第17話 鑑定士ベルナルド
ソシアリスの街に到着した俺は、まず商館へ向かった。
包帯ぐるぐる巻き男という、これだけ目立つ姿で二回目ともなると、門番の対応も少し慣れたものになる。
一瞬怪訝そうにしていたが、商業ギルドの取引相手だと分かると、余計な詮索はされなかった。
ありがたい話である。
商館に入ると、まずは泊まるための手続きを済ませた。
前回と同じ部屋を用意してくれていたらしい。
それから、持ってきた荷物を倉庫に預けるものと、商談に使うものに分けていく。
前はほぼ全部が霊魚の干物だったが、今回はそれを半分ほどに抑えている。
残りの半分は、村のみんなが「これ売れるかも」と持たせてきた品々である。
木を彫って作ったブレスレットやネックレス。
森で取れた薬草。
川原で拾った小石。
父の作ったマタタビ酒。
他にも分類できないような細々としたものがある。
改めて並べてみると、商品というよりは町内会のバザーのような雑多な感じだ。
俺は倉庫番に、干物の量が前回より少ないこととその理由を伝えた。
「このことは、ダリアさんにも通しておいてください」
「承知しました」
向こうにも予定があるだろうし、先に知らせておいた方がいい。
そのうえで、初めて持ち込んだ残り半分をどうするか。
それはやはり、ベルナルドに相談するのが一番だろう。
「ベルナルドさんはいますか?」
そう尋ねると、職員は少し待つように言った。
俺は応接室に通され、窓際に立って外を眺めながら待つことにした。
街は今日も賑やかだった。
荷馬車が行き交い、商人が声を張り上げ、道端では果物売りが客と値段交渉をしている。
こうして見ていると、王都がダンジョン化しているなんて、どこか遠い話のようにも思えてくる。
でも実際には、その影響がこの街にも流れ込んでいるのだろう。
しばらくして、廊下の向こうから足音が近づいてきた。
「いやあ、お待たせしました」
汗を拭きながら入ってきたのは、ベルナルドだった。
「新しく干物が入ってきたということで、各所に知らせを出して参りました」
なるほど。
真っ先に出荷の予定を組み始めていたわけか。
仕事が早い。
「仕入れたばかりなのに、もう買い手がいるんですか?」
「それはもう」
ベルナルドは胸を張った。
「最初のお客様が、霊魚の効果をずいぶん宣伝してくださったようでしてね。我も我もと依頼が殺到しております」
それは良かった。
王族に売ったという実績は、やはり強いらしい。
だが、俺は少し申し訳なさそうに言った。
「今回、干物は少し少ないんですよ」
「……というと?」
「前回は荷物いっぱいの干物でしたけど、今回は他に売れそうなものを色々集めてきまして」
俺は机の上に並べた包みや箱を示した。
「ベルナルドさんには、ぜひ目利きしていただきたいなと」
するとベルナルドの目がきらりと光った。
「ほお、それは責任重大ですね……!」
完全にスイッチが入った感じだ。
この人、本当にこういうの好きだな。
では、まず一品目。
「こちらです」
俺が差し出したのは、小石だった。
近所の子どもたちが川原で拾ってきたという、由緒正しい品だ。
白っぽい石。
赤い粒が混じった石。
半透明の石。
ベルナルドは一つずつ見ていく。
「ふむ……」
慎重に一つを摘み上げる。
「ただの石のようにも見えますが……」
さすがベルナルドさん。
その通りなんだよ。
「一応、調べてみましょう」
そう言って、彼は懐から丸いレンズに柄がついた、いわゆる虫眼鏡のようなものを取り出した。
俺が興味ありげに見ていると、ベルナルドがその視線に気づいた。
「これは魔力鏡といいまして、魔法的な構造や隠されたものを見つけることができる道具なんですよ」
「へえ、便利ですね」
魔法学園で研究していた頃にあれば、もっと捗ったかもな。
「では」
ベルナルドは小石に魔力鏡をかざした。
ピカッ!
「ぐわっ!」
凄まじい光がベルナルドの目に刺さった。
彼はのけぞり、危うく椅子ごとひっくり返りそうになる。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ると、ベルナルドは片目を押さえながら涙目で言った。
「す、すいません……フィルターをかけるのを忘れていました……」
どうやら、強い魔力を見るときは、煙水晶で作ったレンズをもう一枚被せなければならないらしい。
改めて、今度は慎重に鑑定が行われた。
ベルナルドはしばらく小石を見つめ、それからぽつりと言った。
「……これは精霊石ですね」
「精霊石というと……」
「自然界でも極めて稀に産出される、強い魔力を秘めた石です。魔道具制作や、魔法薬の触媒に用いられますね」
聞いたことがある。
魔法陣作製に直接関係しないので詳しくは知らないが、魔力増幅炉のような大型の機械には必ず埋め込まれているとかなんとか。
「結界を張るときにも使うことから、結界石と呼ばれることもあります。これは大変な需要がありますよ。これでしたら一つ当たり、金貨十から十五枚ほどでしょう」
「それは……凄いですね」
まさか、子どもたちの宝物が本物の宝だったとはな。
換金できたら、あいつらには親経由で金を渡した方がいいだろう。
大金を持て余しても、ろくなことにならないからな。
次にベルナルドが気になったのは、食堂のおばちゃんケットシーから渡された"床ずれ薬"だった。
見た目は黒い丸薬である。
「ほう、薬ですか」
「潰して傷口に塗ると、肉が盛り上がって塞ぐという、なかなか豪快な薬です」
ベルナルドは一粒手にとって、匂いを嗅いだ。
俺も気になって嗅いでみる。
「あ、この匂い」
「分かりますか?」
「イモリの黒焼きですね」
おばちゃんが庭先で何か焼いていたので、前に聞いたことがある。
材料はイモリと蛇と蟹と鹿の角と薬草を混ぜ合わせて――
「もしや、東洞散でしょうか」
ベルナルドが言った。
「なんですかそれ」
「とても古い薬です。打撲、骨折、ねんざ、関節痛、筋肉痛などに効きます。また、服用することで血の滞りを改善して傷の治りを早くします」
なるほど。
床ずれ薬というのは、そのへんの効能をざっくりまとめた呼び方だったのか、な?
「役に立ちそうな薬ですね」
「ええ。しかも、もう一つ言われている効能があります」
ベルナルドが、少し声を落とす。
「精力剤としての効果です」
「精力剤っていうと……」
「まあ、男性の性機能を改善する、などと言いますね」
おばちゃん、なんでそんなものを。
だがベルナルドは、真面目な顔で続けた。
「ただ、飲み始めると、長年子どものできなかった夫婦に子宝が恵まれた、という話もあります。とても素晴らしいものだと思いますよ」
そうか。困ってる人からすれば、別に笑い事じゃないよな。
「そうですね。薬というと、どうやって売りましょうか?」
「床ずれ薬ということですから、薬局に卸すのがよいでしょう。しかし、その前に効能を調べてみないとですね」
ベルナルドは胸に手を当てた。
「不肖、ベルナルド。その役目を引き受けたいと思いますが、どうですかな」
「えあ? じゃ、じゃあ、お願いします」
ベルナルドはニヤリと笑って、床ずれ薬を懐に納めた。
絶対ちょっと嬉しいだろ。
◯
そんな風に商品になり得るか色々と見てもらい、いよいよ大トリの登場である。
「じゃーん」
俺は陶器の瓶を取り出した。
父さん特製の――
「マタタビ酒です」
ベルナルドは「ほお」と少し身を乗り出す。
「初めて聞きますな。どういったものですか?」
「実はすごい効能がありまして――」
そう言いかけたところで、ドアをノックする音が響いた。
「どうぞー」
入ってきたのはダリアだった。
相変わらず愛想のない顔で、こちらを見るなり一気に言う。
「納品は確認したわ。今回は数が少ないそうね。まあ、販売数はこちらで調整するのでその調子で持ってきてちょうだい。ところで、新しい商品を持ってきたそうじゃない。見せなさいよ」
ダリアはそのまま俺とベルナルドの席に加わった。
仕事モード全開である。
「今ちょうど、目玉商品を紹介してたところですよ」
俺は父のセリフを思い出しながら、口上を述べる。
「虫に食われたマタタビは逆に薬効が強くなります。これはそのマタタビだけを集めて作った特別なマタタビ酒で、飲めばどんな怪我も治り、体の底から力が溢れて元気になる……と言われています」
「ほほお、それはすごい。霊魚の干物にも劣りませんな」
ベルナルドが感心している横で、ダリアは眉間にしわを寄せていた。
「虫……マタタビ……酒……」
ぶつぶつ言っている。
何か引っかかったらしい。
「あなた、マタタビというのは?」
「見たことありませんか? 山の中に生えていて、夏頃に白い花を咲かせるんですよ。そのあと緑の小さい実をつけます」
「――旅人がその実を食べると、また旅を続けようという精気が湧いてきたことから、マタタビと言う名がついた、というあれかしら?」
「あ、そうですね。そのマタタビです」
するとダリアの目が、すっと細くなった。
「それは本物なの?」
「え、本物?」
「ええ」
「まあ、偽物じゃありませんよ。まだマタタビは漬かったばかりですが、生産者から直接受け取った手作りの本物です」
俺がそう答えると、ダリアは静かにうなずいた。
「分かりました」
「分かりました?」
ダリアは瓶を見つめたまま言った。
「それは恐らく、山精酒でしょう」
「山精酒ですと……!?」
ベルナルドが大げさに声を漏らした。
ものすごい顔で瓶とダリアを交互に見つめている。
「それなんですか?」
俺が聞くと、ダリアは淡々と答えた。
「あなた、自分で言っていたでしょう。"飲めばどんな怪我も治り、体の底から力が溢れて元気になる"と」
「あ、はい」
「その効果の範囲は、何も怪我人だけではありません。心臓が止まった直後であれば、蘇生することも可能です」
「死体にも効くんですか?」
「そう言われています」
はえー、蘇生薬か。
どうやって飲ませるんだろう。
ぶっかけるのかな。
俺がホスト勇者だったときは、カクテル魔法【ブラッディメアリー】をぶっかけて蘇生してたぞ。
そんなことを考えていたら、ダリアが珍しく冷や汗を浮かべていた。
「売ることより、買える人を見つける方が難しいわね」
あぁ、そうだな。
死にかけて困ってる人、将来的に死にそうな人、もしものために持っておきたい人。
欲しがる客はいくらでもいるが、父さんのマタタビ酒は一本しかない。
「まあ、そこは商業ギルドさんに骨を折ってもらって」
「全身複雑骨折になるわよ。もう」
むくれたダリアは、少し幼く見えた。




