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邪神絶対殺す  作者: 逢魔ヶぽこぽこ
ケットシー編
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14/34

第14話 ダリア、一刀両断


「……あああ良かった……!」


 俺の部屋の中にぽつんと置かれたリュック。

 ベルナルドはそれを見て、膝から崩れ落ちた。


「ほら、だから言ったじゃないですか。見た目は干物だから誰も盗りませんよって」


 俺がそう言うと、ベルナルドは床に手をついたまま、信じられないものを見る目でこちらを見上げた。


「なぜ……なぜそれで済むと思えるのですか……」

「いや、だって本当に干物ですし」

「霊魚の干物です!」


 ベルナルドは大声で言ってから、しまったという顔をして慌てて立ち上がった。


「サン殿。これは宿に置いておくべきではありません」

「じゃあ、どこに?」

「商館です。商業ギルドに登録し、そちらで管理してもらいましょう」


 なるほど。

 たしかに、商人の本拠地なら警備も保管体制も宿よりも厳重だろう。


「私が案内しますので今から行きましょう。すぐ行きましょう」

「分かりましたよ」


 というわけで、俺達はその足でソシアリスの商業ギルドへ向かった。


 外はもう真っ暗になっていたが、家や商店から漏れ出る光が薄く地面を照らしていた。

 夜でも街の明かりは落ちていないあたり、ソシアリスは活気のある街だ。


 ギルドの建物は、宿よりずっと大きかった。

 石造りで、正面には秤の紋章が掲げられている。

 中に入ると、夜だというのにまだ何人も働いていた。


 ベルナルドは捕まえた職員に事情を説明し、半ば強引に奥へ通された。

 その勢いに押されて、俺も一緒に通される。


 まず済ませたのは、俺の登録手続きだった。


「お名前は?」

「サンです」

「姓は?」

「ありません」

「出身は?」


 聞かれた俺は、あらかじめ用意しておいた設定をまくし立てた。


「大陸の東の僻地にあるミロミロ村という寂れたところですが一晩にして魔王に滅ぼされてしまい散り散りになった生き残りの一人です」

「あ、ああ、それは大変でしたね……サン殿」


 職員は怪訝そうな顔をした。

 だが、ベルナルドが横からすかさず口を挟む。


「私が保証します」


 その一言で、職員はそれ以上何も聞かなかった。

 この人、だいぶ頼りになるな。


「後ほど担当の者が参ります」


 そう言って、俺たちは応接室のような部屋に通された。

 重厚な机と椅子。

 壁には高そうなタペストリー。

 人目を避けて商談するのに丁度よい部屋だ。


「さて」


 ベルナルドはようやく落ち着いたらしく、その声は完全に仕事をする男の声だった。


「軽く打ち合わせしておきましょう。サン殿は、干物をどうしたいですか?」

「普通に売るのは論外ですよね?」

「はい」


 即答だった。


「市場に広げて並べてみてください。次の日には目の色を変えた貴族、役人、盗賊に強盗まで飛んできますよ」

「商売するどころじゃなさそうですね」

「まったくその通りです」


 想像するだけでげんなりする。

 無用な混乱を招くのは俺も避けたい。


「では、どうするんです?」


 ベルナルドは指を三本立てた。


「競売にかける。貴族などの大口に直接売る。商業ギルドに任せる。この三つです」


 と、迫真の表情で言った。

 俺はきっぱりと言う。


「大儲けするつもりはありません。金は、まあ、生活に困らない程度で構いません」


 ベルナルドの眉がぴくりと動く。


「……はい?」

「その代わり」


 俺は少しだけ身を乗り出した。


「土地が欲しい」


 そう口にしたのは、母ケットシーから、人間に捕まって見世物にされた同族の話を聞かされていたからだ。

 ケットシーたちが人間に脅かされず、安心して暮らせる場所――つまり公的に保護されれる立場があれば、ケットシーたちを害するものを遠ざけられる。

 それが何十年、何百年と、いつか俺が死んでしまってからも、続けばいいと思う。


 まあそんな突飛な考えが浮かんだのは、干物が実は非常に価値の高い品という、降って湧いた話があったからだが。


 ベルナルドは「……なるほど」と言って腕を組んだ。

 まだ何も説明してないけど?


「土地と言っても、どこでも良いわけではなくて」

「はい、はい、分かります」


 分かってない顔だった。

 正確には、あさっての方向に分かってしまった顔だった。


 さっきまでは珍品をどう売るか考える商人の目をしていた。

 今は、もっとこう、歴史の転換点に立ち会ってしまった人間の目だった。


 違う。俺が欲しいのはケットシーの保護区だ。

 ケットシーたちが暮らせる場所と、そこに手を出させない保証だ。

 ただ、まあ、それを言うとケットシーの存在まで明かさないといけなくなるから、あえて否定はしないが。


 たぶん今、ベルナルドの頭の中では、

 この包帯男が国家予算級の品を手土産に、街で足場を築き、やがて土地を得て、商圏を押さえ、貴族に成り上がろうとしている――

 みたいな、とてつもない野心の物語が展開されているのだろう。


「ただ金を得るだけではない。拠点を築き、将来的な独立性まで見据えておられる……」

「そこまで大げさな話じゃ」

「しかも最初に『生活に困らない程度でいい』と切ることで、こちらに金銭欲の薄さを印象づけたうえで、本命を土地に置く……」

「人の話を聞いてます?」


 ベルナルドは片手で口元を押さえ、感嘆したように声を漏らした。


「恐ろしい……」

「何がですか」

「その若さで、盗賊を撃退する驚異的な身体能力と、途方もない野心を隠し持っておられるとは……」

「いや、だから違」

「サン殿」


 ベルナルドが両手で俺の右手を掴んできた。


「安心してください」

「何を」

「私は、そういう話が大好きです」


「いえ、本当に違うんです。俺が欲しいのは――」


 そこまで言いかけた、そのとき。


 応接室の扉が、静かに開いた。


 そして入ってきたのは、褐色の肌をした女だった。


 背が高く、無駄のない体つき。

 隙のない洗練された美貌。

 そして、部屋に入っただけで周囲を自然と平伏させるような、圧倒的なオーラ。


 俺の元S級冒険者の勘がささやいた。

 この人、強いな。

 戦えるかどうか知らないが、少なくとも場を支配する力がある。


 女はまっすぐこちらを見て、低くよく通る声で言った。


「夜分にずいぶん騒がせてくれるじゃない」


 ベルナルドが即座に立ち上がる。


「ギルドマスター」


 女は軽くうなずいた。


 どうやら、ここからが本番らしい。


 ◯


「ダリアよ」


 そう言って、ギルドマスターと呼ばれた女はゆっくりと部屋の中へ入ってきた。

 足音はほとんどしないのに、存在の圧力を感じる。

 まるで大型の猛獣が静かに歩いてくるのを見ているようだった。


 彼女は俺とベルナルドを順に見て、それから机の上に広げられた包みへ視線を落とした。

 霊魚の干物と、鮭節である。


「それで?」


 ダリアは短く言った。


「夜中に私を呼びつけるだけの理由とは何かしら」


 ベルナルドが一歩前に出る。


「この世で最も貴重なものの一つがこの部屋にあります」

「続けて」

「精霊界にしかいないとされる霊魚の干物。そして、月の木で燻した霊魚の加工品です」


 それを聞いたダリアは、俺に問う。


「持ち込んだのはあなた?」

「そうです」

「出所は?」

「内緒です」


 ダリアの口元が少し上がった。


「面白い答えね」


 そう言ってダリアは椅子を引いて席につく。

 まずは霊魚の干物を手に取る。

 しばらく熟練の鑑定士のように裏も表も丁寧に確認したあと、それを置いた。

 次に、鮭節に手を伸ばした。

 これも同じように観察する。


「ベルナルド」

「はい」

「あなたは、これを本物だと?」

「断言します」

「根拠は?」

「私自身が幼少期に霊魚を口にしたことがあります。記憶の中の味と一致しました」

「主観ね」

「はい。ですが、月の木の香りについては、聖都で年に一度行われているミサで焚かれているのを嗅いだことがあります」


 数秒。彼女の表情は変わらない。


「そうね」


 温度の低い声。


「少なくとも、ただの干物ではないわね」


 ベルナルドが、ほっと息を吐く。

 俺も少しだけ安心した。

 いや偽物ではないけどね。


 ダリアは脚を組み、両手の指先を組み合わせる。


「では話を聞きましょう」


 その鋭い視線が、まっすぐ俺に向く。


「あなたが望むのは何?」


 来た。


 ベルナルドが横で、身を固くする。

 たぶん今もまだ、俺が「土地」と言った意味を勘違いしているのだろう。

 このまま放っておくと、俺が新興貴族として一旗揚げる話になりかねない。

 なので、ここでちゃんと軌道修正しておくことにした。


「まず言っておきますけど」

「ええ」

「俺は貴族になりたいわけでも、成り上がりたいわけでもありません」


 ベルナルドがビクっとした。

 やっぱりそう思ってたな。


「俺が欲しいのは、保護区です」

「保護区?」


 俺は細部をぼかして説明した。


「この干物は、とある集落で作られました。そこの連中は、外の世界とほとんど関わらずに生きてきました。でも、今後は交易を通じて、良いものを取り入れたいと考えています」

「それで?」

「交流が始まれば、いずれ見つかります。貴重な資源を独占しているとなれば、ありがたくないものも寄ってくるでしょう。だから、その前に安全を確保したい」


 ダリアは黙って聞いている。

 ベルナルドも、今度は口を挟まなかった。


「あと、交易の窓口は俺が握る。それが無理なら、この話はなかったことにします」


 ダリアは、ベルナルドに水を向けた。


「あなたは、これをどう見る?」


 ベルナルドは背筋を伸ばした。


「サン殿にとっても、商業ギルドにとっても、利益のある話です」

「続けて」

「保護区の制定となると、領主とのすり合わせが必要になります。これをギルドが取り次ぐことで、サン殿の願いは叶えられる。そして商業ギルドは希少な霊魚の干物を継続的に卸してもらえる。また、生産元を保護区とすることで外野からの牽制を抑えることもできる。極めて合理的です」


 ダリアは、ふっと笑った。


「いい部下を持ったわね、あなた」


 いや、俺の部下じゃないんだけど。


「保護したい相手は、人間ではないわね?」


 鋭い。

 俺は少しだけ間を置いてから答えた。


「……そうです」

「亜人?」

「さて」


 完全には言わない。

 だが、それで十分だったらしい。


 ダリアは椅子の背にもたれ、天井を一度見上げた。

 何か計算しているようだった。


「亜人の保護区を認めろ、という要求は簡単ではないわ」

「でしょうね」

「街だけでは決められない。場合によっては中央も絡む。まあ、あちらはそれどころではないでしょうけど」


 中央?


「でも」


 ダリアはそこで言葉を切った。


「この品が継続的に供給されるなら、話は別」


 ベルナルドが、拳を握る。

 俺も内心でうなずいた。


「ただし、条件がある」

「何です?」

「まず、供給の安定性を示してもらうこと」

「まあ、それはそうでしょうね」

「次に、保護対象が本当に『保護に値する共同体』であること」


 その言い方に、俺は少し首を傾げた。


「どういう意味です?」

「盗賊の巣や危険な魔物の群れを『保護しろ』と言われても困る、という意味よ」


 それはもっともだ。

 霊魚の干物を作ってるのが、可愛らしいケットシーと説明できれば一発だけどな。

 まだその段階ではない。


「最後に。あなた自身を、こちらが信用できること」

「俺、怪しいですか?」

「ええ」


 とは言え、「信用してください」と自分で言っても信用ならないしなぁ。


「小さく始めましょう」


 と、ダリアが言う。


「いきなり保護区だの特権だのを求めても、誰も動かせない。だからまずは、あなたとギルドの間で独占契約を結ぶ。あなたは品をこちらに優先して渡す。こちらはあなたの身元と取引を保護する。まずはそこからよ」

「独占契約ってことですか?」

「ええ。霊魚は定期的に公平に販売するわ。影響力を稼ぎたいなら、値を吊り上げるのは悪手でしょう。取り分は5:5。流通や販売の経費はこちらで持ちますけれど――その代わり、あなたが望む『保護区のための土地買い上げ費用』は、すべてそちらの取り分からよ」


 干物をオークションにかけてー、儲かった金で土地を買い集めてー、というよりは、ずっと地に足のついた提案だ。

 妥当な落としどころだな。


「分かりました。その方向でお願いします」


 ダリアは小さくうなずいた。


「交渉成立ね」


 ベルナルドが感極まったように言った。


「ありがとうございます、ギルドマスター……!」

「うるさい」


 一刀両断だった。

 でもベルナルドは嬉しそうだった。

 なんなんだこの人。


「ベルナルドさん」

「は、はい!?」


 俺が呼びかけると、声が裏返っていた。


「今日は色々助けてくれて、ありがとうございました」

「なんのなんの。始めに助けていただいたのはこちらの方です。お役に立てたのなら幸いです」

「そうだ、腹が空きませんか? この後、夜食でも」

「いいですな。いいツマミを出す店があるんですよ」

「だったら今度は俺に奢らせてください」

「ありゃ、こいつはありがたい」


 とかそんなこと言ってたらダリアにジト目で睨まれた。


「あなた達、用が済んだのなら帰ってくださらない」

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