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邪神絶対殺す  作者: 逢魔ヶぽこぽこ
ケットシー編
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19/34

第19話 悪魔の巣


 狼退治に成功した俺は、街まで戻ってくると、グレイが詰め所から戻ってくるのを待ち伏せしていた。

 別に物騒な意味ではないが、ただ狼の件について少し話したかっただけだ。


 夕方頃、見慣れた無精ひげの男が、肩を回しながら歩いてくるのが見えた。

 疲れた顔をしている。

 まあ、朝から狼の死体二十匹分を処理していたのだから当然か。


「飯でもどうですか」


 俺が声をかけると、グレイは一瞬だけ眉をひそめた。

 しかし、すぐに諦めたように息を吐く。


「……ああ」


 というわけで、昨日と同じ大衆食堂へ向かった。


 今日は俺がパイを頼み、グレイはガレットという料理を注文していた。

 薄い生地を鉄板で焼いたもので、見た目はお好み焼きに少し似ている。

 この世界にも粉もの文化があるのか。


 俺は焼きたてのパイを切り分け、中から溢れた肉汁に感動していた。

 うまそうだ。


「なんで狼を詰め所の前に置いてたんだ?」


 グレイがいきなり本題を切り出してきた。


「勝手なことをして怒られるかもしれないし、死体を野ざらしにしておくわけにもいきませんから」

「まあな……」

「あと、自慢です」


 獲物を飼い主に見せるのは猫の習性である。


 グレイが据わった目でこちらを見る。


「今度からああいう驚かせるようなことはやめてくれ」

「はい」

「やるなと言ったのにやったことも、夜間に街の外に出たことも、別に咎めたりはしない。狼を駆除してくれたのは事実だしな」


 良かった。

 問題になったらどうしようかと思っていたが、許されたらしい。

 俺は素直にうなずいておく。


「あのあと、狼はどうなりましたか?」


 グレイはガレットをナイフで切りながら答えた。


「個体の特徴を記録した後に埋めた」

「へえ」

「あとは数日かけて、周辺から狼がいなくなったのか警戒しながら探索をする」


 なるほど、ちゃんと後処理もあるわけだ。

 警備隊の仕事も大変だな。


「そうですか。でも、たぶん、あれで全部ですよ」


 一応、昨夜のうちに俺の猫パワーで街道付近を調べ回った。

 少なくとも、あの群れの残党はいなかったはずだ。


 それから俺は、さりげなく次の話題を振った。


「で、他に困ってることはないですか?」

「まだやるのか?」


 グレイが呆れた顔をする。


「これは自分のためでもあるんです。商人ですから、街道が安全な方が俺もお客さんも喜ぶ。ウィンウィンです」

「ウィンウィン?」


 グレイは腕を組んで考え込んだ。

 そして、渋々といった様子で口を開く。


「……コルダータとの境に魔物が出るようになった」

「コルダータ?」

「となり街だぞ」


 知らなかった。

 まあ、地理に疎いのは仕方ない。

 俺、まだこの辺に来て日が浅いし。


「どのあたりですか?」

「街の反対側にある門から出て、しばらく行ったところだ」


 グレイはガレットをひとくち食べてから続けた。


「森の、中に、ゴブリンが、巣を作ったらしい」


 水を飲む。


「そばを通る街道は通行止めにして、今は迂回路を使っている」


 わざわざ遠回りしているのか。


「ただのゴブリンですよね? 警備隊で討伐はできないんですか?」

「できないこともない」

「じゃあなぜ放置を?」

「迂回してそれで済むなら、下手に刺激しない方がいいという判断だ。人手も足りてないしな」


 被害が限定的なら、無理に兵を出して損耗するより様子見する――現実的な判断ではある。


 そこでグレイが、嫌な予感しかしない顔でこちらを見た。


「あ……やるなよ?」


 俺は即答した。


「大丈夫です」

「何がだよ」


 ◯


 というわけで、次の日。


 今日は朝から出かけて、正午には(くだん)の森までやってきた。


 ゴブリンは子鬼とも呼ばれる、悪魔の端くれだ。

 夜になると能力が上昇する。

 夜目も利くし、数が揃うと面倒だ。

 だからこそ、来るなら昼間の方がいい。


 森に入ると、鼻先に不穏な空気を感じた。

 獣臭さと、湿った土の匂いに混じって、嫌な臭気がある。

 悪魔特有の硫黄臭さ……まあ、硫化水素の匂いなんだが。


「いるな」


 俺は気配を殺して進んだ。

 しばらくすると、木の陰をちょろちょろと動く小柄な影が見えた。


 ゴブリンだ。

 子どもぐらいの背丈で、肌は緑色、痩せた手足、粗末な棍棒を持っている。

 典型的な雑魚――のはずだが、様子が少しおかしい。


 何かに怯えている。


 周囲をきょろきょろ見回しながら、落ち着きなく動いているのだ。

 俺を警戒しているというより、もっと別の何かを恐れているように見えた。


「……上がいるな」


 俺はそのゴブリンを追跡した。

 気づかれないように、木から木へと、茂みから茂みへと移る。

 驚異的な身のこなしによって、足音も、葉がこすれる音も出さない。


 やがて、森の奥に開けた場所が見えてきた。

 そこにゴブリンの巣があった。


 粗末な柵に囲われた集落。

 奪ってきたらしい荷車の残骸。

 犠牲になった馬の死体が横たわっている。

 転がる骨と、焚き火の跡。

 そして、その中央にいたのは――。


 悪魔だった。


 見た目は頭蓋骨がむき出しの山羊って感じだ。

 捻れた角とコウモリのような翼を持ち、人のように立ち上がり、手には禍々しいデザインの杖を持っている。

 あれはフィーンドと呼ばれる下級の悪魔だ。


 ああ、なるほど。

 ゴブリンどもはこいつに怯えていたのか。

 群れのボスというよりは、支配者だな。


 狼より、こっちの方が明らかに強い。

 数もいることだし、今回は格闘だけで遊んでいる場合ではないな。


「よし」


 俺は木の陰から手をかざした。


 まずは先制。


「【ファイアランス】」


 炎の槍が真っすぐに飛び、見張りのゴブリンを貫いた。

 間髪入れずに次の魔法を放つ。


「【アイスエッジ】」


 氷の刃が扇状に走り、飛び出してきたゴブリンたちの全身をまとめて切り裂く。

 傷ついて転倒したところへ、さらに。


「【ストーンバレット】」


 石弾が雨のように降り注ぐ。


 巣が一気に混乱に包まれる。

 ゴブリンたちが喚き、逃げ惑い、どこから攻撃されているのかも分からず右往左往する。


 その中で、フィーンドだけがすぐにこちらを見つけた。


「ギィィッ!」


 耳障りな声を上げながら、翼を広げる。

 同時に、周囲のゴブリンたちが俺へ向かって突っ込んできた。

 使役してるのか。中間管理職に向いてるな。


 俺は前に出た。

 近づいてきたゴブリンの顔面を蹴り飛ばし、横から来たやつの喉に返す踵を叩き込む。

 そのまま手をかざし、フィーンドに雷を放った。


「【ライトニングボルト】」


 青白い閃光が森を裂く。

 フィーンドは咄嗟に杖を構え、弾く。

 反れた雷が拡散して周囲にばら撒かれた。


「明らかに魔法タイプだもんなお前な」


 雷と一緒に動いていた俺は、フィーンドの背後を取る。


「ギィヤ!」


 ぶん、と杖を振り回すが、それを屈んで躱し、がら空きになった顔面に全力のアッパーをぶち込む。


「うし」


 のけぞるフィーンドの顔は砕け、中から黒いタールのようなものが漏れ出していた。


「ギィッ! ギィィッ!」


 フィーンドはよろめきながら背中を見せると、翼を広げ、空へ舞い上がった。

 逃げる気だ。


「行かせるかよ」


 俺も地面を蹴った。


 同時に、風魔法で身体を押し上げる。


「【ウィンド】」


 視界が一気に開ける。

 木々を遥かに見下ろす空中。

 逃げようとするフィーンドの背中。


 そこへ追いついた俺は、体重移動でくるんと前転して、全力の蹴りを放った。


「どりゃー!」


 ごきんっ。


 鈍い音とともに、フィーンドの身体がくの字に折れる。

 そのまま地面へ真っ逆さまに落ちていった。


 俺も落ちる。

 かなり高くまで飛んでいた。


「やべ」


 と思った瞬間、身体が勝手に動いた。

 空中で姿勢を整え、膝を曲げ、衝撃を逃がす角度を取る。

 アビリティの"華麗な身のこなし"と"落下ダメージカット"が同時に発動したらしい。


 どすん。


 俺は片膝をつき、片手を地面についた姿勢で着地した。


 ――スーパーヒーロー着地だ。


「ちょっとかっこいいな」


 かなり決まっていた。


 その後、残ったゴブリンどもも片付け、巣を完全に壊滅させた。

 これで街道はしばらく安全だろう。


 そう思いながらソシアリスの街へ戻ってくると、門のあたりが妙に騒がしかった。


 荷車が慌てて門の中へ入っていく。

 門番たちも緊張した面持ちで周囲を見張っている。


「どうしたんです?」


 俺が尋ねると、門番は険しい顔で答えた。


「森の方から、謎の爆発音や怪音が聞こえてきたんだ」


 あっ。


「魔物が活発化しているのかもしれない。今は厳戒態勢を敷いている」


 もしかしてだけど。


 俺だ。


「そうなんですね。お勤めご苦労さまです」


 俺はそそくさとその場を離れた。

 うん。これは一応、報告しておいた方がいいな。


 というわけで、またグレイのところへ向かうことにした。


 ……のだが。


 詰め所まで行く前に、騒然とする街の人々を誘導しているグレイの姿が見えた。

 まあ、一キロくらい向こうなので、あっちはまだ俺に気づいていない。


 それにしても、凄い人混みだ。

 門の周辺は急いで戻ってきた人と、出発を遅らせた人で特に混雑していて、身動きが取れない。


「どうするかな」


 俺は少し考え、路地に入った。

 誰も見てないことを確認してから、壁を蹴る。


 とん。


 とん。


 とん。


 三角跳びで、二階建ての建物の屋上に着地。

 そこから身をかがめて屋根伝いに移動し、グレイの近くまで来たところで、ひらりと飛び降りた。


「こんにちは」


「――うをっ!」


 グレイが本気で飛び上がった。

 いい。いい反応だ。


「何してるんだお前は!」

「報告です」

「普通に来い!」


 ごもっともである。


 俺は手短に、森での出来事を説明した。

 ゴブリンの巣があったこと。

 そのボスが下級悪魔のフィーンドであったこと。

 全部片付けてきたこと。


 話を聞き終えたグレイは、無言で俺の腕を掴んだ。


「え?」

「来い」

「え、ちょ」


 そのまま強引に連れて行かれたのは、街中にある衛兵の本部みたいな建物だった。


 中に入ると、グレイはずんずん進み、奥の部屋へ入っていく。

 そこにいたのは、年季の入った鎧を着た男だった。

 五十代くらいだろうか。

 鋭い目つきと、現場叩き上げっぽい雰囲気がある。


「守備隊長のオーウェンだ」


 グレイがそう紹介した。

 なるほど、偉い人なわけね。


 グレイは俺のことと事情を簡潔に説明し、最後に顎をしゃくって、俺を促した。

 話せ、ということらしい。


 なのでもう一度、俺が森で見たものをそのまま説明した。


 オーウェンは黙って聞いていたが、話が終わるとすぐに指示を飛ばした。


「厳戒態勢は維持。しかし警戒レベルは一段下げろ」


 判断が早い。


「これより森に歩兵隊を出して事実確認を行う。巣の残骸と死体を確認次第、非常招集を解く」


 なるほどな。

 俺の話を鵜呑みにはしないが、無視もしない。

 グレイの説明のおかげで何とか収拾がつきそうだ。


 俺は内心で、これ報奨金とか出るかな、と思っていた。

 狼の件は名乗り出なかったから仕方ないとして、今回はちゃんと報告したしな。


 だが、返ってきたのは――


「お前は何を考えている」

「え」

「ゴブリンの巣に単独で突っ込むな」

「はい」

「悪魔がいたならなおさらだ」

「はい」

「倒すだけ倒してハイお終いじゃ、無責任な冒険者と同じだぞ」

「……はい」


 ぐうの音も出ない。


 結局、その日俺が貰ったのは報奨金ではなく、守備隊長とグレイからのありがたいお説教だけだった。


 誠に遺憾である。

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