバ車は驚くほど安かった。

 荷車も含めて、1ヶ月分の食費くらいで済んでしまう。

 馬車はこれより四倍、五倍高いらしい。


「街を出発するときまでは、ロバは商館で預かっておきますね」

「助かります」


 そこで俺は、ふと思い出した。


「そうだ。ベルナルドさん、この前使ってた魔力鏡って、売ってたりします?」

「魔力鏡、ですか?」

「ええ。あれ、便利そうだったので」


 ベルナルドは揉み手で答える。


「もちろんご用意できます。ご希望は?」


 ◯


 ロバ車の積載スペースは、前世で言う軽トラの荷台くらいだった。

 これなら、今までよりずっと多くの荷物を運べるな。


 というわけで、俺はその足で市場へ向かった。


 市場では生活必需品、前回評判の良かったフルーツや絹の布なんかを買い足していく。


 それから、久しぶりに発明家としての血がうずいたので、工作に使えそうな素材も適当に買っていく。

 まあ本当の意味の発明じゃなくて、前世の知識の再現なんだけどな。


 俺はさらに三日ほど、市場をぶらぶらしながら過ごし、滞在一週間目にソシアリスを出発することにした。


 今回の儲けは、俺の干物が金貨二十枚。

 また金貨一枚分だけ両替して懐に入れると、残りは商業ギルドに預けてプールしてもらった。


 子どもたちの精霊石は、三つ合わせて金貨三十五枚だった。

 これは袋に入れてもらい、持って帰ることにした。

 銀行や商館に預けておくこともできるが、やはり現金を手にした時の感動を味わってほしい。


 実際の効果を調べていた床ずれ薬アンド精力剤"東洞散"については、ベルナルドが「効果は抜群」と太鼓判を押していた。

 俺が次に来るときまでに買い手を探しておいてくれるらしい。


 ちなみに、どうやって調べたのか聞いてみたら、ベルナルドは人差し指と中指の隙間に親指を挿し込んで、


「実地調査です」


 と言っていた。


 俺、四歳だから分かんない。

 分かんないったら分かんない。


 さて。


 俺は荷車に乗り込み、ロバの手綱を掴んで街道へ向き直った。

 このロバには、もう名前もつけてある。


「行くぞー、セレス」


 セレスは耳をパタパタと動かし、


「エッッッッッ」


 と、なんとも独特な声で鳴いた。


「エッ! エッ! エッ! エッーーーー!」


「鳴き声、思ってたのと違うな」


 でもまあ、元気そうで何よりだ。


 こうして俺は、再び森への帰路についたのだった。


 ◯


 ケットシーのくぐり穴の前に着いたところで、俺はロバ車から降りた。


「ちょっと待っててくれ」

「エッ!」


 ここで懐から、ベルナルドに用意してもらった魔力鏡を取り出す。


「前から気になってたんだよな」


 くぐり穴は大木のウロにできた通路のようなものだ。

 俺は魔力鏡をかざしてみる。

 すると、穴の縁のところに、細い光の線がふわりと浮かび上がった。


 ……ん?


 しかしそこに見えたのは、複雑な魔法陣でも、古代語の呪文でもなかった。


 まるで落書きのような、雑に描かれた図案。


 それは――左手を上げた招き猫にしか見えなかった。


「なんだこれ……」


 神秘的なのか、ふざけているのか。

 だが、ケットシーらしいといえば、らしいかも知れない。


 俺は魔力鏡をしまい、なんとも釈然としない気分のまま、セレスを連れてくぐり穴に入っていった。

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