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邪神絶対殺す  作者: 逢魔ヶぽこぽこ
ケットシー編
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15/34

第15話 王都は今


 その夜のうちに、俺の泊まる場所は宿から商館へと変わった。

 同時に霊魚の干物も警備のしっかりした倉庫に保管してもらっている。

 もう俺の干物は俺だけのものじゃないので、安全には気を使うべきだろう。


 そして翌朝。


 俺は再び商業ギルドの応接室にいた。

 昨日の口約束を、今度は正式な書面に落とし込むためである。


 机の上には、羊皮紙が何枚も並べられていた。

 俺は一枚ずつ、内容を確認していく。

 商取引の言い回しは独特で、条文を理解するのは素人には厳しいものがある。

 だが、そこは前世で賢者(行政書士)をしていた俺だ。

 問題なく読み下していく。


 すると、向かいに座っていたダリアが、ふと眉を上げた。


「あなた、読めるの?」


 その言い方は、驚き半分、試すような響き半分だった。


「得意ですよ」


 俺がそう答えると、ダリアはほんのわずかに口元を緩める。


「そう」


 短い返事だったが、昨日よりも空気が柔らかい。

 たぶん、彼女の中の俺の評価が少し上がったのだろう。

 包帯ぐるぐるの怪しい男が、契約書も読まずに判を押すタイプではないと分かっただけでも、だいぶ違うはずだ。


 俺は気になった箇所をいくつか確認した。


 保管中の損害責任や、俺の身元に関する秘匿条項なんかを話し合い、文言を少し修正して最終的に契約はまとまった。

 俺が署名し、ダリアが署名し、ギルドの印が押される。


「これであなたも、うちの正式な取引相手よ」

「どうも」

「変な真似をしたら潰すけれど」

「しませんよ」


 朝から物騒だな、この人。


 契約が終わったあと、ベルナルドと今後の段取りについて話をした。


「サン殿が街にいない間は、私がギルドとの間に立って干物を管理しましょう」


 ベルナルドは胸に手を当てて、頼もしい顔で言った。


「これも何かの縁です。父との思い出を蘇らせてくれたお礼でもあります」

「助かります」


 この人、本当に義理堅い。

 商人だからもっと打算的かと思っていたが、それは俺の偏見だったようだ。


「そういえば」

「はい?」

「昨晩、ダリアが"中央はそれどころじゃない"って言ってたじゃないですか」


 ベルナルドはきょとんとしてから、思い出したように頷いた。


「ああ、王都にあった商業ギルド本部のことですね。ご存じないんですか?」


 王都。

 その言葉だけで、四年前の記憶がフラッシュバックする。


 天国探しと地獄の召喚。

 氾濫する悪魔とメルキオールの最後。


 胸の奥が、嫌なふうにざわついた。


 俺はできるだけ平静を装って尋ねる。


「王都に……何が?」


 ベルナルドは、少し声を落とした。


「四年前のことです。突如、王都に悪魔の群れが出現しまして、占領されてしまったんですよ」


 ……やっぱりか。


 俺は動揺を見せないように体を固くした。


 ベルナルドは続ける。


「一部迷宮化してしまった王都を取り戻そうと、各地から防衛隊や討伐隊が集結し、日夜戦っているそうです」

「そう、ですか」

「ギルドマスターが言っていたのは、物資の供給や組織の再編で、いまだ中央が混乱している、という意味でしょう」


 なるほど。

 つまり、俺たちがやらかしたあの実験の後始末は、まだ終わってないどころか、今も続いているわけだ。


 メルキオールは死んだ。

 俺も死んだ。

 だが、あの地獄の穴だけは残った。


 心臓をぎゅっと掴まれたような気分だ。


 俺が死んだあとに何が起きたのか、知るべきだとは思っていた。

 だが、実際に聞かされると、思った以上にきつい。


 とはいえ、今ここで王都へ向かうわけにもいかない。

 俺は今、ケットシーのために動いている。

 優先順位を間違えるわけにはいかない。


 だから俺は、表面上は何もなかったように振る舞った。


「大変なんですね」

「ええ。だからこそ、今は地方のギルドにも裁量が回ってきているんです」


 ベルナルドはそう言ったが、俺の頭には半分も入ってこなかった。


 ◯


 もやもやしたものを抱えたまま、俺はその日の残りを市場の見学に使った。


 色々と見ながら、ケットシー村に持ち帰ったら喜ばれそうなものを、ピックアップしていく。

 食堂のおばちゃんケットシーには香辛料がいいかもしれない。

 大工ケットシーには釘や小刀。

 子どもたちには鈴や音の出るおもちゃとか。

 母にはきれいな布を頼まれている。

 父には……何がいいんだろう。

 あの人、なんでも喜ぶから困る。


 そんなふうに、村のことを考えていると自然と心が安らいだ。

 まるでクリスマスのプレゼントを選ぶみたいに、みんなの顔を思い浮かべながら商品を物色した。


 そうして夕方近くまで歩き回ってから、俺は商館の自室へ戻った。


 すると、部屋の前にギルドの使いらしき男が立っていた。


「サン殿ですね」

「そうですけど」

「ギルドマスターがお呼びです」


 何かあったのだろうか。


 俺はそのままギルドへ向かった。

 通された応接室に入ると、ダリアがすでに待っていた。

 相変わらず隙のない佇まいで、机の向こうに座っている。


「来たわね」

「何かありました? 問題でも?」

「さっそく、霊魚の干物を売る相手が見つかったわ。鮭節はまだだけれど」


 え、もう。

 仕事が早い。


「今は王都の件で、うちにも上客が流れ込んできているの」


 ダリアは書類を一枚めくりながら言った。


「相手は、王都から避難してきた王族の一人」


 俺は思わず目を瞬いた。


「王族?」

「ええ。病に倒れたので、『一匹食べればどんな病気も治る』という霊魚をご所望よ。すぐにでも欲しいと」


 それ以上の名前や事情は教えてもらえなかった。

 恐らく守秘義務とか、そういうやつだろう。

 だが、初めて売る相手としては十分すぎるほど箔が付く。

 ダリアもそう判断したらしい。


「これ以上ない客でしょう」

「たしかに」


 そして、机の上に置かれた袋が、じゃらりと重たい音を立てた。


「これが今回の代金よ」


 中には、銀貨ではなく金貨が詰まっていた。

 数えてみると、五十枚。ざっと、家一件が買えるぐらいだ。


 ただの干物なんだけど、ちょっと想定外に高いな。

 ベルナルドが目を白黒させていたのも、大げさじゃなかったのか。


 金貨を数える俺に、ダリアは肩をすくめて見せた。


「あえて安価にしてあるわ」


 え、これで?


「その代わり、恩を売っておいたの。今は悪魔との戦いで物資も資金も不足しているから、あちらもとても喜んでいたわ」


 ははあ。高値で一回きりの取引を終わらせるより、困っている相手に親切にして大きな貸しを作るという、いかにもダリアらしいやり方のようだ。

 たぶん彼女のセリフには、"文句は聞かないわよ"という言外の意味も含まれているのだろうが、俺としては不満はなかった。

 干物がこれだけの値段で売れた時点で十分すぎる。


 俺は金貨を一枚だけ取り出した。


「これだけ両替してもらえますか。銀貨にしてもらうと市場で使いやすいので」

「残りは?」

「ギルドに預けます」


 俺がそう言うと、ダリアは「預ける?」と彼女にしては気の抜けた声を漏らした。


「昨日言ったじゃないですか。保護区制定のための資金として、プールしておいてください」


 ダリアは、そこで初めて目を見開いた。


「あなた……本気ですのね」


 まだどこか疑っていたのかもしれない。

 俺が結局は金に目がくらむと思っていたのか、あるいは口先だけの偽善者だとでも思っていたのか。


 だが俺はうなずいた。


「本気ですよ」


 ケットシー村の連中は、俺を家族として迎え入れてくれた。

 やさぐれていた俺を放っておかず、飯を食わせて、昼寝に付き合って、黙って隣にいてくれた。

 だったら今度は、俺がみんなの居場所を守る番だ。


「全速力で実現するつもりですので、ご協力お願いします」

「分かったわ。責任を持って管理します」


 こうして、保護区のための最初の資金が積み上がった。

 まあ、進捗は金貨五十枚で5%ってところかな。

 先は長いとみるか、もう5%とみるか。


 翌日からは、ケットシー村への土産を市場で買い集めた。

 あれもこれもと選んでいたら、荷物はあっという間に膨らんだ。


 それから五日経ち、準備を終えた俺は、ベルナルドとダリアに挨拶してから、ようやく帰宅の途につくのであった。

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