第19話 悪魔の巣
狼退治に成功した俺は、街まで戻ってくると、グレイが詰め所から戻ってくるのを待ち伏せしていた。
別に物騒な意味ではないが、ただ狼の件について少し話したかっただけだ。
夕方頃、見慣れた無精ひげの男が、肩を回しながら歩いてくるのが見えた。
疲れた顔をしている。
まあ、朝から狼の死体二十匹分を処理していたのだから当然か。
「飯でもどうですか」
俺が声をかけると、グレイは一瞬だけ眉をひそめた。
しかし、すぐに諦めたように息を吐く。
「……ああ」
というわけで、昨日と同じ大衆食堂へ向かった。
今日は俺がパイを頼み、グレイはガレットという料理を注文していた。
薄い生地を鉄板で焼いたもので、見た目はお好み焼きに少し似ている。
この世界にも粉もの文化があるのか。
俺は焼きたてのパイを切り分け、中から溢れた肉汁に感動していた。
うまそうだ。
「なんで狼を詰め所の前に置いてたんだ?」
グレイがいきなり本題を切り出してきた。
「勝手なことをして怒られるかもしれないし、死体を野ざらしにしておくわけにもいきませんから」
「まあな……」
「あと、自慢です」
獲物を飼い主に見せるのは猫の習性である。
グレイが据わった目でこちらを見る。
「今度からああいう驚かせるようなことはやめてくれ」
「はい」
「やるなと言ったのにやったことも、夜間に街の外に出たことも、別に咎めたりはしない。狼を駆除してくれたのは事実だしな」
良かった。
問題になったらどうしようかと思っていたが、許されたらしい。
俺は素直にうなずいておく。
「あのあと、狼はどうなりましたか?」
グレイはガレットをナイフで切りながら答えた。
「個体の特徴を記録した後に埋めた」
「へえ」
「あとは数日かけて、周辺から狼がいなくなったのか警戒しながら探索をする」
なるほど、ちゃんと後処理もあるわけだ。
警備隊の仕事も大変だな。
「そうですか。でも、たぶん、あれで全部ですよ」
一応、昨夜のうちに俺の猫パワーで街道付近を調べ回った。
少なくとも、あの群れの残党はいなかったはずだ。
それから俺は、さりげなく次の話題を振った。
「で、他に困ってることはないですか?」
「まだやるのか?」
グレイが呆れた顔をする。
「これは自分のためでもあるんです。商人ですから、街道が安全な方が俺もお客さんも喜ぶ。ウィンウィンです」
「ウィンウィン?」
グレイは腕を組んで考え込んだ。
そして、渋々といった様子で口を開く。
「……コルダータとの境に魔物が出るようになった」
「コルダータ?」
「となり街だぞ」
知らなかった。
まあ、地理に疎いのは仕方ない。
俺、まだこの辺に来て日が浅いし。
「どのあたりですか?」
「街の反対側にある門から出て、しばらく行ったところだ」
グレイはガレットをひとくち食べてから続けた。
「森の、中に、ゴブリンが、巣を作ったらしい」
水を飲む。
「そばを通る街道は通行止めにして、今は迂回路を使っている」
わざわざ遠回りしているのか。
「ただのゴブリンですよね? 警備隊で討伐はできないんですか?」
「できないこともない」
「じゃあなぜ放置を?」
「迂回してそれで済むなら、下手に刺激しない方がいいという判断だ。人手も足りてないしな」
被害が限定的なら、無理に兵を出して損耗するより様子見する――現実的な判断ではある。
そこでグレイが、嫌な予感しかしない顔でこちらを見た。
「あ……やるなよ?」
俺は即答した。
「大丈夫です」
「何がだよ」
◯
というわけで、次の日。
今日は朝から出かけて、正午には件の森までやってきた。
ゴブリンは子鬼とも呼ばれる、悪魔の端くれだ。
夜になると能力が上昇する。
夜目も利くし、数が揃うと面倒だ。
だからこそ、来るなら昼間の方がいい。
森に入ると、鼻先に不穏な空気を感じた。
獣臭さと、湿った土の匂いに混じって、嫌な臭気がある。
悪魔特有の硫黄臭さ……まあ、硫化水素の匂いなんだが。
「いるな」
俺は気配を殺して進んだ。
しばらくすると、木の陰をちょろちょろと動く小柄な影が見えた。
ゴブリンだ。
子どもぐらいの背丈で、肌は緑色、痩せた手足、粗末な棍棒を持っている。
典型的な雑魚――のはずだが、様子が少しおかしい。
何かに怯えている。
周囲をきょろきょろ見回しながら、落ち着きなく動いているのだ。
俺を警戒しているというより、もっと別の何かを恐れているように見えた。
「……上がいるな」
俺はそのゴブリンを追跡した。
気づかれないように、木から木へと、茂みから茂みへと移る。
驚異的な身のこなしによって、足音も、葉がこすれる音も出さない。
やがて、森の奥に開けた場所が見えてきた。
そこにゴブリンの巣があった。
粗末な柵に囲われた集落。
奪ってきたらしい荷車の残骸。
犠牲になった馬の死体が横たわっている。
転がる骨と、焚き火の跡。
そして、その中央にいたのは――。
悪魔だった。
見た目は頭蓋骨がむき出しの山羊って感じだ。
捻れた角とコウモリのような翼を持ち、人のように立ち上がり、手には禍々しいデザインの杖を持っている。
あれはフィーンドと呼ばれる下級の悪魔だ。
ああ、なるほど。
ゴブリンどもはこいつに怯えていたのか。
群れのボスというよりは、支配者だな。
狼より、こっちの方が明らかに強い。
数もいることだし、今回は格闘だけで遊んでいる場合ではないな。
「よし」
俺は木の陰から手をかざした。
まずは先制。
「【ファイアランス】」
炎の槍が真っすぐに飛び、見張りのゴブリンを貫いた。
間髪入れずに次の魔法を放つ。
「【アイスエッジ】」
氷の刃が扇状に走り、飛び出してきたゴブリンたちの全身をまとめて切り裂く。
傷ついて転倒したところへ、さらに。
「【ストーンバレット】」
石弾が雨のように降り注ぐ。
巣が一気に混乱に包まれる。
ゴブリンたちが喚き、逃げ惑い、どこから攻撃されているのかも分からず右往左往する。
その中で、フィーンドだけがすぐにこちらを見つけた。
「ギィィッ!」
耳障りな声を上げながら、翼を広げる。
同時に、周囲のゴブリンたちが俺へ向かって突っ込んできた。
使役してるのか。中間管理職に向いてるな。
俺は前に出た。
近づいてきたゴブリンの顔面を蹴り飛ばし、横から来たやつの喉に返す踵を叩き込む。
そのまま手をかざし、フィーンドに雷を放った。
「【ライトニングボルト】」
青白い閃光が森を裂く。
フィーンドは咄嗟に杖を構え、弾く。
反れた雷が拡散して周囲にばら撒かれた。
「明らかに魔法タイプだもんなお前な」
雷と一緒に動いていた俺は、フィーンドの背後を取る。
「ギィヤ!」
ぶん、と杖を振り回すが、それを屈んで躱し、がら空きになった顔面に全力のアッパーをぶち込む。
「うし」
のけぞるフィーンドの顔は砕け、中から黒いタールのようなものが漏れ出していた。
「ギィッ! ギィィッ!」
フィーンドはよろめきながら背中を見せると、翼を広げ、空へ舞い上がった。
逃げる気だ。
「行かせるかよ」
俺も地面を蹴った。
同時に、風魔法で身体を押し上げる。
「【ウィンド】」
視界が一気に開ける。
木々を遥かに見下ろす空中。
逃げようとするフィーンドの背中。
そこへ追いついた俺は、体重移動でくるんと前転して、全力の蹴りを放った。
「どりゃー!」
ごきんっ。
鈍い音とともに、フィーンドの身体がくの字に折れる。
そのまま地面へ真っ逆さまに落ちていった。
俺も落ちる。
かなり高くまで飛んでいた。
「やべ」
と思った瞬間、身体が勝手に動いた。
空中で姿勢を整え、膝を曲げ、衝撃を逃がす角度を取る。
アビリティの"華麗な身のこなし"と"落下ダメージカット"が同時に発動したらしい。
どすん。
俺は片膝をつき、片手を地面についた姿勢で着地した。
――スーパーヒーロー着地だ。
「ちょっとかっこいいな」
かなり決まっていた。
その後、残ったゴブリンどもも片付け、巣を完全に壊滅させた。
これで街道はしばらく安全だろう。
そう思いながらソシアリスの街へ戻ってくると、門のあたりが妙に騒がしかった。
荷車が慌てて門の中へ入っていく。
門番たちも緊張した面持ちで周囲を見張っている。
「どうしたんです?」
俺が尋ねると、門番は険しい顔で答えた。
「森の方から、謎の爆発音や怪音が聞こえてきたんだ」
あっ。
「魔物が活発化しているのかもしれない。今は厳戒態勢を敷いている」
もしかしてだけど。
俺だ。
「そうなんですね。お勤めご苦労さまです」
俺はそそくさとその場を離れた。
うん。これは一応、報告しておいた方がいいな。
というわけで、またグレイのところへ向かうことにした。
……のだが。
詰め所まで行く前に、騒然とする街の人々を誘導しているグレイの姿が見えた。
まあ、一キロくらい向こうなので、あっちはまだ俺に気づいていない。
それにしても、凄い人混みだ。
門の周辺は急いで戻ってきた人と、出発を遅らせた人で特に混雑していて、身動きが取れない。
「どうするかな」
俺は少し考え、路地に入った。
誰も見てないことを確認してから、壁を蹴る。
とん。
とん。
とん。
三角跳びで、二階建ての建物の屋上に着地。
そこから身をかがめて屋根伝いに移動し、グレイの近くまで来たところで、ひらりと飛び降りた。
「こんにちは」
「――うをっ!」
グレイが本気で飛び上がった。
いい。いい反応だ。
「何してるんだお前は!」
「報告です」
「普通に来い!」
ごもっともである。
俺は手短に、森での出来事を説明した。
ゴブリンの巣があったこと。
そのボスが下級悪魔のフィーンドであったこと。
全部片付けてきたこと。
話を聞き終えたグレイは、無言で俺の腕を掴んだ。
「え?」
「来い」
「え、ちょ」
そのまま強引に連れて行かれたのは、街中にある衛兵の本部みたいな建物だった。
中に入ると、グレイはずんずん進み、奥の部屋へ入っていく。
そこにいたのは、年季の入った鎧を着た男だった。
五十代くらいだろうか。
鋭い目つきと、現場叩き上げっぽい雰囲気がある。
「守備隊長のオーウェンだ」
グレイがそう紹介した。
なるほど、偉い人なわけね。
グレイは俺のことと事情を簡潔に説明し、最後に顎をしゃくって、俺を促した。
話せ、ということらしい。
なのでもう一度、俺が森で見たものをそのまま説明した。
オーウェンは黙って聞いていたが、話が終わるとすぐに指示を飛ばした。
「厳戒態勢は維持。しかし警戒レベルは一段下げろ」
判断が早い。
「これより森に歩兵隊を出して事実確認を行う。巣の残骸と死体を確認次第、非常招集を解く」
なるほどな。
俺の話を鵜呑みにはしないが、無視もしない。
グレイの説明のおかげで何とか収拾がつきそうだ。
俺は内心で、これ報奨金とか出るかな、と思っていた。
狼の件は名乗り出なかったから仕方ないとして、今回はちゃんと報告したしな。
だが、返ってきたのは――
「お前は何を考えている」
「え」
「ゴブリンの巣に単独で突っ込むな」
「はい」
「悪魔がいたならなおさらだ」
「はい」
「倒すだけ倒してハイお終いじゃ、無責任な冒険者と同じだぞ」
「……はい」
ぐうの音も出ない。
結局、その日俺が貰ったのは報奨金ではなく、守備隊長とグレイからのありがたいお説教だけだった。
誠に遺憾である。




